傭兵は副業なんです!
@irumin163
傭兵は副業なんです!
くすんだ白い壁の家々が立ち並ぶ街中、中央に純白の壁とエメラルドのように輝く屋根が映える王城が見える。
王城は大きなドーム屋根の建物の中心に鋭く尖がった円錐屋根を持つ塔と角度のついた屋根の建物で構成され、細緻で豪華な彫刻が各所に施されている。これは今から千年程前の建築様式となっており、街の中心から東にずれたなだらかな丘の上にある。
その丘を囲うように一つ目の城壁があり、そのすぐ外が街になっている。
城下町も王城と同じ白の壁で統一されているが、屋根はその主の思い思いの色となっている。
街中を進んでいると様々な料理の匂いと露店や屋台の使い古された骨組みからかおるかび臭い匂いとが漂ってくる。
そして王城へと続く邪魔するものが何もないまっすぐな大通りには隙間なく仮設店舗が並び、どこを見ても誰かがそこで買い物をしている。
明後日行われる催し物のための飾りつけをしている者やそれに向けて店の改装を行っている者もいる。
二百年間変わらない平和が続いているこの街の賑やかさはつい五年前に世界全体を巻き込んだ戦乱があったことを忘れさせる。
「もういいのです。たくさんもらったのです。そんなに持てないのですよ。」
「子供が遠慮してんじゃないよ。かごも貸してあげるからほらほらこれも持って行きな。」
「焼きたてだー!!特別安くしとくから買っていきなー!!」
「もう少し安かったら買うんだけどなー」
「お客さん勘弁してくださいな、これでもかなり頑張ってんです……」
「お兄さん、まだちょっと早いけど今からでも入れるから今晩飲んでってよ。」
「どこ見てんだい!!」
「あ痛ーーーっ、ケツがぁー」
「大丈夫か?新入り、お前はドジだな。後の飾りつけはやっとくから、おーい誰か起こしてやってくれ!!」
国王が去り、新たに女王が即位することとなった。そのための戴冠式が執り行われることになり、国の内外問わず多くの人間が王都アルヒェにやってきている。
ある者は串焼きを売るため、ある者は綺麗なだけの石を売るため、ある者は連合陣営領内では見られない食材を売るため、そしてある者は外交のためにやってきている。もちろんそれらを買いに来ている者も多く来ている
その中には王女の好かない血と火薬の匂いがする者たちが多くいる。そんな人たちは一目見ればわかる。こんな人ごみの中でもその匂いと穢れを隠すことはできないのだ。殺めた数を誇り、それを商売にしている人間だ、そもそも隠すつもりもないのだろう。
「どけどけぇ!!邪魔だーーー!!」
「止まれ!!止まれって!!聴こえねぇのか!!」
咄嗟に細い路地へと少女は姿を隠す。できるだけ帽子を深くかぶり、後ろ髪がはみ出ていないかを確認する。
警官と大型運搬車の運転手がもめているようだった。
運搬車の荷台にはCCが三機積まれていた。先の大戦において参加国のすべてが使用した主力兵器、全域対応凡人型活動機器CC。これの数が戦争の勝ち負けを決めるとまで言われている。この国は八島皇国が引き起こした戦争に参加し、ケリュオネス連合に利用されたことで軍事力の多くを失った。今は国防のための戦力を傭兵に頼ってしまっている。
トラックに積まれているCCも傭兵団のものだろう。連合製のボディに皇国製の野戦砲を担いでいる。腕と脚は最近よく名前を聞くようになったクロシェット社のものだろうか。あんな継ぎ接ぎでも装甲車両以上の脅威となるのだから驚きである。
戴冠式警護のための戦力として先週から数十機が国内に運び込まれている。
少女は国を自分たちだけで守れない現状に不甲斐なさと不安を感じていた。信用が第一の傭兵業、裏切りや反故は滅多にないと聞く。傭兵が請け負う仕事は多岐にわたるとは言え、そのほとんどは戦である。戦は結局のところ一人、一機でどうこうなるものではない。故にその経歴に傷のあるような者は雇ってもらえなくなるというわけだ。
もっともうまくごまかしている人間は少なくないだろうし、規模の大きい傭兵団であればクライアントをいくつか裏切っても食うに困るようなことは起こらないだろう。最近は企業まで国家に追いつくほどの力を持ってきていると聞くし、戦争という行為が個人レベルのものに落ちるのも時間の問題だろう。
そうやってCCの輸送で騒がしくなっている大通りを人や建物の影に潜みながら通り抜けていった。
戴冠式はまだ行われていないというのにもう酒をあおっている人、苦しそうに咳き込みながら道端でうずくまっている人、汚れた継ぎ接ぎの服で賑やかな大通りへと向かっていく子供たち、人々の間をすり抜けながらようやく時計塔広場へと辿り着いた。
そこには「移動食堂すえひろがり」という看板を掲げたキッチンカーが営業していた。軍用の大型輸送車を改造したと思われるキッチンカー、運転席のすぐ後ろがキッチンになっている。今は誰もいないようだ。
テーブルの方を見ると、スーツがよくなじむ紳士とキッチンカーからのびているオーニングと同じ柄のエプロンを来た女の子が話していた。あの子がこの店の主なのだろう。今の時代あの齢の人間が店主でも珍しくない。車は父か兄かの使い古しだろうか、移動販売車の設備が整っていて、あの子の雰囲気も上品そうであるからもともとどこか良いところの生まれなのだろうな。
しかし、キッチンカーの後ろに積まれているものは……。
いや、今はいい。それよりもはやく王都を出なければ。
出稼ぎの少年に扮した明後日この国の王となるはずだったその者は時計塔広場を後にした。
少女は追われていた。彼女の従者は車に影武者を載せ、追っ手を引きつけている。今も彼女とは反対側の市街地で時間稼ぎをしてくれている。彼らが逃げるためにも一刻も早く王都を離れなければならなかった。
太陽が王都全体を覆う二つ目の城壁の影に隠れ、見えなくなり、昼と夜が空で半分に分れている時間、彼女はようやく協力者との待ち合わせ場所へとたどりついた。時計塔を中心に城塞都市として市街地が城壁に囲まれている王都、その端の西門と南門の間の抜け道で協力者と落ち合う予定なのだ。
建物の影からその場所を覗き見ると大柄な男が二人、何やらだべっているようであった。
しかし、様子がどうも変であった。そもそも協力者は一人だと聞いていた。それにどこか陰に体を隠しているわけでも、変装しているわけでもない。荒くれ者の変装という可能性はあるが、その根拠に一人は拳銃を抜いて手の中であそばせている。銃規制などはこの国にはないが街中で銃を振り回していれば注意くらいはされる。次期女王を逃がそうという時に無暗に目立つことするだろうか?
あ奴らは協力者である可能性が低い、仮に協力者だったとしても緊張感のない不真面目な奴らに命は預けられない。
そう考えながら観察していると彼ら二人の足元に靴の裏が二つ見えた。
咄嗟に叫びそうになった口を抑えるが少し声が漏れてしまったかもしれない。少女は口元を必死に抑えて気配を消すことに努めるが。
「おい、そこに誰かいるのか?」
男の一人が一歩、二歩と近づきながらそう声をかけた。その時、気づかれてはいなかったがいきなり声掛けられたことで動転し、近くに積まれていた木箱を崩してしまう。慌てて押さえようとするが、空箱はそのまま崩れ落ち、大きな音をたてた。何もない店にすれば良かったと後悔したがもう遅い。その音は建物にも反響し、かの二人の耳にも間違いなく届いたことだろう。
王女は咄嗟に来た道を引き返して駆け出した。帽子が落ち、その中に隠れていたブロンドヘアが露わになっていることも気にせずに。その背後からは男二人の怒号が迫ってきていた。
「はい、抹茶オレ二つ!エンジョイ♪」
その声とほぼ同時に午後の三時を告げる鐘が鳴る。塔の真下にいる人々には少々耳障りにも感じるほどの音を響かせる時計塔は独特な形をしていた。前後が非対称の形をしており、文字盤のある面に飛び出している窓が二か所ある。展望台のようにも見えるが、人がいる様子もなく、そもそも時計塔の入り口もパっと見ただけでは見当たらない。さらに意識して見てみると文字盤と鐘が後付けされたような不自然さを覚える。
そんな時計塔の下にある広場でキッチンカーが営業していた。「移動食堂すえひろがり」と書かれた看板が立てられ、木製の組み立て式のテーブルと椅子が並べられている。広場の真ん中にある噴水を背にスカイブルーとホワイトのストライプに塗られている軍用輸送車を改造したキッチンカーが停められており、そのカウンターから木製の踏み台を小走りで下り、ドリンクを手渡す少女がいた。
キッチンカーと同じ柄のエプロンを身に着け、夏の向日葵のような笑顔を客に向けている。健康的な痩せ型で丸い金色の瞳に長い睫毛、ぷくりと柔らかそうな頬と唇には幼さが残っており、十八歳かそれ以下に見えるのだが、客との会話、ゆったりとして見えて隙の無い歩き方など、彼女の立ち振る舞いには不思議な貫禄があり、見た目よりはるかに大人びて感じる。接客には慣れているようだが、脚に怪我でもあるのか地面をしっかりと捉え、自分の身体が支えられていることを確かめながら歩くような独特な足運びをしている。
「8番と5番にオリジナルサンド、お茶とスムージーです。早くするですよ」
抹茶オレを受け取った客が離れるとすかさず、伝票がカウンターへと投げ込まれた。投げられたそれを掴み、声が聞こえる方へ目を向けると金目の少女のエプロンやキッチンカーと同じ配色のワークキャップのてっぺんだけがかすかに見えている。腕を組みながらサンドができあがるのを待っている女の子はカウンターの少女よりも背が低くく、彼女の肩程の高さで、見た目も雰囲気も幼そうであった。深くかぶられた帽子の裾からは夜色の髪の毛が見えた。帽子は彼女の頭よりも一回り以上大きいのだが、不便そうな様子もなくおさまりが良いようであった。
「オリジナルサンドとお茶とスムージー、はい。これで全部ね」
「遅いですよ。何年客商売してるです?」
ぞんざいな口調は少々たどたどしく、言葉に不慣れな印象を抱かせる少女は二席分のお盆を抱え、小柄な見た目から危うく見えるもののお盆は水平のまま、載せられた飲み物に波は立たないほど安定していた。オリジナルサンドを三人分、スムージー二つとお茶を一杯配り終え、カウンターへと戻って来る。
「お代、受け取るです」
「ご苦労様、じゃあこれをお願い~」
帽子の少女はカウンターから一枚のメモを手渡される。
「なんです?」
「明日の食材、市場で見てきて」
「フミがお前といるのはこき使われるためではないですよ。たまにはお前が……」
「行ってくれたらさっきのお代、全部お駄賃にしてもいいんだけどな~?」
「……さ、さっさとお金を渡すです!」
金目の少女からお金を受け取り、帽子の少女は広場から王城の方向へ、飛び跳ねるように駆けていった。街の喧騒が無ければ鼻歌がキッチンカーからでも聴こえてきたかもしれない。
彼女が走っていくのを見届けて金目の少女はキッチンカーから降りる。注文を全て捌き、新しい客も来ていない。少女は組んだ手をゆっくりと頭上に持ち上げてのびをした。
しばらくして食事を終えて去っていく客に手を振りながら、空いたテーブルを回り、皿やコップなど回収していると少女はある客の広げていた新聞に目が留まる。そこにはでかでかと『新女王明日戴冠!』と見出しが書かれ、それに付随する記念硬貨や切手の販売、イベントの宣伝などが掲載されていた。その目立つ記事を横目に食器を重ねて、キッチンカーに引き上げようとするとその新聞を広げている男から注文を受ける。
「お茶をもらえるかね?」
いきなりかつ端的な注文故に反応が遅れ、「はい!ただいま!」と少女が言うまでにしばらくの時間を要した。瓶からティースプーン二杯の茶葉をポットに入れ、やかんで気持ち高めの位置から注ぐようにして蓋をし、客に出すカップにもお湯を注いでカップを温めておく。彼女は茶こしとカップ、ポットを客のもとへと運んだ。カップとポットを客の前に置き、くるりとカップの持ち手を向かって右にする。
「ごゆっくりどうぞ~」
そして、立ち去ろうとした時に再びその男は少女に声をかけた。新聞を折りたたんで逆さまに置かれた帽子のしたに置き、カップにお茶を注ぐ。
「少し話をしないか、新聞を読み終えて暇なんだ。ちょうどわし以外の客も帰った。こんな中途半端な時間に客もそうそう来んだろう」
「うん。わかった。いいよ。それでどんなお話?」
彼の向かい側の椅子を引き寄せ、そこに腰かけた。帽子もジャケットも彼の身体にとても馴染んでおり、着古されているが手入れが行き届いている。ぞんざいな口調や客がもう来ないだろうという彼の失礼な推測など初対面の人間に対してどうなのかという疑問を飲み込み、金目の少女は男と話し始めた。
「わしも色々経験したが、お前さんのそれが少々珍しくてな」
壮年の男がカップを右手に顎で指した先は、キッチンカーを兼ねているポップなカラーに塗装された大型輸送車の後方であった。荷台には何かしら大きなものが積まれており、幌布の上からロープやクレーンで固定され、大まかな輪郭が浮かんでいる。風が吹き込むと一瞬できた隙間に陽光が差し込み、鈍い反射光が目にささる。それが大きな金属製のものであることしか素人の目にはわからない。
「見たことない機体だ。連合のでも皇国のものでもないな、小さすぎる。どこのなんだね?」
「さあ、どこの子なんだろう、ねっ?」
少女の視線は自分の脚からすうっと持ちあがり、輸送車に向けられる。そして男へと視線を戻し、話題を変えようと試みる。
「そういえばここ、わたしみたいなのも入れてくれるってちょっと意識低いな~って思ったんだけど、どして?」
「わしも同意見だ。まあ他に入って来た連中に比べればお前さんは大分と好いがな」
一呼吸おいて男は紅茶を啜り、言葉を続けた。
「戴冠式の治安維持要員や護衛を方々から集めてる。戦争で敵も味方も大分と死んだ。国王すら自国の力で守れんのは不甲斐ない限りだが、式典中の盾にさえなればなんでも良いのだろうな。だが、それを知らんとは本当にお茶を淹れに来ただけのようだな」
「そっかぁ!!だから、なるほどねぇ~。検問で『ご協力に感謝します』とか、『弾薬燃料その他費用に関してはうんぬん』とか言われて、ちんぷんかんぷんだったんだよね」
「お前さんのような人間は弾さえもらえれば働くのだろう?あれで」
男の冷たい目が少女を睨みつける。少女はそんな視線に臆することなく、空になったポットとカップをお盆に載せて、立ち上がった。
「お守りみたいなものだよ。困ったときに傍にある、それだけ」
「ふ、そうかね。お茶、美味かったよ」
二回分のお茶代より少し多めのお金と新聞をおいて男は帽子をかぶり立ち去って行った。新聞は折りたたまれたまま、戴冠式とそのための治安維持隊員募集の記事が表になっていた。
「ふふ、やな客」
お金をエプロンのポケットに、新聞を脇に挟んで空いたテーブルを拭く。鐘はとっくに鳴り止み、五時過ぎを指していた。
「買ってやったですよ!かごはお前が返しに行ってこいです」
帽子の少女は大きなかごの取っ手を持たず、地面に引きずらないよう胸の前に抱えていた。キッチンカーへ戻ろうとしていた金目の少女はかごから飛び出した太い尾びれを見て溜息をつく。
「それ、どうやって調理するの?」
「知らんです。とにかく美味くしないと承知しないです」
いつもであれば夜間の営業の準備を始めるところだが、昼が思いのほか盛況だったので少女たちは仕込みを忘れていた。メニュー表をさげ、看板を裏返して閉店を示す。テーブルとイスは明日の営業もあるし、とそのままにして、キッチンカーへと二人で入っていった。段差を登るために足を上げた時ズボンの裾が持ち上がり、金目の少女の足首が露わになる。一瞬見えたそれは鈍い銀色の光を反射していた。
すっかり日が沈み、時計塔の広場では、テーブルにイスが逆さまにして乗せられ、キッチンカーのカウンターには幕が降ろされていた。片づけを終えた金目の少女は今日の夕食を作っているところだった。彼女は歌を歌いながら鍋をかき回していた。
「料理の秘訣はさしすせそ~♪差塩♪塩♪(う)す塩♪せんごう塩♪ソルト♪」
夕暮れ時に帽子の少女が市場で発見してきた魚の干物を煮込んでいた。淡水魚なのか海水魚なのか、形が魚なだけの別の生き物なのか、少女は知らなかったが魚として調理していた。灰汁を取りつつ煮込んでいくが、特に悪い香りはしてこない、というよりほとんど匂いがない。灰汁が目立たなくなってきたところで味見をしてみるとお湯ではない味のはるか向こうに魚の臭みを感じる。
彼女は当初の予定を諦め、小魚の塩漬けと乾燥野菜の缶詰を取り出し、鍋へと放り込んだ。鍋に赤い色と缶詰の味が移ったところで味見をしつつ、塩を少量ずつ加え、そして火を止めた。二人分を注ぎ入れ、鍋の蓋をしめた。
あらかじめ作っておいたおむすびを二つずつ皿にのせ、予定していなかった魚のスープと一緒に車外へ出る。キッチンカーのカウンターの横にテーブルと二人分のイスが向かい合うように置かれており、少女はそこに料理を並べた。テーブルには昼間とは違う紺色のマリンキャップをかぶっている少女がすでに座っており、頬杖をついてご機嫌そうに体を揺らしていた。
料理をのせたお盆を並べて金目の少女は彼女の向かい側に腰かける。そして静かに両手を合わせて帽子の少女に目配せをする。それに倣い帽子の少女も手を合わせる。
「「いただきます」」
スープをかき混ぜ底に溜まった具や出汁を均等にする。湯気を息でとばしつつ冷ましながら飲む。乾燥野菜の甘味とうま味の凝縮された缶詰の魚が食欲を駆り立てる。そこへ塩むすびを口いっぱいに放り込む。
