第9話 源ちゃんはご心配?

「……ほんと、似てるよね」



 それから、翌朝のこと。

 例の如く、中島にて澄明な池を眺め呟く。……いや、例の如くなんていうほど恒例でもないか。まあ、それはともあれ――


 ……うん、ほんと似てる。それこそ、実は姉妹だったと言われても、何一つ疑わない……と言うより、むしろ姉妹そうとしか思えないくらい。それこそ、このまま成長したらそのまま――



「――ここにいたんだ、女御にょうごさま!」


 

 ぼんやり思考に耽っていると、不意に届いた無邪気な声。誰かなんて、確認するまでもなく――


「うん、おはようげんちゃ……あ、いや」


 橋の方へと視線を向け答えようとするも、ふと言葉を留める。……ふぅ、あぶないあぶない。またうっかり変な呼び方を……それに、口調だって気をつけなきゃ。そう、もっと藤壺ふじつぼっぽく……藤壺っぽく――



「――あら、坊や。随分とご無沙汰ね。本日も、ますますご健勝のこととお慶び申し上げますわおほほほほ」

「……えっと、昨日も会ったと思うんだけど……うん、僕は元気だよ、ありがとう。でも……その、女御さまは大丈夫?」

「……あ、うんだいじょうぶだいじょうぶ」


 そう、本気で心配そうに尋ねる源ちゃん。……うん、健気な視線が痛い。



「……コホン。えっと、それで源……」


 ともあれ、軽く咳をし改めて口を開く。だけど、再び言葉が留まる。えっと……結局、何と呼べば良いのだろう。源氏げんじきみ? 光君ひかるきみ? それとも――


「……あの、女御さま。遠慮せずに、女御さまの呼びたいように呼んでくれて良いんだよ? その……源ちゃんでも、僕はすっごく嬉しいし」

「……源ちゃん」


 すると、私の心中を察してか、なんと源ちゃんの方からそう申し出てくれた。なんと殊勝な少年だろう。流石は我が愛しの……いや、まあ帆弥わたしの子ではな……うん、これはもう良いか。


「……源ちゃん?」


 ふと、そう問い掛ける。と言うのも――卒然、彼が私の袖をそっと掴んだから。……いったい、どうしたのだろ――


「……どこにも、行かないでね」

「……へっ?」

「……僕は、女御さまが大好きだから。その……お母さまのことは良く覚えてないから、似てると言われてもあまり分からないんだけど……それでも、僕は女御さまが大好きだから……だから、どこにも行かないでね?」 

「…………源ちゃん」


 そう、ありありと不安――そして、真っ直ぐな愛情を湛えた瞳で懇願する源ちゃん。……まずい、思わず瞳が潤ん――



「……ずっと、大好きだから……女御さまが、どれだけおかしくなっても」

「うん、最後の台詞はいらないかな」


 うん、なんかもう台無しだよ。……いや、まあ自分のせいなんだけども。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る