第12話 帝さまはやっぱりご心配?

「――今更、何を言うこともないかもしれないが……やはり、流石だね女御にょうご。琴だけに、と言うわけでもないけれど……本日も、優しく琴線に触れる繊細優美で暖かな音色だったよ」

「あ、ありがとうございます帝さま!」



 それから、数日経て。

 庭園にて、琴を弾き終えた私に惜しみない称賛を送ってくれる帝。彼がそう言ったから――というわけでもないだろうけど、庭園ここに集まった皆も私に惜しみない拍手を送ってくれる。


 さて、ただ今こちらで何が行われているのかと言うと――まあ、ざっくり言えば文化的な催し物。身分関係なく、皆で音楽や和歌などを嗜むという行事もので。


 ……でも、こんなの本作にあったかな……うん、まあ良いか。神様の気まぐれか何かだろうけど、楽しい分には何の問題もないし。



 ところで……帝を始めこれほど多くの人に感動を与える帆弥わたしは、幼少よりたいそう音楽の才に恵まれて――なんて、そんな都合の良い設定などなく。どころか、楽器自体音楽の授業以外でほぼ触れたこともなく、琴に至っては恐らく現物を目にしたこともない。


 それが、この世界に来て以降、何かが乗り移ったように音楽――具体的には、管弦の才を如何なく発揮している自分がいて。なんか、何も考えなくても勝手に手が優雅な音色を奏でるというか……まあ、きっと神様の計らいなのだろう。桐壺きりつぼにしても藤壺ふじつぼにしても、楽器が出来ないなんてまず有り得ないだろうし。



 さて、楽器はともあれ和歌――もしかすると、平安この時代において音楽以上に肝要となるかもしれない、和歌の才はと言うと――


「……うぅ、女御。平時のことではあるが……なんと胸に沁み入る幽遠な和歌うたを……うぅ……」

「……あ、はいありがとうございます……」


 私の詠んだ和歌うたに、たいそう袖を濡らしつつ称えてくれる帝。さっと見渡すと、彼だけでなく皆も涙に声を詰まらせていて。……いや、嬉しいんだよ? 嬉しいんだけども……うん、そこまで?



 まあ、それはともあれ――この沢山さわやま帆弥ほのみ、楽器はともかく和歌の才は出色。現代においても、私の和歌うたに心が動かない人など皆無……などと、そんな思い上がりも甚だしい設定などあるはずもなく――



(……いや、もうちょっと何かなかった?)


 そう、声を潜め呟く。そんな私の視線の先には、もうお馴染みの七福神――31文字の言の葉が所狭ところせしと記された木製パネルを、何とも楽しそうな笑顔で掲げる神様の姿が。


 ……いや、フォローしてくれるのは有り難い。有り難いけども……うん、もうちょっと何かなかった? 例えば……そう、突然何か降りてきたかのように、ハッと雅な和歌うたが脳裏に浮かび上がるみたいな。なのに、蓋を開けてみればこんな……うん。まるで上がんないよ、自己肯定感。



 その後、身分の高い人もそうでない人も思い思いに和歌を詠み、それぞれ称賛し合うという何とも和やかな時間を――


 ……うん、今更だけど……いやぁ、楽しいな藤壺。基本ずっとしんどかった桐壺の頃を思うと、余計にそう思う。ただ一つ不満があるとすれば、源ちゃんと逢えないことだけど……まあ、ある程度は仕方ないのだろう。歳を重ねると逢えなくなる、とは言わないまでも――程度の差はあれ、歳を重ねると逢う機会が減ってしまう可能性が高いのは、きっと現代にも通ずるものがあるだろうし。



 ……ところで、それはそれとして――


「……あの、もし宜しければ……もう一首、お詠み申し上げても宜しいでしょうか?」

「おや、珍しいね。女御からそのような申し出が上がるなんて。でも、もちろん歓迎するよ」


 宴もたけなわの頃、些か逡巡しつつもそう申し出る。そんな私に少し驚き、それでもすぐさま快諾を示す帝。


 ……いや、ほら折角だし? やっぱり、自分でも詠んでみたいじゃん? ……えっと、テーマは梅だから……梅だから――



 梅干しや。

 ああ梅干しや

 梅干しや

 今日も酸っぱい

 明日あすも酸っぱい



「…………少し、お疲れのようだね女御。今宵はゆっくり休もうか」

「至って万全ですけども!?」





「――今日は楽しかったかな、女御」

「はい、とっても!」

「ふふっ、それは良かった。それに、今日はあの個性的な和歌も凄く印象的で――」

「そっ、それはもうお忘れくださいっ」



 その日の夜のこと。

 清涼殿の寝所にて――雲の切れ目から優しく差し込む月の光を受けながら、そんな他愛もないやり取りを交わす帝と私。……あの、それはもうお忘れ頂けたらと。


 ……だけど、楽しかったのは本当。以前の――桐壺の時みたく、酷い嫌がらせを受けることもなく……それでいて、帝からは以前のように深い愛情を注いでもらっていて。唯一のマイナス要素は、おいそれと源ちゃんと逢えなくなったことだだけど……それでも、以前に比べ大部分において美味しいとこ取りの状況であることは間違いなく。



 …………なのに。


「……どうかしたのかい、女御」

「……いえ、何でもありません」


 なのに……心の奥底にこびり付く、どうにも名状し難いこの感情きもちは、いったい――













 

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