「ダシってとるの難しいんだなぁ……」
決して不味くない、むしろ美味しい魚のスープを啜りながら少女は肩を落としていた。口の中が期待していた味を食べられなかった落胆、というより違和感を乗り越えられずにいたのだった。金目の少女はまだいい。肩を落としながらもすでに飲み干した帽子の少女がスープの皿を投げつけるように置いた。
「……これは、どういうことです?」
「美味しいじゃん?」
「あの大きい魚の味がしないのです!美味しいけど、そうじゃないです!いつもの缶詰の味です!」
「しばらく煮込んでみたんだけど、なんか油も出汁もぜんぜん……」
「不味くはないので、半殺しです」
「ちょ、なんで、まって、食事中にふざけるのはお行儀わるい!!っていうか、あんたが買ってきたやつじゃない!!」
そのように出会ってから幾度も繰り返したやりとりをしている二人のところに少年がやって来る。帽子の少女と取っ組み合いを継続したままその少年を目で追った。少年は何かを探しているようでひどく焦っていた。広場には大きな時計塔と街灯とキッチンカーが一台あるのみ彼女が探し求めるものはないようである。しかし、気が動転しているのかその行動を止められないようであった。
「ねぇ、あれ見てよ」
「気を逸らそうと?そうはいかないのですよ!」
「待って待って、ほんとにあれ!」
「ん?わたわたしてる小童がどうしたのです?それよりこっちの方がだいじなのです!」
「ちょっと、一旦たんま、困ってそう、いたたたたたっ」
「これに懲りたら料理の練習ちゃんとやるのです!」
「ほらあの子こけた」
「こけたのです。あれは厄介事の匂いがするのです。関わらないにこしたことは無いのです」
「助けるに一票。だって、ほら、子どもが一人で、夜に、あんなに怯えて、ただ事ではないでしょ?」
「報奨が貰るわけでもないのです。助けるだけ大損なのです。無視して寝るに一票なのです」
「あんたほんとに血の通った人間なの?天上人らしく慈悲の一つや二つ見せてみたら?」
「血の通った人間なので女神や天使のような行為を求められてもできないのです」
そしてキッチンカーの横で取っ組み合いをしている金目の少女は少年と目が合った。いやそれは少女だった。街灯の明かりだけで見えなかったが光が透ける長いブロンドヘアが見えた。その少年のような恰好をした少女はスープ皿を両手でもっている金目の少女に足を絡ませながら駆け寄って来る。焦りでまともに駆けることができず彼女の膝に頭を埋める形で転んだ。少女はスープを万歳の形で避け、自分のところに来たブロンドの少女を見た。
「追われているの!お願い!助けて……!」
夜の街灯に透けるように輝く金色の髪、それと同じ色をした瞳は潤み、周りを赤く腫らしていた。顔立ちは帽子の少女よりもさらに幼く、頬や唇など顔についているすべてのパーツが赤子のように軟そうであった。服越しに感じる体は小柄ながらも健康的で、男の子の体つきではなく金目の少女は「やっぱり女の子だ」と思った。
「お願い……」
「えーっとー」
エプロンにしがみつき懇願する少女を見ながら状況を理解してきたものの彼女にかける言葉が出てこない。彼女の隣にいる帽子の少女も調子をくずされて立ち尽くしている。そして首にかけていた腕を外しながらため息をつき椅子に座り直した。
金目の少女と帽子の少女は言葉を発することなくお互いの視線で助けるか助けないかを言い争っていると広場が騒がしくなった。
「おい、そこのお前!!」
男の怒声に金目の少女の注意が移る。敵意を持った声と雰囲気に体が締まり、二人は臨戦態勢に入った。
「おい!そいつを黙って引き渡せば見逃してやる!おい女ぁ!さっさと来い!」
「……」
顔を真っ青にして震えるまるで彼女を見て少女は今まで持っていた食器をゆっくりとテーブルに置く。彼女に手を添え、帽子の少女に渡す。両手を上に抵抗の意志がない事を伝えながら二人を隠すように前に出た。少女は反射的に帽子の少女に寄りかかり、帽子の少女の服が彼女の体重を支えるために下に強く引っ張られる。
「女の子一人に大男二人は卑怯じゃない?こんなに怯えさせてどういうつもりかな?」
両手は上げつつゆっくりと男の方へと近づいていき、その間に帽子の少女は彼女を引っ張りながら男たちの視線をきり、キッチンカーのドアへと向かう。
「命が惜しければ詮索しないことだ」
怒鳴っていた男の相方が威圧とともにそう口にし、開かれたキッチンカーのドアへと銃弾一発撃ちこんだ。冷静さと余裕のあるように見える態度だが、相応の覇気は感じられなかった。もちろん自分の目の前の声だけが大きい男にも。
「そうは言うけどぉ?こんな状況で『はいそうですかー』は無理でしょ?」
「ああ!もうめんどくせぇ!散々街を歩かされてこっちはイライラしてんだ!!」
ジャケットから拳銃を取り出し、男が金目の少女へと近づく。彼女は姿勢をそのままに男を睨みつけている。
「もう殺しちまうか?」
男が少女の額に銃を押し付ける。逃げてきた少女は何も出来ずに目を瞑り、へたり込む。拳銃の乾いた発砲音が四度鳴り、耳鳴りの後に街の生活音のみが聞こえる。
少女が目を開けると、金目の少女に迫っていた男は両方の太ももを撃ち抜かれ、うずくまっている。後方にいた男の相方は両肩を撃ち抜かれてその場に膝をついている。彼女の視線が目の前に依然として立っている少女に移ると彼女の手には男が彼女の額に押し付けていた拳銃が握られていた。その光景を茫然と見つめていた少女の手を二人が引く。
「こっち!」
「早く乗るです!」
彼女たちに引かれるままキッチンカーに乗り込み、三人の少女は夜の街中へ走り出す。アクセルを力に任せて踏み込み。歴史を感じる白い街中を大きなキッチンカーが疾走していた。運転席に座るエプロンの少女はうかない様子でハンドルを握り、助手席の追われていた少女は俯いている。
「あ……あの……」
「あ~もうっ。最悪の、最悪なのです!」
助手席の背後から聞こえてきた帽子の少女の声に助手席の少女は言いかけた言葉を飲み込む。
「鍋。かたしてくれた?」
「ちゃんとしてきたですよ。お店の机全部置いて来ちゃったです!作り直すのこれで三度目なのです!絶対今回はやらないですよ!!」
「なんでよ?一人であの数無理だって!!」
帽子の少女は運転席を睨みつけながら助手席の背もたれをバンバンと叩いた。叩かれる度に助手席の少女の顔が暗くなっていく。
「まあ、まあ。それよりも、この子の話が先でしょ?」
金目の少女に軽くあしらわれてしまい明らかに不機嫌そうな様子で帽子の少女は助手席にしがみついた。片手でハンドルを握る金目の少女に話を振られ、助手席の彼女の肩が小さく跳ねる。
「あ、あの、巻き込んでしまって、申し訳ありません」
「いいよ、別に。机全部置いて来ちゃったのは勿体なかったけど、あの状況じゃ仕方ないし。それで?」
「えっと、ご挨拶が遅れました。シュバルツェンブルク王国第一王女アンネリーゼ・フォン・シュバルツェンブルクです。実はクーデター派の襲撃を受けまして命からがら逃げてきたのですが、にぃ、家臣は囮の為に別れ、脱出の手助けを頼んでいた協力者はすでに……」
「なるほど。あなたが女王になる前に殺してしまおうと……」
「え?は、はい、おそらく」
「まさかね~。服の割に育ちが良さそうだな~って思ってたら王女様とは。で、どこに向かえばいいの?」
俯いていたアンネリーゼは驚き顔を上げる。しかし、また俯き困ったように眉をひそめる。
「まさか、また?またなのです?これはまずいのです!!関わりたくないのですよ!」
「て言ってほっとけないじゃない?その、この子を逃がしてくれた人ももう逃げてるだろうし、そうじゃなかったら捕まってる。協力者の人もすでにほとけ様。深入りも詮索もするつもりはない。けどそこまでは一緒に行ってあげようよ、ね?」
そう言いながら金目の少女は姫様に微笑みかける。俯いたままなのは変わらないが、彼女の震えは止まっていた。助手席の背もたれに寄りかかりながら帽子の少女はブツブツと何かを口にしていたが、彼女の目には諦めの色がうつっていた。
「ありがとうございます……」
「わたしはヨウカ。これはヒフミ、言葉は変だけど頭はいいよ」
「お前馬鹿にしてるです!あと「これ」とはしつれいです!アクチュエータに砂をかませてやるですぅ!!」
「ばか、それだけはほんとにダメ!お金稼げなくなる!!」
アンネリーゼは車内の空気に少々驚きの表情をしていたが、先ほどまでの震えは止まっていた。彼女が落ち着いたことに安心したヨウカであったが、あるものが目に入り、表情が険しくなる。
「あたまぶつけたです」
「さいあく~。でもそうか。そうよね~。アンネリーゼ、様?後ろに隠れてて」
「どうしたのですか?」
「あれ」
少女が指した先では、工事中の幕がかかり、立ち入り禁止と書かれた立て看板がされている建物の前で赤い制服の集団が道を塞ぎ、通過する車を一台ずつ改めていた。その周りには警官らの制服と同色の武装した機動車両が数台停められていた。車両上部に銃座があり、誰も立っていないが、武装された車両がそこにあるだけで街の人々に威圧感を与えていた。
「隠れていて、とりあえず誤魔化してみる。フミ、あんたは”あの子”の世話ね」
「もし気づかれてしまったら……?」
「強行突破!かな、だから何か丈夫なものに捕まってて」
キッチンカーの荷台へと向かっていく帽子の少女は溜息をつき、もはや厄介事は避けられないと荷台でしがみつけそうな場所を思案していた。
髭を生やした穏やかな目元が特徴的な警官が帽子を脱ぎ、お辞儀をしている。それにお辞儀を返しながら運転手は車を発進させる。
「お忙しいところ申し訳ありませんでした。さあどうぞ。次、止まって下さい!」
少女たちの乗るキッチンカーはゆっくりと前進し、バーの前で止まる。彼女のキッチンカーは元は軍用輸送車であり、その巨体は自然と視線を集めた。
「どうかしたんですか?」
スカイブルーとホワイトのキッチンカーの窓を開け、何もないかのように振舞う。高い位置にある運転席を見上げる形になる警官は優しく、大きな声で呼びかけた。
「ええ。不審物を積んでいる車を見たという通報がありまして。明後日は戴冠式もありますので。安全のため、申し訳ありませんが、ご協力お願いできませんか?」
「はい。大丈夫です。フミ、お願い!」
「わかってるのですよー」
壮年の警官が顎で指示し、若い警官たちが荷台へとあがる。警官隊たちは木箱やタンク、幌の中を検めており、時折少女の怒号も聞こえてくる。荷台でヒフミが叫び声をあげる度にヨウカは壮年の警官に苦笑いをしながら軽く頭を下げた。
警官たちは知ってか知らずか少女たちに察しはつかなかったが、この国が今探すべきものは知っている。図らずも荷台の積み荷や食糧庫に警官たちの注意を引くことができ、ヒフミの怒号も彼らの気を引くのに役立っていた。見る物が多いだけにいくらかの時間を要したが、おおかたの検査を終えた警官たちは荷台から降り、ヨウカは運転席からヒフミの姿と共にそれを確認する。
荷台から降りてきたうちの一人が壮年の警官のもとに駆け寄り、耳打ちをした。
「傭兵の方ですか。明日の警備にご協力くださるので?」
「はい。そのつもりです」
「それはそれは本当にありがとうございます。荷台の方は特に問題ありませんでした。次は車内の方を見せてもらっても?」
「えぇーっと、それはー」
「何か問題でも?」
警官の目つきが変わる。表情が穏やかなのに変わりはないが雰囲気がガラリと変化し威圧感が増す。咄嗟に他人が入れないような嘘を考える。
「そのー、下着がそのまま干してあって……」
「ああ!それは失礼いたしました!」
「いえいえ、大丈夫です……。あはは……」
我ながら苦しかったと思っていたが、案外怪しまれなかったことにヨウカは安堵する。
「では、女性の警官を呼びますのでそのままお待ちください」
「え!?」
「どうかしましたか?」
「えー、すみません!!」
謝ると同時にアクセルを踏み込み検問のバーを破壊する。一瞬の出来事に警官たちは茫然としていた。
「おい!!待て!!」
壮年の警官の低い怒号はもうキッチンカーには届かない。その警官は若い部下を指差し、「お前軍本部に応援を仰いで来い。他は車に乗り込め、追いかけるぞ!」と指示を出す。
荒い運転でキッチンがひっくり返っている想像を振り払いつつ、少女はアクセルに力を込めていく。前方を走る車たちをできる限り避け、しかしほとんどを弾き飛ばしながらスピードを上げていた。
「やっぱり、ダメだった!」
てへっと舌を出しながら笑う。状況に対して余裕そうなヨウカに対し、アンネリーゼは出会った時よりも不安そうな表情で調理器具を入れる収納場所から這い出してきた。しばらくして荷台から帽子の少女が戻って来る。
「危うく落ちるところだったです!!いい加減にしろ、ばか!、あほ!、です」
「痛っ、危ない、事故る、事故るって!」
「もう十分事故ってるです!!」
車に揺られながらアンネリーゼは助手席へ、ヒフミはその後ろへと戻る。
「どうなさるおつもりですか?」
「すぐにでも包囲網が敷かれると思うから、その前に王都を出る。一番近いのは西方向の門で、補足される前に逃げられれば私たちの勝ち」
「もしその前に包囲されれば……」
「あまり使いたくない奥手を使うことになるかな」
車を右へ左へと避けて進んでいく。後方から武装した車が数台追いかけてくるが、ヨウカにはその数を把握する余裕がない。カーブを繰り返し、追っ手を引き離そうとするが、車種や荷台の積載物のために思うようにスピードが上がらない。
「フミ!運転代わって!!」
「運転苦手って言ったで、ちょ!代わるなら代わるって言えです!」
そう言うとすぐにハンドルから手を離し、シートから立ち上がった。ヒフミはとっさにハンドルを握り、ぎこちない動きで運転席へと移った。彼女よりも荒い、と言うより慣れていない運転で車内がさらに揺れる。不安定な車内をヨウカは荷台の方向へと進んでいく。車窓から追跡者の車が追い付いて来ているの見て「もっとアクセル踏んで!!」と叫び、後方のドアを開け、外へ出た。
暴走車は街の街灯や路肩の車などを弾き飛ばしながらふらふらと必死に道を駆けていた。警官隊たちは飛んでくる瓦礫や車を避けつつ、つかず離れずの距離を保ち、そして逃走者たちを追い詰めつつあった。
その時、車体に固定するため、あるいはそれを隠すために張られていた幌が繭のように千切れ、風に舞う。警官隊たちの車両は視界が奪われるの避けるために幌布を避ける。そのために視線が逸れた瞬間、キッチンカー右後方の車両が道を逸れて建物へと突っ込んでいった。左の前輪が車体ごと抉られていた。脱落した仲間に目を奪われている間に照準は次へと向けられていた。気づいた瞬間には車両は逆さまになっていた。前輪の動きを強制的に止められ、警官隊車両は回転していた。その車内から警官たちは人の形をした機械の開かれたままの胴体部分にエプロン姿の少女がいるのを見た。
キッチンカーの後部には銃口から煙をなびかせ、射撃姿勢のままのCCが温度もなく後方の街の喧騒を見つめていた。それはこの世界の主力兵器。しかし彼女の駆る人型兵器はこの世界でも特殊なものであった。腕と脚それぞれの骨は二本、各関節のアクチュエーターは二つずつ備え付けられている。アクチュエーターを保護するためにドラム型の堅牢なカバーがされているが、駆動部以外のフレームに外装はほとんどなくむき出しになっている。胴体部は中央正面にコックピットがある台形に近い形で、蟹や蛙を思わせるような薄べったい形状をしている。明るい色で塗装されたキッチンカーに対し、暗い灰緑色の機体色には遊びが無い。
「敵車両、排除っと」
言葉自体はいつもの調子を残しているが、昼間とは異なる抑えられた表情に無機質な声で必要事項を口にする。ヨウカは思い出したように座席後方に掛けられた大型ヘッドセットを頭に装着する。そして右耳後ろにあるスイッチを押し、「あーあー」と意味のない声を発する。
『もしもーし、追いかけてくる車は排除したから、そっちに戻るね。大丈夫だった?どうぞ。』
運転席と助手席の間につけられた丸いスピーカーからヨウカの声が聞こえてくる。帽子の少女は歯を食いしばりながら「うっくぅう」「はっ、う、ああ」とうめき声を漏らしながら右へ左へとハンドルを漕いでいた。まだ大型輸送車を止めるほど大きなものにぶつかっていないがそれも時間の問題だろうと思われる運転である。
『お~い?も~しも~し?』
『は、早く戻るです。事故っちゃうですよ。ぅわあ……。』
『もう。だから練習してっていつも言ってるじゃ……』
キッチンカーが十字路に差し掛かった時、左方向から強い衝撃を受ける。舗装路のレンガの破片が車体や機体へと降り注ぐ。衝撃を受けた車体が右へ大きく傾くが、ヨウカの機転によってすんでのところでバランスは保たれた。ヨウカは冷汗を拭い、次の障害に対する打開策を思案した。
白ベースに赤のワンポイントの塗装が施された近衛CCが立っていた。機体各所につけられたポジションランプが消され、砲口から煙を吐きながらキッチンカーへと迫る。
コックピットハッチを閉め、残っていた幌布をすべて捨てる。
「CC相手だから手近な警備を寄越したのかな。車を止めて戦ったところで応援が来れば厳しい。二人だけ行かせて……いやいや私が助からなかったら意味がない。私もあの子も来たばかりだし、姫様の土地勘もあんまりあてにできないし……。よし!これでいくか!フミ!!」
「また、無茶を……運転代わるです!」
「え!?ですが、私軍用車は触ったことも……」
「運転だけなら似たようなもんです!!早く代わるです!!」
「えぇ!!そんな、ひぃいいい!!」
キッチンカーと敵四脚CCが直線上に並ぶ。威嚇ではない攻撃が間もなくとんでくる。近衛の四脚CCのパイロットが照準器を覗き込む、報告通りの大型輸送車が西門方面へと背を向けて走っている。そう大型輸送車だけが。
パイロットがあわてて照準器を折りたたみ、先ほどまで車両後部に載っていたはずのCCを左右へ旋回しながら探すが、どこにも姿が無い。
「どこだ!あの一瞬で。CCが入れるほどの道も影もこの大通りにはない、なのに。なのに……。まさか!!」
輸送車に備え付けられた機体を支えるためのクレーンが上に引っ張られていた。近衛CCは機体がとれる仰角いっぱいに視線を上げる。神月のみが明るく見える夜空に小型の二脚CCが筒状の物体を抱えて浮き上がっていた。輸送車のクレーンのワイヤーが二脚機をつなぎ止め、ワイヤーは夜に融けていた。この世界に生きる者のほとんどは風船だと思い込むことだろう。
「嘘だろ。そんなのアリかよ。飛ぶヨトゥンなんて聞いたことも……」
四脚のパイロットは焦り、込めた砲弾をろくに狙いもせず発射してしまった。それはほぼ真っ直ぐ二脚機に向かっていったがあたるはずもない。弾が打ち出された砲台は再装填のために水平に戻される。その瞬間、重力に任せて二脚機が四脚機をクッションにして乱暴に着地する。四脚機はその衝撃を受けとめきれず、地面に潰れる。
ヨウカは持っていたドラム缶を胴体部中央にねじ込むと、ワイヤーがピンと張り、輸送車が進むのに任せて二脚CCの体が引かれ、一気に敵機との距離が開く。最後の仕上げ、腰に構えられた小型のCC用機関銃から数発の弾丸がドラム缶へと撃ち込まれ、派手な見た目の爆発が起こる。その間25セクト。
30セクト経過してワイヤーが巻き取られていき、ヨウカのCCは輸送車の荷台へと着地した。
「ほぉ~、ガスギリギリ……」
スラスター用ガスの残量メータが警告域の端に達しているのを見ながら、ヨウカは顔の汗をぬぐった。しかし、まだ王都の市街地から抜け出せていない。ヨウカは気合を入れ直す。
そうして西門と広場が見えてくる。警官隊が到着しつつあったが、車両数台が道を塞いでいるだけで逃亡者の足止めの準備は整っていなかった。輸送車が猛スピードで向かってくるのに気付いた警官がスピーカーで車の停止と投降を呼びかけるが、姫君は止まらない。あわてて警官隊たちは警告を繰り返しながら車両に向かって発砲するも、その輸送車は警官隊の車両を蹴散らして、門を突破する。車両後部に鎮座するCCが置き土産に、大通りで四脚CCを止めたドラム缶を投げ、ちょうど門の真下に転がした。数発の弾丸を撃ち込まれたドラム缶は爆発し、運悪く近かった警官たちは吹き飛ばされた。門のレンガは崩れ、車両での突破は困難になったのだ。
度重なる混乱で不完全だった包囲は完全に崩れ、西門周辺には負傷者が溢れることになった。それに乗じCCを乗せたキッチンカーとともに少女たちは夜の農業区へと姿を消した。
「やられたな……」
「隊長!追いましょう!ここまでやられて逃がしては……」
「負傷者の手当を優先しろ!」
「しかし……」
「今の装備で瓦礫を撤去しての追跡は不可能だ。それに戦闘は俺らの仕事じゃない。この混乱で街にも少なからず被害が出ている。対応を急げ!」
「はっ!」
警官は姿勢を正し、敬礼をした後、すぐに駆け出していった。隊長は力の抜いた敬礼を返す。
「なんだか、面倒くさいことになりそうだ……。お偉いさんはどういうつもりなんだか……」
明るく賑やかで狭い市街地に比べ、今キッチンカーが走っている農業地区は暗く静かで広々としていた。収穫時期を迎える黄金の穀倉地帯が神月の明りによってのみ照らされている。スピードを変えず、王女はアクセルを踏みしめていた。戦闘に入り通信ケーブルが切断される前にヨウカに言われたことを全て終え、安心しているのだが、今さっきまでの騒動による興奮がいくら言い聞かせても冷めない。心臓が大きく鼓動し、目は見開かれ、呼吸は浅く早く、どれも苦しい。ハンドルを握る手からは血が出そうなほどである。
四脚の近衛CCとの戦闘の直前にヨウカはクレーンで機体を引き戻すようヒフミに指示を出していたのだった。荷台部分に通じるドアが開き、二人の声が聞こえてくる。
「いや~、包囲が完全じゃなくて助かったね~」
「バカ、急に無茶を言うなです!何回も上手くいくと思うなですよ」
「いたっ、不意に後頭部どつくのやめてよ……」
間の抜けた声でヨウカがヒフミとともにやって来る。服と髪に乱れがあるが、汚れも傷もなく、焦りも興奮もない。吹きかけた鍋を止めてきたくらいの平静さを保っている彼女を見て、王女は興奮が自然と和らいでいった。そしてキッチンカーがゆっくりと停車する。
「……ごめんなさい、力が抜けてしまって……」
「頑張ったね。あとは私が運転するから。あっ!でもまだ寝ちゃだめだよ!どこに行くのかまだ教えてもらってないし」
再びキッチンカーが今の主による運転で走り出す。キッチンカーは安定して速く農業地区を駆けた。ヨウカはまっすぐ前方の森を目指し、アクセルへと込める力を強めた。
隙間なく葉が生い茂った森の中は神月の明かりが届かず、真っ暗闇であったが、ヨウカは街の中を疾走していたときと変わらず速度を緩めずにキッチンカーを走らせていた。木々の枝も根も気にせず、轢き千切りながら奥へ奥へと向かっていく。
「ねえ!それでどこに向かえばいいの?」
「は、はい。西の谷で国境警備をしているシュラハタール辺境伯が匿ってくださると聞いています」
「西の谷か……。このまままっすぐでもいいけど……姫様、このあたりに川か、大きな湖はある?できれば西の谷の方向に続いているのがいいんだけど」
「え、えっと、川ですか?かわ、かわ……。今どこかわかりますか?」
「西門を出てほぼ真っ直ぐ森に入ったです。森に入ってからは少し南西に向かって進んでいるです。わかるです?」
「……。王都の西門から正面に山脈があります。そこから流れてくる川の支流の一つがこの森にあります。北の方向に向かってください。そのうち合流できるはずです」
ヨウカはアクセルをいっぱいに踏み込み、突き進んでいく。すると森が途切れ、月明りに照らされた川が見えた。風のない今夜は川面がとても凪いでおり、石の隙間から伸びる草花も微動だにしない。小動物と虫だけがそれらを揺らすために余計に注意をひかれるのだ。ヨウカはおもむろに立ち上がると姫の手を取り、車を降りるように促した。
ヒフミの方はキッチンの戸棚から缶詰のスープを適当に取り出し、寝床の近くに隠してある小型拳銃を持って二人の後に続いた。
「早く、こっち」
「どうなさるおつもりですか?」
「車はここにおいてく。この車じゃ森の中でも目立つし、いざという時に何もできないから」
ヨウカたちは車のキッチンのさらに後ろへと向かった。警官隊を退けたCCがそのままうなだれていた。
「私のCC、これで川を上って辺境伯のところに行く。川で跡を誤魔化せるといいけど」
「しぃーしー?このヨトゥンのことですか」
「そうそう」
座席や制御装置などがやや前方に傾いており、手や足で踏ん張っていないと座っていられないような角度あったが、ヨウカは慣れたように難なく腰かけ、計器やモニター、操縦桿、ペダルなどの確認を行っていった。一通りの点検を一瞬で終え、コックピットから身を乗り出し、荷台の隅で立ち尽くしていた姫様に乗るように促した。姫様は初めて乗り込む機械に不安を覚えながら彼女へと手を伸ばした。ヨウカは姫様を引っ張り上げると彼女を膝に乗せた。ヒフミはコックピットの座席右後方の隙間、彼女の定位置である簡易座席に体を納めた。コックピットは外見から抱く印象よりは余裕のある広さだったが、三人で乗るにはやはりコックピットは窮屈であった。
「機体起こすから、捕まってて」
グローブ状の操縦桿に手をはめ、握ったり開いたりするとそれに連動してCCのマニピュレータが動作する。しかし、王女の視線を奪ったのは彼女の脚だった。オーバーオールの裾が太ももまで上げられて露出した部分、大腿の半分から下が機械になっている。コックピット正面下にある装置に両足を差し込むのだが、足の各部位が花弁のように開いていき、足元の装置にそれぞれ接続されているようであった。またその装置はコックピット下部全体に広がるいくつものケーブルや機構が繋がっていた。ヨウカがその装置に脚を差し込む動作はまるで根を張る木のような印象を抱かせる。それを見て心配そうな表情を浮かべる王女に彼女は笑顔を向ける。
「動かすから頭とかぶつけないようにね!」
コックピット背部から回転に伴う振動が起こると機体は動き始めた。冷却の為の排気と吸気が小さな風を生み出して枝葉を揺らし、おおよそ人の形をしたそれは三人を乗せて立ち上がった。コックピットハッチが重い音をたてながら閉じていく。弾倉が空になった機関銃を放棄し、二本足で立つその機械は兵器とは思えない繊細な動きで輸送車を降りた。そして冷たい川に機体を隠し、川を上っていった。
王女の案内と王都で一応買っておいたシュバルツェンブルクの国土全体が描かれている地図を見ながら西の辺境伯領へと進んだ。
北から昇ってきた神月が頂上を超え、南に傾いてきたあたりで、膝の上の王女様からの応答がなくなった。
ヨウカの肩にもたれながら寝息をたてている。
ヨウカとヒフミはお互いに目を合わせ、「このまま寝かせて、あげるか……」「はぁ~まったくなのです」と言葉を使わずに会話する。
神月が南の山陰に隠れるまで、二人でどっちに行くかを口論しながら進み続けた。
背の高い針葉樹が生い茂る森の中、ギャップと呼ばれる局所的に木が生えていない自然の空き地に機械人形が少女たちを見守るように跪いていた。その陰で小さく寝息をたてるアンネリーゼの身体に使い古された整備服がかけられ、彼女の横で義足の少女が缶詰を温めていた。
「ぅん……。ここは……?あれ!?私、いつのまに?」
「起きた?」
「はい。あの、ヨトゥンで移動していたのでは?」
「神月が山陰に隠れたあたりから眠っちゃって、道もわからないし、ちょっとくらいならいいかな~っと」
彼女たちはあれからも川を上り、山脈の近くまで来ていた。
「そうですか……」
「起きたんなら、これ、食べといて」
そう言いながらヨウカは缶詰のスープと厚手の手ぬぐい、スプーンを姫様に手渡す。飾り気のない銀色の缶の中には赤色のスープに金色の油が薄っすら浮かんでおり、サイコロ状のくず肉の塊と細かく切られたパンが入れられている。腹持ちと必要な栄養のみを考えてつくられたスープは疲れた王女の胃を温めた。
「フミ!どんな感じ?」
そう呼びかけられた帽子の少女は頬の汚れを拭いながらCCを軽々と飛び降りる。
「股関節の吸収機構が少しへたってるです。酔いやすくなるだけで問題ないと思うのです。着地で一瞬噴かさないからですよ!」
「そっか、良かった。スープ温めてるから」
「良くはないのです!反省しろ、です」
汚れた手袋をヨウカの顔面に向けて投げつけ、スープが温められている焚火の方へと駆けていく。彼女の目元にくまができていたことから夜通し作業をしていたことがわかる。それでも特に問題なさそうにしていることから慣れているのだろう。火から離してもぐつぐつと煮えているスープを冷ましながらちびちびと啜っていた。
ヨウカはヒフミに投げつけられた手袋を丸めながらポケットへしまった。
「ちょっと、のんびりしすぎたかな……。それを食べたらすぐに出発しよっか」
「は、はい。わかりました」
「もうなのです?早く飲めないのですよ……あちっ!」
すでにスープを飲み干していたアンネリーゼは手ぬぐいを丁寧に折りたたみ、その上に食器と空になった缶を置いた。その間少し焦りを感じながらヨウカはコックピットに戻り、機体のチェックを行う。そしてヒフミの方はスープをあちあちと言いながら味わっていた。
弾の尽きた機関銃は輸送車と共に捨て、王都を抜け出す際の戦闘でスラスター用のガスをほとんど使ってしまったために三次元戦闘もできない、丸腰ではないものの武器は格納式の実体ブレードのみ、ヨウカは現在の状況を頭の中で何度も反芻していた。
「王都で性能は見せつけたから警戒してCC部隊のみで追跡が行われているならまだ逃げられる。でも追いつかれた時に二機以上を相手にできる……?もし車両が投入されてたら土地勘も含めて逃げることすら叶わない。何か……」
「だから嫌と言ったのです。……焦っても良いことないのです。いざとなればあれを突き出せば逃げる時間ぐらいは稼げるです」
いつの間にかスープを飲み終えたヒフミがヨウカの金色の目を覗き込んでいた。いや、いつの間にか彼女が飲み終えるのに十分な時間が経ってしまっていたのかもしれない。そう口にしたヒフミをヨウカは睨みつける。ヨウカには彼女のその言葉が本心でないことはわかっている。八割くらいは。アンネリーゼに巻き込まれたヨウカに巻き込まれている彼女の心情もわからなくはない。わからなくはない……。ヨウカの鋭い視線を気にすることなくヒフミは機体を降り、食事と火の後始末をしに行った。
「あの……大丈夫ですか?」
気づけば姫様も機体の傍に来ていたようであった。先ほどの会話が聞こえていたのかどうかはわからないが、そこからコックピットのヨウカを不安そうな顔で見つめていた。疲れか、少々周囲への警戒が緩んでいる自分を心の中で戒め、ヨウカはコックピットからゆっくりと降りた。
「行こっか?」
「はい」
「フミも、大丈夫?」
「あちっ、あちっ!」
夜と同じ様に機体に繋がれたヨウカの膝の上に姫様が座り、ヒフミは定位置に体を納める。視界をできるだけ塞がないように姫様は体を密着させ、二人はお互いに相手の鼓動を感じていた。アンネリーゼは緊張で鼓動が早まっていた。ヨウカは焦りを抑え込んだ。故に今焦ってはいない。その代わりに闘争本能に小さな火を入れていた。
「動くから掴まって」
少女たちを乗せたCCは再び森の中へと入っていく。森の中は枝葉の密度は濃いものの、木々の間隔は広くなっており、小型とは言え、人の5倍はあるヨウカのの機体でもかなり余裕をもって通り抜けることができた。
「止まるです。……少しずれてるです?うぅん、紙の地図は見にくいです……」
「ねえ?移動しながらじゃだめ?あんまり悠長なことは……」
「そう言って何度も道を間違えたです。都度確認しながら進んだ方が時間がかからないのですよ」
アンネリーゼは地図の隙間からヒフミと一瞬目が合い、すかさず顔をそむけた。姫の態度を気にすることもなくヒフミは次の指示を出す。
コックピットで交わされる会話は定期的に辺境伯領の方向を確認するのみで、客観的には険悪とも言える空気にアンネリーゼの気分は沈んでいった。俯きながら視線の端でアンネリーゼはヨウカの様子を伺う。視線は常にモニターに向いており、笑顔はなく、これまでよりも一段下がったトーンで必要な言葉だけが発せられる。ヒフミの方は初めて会った時から変わらないが、常に気難しい雰囲気のまま地図と方位計を見比べていた。
「あ、あの、……怒っているんですよね?」
「ん、え?なんで?」
「さっきから、その、話しかけてくださりませんし、お顔も少し怖いです……」
「ううん、全然、怒ってなんか」
アンネリーゼにそう言われ、ヨウカは表情をゆるめる。キッチンカーでするようにとはいかないが、笑顔をつくる。ヒフミは溜息をつきながら帽子を整えていた。
「ちょっと、ね。気を抜けない感じってだけだから」
「……。無理をさせているのは私ですから、いざとなったら……」
「そんなことはしないから大丈夫」
ヨウカがヒフミへと視線を送ると彼女は目を逸らした。その態度に金目の少女は苦笑しながらも機体を前へと進ませる。
ヨウカの気持ちを代弁するようにCCの動きが軽やかになったように感じる。アンネリーゼは信じるしかない彼女の言葉を聞き、続けようとしていた言葉を飲み込んだ。そこからは方向の確認の合間に雑談や軽口が挟まれるようになった。空気が和やかになったところでアンネリーゼが遠慮気味に口を開く。
「いつもこのようなことをなされているのですか?その、兵士として……」
「そんな立派なものじゃないけどね~。でもキッチンカーより傭兵業の方がお金はいいから、積極的にってわけじゃないけど」
「それでもやはり危ない事の方が多いですし……」
「まったくです。あっちこっちから危険を呼んでくるです。無茶苦茶なことばかりさせられるのです……」
「まあまあ、危ないのは当然だし、その分報酬もきっちりもらうことにはしてるから、そこはね?それに~巻き込んではいるけどちゃんと守ってあげるじゃんか~」
「こっちははなから巻き込んでほしくないのです!」
「ふふふ、仲がよろしいのですね」
「ま~ね」
「全然ですよ」
ヨウカは機体腰部の実体剣を展開して進路上の樹木をきり、足で倒した。王都から離れるにしたがって樹木の間隔が狭くなってきているが、まだCCでの移動に差し支えるほどではない。
「次は私のば~ん。”お姫様”ってこういうことは結構あるの?」
アンネリーゼはヨウカの急な質問に驚き反応が遅れたものの、表面的には調子の戻った彼女に安堵した。
「こういうこと?ああ、いえ、大戦中に一度だけ、それからはこのようなことはなかったのですが」
「その時はどうしたの?」
「皇国派の者が中心で起こしたもので、首謀者も皇国の人間だろうと。そのため王家の者が皆味方でしたので、今回のように王都を離れなければならないようなことにはなりませんでした」
王女は重い溜息をつく。大戦が終結してほどなく内乱が起こってしまったことの憂いや自らの境遇を嘆いてのことであった。
「でも、ちょっと引っかかるよね~」
「?」
「いや、大戦でどの国も消耗してて他国攻めることより国力の回復を優先してるところがほとんどだけど、内乱が起こってる国につけこもうと考えるところはいくらでもある。少なくとも連合と皇国にはそれぐらいの余力はある。それに女王すら自国の戦力だけで守れないとなれば、だよね~」
「王様になりたいなら防衛力のあてがいるです。売国目的でもあの国にそこまでの価値があるようには見えなかったです。ハイリスクローリターンの三日天下になるです」
「……」
王女アンネリーゼは思案する。少女たちの疑問に対する答えに心当たりがないわけでもなかった。彼女はそれを言葉には出さなかった。しかし少し顔には出てしまった。ヨウカには王女が膝の上で考える様子を見ていたし、一瞬の表情の変化を見逃したわけでもなかったが、それを指摘はしなかった。ヒフミも二人のリアクションからそれ以上言葉を続けることはなかった。それについて考えることも答えを出すことも二人の分を越えるものであるし、それは必要なことではなかったからである。
ヨウカは冗談も雑談も本当のところは得意ではない。かつての会話すらままならなかった頃に比べれば断然マシではあるのだが、面白みのない話題しか提示できない自分に呆れつつ、位置を確認するようヒフミに催促した。
すると森が騒がしくなり、彼女たちから見て右、方角で言うと東の方角から鳥の鳴き声やら木が折れる音やらが聞こえてくる。ヨウカはその方向に機体を向け、後退りながらブレードを展開する。右手は操縦桿であるグローブを装着したまま姫様を支えるように抱きかかえる。機体はその動きと連動し、右腕部でコックピットを庇うような姿勢でブレードを構えている。
木々をボディでへし折りながら真っ黄色な四脚CCが現れた。両手に長砲身の機関銃を携えており、片方は機体色同様派手な黄色で塗装されていたが、片方は黒鉄色で兵器らしいと言えばらしいのだが、その機体とは合っていない配色であった。肩部には何も装備していない。王都の近衛CCとは形状も塗装も武装も全く異なっている。皇国機に角ばった脚と連合機に多い流線形の装甲、胴体部分は様々な陣営の部品が入り乱れていた。大変特徴的な機体であるが、ヨウカもヒフミもアンネリーゼも王都に入った傭兵すべてを把握できているわけではない。追っ手か、ただのならず者か、距離を取ってヨウカは出方を待った。
『音がすると思ってきたら、こりゃ大当たりだ。見た事もない珍しい機体だなあ、おい。』
敵機体のスピーカーがキンと耳を刺すような音を発した後に男の声でそのように聞こえてきた。その瞬間ヨウカは追っ手の可能性を排除した。フミは地図を畳んで座席の取っ手にしがみついていた。声から軽薄さがにじみ出ている男は相手のことなど気にせず、言葉を続ける。
『おい!それに乗ってるパイロット!10セクトやる、機体を捨てるなら命だけは取らないでおいてやるぜ。』
男が10から逆に数えていく。ヨウカの答えは敵機体のパイロットが無駄口を叩き始めた時から決まっていた。姫様を支えている右手に力を込め、金目の少女は一言だけ口にした。
「離しちゃだめだよ?」
『0。』
まず初めに動いたのはヨウカのCCであった。左手のブレードを盾にするために正面に角度をつけて構え、右手は先ほどまでと同じようにコックピットを庇う形で突進する。近接武器しか持たない相手と侮っていた黄色い機体のパイロットは対応が遅れたが、飛び道具を持っている彼の方が未だ有利であるのは確かだった。焦った男は両手を彼女のCCへと向け、照準も碌に合わせず一斉に発射する。めちゃくちゃに撃ち出された弾丸のほとんどはターゲットを逸れ、機体の輪郭をなぞっていた。コックピットに向かっていった弾丸はブレードの傾斜によってはじかれ、ブレードからはみ出ている腕部や脚部へと飛んでいったものは着弾地点を貫くことができず、致命傷を与えられなかった。
間違いなく攻撃が直撃しているにもかかわらず、変わらず正面から突進してくる相手に男の焦りは恐怖に変わる。これでは相手を倒すことができないと気づいた時、男の視線から獲物が消えた。
次の瞬間にはコックピット正面下からブレードが床とモニターを貫き、その刃は男の身体へと達していた。男が右モニターへと視線を向けると逆手にブレードを持った、先ほどまで自分が追い詰めていたと思っていた二脚CCの姿があった。男は敵の動きを追うことができなかったが、仮に追うことができていたとして彼の長砲身機関銃ではもはや反撃の手段はなかっただろう。
ヨウカは右側から黄色のCCを逆手に突き刺し、機能を停止したそれをブレードで支えていた。少女たちが乗るCCのコックピットは赤いランプが点灯し、機体損傷を警告していた。ヨウカは冷汗を拭い、敵の残骸を蹴り飛ばしてブレードを抜いた。
彼女にとってもこれは賭けであった。噴射用のガスをほとんど使い切っていたため立体機動で相手を翻弄する戦い方はできない。森の中、木々が生い茂る場所では回避行動も制限される。そのため正面突破を選んだのだが、敵の機関銃の口径や貫徹力がもう少し大きければ、コックピットは抜かれずとも駆動部を破壊され、行動不能になっていたかもしれない。ブレード一本で突進し、相手の動揺を誘い、噴射時間1セクトというわずかに残ったガスを使って一気に間合いに入り、死角からコックピットを貫いた。
ヨウカは心の中で一人反省報告会を一瞬で終え、残骸から機関銃と弾倉をはぎ取っていった。塗装が地味な方、と言うより買い換えて塗装が間に合っていなかったと思われる方を取り、予備の弾倉を機体腰部から回収し、今の弾倉を捨てて予備の方をつける。ブレードを折りたたみ、大腿部へマウントし、機関銃を腰の位置に構えた。本来であればクレーンなどで行う武器の換装をモニター越しかつ感覚の無い機械の腕で行っているにも関わらず、その手際は見事なものであった。
「……どう、なりましたか?」
「頭揺れるです……」
作業を終えたヨウカにアンネリーゼは心配そうに話しかけた。彼女は少し息が荒いものの、意思表示に笑顔を彼女に向けた。その笑顔は先程よりも余裕があるように見え、アンネリーゼは安心したものの、今までの優しい彼女とのギャップに対する困惑が少しの不安と恐怖を感じさせた。
「思わぬ臨時補給のおかげでさっきよりは安全に進めそう。だから安心して、ね?」
「……はい」
アンネリーゼは自らと彼女の生きる世界の違いを噛みしめながらヨウカに体を預ける。ヒフミはズレた帽子を慌てて整えると地図を開き「もうすぐ森を出るです。」と方向を指し示した。
森が開け、地面には石や岩が目立つようになった。前方には山脈が横たえているが、目的地は山脈がちょうど分断されるように大きく開いた谷であった。視界が開けると同時に身を隠すものを失ったヨウカは先程までよりも慎重に進んでいった。
谷に向かって進んでいると遠方から小さな影が三つ見えたが、モニターでは詳細な形状がわからず、観測用のスコープを天上から引っ張り出した。レンズ越しに見える影は凡そ人の形をした物体、つまりCCであった。三機で小隊を組み、同じカラーリングや武装をしており、識別用のエンブレムの細かい模様まではわからないものの三機とも一致しているように見えた。また、それらは王都で交戦したカノン砲搭載型のCCと同型同色であった。
ヨウカはシュバルツェンブルクの王国軍機であること、出現位置から辺境伯領所属であることを察したが、警戒は緩めず、森へ逃げ込むことができるように三機を視認した地点に停止していた。そして三機がとうとう射程内に入り、彼女たちから見て扇状に展開して機関銃を機体胸部に向ける。三機とも王都で交戦した機体と同型の連合製CCであった。機体色は奥に見える岩肌と同じ灰色に赤のワンポイントがある。右肩に二つの山の間に盾を描いたエンブレムがつけられていた。
中央の隊長機と思われる機体のスピーカーからノイズ交じりの音声が発せられる。
『識別不明のCCに警告する!貴殿はシュラハタール辺境伯領内に侵入している。武装を解除し、コックピットから降りろ!』
鹵獲したロングバレルライフルを地面に向け、敵意が無いことを示すが、武器は手放さずコックピットハッチを開く。王女はハッチから這い出すと毅然とした態度で立つのだが、彼女の近くにいるヨウカには手足の小さな震えや強張った表情などが良く見えた。そして王女は声を張り上げる。
「シュバルツェン王国第一王女アンネリーゼ・フォン・シュバルツェンブルクです。ゲルハルト・アイザン・シュラハタール伯爵へ伝えなさい。私が会いに来たと」
少女たちを取り囲んでいた辺境伯のCC三機はしばらくの沈黙の後、慌てて銃口を天へと向け、脇に抱える動作をした。王太女への無礼に対する謝意とその血への尊敬を表し、再び警戒体制へと戻った。隊長機のスピーカーから再びノイズ音が響くと『二本足のパイロット、武装を捨て、我々の誘導に従え。』と無機質に言い放たれた。二人は姫様を一瞥し、金目の少女は溜息をつきながらせっかく手に入れたライフルと今まで何度も窮地をすくってくれた大腿部のブレードをその場に投げ捨てた。コックピットを開けたままヨウカは姫様をハッチの先に乗せ、三機の誘導に従い辺境伯邸へと向かった。辺境伯邸は谷と森の中間程にあるようで、岩肌目立つ背景の山脈に溶けこみ、遠目では形を捉えにくい。
さらに近づいて見ると辺境伯邸は屋敷と言うよりも城塞であった。王都中央に鎮座していた王城は中央のドーム屋根の建物を中心に屋根が長い円錐形の塔が四つ空に伸びており、それらを三角屋根の建築が繋いでいるという構造をしていた。窓枠や壁面には彫刻が施され、豪華に飾られていた。一方目の前の建物は建築方式は同じと思われるが、円錐屋根の塔は無く、三角屋根があるのは正面から奥に立っている一棟だけであり、他は屋根の無い四角い塔であった。また王城は晴れた空にとても映える白の壁面にエメラルドの屋根をしていたが、辺境伯邸は屋根も壁も灰色で、強いて言えば屋根の方が壁よりも暗い色になっているのだが、それが元からの塗装や材質によるものなのか雨などによる汚れによるものなのかはわからない。
周りを短い円柱の塔を繋ぐように厚い城壁が囲んでおり、塔の上には大砲が置かれていた。型の古い曲射砲と思われるが、その砲身のほとんどは正門ではなく、谷へと向けられていた。そして城壁の周りをさらに幅の広い堀が囲んでおり、跳ね橋が門扉の代わりとなっているようであった。
隊長機が光信号にて跳ね橋上の兵士へと指示を出す。するとすぐに橋は下りてきて、アンネリーゼたちは三機のCCに挟まれながら入城した。そのまま格納庫の最奥へと誘導され、ハンガーなどは特にない広い場所で停止させられた。
ヨウカは自分の足をCCから引き抜く、CCの制御のために展開していてた機構が人の脚の形に戻っていく。マニピュレーターを使い姫様を地上に降ろすとCCをできるだけ低くかがめ、ハッチにぶら下がって、着地した。できるだけ地面に近づいてから飛び降りたが、それでもそこそこの高さがあるためヨウカは二、三歩ほどふらついた。彼女の後に続きコックピットから出てきたヒフミは自らの身長よりも遥かに高い高さを軽々と飛び降り、着地した。
格納庫にはそこそこ人がおり、整備士やパイロットたちが少女たちを取り囲んでいた。その中には彼女たちを誘導したパイロットも混じっているようだ。姫様がいるからか銃までは向けられていないものの来訪者のことを見る彼らの視線は彼女たち二人のことを歓迎しているわけではないようだった。
素性の知れないよそ者二人が世にも珍しい二本足で立つCCに乗り、自国の王太女をこんなみすぼらしい恰好で連れている。厄介事の匂いしかしない。王女様のことは兎も角、自分が彼らの立場ならあんな顔にもなろうとヨウカは感じながら居心地の悪い視線に耐えていた。
そんな緊張した時間がほんの少しの間流れた後、集団の後方からガタイの良い老人が現れた。左手に持つ杖を振り回して道を空けるように訴えている。その様子から猫背ではあるが、足が悪いわけではないようだった。
「おお、姫様お久しゅうございます」
「お久しぶりです。シュラハタール伯爵。お変わりないようですね」
老年の男が杖を左手に両手を広げ歓迎の言葉を口にする。今のアンネリーゼはボロボロの庶民服、それも男物を身に着けていたが、伯爵に相対する態度は気品に溢れていた。
伯爵は仕立ての良い服を着ていたが、飾り気のない軍服、というより戦闘服のような服を着ていた。ジャボのついたシャツに戦闘服を身につけ、その上からトレンチコートを肩に掛けている。この季節に合わない厚着であったが、確かに王都よりもこちらはいくらか肌寒いとヨウカは思い出したように感じた。
「王都やクラウゼンのことは概ね理解していましたが、姫様がなかなかお見えにならないので心配しておりました。まさか傭兵と逃げてこられるとはなかなかに大胆でございますな。聞いておりますよ、近衛のCCと門を吹き飛ばしたとか」
豪快に笑いながらそのように口するシュラハタール伯爵に厭味や威圧感などは感じなかったものの実際にやったことがやったことであるためヨウカは気まずくなった。その横でヒフミが「捕まるならお前だけにするですよ。」と小声で耳打ちすると脛を金属の脚で軽く蹴とばした。
「伯爵、あなたには色々話さないといけないことがあるのですが、その前に一度休ませてもらえないでしょうか。彼女たち、ここまでほとんど休みもせず送り届けてくれて、休ませてあげたいのです」
「おっと、これは気が回らず、年寄りはせかっちでいけませんな。給仕の者に部屋へ案内させます。では事情に関しては夕食の時にでもゆっくりとお聞かせ願えますかな?貴殿らもそれでよろしいかな?」
「ええ、ありがとうございます」
「伯爵の御厚意に感謝します」
「です」
傭兵の少女らも姫様に倣い丁寧にお辞儀をした。その様相は王侯貴族のような優雅さは無いものの、無法者のそれではなく教養と気品を感じるものであった。その様子に一番驚いていたのはアンネリーゼだった。伯爵は満足そうにうなずくと自ら屋敷の方へ三人を案内した。
格納庫や屋敷へと続く道は貴族の屋敷ならありそうな彫刻や花壇などの飾り気のあるものがなく地味であった。屋敷の中に入ってみると玄関広間と大階段が目に入る。絨毯や装飾として置かれている絵画、花瓶や燭台や家具などなど置かれているものは高級感があり、事実上質なものなのだろう。しかし、派手ではなく質素な色合いのものが多く、やはり地位にしては地味という印象を少女たちは受けた。
貴族が暮らしているとは言え、その役割はあくまで軍事拠点に過ぎない。だから飾り気がないのだろうし、伯爵もここにしか屋敷をもっていないというわけではないだろうとヨウカは考えた。
「おい!誰か、ツヴェルいないか?」
「はい、閣下。こちらに」
「おお、姫様とこちらの客人の寝室の用意と案内を頼む」
「承知いたしました。姫様はこちらへ。ノーイ!こちらの方々を任せましたよ」
メイドの案内でアンネリーゼとは別の部屋へと二人は案内された。ヨウカたちについたノーイと呼ばれたメイドはまだこの仕事を始めて間もないのかふわっとしたメイド服の上からでもわかるくらい体が強張っていた。動きがたどたどしく今にもこけないかと心配していると、手をお腹のあたりに組んだ姿勢のまま顔から床に倒れた。人形かと疑うくらい一切のぶれなく固まったまま真っ直ぐに倒れた。どうも彼女が倒れている前の部屋が目的地だったようで二人に向き直る際に足をもつれさせてしまったようである。
ヨウカは苦笑しながら打ち身と恥ずかしさで顔を赤くしているメイドの手と肩を支えながら立ち上がらせた。「すみまぜん……。」と鼻を抑えながらドジなメイドは立ち上がった。
「くぉこが、おえやです……」
小さな鼻をさすりながらそう言いドアを開け、二人に入るよう促した。部屋は質素であったが貴族の屋敷だけあり、街の安宿よりははるかに良い部屋であった。ベッドはシングルサイズが一つ、サイドテーブルにオイルランプが一つ、ドアの向かい側には庭の見える窓があり、机と椅子が置かれていた。それ以外の装飾品や雑貨などは無いが、家具が十分に揃っており、それらの家具も素朴ながらしっかりと作られている良いものであった。
「後ほどベッドをもう一つご用意いたします。他に何か御用があればいつでもおっしゃってくださいね」
「ありがとね~」
「夕食はまたお持ちいたしますので」
そう言って鼻が未だ赤いメイドは部屋を後にした。
「客用じゃないのです」
そう言いながらヒフミはベッドに腰かける。
「まあまあ、寝床をくれるだけでもいいじゃない?」
ヨウカは椅子をドアの正面から少しずらした位置に移動し、そこに腰かけ、一息ついた。
「ちょっと行くです」
「お花摘み?」
「違うです!格納庫、勝手にいじられたら困るです!!」
「あれをそんなに大事にしてくれるなんて~わたしうれし~!!」
「それもちがうです!あれがないとその、困るのですけど、お前のためではないのです!」
「わかってるわかってる。じゃ、よろしくね~」
「窓側のベッドとっちゃだめですよ!」
勢いよく閉められたドアの向こうからCC並みの足音が聞こえてきそうだと一人になったヨウカは思った。どちらかと言うと歓迎され、命の危険の無い城塞内で彼女は緊張を解くことができるようになった。そして、ふと桶に水、欲を言えばお湯を頼めば良かったなと考えながら瞼を閉じた。
戦闘服をだらしなく着た明るい茶髪の若者が安宿の中で最も王城に近い宿屋に入っていった。
一階のロビーには目を細めながら虫眼鏡を使って新聞読んでいる老人が座っていた。
「爺さん、隊長見てないっすか?」
老人は何も言わず、人差し指を上の階へと向け、再び新聞紙へと視線を戻した。
若者は頭を掻きながら、その老人に礼をいい上の階へと上がっていった。
「たーいちょ、入りますよー」
ノックと同時に声をかけ、鍵のかかっていないドアを開けた。
「たーいちょ、いつまで髭剃ってんですか?もう約束の時間すっよ。依頼人のオールバックが早くしろって言ってますよ?そのうち小言じゃすまなくなるっすよ」
この国では一般的な値段よりも安い宿屋の一室は、確か値段相応といった感じで、壁や家具にひび割れがあり、ベッドとクローゼットにサイドテーブル代わりのイスが一脚置かれているだけであった。ガタイの良い男がタンクトップ一枚で桶に水をため髭を剃っていた。横に置かれた椅子の背もたれに戦闘服をかけ、帽子などの小物を座面にきっちりと並べている。
部屋の至る所にその人物の私物が配置され、まるで彼の実家のようであった。
「俺の肌は繊細なんだ、ゆっくりやらせてくれないか?」
「少しくらい剃り残しがあったって大丈夫っすよ。隊長の顔なら逆に生やしてる方がカッコつきますって。それに仕事中ずっとコックピットの中じゃないっすか」
「ポンジョベン。所詮俺たちは傭兵だがな、今のこの格好が死に装束になるかもしれない仕事をしているんだ。国や思想を背負って戦わないとしても身だしなみを気にすることは人として大事なことだ」
「なるほど~」
「まあいい。見苦しい恰好では貴様に会えない、身だしなみを完璧に整えるのに時間がかかるからもう少し待ってくれと伝えとけ。これで少しくらい機嫌は取れるだろう」
隊長と呼ばれているその人は髭を丁寧に剃り終えた後、この国の宰相の執務室へと赴いた。
街は戴冠式を前に浮ついた空気が流れており、隊長も仕事が無ければ戴冠式を理由に安酒をばらまいている酒場で一日中過ごすことができたなと考えながらきびきびと進んだ。
王城正門の見張りをしている衛士へ軽い敬礼をするが、彼らは見向きもしなかった。シュバルツェンブルクの軍服でも戦闘服でもない、また貴族や奉公人といった風でもない男が王城へと入っていくが、衛士は彼の左胸につけられた親衛隊であることを示すワッペンを見て彼を通した。
王城内はその荘厳な雰囲気を崩さない表面的な静けさを保ってはいたが、こだまする革靴の音、端の揃っていない書類、髪の乱れを注意しない役人と端々から慌ただしさが滲んでいた。戴冠式という国の転換点を前に公人たれと常日頃から言い聞かせていても浮足立たずにはいられない者が多いようだった。
時間をかけて執務室に辿り着き、ドアを開けようとした時、ドアが開き、資料を抱えた女性職員があわただしく出ていった。
彼女に道を譲ってから隊長は執務室へ入る。女性職員は王宮では見たことが無い男が宰相の執務室に入っていくの不思議に思ったが、自分の仕事を思い出し、駆けていった。
ドアから右側にやたらと豪華な装丁の本が並べられた書棚が、左側にはふんわりとしたドレスを着ているブロンドヘアの少女の絵画と飾りの多い家具がいくつか並べられていた。絨毯もカーテンも緻密な刺繍がされたものが使われている。
そんな部屋の最奥に窓を背にしたクラウゼニッツがトレーから手に取った資料を眺めていた。隊長は少し離れた位置に姿勢を正して彼が言葉を発するのを待っていた。クラウゼニッツは目だけを動かしながら字を追い、読み終えた書類にサインをし、ゆっくりと机に置いた。
「すまない。待たせてしまったようだ」
「いえ!」
隊長は姿勢を維持し、声だけを張り上げる。無駄なことは一切口にしない。
「国中祭りに湧いている。国民も外から来た客人も楽しんでくれて何よりだ。少々浮かれすぎてる者も多そうだがな。祭りの間も時間は進む。世界も社会も動き続けている。我々のような立場の者は国を動かし続ける義務が常にあるのだ。わかるだろうか?」
「はっ!」
「これぐらいにしておこう。残念なことに戴冠式という行事を予定通り行うことができそうにないのだ。実は王女殿下が何者かに攫われた。犯人は外国人の二人だそうだ。報告によると見慣れない小型のヨトゥンを所持している。それで近衛の機体と警官隊を退け、王都の外へと逃げた。交戦した隊員は『空を飛んだ』と言っていたそうだが。
その機体の騒動には、これまた悲しいことに名誉ある辺境伯が関わっていてな。クーデターを画策しているようだ。王都市民の安全のためにやらなければならないことが多い。君には王家親衛隊のヨトゥン部隊を貸与しよう。使ってみたまえ。編成も作戦も任せる。ただし王女を必ず無事に奪還してもらいたい。君にできるかね?」
「はっ!」
「よろしい。いいかげん古い体制も改革せねばならんかな」
クラウゼニッツは紐でまとめられた資料と昨晩の交戦映像を写真に現像したものを隊長に手渡した。資料を脇に抱えて隊長はそいつの部屋を後にする。資料をパラパラとめくっていくが、内容を把握するためではなく、ある写真を見つけるためである。
「まさかな……」
彼の頭の中にクラウゼニッツ卿の厭味など、もはや残っていない。
王城正門の脇で壁に体を預けながら鼻歌を歌っていたポンジョベンが隊長に駆け寄っていく。
「たいちょ~。また厭味言われたんじゃ?だいじょぶっすか?」
「ポンジョベン!出撃準備だ!」
「はっ、え!?戴冠式はまだ先っすよ?」
「その前の肩慣らしだ。とは言っても相手は獅子よりも鷹よりもおっかないぞ!ほら!復唱!」
「は、はっ!出撃準備!了解っす!!」
青年ポンジョベンはシュバルツェン王国軍駐屯地へと向かった。
一人残された隊長は交戦記録の中の一枚の写真を見ながら笑みを浮かべ震えていた。俗にいう武者震いというものだろう。恐怖か興奮か、シュバルツェンブルクの気候に不慣れなための体調不良か……
月を背に、空から舞い降りる二本足の機体。その写真を強く握っていた。
ドアがノックされる音でヨウカは目を覚ますと、窓から見える空はオレンジ色に染りつつあったが、晩餐にはまだ早い時刻であった。そのためヒフミかなと思った直後にメイドの「失礼いたします」という声が聞こえたのでドアを開け、部屋へと入れた。メイドが持って来たのは少し早い夕食、ではなく桶とお湯にタオル、そして着替えも何着か運んできていた。
「起こしてしまいましたか?申し訳ありません」
「全然大丈夫」
「あの可愛らしいお連れ様はどちらに……」
「格納庫に機体の様子を見に行ってくれたんだけど、まだ帰ってきてないね。おっ、噂をすれば」
部屋のドアから顔だけを出し、首を左右に振っていると見慣れたマリンキャップが歩いて来るのが見えた。
「帰ったですよ。……なんです?」
つなぎの上半分を脱いで、腰の部分で袖を縛っている。鼻や頬を黒く汚した少女は自室の前の状況に怪訝な表情を浮かべる。
ヒフミが戻ってきたところでノーイに持ってきたものの意味を尋ねた。
「それは?」
「はい、伯爵と王女殿下が是非食事をご一緒したいと、そのためのご準備をしていただきたく。衣装はお好きなものをどうぞ。あ、その前に湯あみですね。お手伝いいたしますので。ささ、時間がありませんのでお早く」
「ちょ、ちょっと待って!じ、自分でする。この子も私が拭くから!見ちゃだめだからね!」
「は、はい……。では、準備ができましたらお声かけ下さい。ご案内いたしますので」
突っ立っているヒフミを部屋に引っ張り込みながらメイドから湯あみセットとドレスを奪うように受け取り、ヨウカは部屋のドアを閉めた。外にはキョトンした新人メイドが残された。「照れ屋さんなんですね~」とのんびりした独り言を言いながらドアの横に控えて二人を待った。
「さあ、準備するよ」
「嫌です。濡れたタオル嫌いです。大体行く義理なんて無いですよ」
「この国のトップと屋敷の主を待たせてるんだからわがまま言わないで、大人しくする!」
「く、来るなです。触ったら引っ掻くですよ。やめ、にゃぁああああああ」
力はヒフミの方が強いが、訓練されたヨウカが本気なれば彼女を取り押さえることなど造作もない。上手く彼女の攻撃をいなし、時折噛まれそうになったり、引っ掻かれそうになりながらも全身の汚れを落としてから、着替えさせた。頭にはフリル多め、サイズ大きめのヘッドドレスをつけさせ、スカートもゆったりと膨らんだものにした。彼女の外観が問題ない普通の見た目になっていることを確認してからヨウカも着替え始めた。不機嫌そうにベッドに腰かける黒髪の少女が衣装を脱がないか見張りつつ、彼女が浮かないようフリルを随所にあしらった黄色のドレスを選んだ。
「お待たせ……」
「はい、よくお似合いですよ。ではこちらへ、食堂へご案内いたします」
ノーイに案内されて食堂へと通される。すでにアンネリーゼと伯爵は席についていた。つまりヒフミの準備に手間取ったことでこの国の次期女王とこの屋敷の主を待たせることになってしまっていた。謝罪する間もなく促されるままアンネリーゼの隣に二人並んで座らせられた。
申し訳なさそうに席に座りながらドレス姿のアンネリーゼを見る。今まで偽装のためのボロい服を着ていたが、やはりドレスの方が様になっている。透けるように白い柔肌とロウソクの小さな光の中でもキラキラと輝く金色の髪には、上品で高価な服が似合っていた。
「いやはや、そのドレス似合っておりますな、見違えましたぞ。そちらのお嬢さんも可愛らしい。」
紳士としての気づかいなのか、遅れてきたことに対する厭味なのか、この国の国民性に疎いヨウカにはわからず、言葉を素直に受け取るしかなかった。
「……窮屈です。特に頭が……」
「我慢してよ」
ニコニコとした伯爵の視線に気づき、ヨウカは愛想笑いを返した後に言葉を続けた。
「あのー、私たちのような人間がご一緒してはお邪魔では……?それにこんなドレスまで……」
「何を言うのです。お二方は姫様をここまでお連れしてくださった恩人。構うことはありません。あとそのドレスも妻が着なくなって久しいですからな、気になさることは」
「……。奥さまが知れば気になさるのでは?」
「ははは、妻は飽き性でもう何着も持っていると言うのに、今度帰って来る時もまた買ってくるのですから、お気になさらず。」
「やはり奥さまには怒られそうですね……」
ヨウカは困惑の表情を浮かべつつ、今すぐこのドレスを脱ぐべきか、妻のドレスを易々と傭兵の小娘風情に着せてしまう伯爵にツッコむべきかを思案していると彼女の顔を見たアンネリーゼが隣でクスクスと手で口を隠しながら笑っていた。笑っているお姫様に気づき、そして伯爵にも目を向けるとニヤニヤとした顔をしていた。まあ今の状態が悪くはない事だけはわかった。これからがどうかは知らないが。
「奥さまも相変わらず趣味がよろしいようですね」
「ええ、あれの浪費には苦労させられております。要らぬと言っても外交の度に大量の土産を、女にはドレス、男には酒をとメイドや兵士の分まで。あれもこれもと……」
「それでも許してしまいますものね?」
「えぇ、と。何と言いますか。そのー、ええ、妻の話はこのあたりにしておきましょう」
アンネリーゼがヨウカにボソッと耳打ちをする。
「本当に可愛らしい奥様なんですよ。伯爵も奥様が大好きで……」
伯爵は咳ばらいをしながら両手を叩く。傭兵と王女は口元を隠しながらニヤニヤと伯爵を見つめていた。
そうしてシュラハタールが場を落ち着けたところで食事が運ばれてくる。前菜は魚介ベースのスープ、エビの香りが強く、色のわりに濃厚な味になっている。次に羊肉のステーキが運ばれてくる。独特の臭みがある羊肉だが、ワインベースのソースとハーブによって臭みが消え旨味が引き出されている。
どれも目を見張るほど美味しくヒフミは夢中で頬張っていた。今までずっとヘッドドレスをいじっていた彼女の注意が食事に逸れたことにヨウカは少々呆れた。伯爵はヒフミが夢中で食べているのをニコニコと眺めていた。
「お口にあったようで何より。その羊は今朝仕留めたのでございますよ」
「相変わらずお元気ですね。安心しました」
「いえ、昔は三日も大物を探して森の中を歩き回ったものですが、もう足が言うことを聞きませんので、今朝は珍しく調子が良かったものですから、いやはや、年を取るのは嫌ですな。さて……」
食事を終え、伯爵は銀製食器を静かに置く。
「デザートが来るまで時間があります。そろそろ何があったかお聞かせ願えますかな?姫様」
「ええ、そうね。その前にヴィ、いえ、シュベート伯爵はここには来ていないのですか?囮になって私を逃がしてくれたのです」
「はい。姫様が王都を脱出されてから連絡もなく……。ですが、あのヴィル坊やのことです。あれを稽古に連れ戻すのには苦労させられましたからな。今回も逃げおおせてることでしょう。今は信じましょう」
「そうですね。うん。きっと大丈夫ですよね」
姫様は独り言のようにそう呟いて、一呼吸おいてからシュラハタール伯爵領に辿り着くまでの経緯を話し始めた。
「シュベート伯爵が王宮から抜け出す手引きを、そこからは一人で協力者の元に向かったのですが、そこにも追っ手が待ち伏せていたようで、そんな時に彼女たちが助けてくれたのです。追っ手の二人を撃退し、近衛と警官隊を退け、森で遭遇したヨトゥンも剣一つで倒したのですよ!」
「それはそれは、相当腕が立つようですな」
その時ヨウカは皿に食べ物がなくなって再びヘッドドレスをいじり始めたヒフミをなだめているところであった。王女様たちの視線に気づき、「大したことでは……」と言いながら頬をかいた。品定めするような伯爵の視線に背筋が強張る。
「まあ、なにはともあれ、これからはこのシュラハタールにお任せ下され、姫様はしっかり守ってみせますぞ!!」
伯爵が胸を叩くのとほぼ同時にデザートが運ばれてくる。ハーブを使った氷菓子に生クリームが添えてあった。テーブルに並べられるやいなやヒフミはすでにスプーンを口に咥えていた。お里が知れるとはこのことなのだろうとヨウカは苦笑した。
「それでは次にお二方にお聞きしたいことがありましてな」
ヨウカはデザートののったスプーンを置き、ヒフミは頬にクリームをつけた状態で伯爵の方へと視線を向ける。
「これからどうなさるおつもりか?」
「それは……」
「断るですよ。報酬もないのにここままで送り届けてやったです。これ以上はごめんです。傭兵風情が関わるべき問題でもないのです。関わりたくもないのです。あと、ここまでの弾薬費と修理代もろもろはきっちり……もご!!」
「ちょ、ちょっと!少しはこう言い方を、も、申し訳ございません……」
ヨウカは自分のスプーンをヒフミの口に押し込む。言葉を遮られたことに不満そうな表情を浮かべるヒフミは小さな口で押し込まれたデザートを食べていた。
「かーっははははは!幼く見えるが、中々口の回るお嬢さんじゃ。自分の立場というものもよく弁えておられる。のう、ヨウカ殿?」
「ひ、は、はい……」
「そこのお嬢さんの言う通り、これは我々の問題であり、我々で対処せねばならぬ問題。兵力において傭兵に頼らざるを得ないのは確かだが、自国の国王すらも守れんほど落ちぶれてはおらん。ヨウカ殿とヒフミ殿の厚意はありがたいが、やはりあなた方が関わるべきではない。姫様のことは安心してお任せ下され」
「……」
ヨウカはふと視線をアンネリーゼへと向ける。彼女はヨウカの視線に気づくと笑顔を返したが、少し俯いて残念そうな、寂しそうな表情を浮かべていることに気がついた。
場がしばらくの間静寂包まれた。シュラハタールが立ち上ったことでそれぞれの思考が途切れる。
「というわけですがの、ここまで姫様を助けて下さったお礼と言ってはなんだが、機体の補給と整備はお任せ下され。それらも急いで丸一日はかかるでしょうからそれまではごゆるりと過ごされると良い。ではお先に失礼いたしますぞ」
そう言ってシュラハタールは食堂を後にし、姫様も軽く会釈して自室へと帰っていった。ヨウカはヒフミの口を丁寧に拭った後、彼女を連れ自室へと引き上げていった。
それからヨウカは自室の椅子に腰かけて考え事をしていた。半分眠っている状態でこれからのことを思案していた。
ヒフミと伯爵の言う通りただの傭兵一人が関わるべきでない、いや関われる範疇をとうに超えている問題である。それに伯爵の保有する戦力であればクーデターの鎮圧も不可能ではないだろう。本当のことを言えば厄介事もごめんなのである。ここまでは何とか生きて来られたが、ここから先ヒフミも自分も無事でいられる保障はないのだ。ここが潮時というやつなのかもしれない……
部屋のドアがノックされ、ヨウカは目を覚ます。ベットでナイトキャップをかぶって寝息を立てているヒフミを見てからドアの方へと向かった。ドアの向こうにはネグリジェを着て、ロウソクが一本だけ立てられた燭台を手に持ったお姫様がいた。
「どうぞ」
「すいません。真夜中に」
「眠れないのかな?」
「はい。ヨウカ様もですか」
彼女の部屋のベットは二つあるが、ヨウカはドアから陰になる位置にイスを置き、そこに腰かけて休息をとっていたため、片方のベッドはノーイが整えた時のまま一切の乱れがなかった。
「ううん。さっきまで寝てた」
「そうなんですか?」
「慣れればね。どこでもいつでも寝られちゃうんだ~。考え事もしたかったし」
ヨウカは自分のベットの横にイスを置き直し、王女にベットを勧め、自分は椅子に腰かけた。アンネリーゼとヨウカは向かい合う位置ではなく、少しずれた互い違いになる位置に腰かけた。
「私はこれでもいいけど、姫様はちゃんと寝ないと~」
「その、あなたのことが気になってしまって。命の恩人なのに、お礼を言いそびれたまま、ここまで。それに急にお別れも決まってしまって、それがさっき頭を過ってたまらず押しかけるようなことを」
「いいよ~最初はなあなあだったけど、まあ一応この子のおかげでただ働きにはならなかったしね」
ヨウカは横で眠るヒフミを優しく見つめる。目を凝らさないと見えないほど小さく肩が動いている。そうして再び王女へと視線を戻す。王女は視線を合わせたり、逸らしたりを繰り返す。ヨウカは彼女の言葉を待った。
「あ、あの!ここまで連れてきて下さったこと感謝しています!自身の身も顧みず守って下さりありがとうございました!そして、そして、あなたには話しておきたいことがあります」
アンネリーゼは胸のあたりを力強く握っている。
「シュバルツェンブルク王家には、代々守らなければならない秘密があります。それは国王と王太子のみが知っている秘密です。国王は王太子以外にその秘密を明かしてはならないのです」
「ちょっ、ちょーと待った!そんな凄いこと明かさないで!!明かされても困る!!」
「お願いします!聞いてください!言葉は選びます。父とご先祖様との約束ですから。でもあなたに聞いて欲しいのです!私の最大限の誠意なのです」
「……そこまで言うなら……でもどうなっても知らないからね!」
「はい!」
アンネリーゼは呼吸を整て再び話始める。
「王都の地下にはシュバルツェンブルク王家の始祖の遺産が封じられています。33代ロベルト王の時代に一度その正体が暴かれましたが、ロベルト王は再びそれを封じ、それに関する情報も制限しました。その時から王太子一人にのみ遺産の秘密が受け継がれるようになったのです。ですのでそれが正確にはどのようなものなのか私も先王も見たことはないのです。しかし、用途と使用方法、そして封じた目的は受け継がれ、そこから類推することはできました。王太女になった時から国と民と、この秘密を守るために身を捧げました。本当は私はそれを命に代えてでも守らなければならなかったのですが……」
アンネリーゼは言葉を詰まらせる。
「クラウゼニッツ卿があれを目覚めさせようとしているのならば、あなたに中途半端に隠す意味はないかもしれません。ですが先王と先祖たちに王としての務めを果たすと誓った以上その役目は例え無意味であっても全うするつもりです。でもあなたは特別。ご先祖様もこれくらいなら許してくれるはずです。これが私の精一杯です」
「そっか……」
ヨウカは彼女の言葉を受けとめた。こんなものを聞いたからと言ってヨウカには何の得もない。正確にはないことはない。一国の王家が代々守ってきた秘密、それもクーデターを起こした宰相が使おうとしている代物である。おそらくヒフミの言っていた「クーデターを起こしても国を護り切れる算段」というやつなのだろう。この情報を上手く使えば いくらかのお金にはできるだろう。そういった意味では得がないことはない。
しかし重要なのはそこではない。国に追われ、今は何も持たない少女が命の恩人に差し出せるもっとも価値のあるものを差し出している。ヨウカにとって重要なのはこの一点のみである。
ヨウカは彼女の誠意に応えようと口を開いた。ここに残ることはできない。お互いに自分の裁量では決めることができない問題だからだ。だからせめて彼女が自分のすべてを教えてくれたようにヨウカも言葉を紡ぐのだった。
「そう言えば、私のこと何も話してなかったかな。それじゃあ、少しだけ、寝る前のお話代わりに。このお話が終わったら寝るんだよ~。あと静かにね」
王女は静かに頷く。彼女の表情が少々明るくなったように思えた。ヨウカはアンネリーゼの横に腰かけ、語る姿勢をつくった。
「どこから話そうかな……まあ、大戦の時からがいいかな。別に面白い話じゃないよ?」
「はい、あなたのこと教えて下さい」
「エレクル王国軍特殊作戦部隊『十十隊』、私はそこにいたの」
「やはりそうだったのですね……」
「あれ?知ってたの?」
「噂程度には、年端もいかない少女たちを実験台にした兵器を作っていたと……」
「いいイメージは抱かれてないっぽいね。まああんまり間違ってもいないし……。私が入隊したのは13歳の時、その時には製造方法とか手術方法とかが確立されてたからマシだったけどね。それまでに何人使ったのか……、私の時でも何人か失敗してたっぽいし……。私は運が良かった」
「なんと申し上げたら……」
「いいんだよ。姫様が気にすることじゃないよ。適正検査とか能力検査とか、その後の戦争行動とかさ、女どうこう以前に人としての扱いじゃなかったけど、あの時代に人として扱われた人間なんて一人もいなかったし。仕方ないってやつだよ。それにもう終わったことだし」
金目の少女は金属の脚をさすりながら目を細める。
「一回目は八島の勢力を追い返せて、当時は救国の英雄とか戦乙女とかってもてはやされたけど、国とかそういうの、私はどうでもよくってさ。正直自分の生死すらもどうでもよかった。実験台にさえなれればその後の生活を保障してもらえるって約束だったし、まあ実際は無理だったろうけど、あわよく成功すれば晴れて軍人として生きられる。前線に突っ込んで死ぬも良し、のらりくらりで生きるもよし、そんな感じだったな~。
色々便利に使われたよ。毎日何十何百っていう機体の相手をさせられて、広報活動もやらされて、最後はほとんど自殺みたいな任務をやらされてさ。
その作戦実行の前夜、五年前の終戦はマークワで迎えたんだ。連合に接収された要塞を同時攻撃して連合の侵攻の要を全て一気に潰すっていう無茶な作戦だった。支援車両の故障で作戦開始が遅れて、決行前に終戦になった。冬になる前に終戦の報せを貰えたのは良かったけど、本国に引き上げる前に残党狩りにあってそのまま部隊はバラバラになっちゃった。私は一人、あれに乗って何とか冬を越えられた。傭兵やはぐれ部隊を待ち伏せしては襲って、必要なものを手に入れてた。王国が滅んだって情報もそうやってるうちに耳に入ってきた。王国が無事でも帰る気はあんまりなかったけどね。軍部や王様の玉砕に巻き込まれるのはごめんだし。
本当に帰る場所がなくなっちゃってさ、そんな感じで生きてたらおせっかいなお人好し魔人に目をつけられちゃって、そんで言いくるめられていつのまにか傭兵とキッチンカーをすることになっちゃった。その人にいいように使われたけど、私に無かった必要なものを最低限教えてくれたんだ。私は生きてるだけでよかったんだけど、ちゃんと目標つくらないと生きてる張り合いがないよって言われて……」
プラプラとしていた脚を揃えて落ち着け、ヨウカは部屋の天井を見上げる。遠い過去か、視線のさらに先にある星空か、そんなところを眺めていた。
「その方は今は?」
「三年前にマリオン自治政府の傭兵として皇国独立紛争に参加して、その時に……
補給基地に戻った時、皇国軍の中隊に見つかっちゃって、補給中の二機が不意打ちでやられて、私は部隊が撤退するのを支援するために何人かと残ったの。でも私は手練れの二機を相手することになって、味方に気を配る余裕もなくなってきて……
左腕を落とされた時にもうダメかなって諦めたら、見慣れた輸送車が敵に突っ込んでいったの。
もうその後は必死だったことしか覚えてない……気づけば私しか残ってなかった。一緒に残ってくれた人たちもみんな動かなくなってた。中には二機と相打ちにまでもっていった人もいた。でもそれよりもコックピットが潰れた輸送車が今でも忘れられない……
自分でもその時はほんとに馬鹿だな~って思う。もう使い物にならないのにその輸送車を引っ張っていって撤退したの。
そのかいあって補給基地は失ったけど、部隊のほとんどは撤退させられたし、最終的に独立もできた」
ヨウカは当時のことを思い出し、柔らかに笑った。アンネリーゼは彼女の横顔に少しの悲しさが浮かんでいるのを感じた。
「彼ね。運び屋だったんだけどちょっと変わっててね。食べ物とか医療品とかを好んで運んでたの。武器とか弾薬みたいに長持ちしないし、買いたたかれることも多かっただろうに、あげくタダで渡しちゃうこともあって……。それに文句を言ったら、『じゃあ食堂をしよう』とか言い出して、あの人も私も当時は料理なんてからっきしだったのにさ。
壊れた輸送車は独立軍の人たちがお礼にって直してくれたの。キッチンも食糧庫も元通りにしてくれて……。
で、その人と始めたキッチンカーとお姉ちゃんたちを見つけるっていう目標を傭兵業と一緒に惰性で続けてる。ああ、あとこの子を一年くらい前に拾ってね。この子の世話も生きる張り合いってやつかも」
「お姉様がいらっしゃるのですか?」
「ああ、言ってなかった。私がそう呼んでるだけで血のつながりとかは無いんだけどね。この脚、これをつけてる先輩が上に七人いるの。末期はバラバラに配属されてそれきりなんだ」
「会って、なにかしたいことでもあるのですか?」
「ないよ」
「ないのですか?」
「私家族とかいなくって、仲良くしてくれたあの人たちとか博士とかにそういうのを感じてはいたんだけど、結局同じ部隊で、同じ実験体だったってだけだから。正直生きてても死んでてもどっちでもいいのはいいんだ。多分再会できても碌なことにならなそうな気はするし。」
ヨウカは寝返りをうったヒフミの布団を整えて話を続ける。
「あの人と出会った時もその前も今も生きてるだけで良くって、それ以上のことなんて特に何も考えてないんだ。お姉ちゃん探しも食堂もとりあえず生きていくための目標?みたいな?
なんでこんなことを続けてるのかあんまりわかってないんだ。弔いかもしれないし、恩返しとも言えるし、なんとなく忍びないだけって気もするし……。続けられてるから続けてるっていうのが一番正しいかも。心の奥底では傭兵をやめたがっているのかもね?そんな感じなんだ。言ったでしょ?立派なものじゃないって。義務感も責任感も信念すらもない、お金のためって言ってる人間の方がまだ高尚だと思える。そんな人間なんだ私は。あなたを助けたのも特に何も考えてなかったから。もしあなたを追いかけてきた人たちや警官隊に敵わないって思ってたらその時見捨ててたかもしれない」
ヨウカは王女から目を逸らす。
「そんなこと……現にあなたは私を助けてくれた。あなたはあなたが思っているよりも……」
「かいかぶりすぎ。現に私はこの子を危険にさらしてあなたを助けた」
姫様の言葉はヨウカによって遮られる。
「ごめんね?正直人と話すのって得意じゃないんだ……。私、こんなんだから面白い話とかないし。あなたような、国を負って立つような人が惜しむような人間じゃないよ。って……」
「……」
姫様はベッドから立ち上り、燭台に火をともした。ドアノブに手をかけた時にベッドに腰かけている金目の少女を振り返る。怒っているような、悲しんでいるような、憐れんでいるような、色々な感情が伺える瞳を彼女に向け、何かを言うのかとヨウカが身構えると、「おやすみなさい」とただ一言だけを言って出ていった。
「はあーーーーーー……。なんであんな風にしかしゃべれないかな……」
ヒフミの寝ているベットに倒れ込み、ロウソクの光だけで照らされている天上を眺めながらそうつぶやく。
ヨウカの方へと再び寝返りをうったヒフミの手が彼女の顔面へと落ちてくる。その状況を笑ってくれる人も、叩かれた彼女を心配してくれる人もいない部屋で「いたっ」っと声をもらす。
ヨウカは自分の鼻をさすりながら飛び出してしまっている彼女の手を布団の中に戻して、イスに腰かけた。
今夜はいつも以上に眠りが浅かった。
「ヨウカ」
懐かしい声がする。
「ヨウカ」
そうその名前。彼がつけてくれた。
「……」
「『ヨウカ』なんてどうかな?」
「8号でいい。ずっとそうだったし。別の呼び方されると自分のことだってわからない」
助手席でその話題に興味なさそうに少女は機械の脚をいじっている。ここのところ脚の反応があまりよく無いのだった。
しかし王国が滅亡した時にこれを作った学者もみんな消息を絶ってしまった上、この脚はただの義足ではなく王国の技術の粋を結集し、とある天才の手によってつくられたため並の技師では直すことができない。
骨を金属に置換し、神経と筋組織を特殊なフィルムで包み、新しい骨に配置し直す。これによって足を手のように使うことができるようになり、CCの二足歩行だけでなくスラスターを用いた飛行制御も可能になっている。口で言うのは簡単だが、これよりもかなり複雑な工程があり、被験体の体力も重要になってくる。それに誰でもこの脚にすれば動かせるというわけでもない。手術が成功していも脚が全く動かなくなった人間は多かった。
彼女のCCはこの脚が無ければ操縦することができない。そのため今の彼女にとって自分の呼び名なんかよりも足の不調の方が重大な問題だったが、彼女に話しかけていた青年にとって逆に名前の方が大事だったらしい。
「そんなの人の名前じゃない。名前はその人の未来に対する願いなんだ。不必要でつけられるものじゃないんだよ?」
運転席で優し気な瞳をした青年がハンドルを握ったままそのように少女を諭す。
輸送車の外は暗く、ワイパーしなるほど重い雨が降り続いていた。この雨はこのあたりで一週間ほど続いており、青年たちは大雨のせいで孤立してしまった村に支援物資を届ける道中であった。
いくら撫でても治るわけのない脚をいじるのをやめ、腕を枕にドアにもたれて少女は口を開いた。
「『ヨウカ』も何の意味があるの?八日ってなんか安直だし。」
「8号である君も、それより以前の君も、すべて君であり、君の一部だ。だから『八』という数字を入れたかった。それに意味のない言葉じゃない。八日目っていうのは世界が始まる日を意味しているんだ。エレクル王国に迫る夜闇を切り、夜明けを目指した君に相応しい名前だと思うんだ」
「……」
「納得してくれたかい?改めて『ヨウカ』っていう名前はどうかな?」
「8号でいい。そう呼ばれて反応できる気がしない」
「それじゃあ、僕が『ヨウカ』と呼び続ければそのうち慣れてくるだろう。そうしようか」
「……」
少女は窓の外を見た。今もまだ大粒の雨が降りしきっていたが、ずっと先に光の柱と虹がかかっている場所を見つけた。
それを雨粒で霞む車窓越しにぼんやりと眺めていると、青年が車を急停車させ、ヘッドライトを消した。夜ほどではないものの厚い雲に覆われた下は非常に暗かった。青年は双眼鏡を持ち、雨の中へと出ていった。
少女も彼に続いて車を降りた。
彼の双眼鏡は道の先にある林を見ていた。青年は双眼鏡を少女にも渡して方向を指示する。雨のせいで非常に見えにくいが、何か大きな物体が隠されている。少なくとも人や乗用車ではない。
「CC?」
「多分ね?どうも一機だけで孤立しているようだ」
「どうすればいい?」
「困っているようなら力になってあげたいけど……。ヨウカ、あからさまに嫌な顔するのはやめてくれないか?確かにああいうのは物資狙いの盗賊が多いけど毎回そうとは限らないだろう?」
「……」
「そんな目をしないで。ふむ。じゃあこうしよう。君はCCの中で待っていてくれ。好戦的なCCなら君が相手をして、そうでないなら手を貸してあげよう。どうかな?」
「はぁー。」
ヨウカは荷台の幌布の中に潜り込んだ。その中はかなり薄暗く作業がしにくかったが、CCに乗り込んでコックピットハッチを閉め、CCを起動した。
ヨウカのCCの動力機関が始動したのを確認してから青年はその林の前へと向かった。道中にタイヤを狙った罠などが無いか警戒しながらゆっくりと車を走らせた。
『そこの輸送車止まれ。』
指示通り車を停車させ、青年は車を降りて、そのCCの前に立った。
「困っていることがあるなら力を貸すが、どうかしたのか?」
『困っていることなど無い。ここを通りたければ物資を全て置いて行け。抵抗するならそれはそれで構わんぞ。』
「すべては困る。これは川向うで孤立した村に届ける約束をしているものなんだ。でも君に別けられないほどではない。本当に困っているならいくらか用立てるがどうだい?」
『状況がわかっていないようだな?お前は俺に物資を渡す以外の選択肢はないんだ。わかったか?わかったならさっさと……』
盗賊のCCはアンドレの前から隠れ潜んでいた林のさらに奥方へと飛んでいき、先ほどまでアンドレを脅していたCCが立っていた場所にはヨウカのCCが立っていた。
彼女は『物資を全て置いて行け』という言葉が聞こえた時点で立ち上ろうとしていたが、アンドレが粘るのでひとまず見送った。次に『選択肢はない』という言葉と共にアンドレに危険が迫った時点で敵の胴体部に蹴りを入れてしまっていた。
アンドレはついさっきまで命が危なかったと言うのに顔色一つ変えず、飄々と立っている。
相手が完全にのびているのを確認してからヨウカはアンドレの元に駆け寄った。本当に何ともなさそうだ。
「ヨウカ、助かったよ。しかしちょっと気の毒だな……一人分の食糧くらい置いて行って上げようか」
「……!!」
「痛い痛い……わかったわかった。ヨウカ、わかったから。君の蹴りは並の人の百倍は痛い事を自覚してくれ。はぁ、じゃあ行こうか。」
このようなやりとりをあと二回ほどくり返し、ようやく川向うの村に物資を届けることができた。
もちろん積んできたものすべてを村に届けた。
「ヨウカ、食堂をしないか?」
盗賊に対処しながらようやくと到着した街の酒場で向かい側に座る青年が前のめりになりながら少女にそう提案した。
少女は脈絡のない提案にスープとパンを交互に頬張っていた手が止まってしまう。
ようやく思考をまとめて一言、それを口から絞り出した。
「なぜ?」
「君がいつも僕に言うからじゃないか。金にならないことをするな。医療品をタダで渡すな。なぜ武器を運ばない?なぜわたしを戦わせない?って」
「……?」
今度は一言も返す言葉が浮かんでこなかった。
「まだわからないのかい?僕の輸送車を改造して食堂をすれば、お金を稼げるし、君も戦う以外の方法を学べて、美味しいものは人を喜ばせることができる。ほらいい方法だろう?」
少女はここまできてようやく彼の目的を知ることができた。皿を持ち上げてスープの具を口の中にかきこんだ。もぐもぐと口を動かしながら青年に意見する。
「食堂より武器を売ったり、戦ったりした方が稼げる。そもそも金をとらないで配るから食べるのにも困ってるの」
「口にものを入れたまま話すのはお行儀が悪いよ。ヨウカ」
青年の説教を右耳から左耳へと流し、少女は残りのパンで皿についたスープをすべて取り、口の中に放り込んだ。そして青年を店に置いて自分は足早に輸送車へと戻ってしまった。
「ヨウカ、自分の分は自分で……ヨウカ!」
店を出る彼女を引き留めることができず、青年は彼女の昼ご飯の代金を支払うことになってしまった。
「まあ、まずは形から入ろう。店はどんな色にしようか?」
青年は輸送車の中で先ほどの話題を続けた。
「その話は終わったはず……」
「終わった?いつ?確かに武器売買や傭兵業は一回に入ってくる収入は大きい。だけどいつまでも続けられる仕事じゃない。僕も君も老いるし、怪我をすれば老人になるよりも早く引退することになる。武器売買もいつまでも儲かるわけじゃない。世界が平和になって武器の需要が減れば一気に稼ぎは無くなってしまう」
「傭兵業に関しては説得力あったけど、二つ目の方は絶対にあり得ないと思う」
ヨウカの正論にひるむことなくアンドレは言葉を続けた。
「兎に角、どちらもいつまでも続けられないってことが大事なんだ。その点食堂は、食べ物を売る仕事だから需要がなくなる心配がない。」
「色々細かいところが全て無視されてるけど?」
「それに歳をとっても続けられるし、仕事柄大けがの心配がない。」
「限界はあるでしょ。それにけがだってするときはするもんでしょ……」
ヨウカは彼に細かな計画など全くないことを確信した
。いや、彼と出会ってから今まで計画的であったことなほとんどなかった。そして言っても止まることは全然なかった。
ヨウカの頭にピシり痛みが走り、その部分を押さえながらため息をついた。やることが増える、その予感しかない。
輸送車はこの街の家具店の前に止まった。
「さあ、まずはお店のテーブルでも見ようか」
「店の色を決める話はどこに行ったの……」
この後二人は街の板金屋、雑貨屋、食器屋、布屋に立ち寄ったが、結局何も買わず、キッチンカーの備品と設備はほぼ自前でこしらえることになったのだった。そして移動食堂すえひろがりが完成するまでに約一年を要した。また人に出せるほどのメニューが完成するのはそこからさらに一年後の事であった。
「補給中に見つかるなんて、ついてない!!」
コックピットハッチを閉め、CCを起動させる。
既に補給中の一機が撃破されていた。ヨウカは補給を中断し、他の機の出撃を支援していたが、目の前でもう一機が燃料の誘爆によって沈黙する。
周囲から敵が迫りつつあり、やむなく基地を放棄することになった。
ヨウカはしんがりとして他の二機と共に歩兵と車両部隊が撤退するのを支援していた。アンドレも輸送車と共にすでに撤退した。
砲弾を間をぬいながら、接近戦を仕掛けてくる敵に対処しているが、皇国軍の手練れ二機を相手に味方の様子を確認する余裕がない。
彼らが倒れてしまったら、背後から攻撃が飛んでくることになる。
今ならまだ逃げるくらいはできそうだが、相手が三機、四機となったらそれも叶わないだろう。ヨウカはひたすら目の前の敵に対処していたが、脚の調子が未だ戻っておらず、本来の性能を発揮できていないのだ。
どちらにも決定打を与えられないままうち合いを続けていたら、敵の後衛から飛んできた曲射砲弾が至近距離で爆発した。それにひるんだ瞬間、左腕を切断されてしまった。
「しまった!!」
どうにか体勢を保つが、そこから一気に不利になっていく。あたる攻撃が増えていき、装甲もはがされていく。腕が無いことでバランスが悪く、歩くにもスラスターを使うにも苦労する。徐々に対応がずれていき、対処しきれなくなってきた。
そして重い一撃を受けとめきれず、体勢を完全に崩してしまった。敵機が剣を高く振り上げて迫って来る。
ここまでだ。そう覚悟した時、信号弾が敵の機体にあたる。はるか遠方からでも視認できる光量に目がくらむ。それが撃たれた方向を見るとスカイブルーとホワイトで塗装され、キッチンカーに改造された輸送車がこちらに向かってきていた。
「ヨウカァァァアアア!!」
それに対処する間も彼を止める時間もなく、輸送車は目の前の敵に体当たりし、コックピット部分が完全につぶれてしまった。
その一瞬の出来事にヨウカの心に悲しみと絶望が噴出する。
ヨウカは敵機に体当たりし、相手の武器を奪い、その剣を相手の胴体に深々と突き刺した。
剣を手放し、武器を何も持たずもう一機の方へと突進する。機関銃の弾丸あたるのも気にせず、相手を押し倒し、左手だけで腕と脚を順に潰していった。最後にはコックピットハッチを引き千切り、中のパイロットをCCの手で握りつぶす。
それからもたった一人で暴れ続けていた。第二波、第三波とやってくる敵に取りつき、武器を奪い、装甲を剥ぎ、パイロットを潰していった。怒りと悲しみを敵にぶつけ続け、気がつくとすでに戦いは終わっていた。
場所によっては炎が自然と鎮火しつつあった。
一緒にヨウカと共に残ってくれた二機は随分前に動かなくなっていたようだった。
一機は砲撃を何発も受け、元型がわからないほどバラバラになっていて、何が彼に止めを刺したのかはわからなかった。
もう一機は彼が相手をしていたCCと相打ちになっていた。コックピット部分にまっすぐ剣が突き刺さり、彼はCCの拳で敵のコックピットを破壊していた。
もうその場に動く者は彼女とその愛機以外になかった。
そしてヨウカはコックピット部分が潰れたキッチンカーへと近づいていった。落ちるようにCCを降りてふらふらと歩み寄る。
少女はそこで膝をつき、煙が立ち上る戦場で一人泣き続けた。
撤退した独立軍の援軍が到着するまで彼女は泣き続けていた。
いつものように目は覚める。夜からまだ朝に変わりきっていない青白い空をあくびと共に眺めていた。
懐かしい夢を見ていた気がする。昨日姫様に昔の話をしたからかもしれない。あくびで流れてきた涙をぬぐい、伸びをするがまだ少しぼーっとしていた。
いつもなら目を開けると同時に頭がさえると言うのに、全然頭が目覚めない。それに今日にはもうここ発つのだからやらなければならないことが色々とあるのに頭も体もすぐに動いてくれない。
ようやく椅子から立ち上る気分になってベッドを見てみるとヒフミの姿はなかった。どんなに起こしてもなかなか起きてくれないのに、珍しいこともあるものだとぼんやりと考えながら服を着替えた。そう言えば、ずっと店のエプロンをつけたままここまで来てしまったことにようやく気がついた。
よれたシャツとオーバーオールを身に着け、エプロンはクローゼットに掛けたままヒフミを探すため部屋の外に出た。
いや、彼女がいそうなところは想像ついている。それよりもヨウカが今すぐ探さなければならない人は他にいた。
「おや、奇遇ですな」
「伯爵……」
部屋を出たところで伯爵と出くわした。昨日見た時と同様、戦闘服の上にトレンチコートをかけている。身体が少しもこっとしているので戦闘服の下にいくつか重ね着をしているようだった。
ここに到着した時も王都より寒いと感じたが、明け方はそれより一層冷え込んでいた。
「おはようございます。昨日はよく眠れましたかな?いやぁ、この年になると長く眠れなくなってきましてな、体のためと思ってこれから歩きに行くところで、ヨウカ殿もご一緒にどうです?」
「えっと……あたしは……」
「ふむ、わしとしましてはそんなに急がずともこの屋敷でゆっくりしてくださって構いまわんのですぞ。一週間でも一月でも。クラウゼンのことは兎も角、ヨウカ殿がいて下されば心強いことも多い……。色々とありましょうが、この老いぼれと外の空気を吸う時間を作ってみては?」
ヨウカは重い瞼を閉じて考える。今すぐ彼女に会いに行ったとして何と言葉をかけるつもりなのだろう。それはもちろん謝らなければならないことはわかっている。でも謝るだけでは足りない。何かもう一つ欲しいのだ。
「……ご一緒させていただきます」
「結構結構。ああ、ゆっくりでお願いしますぞ。あんまり速いと足腰に響くのでな」
少女と伯爵は屋敷の外へと出た。朝日が高くなり始め、白くなった空気が眩しい。二人は城壁の中のゆっくりと歩き始めた。地味な要塞に壁と空、足元には雑草ばかりで面白くはない。
「やはり、わしらでは心許ないですかな?」
「いえ、そんなことは……」
「お世辞はいりませぬ。我らシュバルツェンブルク四伯爵は代々国を護る務めを果たしてきました。世界を巻き込んだ大戦が二度ありましたが、我々は王都に火の粉一つ通すことなく守り切りました。しかし、正直なところ限界がきておりましてな。わしの家だけではなく北も東も南も……」
「そんなこと、あたしに教えていいですか?」
「構いはしません。姫様をここまで守って下さった、素性は知りませぬが、ヴィル坊やの務めを代わりに果たしてくれたのですから、ヨウカ殿は十分信用に値するお方だ。
まあ、姫様の件のこの体たらくで十分おわかりでしょうが、四伯爵も王家もすっかり弱くなってしまったのです。
志は常に王国の盾たれと、しかし力がともなっていなければ無意味なものです。
そこで一つ相談なのですがね?わしの養子になりませぬか?」
突然の申し出にヨウカの心臓がはねた。寝不足と考え事であまり働いていなかった頭が完全にフリーズしてしまう。
「きゅ、急ですね……。会って二日目ですよ?」
「そうですな!ちと急でしたな!ははは!ヨウカ殿もお若い、ヒフミ殿を連れての旅も大変でございましょうし……。
いや、もう本題に入りましょう。貴殿をぜひ我が国に迎え入れたいのです。わしも見たことはありませぬが、『二本足』の噂は耳にしております。その脅威を目にした邪島や連合がその技術を再現しようと躍起になっておりますが、未だに成功しておりませぬ。その機体とパイロットが目の前におる。逃す手はないと思いませぬか?
相応の待遇を、もちろんヒフミ殿も一緒にでございます。わしの養子としていずれ家も地位もお譲りいたしますぞ。此度のクーデターも、これからの難事も、貴殿とあの機体があってくれれば心強い」
「……お断りしたら?」
「なぜ?と聞いておきましょうかの」
「あたしには学はありませんし、国や思想というものもよくわかっていません。ですがあれがこの世界においてどういうものかは理解しています。すでに国も王も滅んだとはいえあれを任された責任があたしにはあります。
それにあたしのような主義もないし、理念も持ってない人間に、伯爵のような立派なことはできませんよ……」
伯爵はヨウカの言葉を杖を突く音と共にただ黙って聞いていた。驚くでも怒りを露わにするでもなく、静かに頷いていた。一言一句、とまではいかないが、断られることは予測していたと言うような態度であった。
「そうですか……。残念ですが、仕方ありませぬな。わしもヨウカ殿を少々買い被っていたかもしれませぬ。おっと口が、いかんいかん。歳を取ると口が軽くなってしまいますな」
「本当のことですから、気にしないと言えば嘘になりますけど」
「ははは!すまぬ。すまぬ。わしも浮かれていたのかもしれませぬな。ふむ、そういうことなら早くここを発った方が良いでしょう。いつ戦場となるかわかりませんからな。それにヨウカ殿の正体を知れば、敵になるものも出てくるでしょうしな。これ以上増えられるのは困りますからな。」
ヨウカは笑ってくれている伯爵から顔を背ける。
「伯爵、あなたのような人にあたしはどう映っていますか?」
「と言いますと?もう少し言葉が欲しいですな」
「あたしは博士の残した機体で戦っています。六年前からずっと。あの機体と一緒にずっと戦火の中に残り続けてしまっている。そんな自分が少し怖いです。この国でお茶を頼んできた紳士に言われました。『弾さえもらえればそれでいいのだろう?』って。自分のことが自分でよくわからないのです。何もなく生き続け、戦っていることが、少しだけ怖いのです。なのにあれに乗るとそんな感覚が消えてしまって……」
ヨウカに背を向けながら屋敷へと歩いていた伯爵は足を止める。彼女に顔が見えない程度で振り返り言葉を続けた。
「ヨウカ殿は不幸なお方だ。貴殿だけではありませんが、ヨウカ殿は不幸なお方です。わたくしめはこの世に生を受けた時、いやこの世に一欠けらも存在していない時からシュバルツェンブルクの盾となることが決まっておりました。それに誇りを持ち、何の疑いも迷いもなく、この年になるまで役目を果たして参りました。役目とその力を持っていることが何よりうれしゅうございました。
ヨウカ殿のお気持ち、正直に言いますと、分かりかねる。この一言でございます。
しかし、あなたは見ず知らずの姫様を助け、自らの身を危険にさらし、今引き返さねば後戻りできぬところまで、シュバルツェンブルクと姫様のことを憂いてくれる優しいお方でございます。それは間違いないでしょう」
シュラハタール伯爵は曲がった腰をゆっくりと伸ばしながら朝日で温かくなってきた空気を吸いこんだ。
「出て行かれる前に姫様にはヨウカ殿の真っ直ぐなお心を、わからないことをわからないのだとお伝えください。それでも進み続けて構わんのですから。ですが、引き留める余地があるように見えるとかえって苦しめてしまう。後腐れがあると姫様の御心がヨウカ殿に引っ張られてしまう。あの歳で心の支えがないというのは気の毒なことだが、国王としての覚悟を決めてもらわねばならんのです」
伯爵の声が重くなるのがわかった。彼が何よりも大事にしているもの、この国を護るために何でもするという深い覚悟が響いてくる。
「……わかりました」
「結構。朝食までは時間がありますからご自由に。わしは体が冷えてきてしまったのでこれで失礼させてもらいます。ヨウカ殿も、若い時の無茶は思っておるよりも早く来ますからな。では」
ヨウカはまた一人になった。
何だか一人でいるの落ち着かなく、当初の一応の目的を思い出し、格納庫へと少々足早に向かった。
そこにはシュラハタール辺境伯私兵のCCが並び、朝早くから技師たちが機体や武器弾薬の整備やチェックを行っていた。
格納庫の奥、足場もハンガーもない空いたスぺースに置かれたままの二本足のCCと帽子をかぶった小柄な少女を見つけた。
少し、遠くから観察していると時々他の技師たちを睨みつける動作を作業の合間合間に挟んでいた。技師たちも見慣れない二本足の機体を触りたいのだろうが、帽子の少女がそれを阻んでいた。
「調子はどーう?」
「ふん、こんな早くに何の用です?くまも顔もひどいのです」
「乙女の顔に失礼じゃん、それはこっちのセリフ。いつもは全然起きないのに」
「今日の夜には発てるようにするのです。お前も準備しとくです」
「そのことなんだけどさ……あたしたち本当にここを離れてもいいのかな?」
帽子の少女は機体の腕部にまたがり、昨日の戦闘の損傷個所を見ていた。
「昨日言った通りなのですよ。もう十分付き合ったのです。これ以上はお邪魔になるのですよ」
「でも、その、ほら!手を出しといて最後までやらないってのはさ……」
「あー!!見てるだけじゃなくて少しは手伝ったらどうです!?ここ届かないのですぅ!!」
「はぁー、しょうがないな~。どこー?」
作業がひと段落したのは太陽がてっぺんから傾き始めた頃になった。結局少女二人はの朝食は昼食になってしまった。
体の汚れを落としてから昼食を伯爵と共にした。伯爵はヒフミを気に入ったようで昼食のデザートにあれもこれもと彼女に出していた。
三皿目をどうにか食べ終え、苦しそうにしてる彼女に伯爵は色んな菓子の名前を出して勧めていた。甘ったるい名前ばかり出てくるので一皿しかいただいていないヨウカも胸をまいてきた。そうやって食堂にしばらくいたが、姫様は現れなかった。
それからもヨウカは考えていた。これまでもキッチンカーと傭兵業で旅を続けてきて、そこであった人との別れを惜しんだり、惜しまれたりすることは多々あった。もう二度と会うことができなくなってしまった人も少なくないが。別れの時に色々な言葉をかけて、かけられてきたはずなのに、彼女に何と言うべきかを思いつけずにいた。
ヒフミに午後も作業を手伝えと言われていたが、彼女を無視してシュラハタールと今朝に歩いた散歩道をもう一度歩いていた。
朝もやで良く見えなかったが、手入れされたものではないものの可愛らしい小さな花が咲いていた。いつもは気にもしないというのに考え事が煮詰まっている時はこんな面白みのない雑草でも眺めたくなってしまうのだった。
青い小指程の花の前にしゃがみ込んで、この花を摘もうか摘むまいかぼんやり眺めていると、人の影が視界に入った。
視線を上げると淡い緑色のドレスを着ているアンネリーゼがいた。彼女を見て咄嗟に立ち上り、ヨウカは何かしゃべろうとしたが。
「昨日はごめんなさい」
アンネリーゼはヨウカから視線を外しながらそう口にした。
「昨日は私の方から押しかけたと言うのに、あなたに不快な思いをさせてしまった」
「そ、そんなことない、全然ないよ。あたしの方こそ……」
「あなたは、シュバルツェンブルクの軍人でも国民でもない。あなたはただの傭兵で、私に、シュバルツェンブルクに関わる義理なんてないのに。ここまで連れてきて下さってありがとうございました。今の私では何のお礼もできませんが、あなたへ感謝は一生忘れませんから。」
「え?ちょっと待って、姫!アンネリーゼ!!」
その言葉を置いてアンネリーゼは屋敷へと駆けて行ってしまった。彼女を引き留めることも、彼女に謝ることもできなかった。ヨウカは倒れるように草の上に寝そべった。その背の下で青い花が潰れていた。
夜になり、機体の整備が完了した。手伝いをサボったヨウカをしばしの間ヒフミがボコボコにした後、シュラハタール伯爵とノーイに見送られて屋敷を出た。散歩道で別れた後も屋敷を発つ時もアンネリーゼとは会えていない。彼女に別れの言葉を言えていないことがヨウカの後ろ髪を引っ張ていた。
「……あのさ、やっぱり引き返さない?」
「まだ言うです?そもそもこんなことに首を突っ込む余裕なんて無いのです!」
姫様がいなくなったことで広く感じるコックピット中、二人の少女が言い争っていた。ヨウカは引き返そうと言いつつ機体を国境の外に向けて歩かせていた。辺境伯の厚意によって損傷個所の修復と燃料の補給、武器もいくつか分けてもらうことができたが、それでもアンネリーゼの追手が迫っていると考えられる森の中にキッチンカーを取りに行くことは無謀と言える状況だった。
ヨウカとヒフミは戦乱の匂いが漂うシュバルツェンブルクを離れ、隣国のアズルセーハでそれらが収まるまで見守ることにしたのだった。
しかし、ヨウカはコックピットの中で何度も辺境伯を振り返っていた。
「でも、辺境伯の戦力だけじゃあ……」
「ならなおのことです!王国軍・親衛隊・傭兵を相手どるのに友軍は辺境伯だけなんて分が悪すぎです。傭兵機だけでも10機は見たです。他にも隠している戦力があるはずです」
「そこは一騎当千の西原式が……」
「勝っているの機動力くらいのものです。六年前の機体なんて十分に型落ちなのです」
「……そうよね~。わかってるけど、でも~」
「いい加減しつこいのです!!」
ヨウカは相方を説得する言葉を探しながら辺境伯の城塞を振り返った。平原が終わり、森へと差し掛かるため、ここが辺境伯邸を視認できる最後の場所なのである。
今日も神月が明るく夜を照らしている。そのおかげで指の爪ほどの大きさの辺境伯を見ることができた。だんだんと雲が流れてきて西の城塞が影に包まれるまでその景色を見つめていた。
「……気は済んだです?」
「そうね。縁が無かった、って言うのかな。……あれ?」
目測でだいたい一万メルド離れた位置からオレンジ色の閃光が断続的に見えた。そしてヨウカは反射的に機体を辺境伯邸に向けて走らせていた。
「いきなりなんです!?戻らないとあれほど……」
「森から出てすぐのとこが光った!砲撃、間違いない!少なくとも三機分」
「それでも戻らないと……もういいのです。好きにするといいのです」
ヒフミは不貞腐れてコックピットシートの後ろで小さくなった。ヨウカがどんな動きをしても耐えられるようにシート側面に取り付けられたグリップをしっかりと握りしめていた。
ヨウカはスラスターを用いたホバー走行に切り替え、地面すれすれに機体を飛ばした。辺境伯邸から火の手が上がり始めているが、そこから反撃が行われる様子はまだない。
辺境伯城塞内には敵CCがすでに侵入し、歩兵部隊をのせた輸送車両が仮設橋を渡っていた。城塞正門の警護をしていた二機からは炎が上がり、すでに機能を停止していた。谷の国境警備についていた部隊が合流を試みているが、王国親衛隊の識別旗をつけたCC部隊に進行を阻まれ、辺境伯城塞に近づくことができない。
『塔から連絡から連絡っす。』
辺境伯城塞の見張り台からライトが一定の間隔で下の部隊に向けられて点滅している。
『高速で接近する物体あり、正体不明。方角は、北の方っす。』
『外の部隊に視認でき次第迎撃するよう伝えろ。俺たちも外に出るぞ。』
城塞に向いていた砲火がヨウカたちへと向けられる。敵機体の迫撃砲による砲撃は彼女のCCの背後に着弾する。回避行動をとらずにヨウカは真っ直ぐ敵に向かっていく。それからも彼女たちに砲弾が向かっていくがそれらは全て機体の後ろに着弾する。
『なんだあれ速いぞ!』
『榴弾に切り替えろ。ヨトゥン部隊、新手だ。王都で暴れていた機体のようだ、まともに相手をするなよ。』
城塞の門をこじ開けたCC部隊は近づいていくヨウカたちを迎撃するため広く展開し、面の砲撃や銃撃を行った。範囲攻撃の隙間をぬいながら接近を試みるも細かい機銃掃射を避けられず、合間に行われる榴弾の砲撃に機体を下げてしまう。ヨウカが敵機に近づけずにいると伯爵の城塞の見張り台から光が見える。それは点滅し、以下の文章を出力した。
『王女の身柄を確保。ヨトゥン隊は撤退の援護を優先せよ。繰り返す撤退を援護せよ。』
『部隊各位、王女の車両につけ、あいつは俺が相手をする。』
『『『はっ!』』』
攻城用の重装備が施された三機の内、二機が車両群の動きに合わせて森林方面へと向かっていく。残された一機はその場にとどまり榴弾をヨウカの機体に向けて撃ち続けた。
攻撃の手が弱まったのを見逃さず、ヨウカは機体の速度を上げ、城塞へと向かおうと試みるが……
「よく見るです!右……」
暗闇の中から四脚機の巨体が現れ、ヨウカの機体に体当たりする。隊長機がヨウカ機と接敵したのを確認して最後まで砲撃を続けていた機体も撤退した。
「うぁあああ!!」
「……っ!!」
背面のスラスターによって姿勢を維持した。反射で横に跳び、四脚機から放たれる機関銃の銃弾を回避する。ホバー走行により敵機体の周りを回るようにしながら様子を伺う。先ほど撤退していった重装機たちと同じ連合製の機体、しかし機体各所の装甲がいくつか取り払われ軽量化が施されている。親衛隊の識別旗が描かれたショルダーアーマーにナックルナイフと軽機関銃、腰部にも何かしら提げているようである。そして機体の胸部に女の横顔に八つの引っかき傷を描いたエンブレムが見えた。
「きつっ……フミ?大丈夫?ねぇ!返事!」
「ぅ……ぁ」
「もう!!やってくれるじゃん!!」
座席後部の簡易シートに座っていたヒフミは頭から血を流していた。気を失ってはいないが、意識はちゃんとしてはいない様子である。グリップを握っているが力が上手く入らないようで、腕と手の力を込めるがすぐに抜けてしまう。
ヨウカは敵から距離を取り、銃弾を避けるために大きく左右に機体を振りながら接近の機会を伺っていた。
「フミ!つかまって!力入れて!わかる!?」
「……」
視界の端でヒフミの手に力が入るのが見えた。ヨウカは操作グローブをはめた手の力をゆるめ、それから力強く握る動作をした。
「ふぅ……よし!一瞬で終わらせてやる!」
「来るか!」
ヨウカを機体を振る動作を早くそして鋭くしていく。狙っているのは肩部装甲の隙間、肩関節のアクチュエータ。そこから腕を切断し、コックピットを貫く。
四脚CCは軽機関銃をヨウカに見せつけるようにして捨てた。
「誘ってる?それとも狙いがバレてる?でも、あんまり時間かけられない!」
ヨウカは一気に敵との距離を詰める。隊長機はナックルナイフを持った方の腕を突き出す動作を見せる。ヨウカはブレードを上に向け、速度を緩めることなく近づく。互いが互いの間合いに入った瞬間、隊長機はナックルナイフの方を腕を思い切り引き、空いた右腕をのばして二本足に掴みかかろうとした。その時右腕が下から切り落とされた。
右腕がのびてきた瞬間にヨウカは機体の足を地面に埋め込むようにして制動をかけ、後ろに回転しながら右腕を切り落とした。
お互いの読みがハズレ、ヨウカが賭けに勝った。
ヨウカの予測より敵機体に近づきすぎていたが、彼女は構わず腕がとれ、内部の機構がむき出しになっているところに刃をつき立てようとした。しかしその機体の腰部に取り付けられた円筒状の物体から激しい閃光と熱を放つ物体が放たれ、ヨウカの機体のすべてのモニターから敵を視認できなくなった。目を奪われ、とにかく早く遠く後ろまで距離を取った。
彼の機体のモニターも閃光と熱でヨウカの機体を完全に見失っていた。彼は機体を森へと向け、全速力で走り出した。
「まぐれか、狙い通りか……、いや敗因は俺の慢心か。だが三度目は取られるつもりはない!」
女の横顔を描いた機体はその隙に森へと下がり、黒い木々の中へと姿を消した。
「追撃が無い、ってことは……。はあ~逃げられたか。そもそも姫様を持ってかれちゃってたし……」
「……ぅぅ、ぃた……」
「……こっちが先ね」
ヨウカは辺境伯城塞へと向かった。屋敷を囲っている城壁は複数の砲弾で崩れ落ち、門扉代わりの桟橋は吹き飛ばされ、敵の仮設橋がかけられていた。もともと国境方面以外への攻撃手段の少ない要塞であったため、王都側からの奇襲に対応しきれなかったようである。
ヨウカたちが到着した頃にはすでに国境の警備部隊が戻っており、負傷者の収容や城塞の復旧作業を始めていた。
ヨウカのCCが城塞前にやって来た時、杖をもった老人シュラハタール辺境伯が駆け寄って来た。
「ヨウカ殿!!……すまぬ、ヨウカ殿、守れんかった……」
「私も間に合わず、そもそも離れなければ……。いえ、それよりもフミが。傷は軽いけど、どこかで休ませていただけませんか」
「わかりました。二人来てくれ!幸い、とも言い難いですが、見た目よりも建物の方は被害が少なく済んでおります。寝る場所なら心配はいりませぬ」
血で汚れたメイド二人が担架でヒフミを屋敷へと運んでいく。それを見送ってヨウカは伯爵へと向き直った。
「状況はどうです?」
「ええ、警護についていたヨトゥン二機とそのパイロットがやられ、すぐに歩兵が入って来ました。姫様を奥に匿い応戦するつもりだったのですが、いつの間にか出ていかれてしまったようで。ヨウカ殿がヨトゥンの相手をしてくれたおかげで城塞への必要以上の攻撃がなくなったようです。あなたと姫様のおかげでわし共々命拾いいたしました……
ヨウカ殿が無事だったとは……奴らめ……」
「どういうことです?」
「彼奴ら、ヨウカ殿とフミ殿を人質に取ったと申しておりました。『パイロットの女を殺されたくなければ』と。そしたら姫様は自ら……。
彼奴らは姫様を殺さず連れ去った。それがどういう意図かはわかりませんが、しばらくは殺すつもりは無いのでしょう……。機体を地下工廠へ。いずれにせよ、わしらはこのまま終わらせるつもりはありませぬぞ」
ヒフミを運んでいったメイドの一人が屋敷からかけてくる。慌てているような驚いているようなうわづった声でヨウカに尋ねる。
「あ、あの、ヒフミ様の頭の、どういうことでございましょうか」
「どうかしたのかね!?」
「あ……、説明してないんだった……。えっと、もう仕方ない。伯爵も、見てもらえば分かりますよ」
メイドに連れられ、伯爵とともに屋敷へと向かう。
屋敷の廊下にも負傷者らが横になって休んでいた。
さらに奥のカーテンで仕切られた場所にヒフミが横になって気を失っていた。
手当のために帽子が脱がされ、彼女の頭が露わになっていた。頭部には三角のネコ科に似た耳が生えていた。それはアクセサリーの類では決してなく、肉体の一部として機能しているものであった。
「これは……!?」
「治療は人と同じで大丈夫です。お願いできますか」
「は、はい。わかりました!」
「ヨウカ殿、彼女は……」
「その、正直言うとあたしもなんでこうなのかは知らないんです。どこの国でも見たことが無い形状のポッドの中にいて、その時からこの姿でした。わざわざ聞いてもいないんです。本人もまだ話せないようですし」
包帯が巻き終わり、メイドは他の兵の治療へと駆けて行った。ヨウカは彼女あたまに優しく帽子をかぶせる。
「とりあえず宇宙人ということで呑み込んでください」
「ちとこの老いぼれには難しいかの……」
太陽がまだ森の木々よりも低い位置にある時間、ヨウカは目が覚めた。ヒフミが頭を打ったので夜通し見ていたが、いつの間にか熟睡してしまっていたようだ。一昨日の晩も姫様と夜更かししてしまったのが響いたようだ。
思い出したようにベッドを見るとそこには誰もおらず、無造作にめくられた布団だけが残っていた。
「は~ぁ、まったく……」
いつの間にかいなくなっていたヒフミを探すついでに、と言っても行き先の予想はついているのだが、そのついでにシュラハタールの半壊した城塞を見て回った。屋敷の廊下では負傷者が痛々しい姿で寝息をたてていた。外に出て見ると火はすべて消されているが城塞の砲台は崩れ、破壊されたCCは解体作業が行われていた。城門には敵の残していった仮設橋がかけられたままであった。
今の状況はこうやってのんびりと散歩できるほど良くはない。ヨウカやヒフミは兎も角、シュラハタールとアンネリーゼにとっては最悪の一歩手前である。しかし今の彼女にできることはない。ただ待つことが唯一すべきことである。
四脚の大型CCを四機は同時に整備ができる地下工廠はこの城塞の要にして心臓であり、地上の被害に対してここはほとんど無傷であった。おかげで伯爵は戦力をほぼ失っていない上にヨウカの機体を万全の状態にすることができている。ヒフミがいそうな場所、一か所は想像がついていた。
装甲が外され、整備士たちがその内側にある機構と向き合っている、と思いきやヨウカには見慣れた少女が頭に包帯をまいた状態のまま彼女の周りの整備士たちに怒鳴り散らかしていた。視線をずらしていくとその機体の正面から少し離れた場所にシュラハタールの姿が見えた。少女は両手を後ろに組み、彼の元へと歩いて行った。
「辺境伯直々に機体を見て頂けるとは光栄でございます」
真面目な声音の中に少しおちゃらけた調子を混ぜて声をかける彼女に伯爵は笑って振り向いた。
「これはこれは、何か御用でございますかな?」
「うちの子二人が皆さんに迷惑かけてないか心配で」
「見た事もないフレームにうちの技師たちが喘いでおりましてな、はてさていかがしたものかなと……。彼女の方は、まあ、迷惑より心配が勝りますかな、あんな格好で動き回られるのはこの老いぼれにはちと心臓にさわりますな」
伯爵は大げさな身振りでそう答える。ヨウカは後ろに組んでいた手を腰に当て、姿勢を崩しながら笑う。
「まぁ、そうよねぇ。あの子はああ見えて丈夫だから心配はいりませんよ。寝ててほしいのは同感ですが……」
大げさに手当てをされているが、彼女にとってそれらの傷は大したものではなく、包帯の下の裂傷も擦り傷も打撲も表面上は綺麗になっているはずだ。内部の状態まではわからないが、ああやって怒鳴っているから問題は無いのだろう。
甲高い声で整備士たちに指示を出しているが、彼らの動きが悪く、それが彼女を余計に怒らせているようだ。整備士たちも見慣れない機体の整備を任された上、ぼろぼろの少女がその上で怒鳴り散らしている心配でまともな作業などできたものではないだろうとヨウカは心の中で彼らに同情してしていた。
「やはりエレクル王国の亡霊はわからないことが多いですな。後学のためにもいくらか教えていただけませんかな?」
「それは……。乙女の秘密ってことで、許してもらえちゃったり?」
「教えてくれないのであれば、すべてばらして、隅々まで見たいところですがの~?親衛隊を単機で相手どれる機体、ぜひとも我が国の戦力に……」
「わたしとしてはやめてほしいところですけどね~?」
両者がにらみ合う、戦場で相対した兵士のような緊張感がほんの一瞬走る。シュラハタールの武芸の達人が如く相手を圧倒するような視線に対してヨウカはただ冷たく機械のように睨みつける。彼女にはシュラハタールほどの年季も威圧感もないが、迷いのない芯の通った視線は死を予感させる。その感覚は銃口を額に押し付けられた冷感に近い。
「まあそんなことは致しませんがね。こうなった今下手にばらして戻せなくなっては姫様を守る最後の剣まで失いかねませんから。それにわたくしらどもの技術では皮を真似るのが関の山でしょうし、彼女がゆるしてくれんでしょうからな」
そう言ってシュラハタールはヒフミの方へと視線を戻す。シュラハタールの横顔をしばらく眺めてからヨウカも彼にならって視線をCCの方へと動かした。
「危なくなったらそのまま逃げちゃいますよ?わたし」
「それは困りますの~。しかし……国を見限り、政治屋どもの犬に成り下がった兵より、見ず知らずの面倒ごとに巻き込まれている女の子をここまで送り届けてくれた方のほうがマシですからな」
辺境伯は小さな笑みの後に聞こえないくらいの溜息をつく。
「己の信念を裏切らずに戦う兵どもは先の大戦で死んでしまいました。運良く残ったものも新たな時代について行けぬ足手まといになり果てました。時代には時代のやり方があるのでしょうが、やはりこういう信念、こういうやり方しかとれないのでありますな」
「伯爵はそれを悲しく思ってるんですか?」
「悲しくも悔しくも全くありませんな。たとえ間違っていると言われても己にとっての最良の未来が見えている限りはやり方を変えるつもりもありませんな。ありませんがな、国や人のためとやってきましたものの存外そうでもないのだと、そんな事実が少し寂しいのかもしれませんな。いやぁなに、人間というものは生きているだけで人間を苦しめるどうしようもないものですからな、明日焼き討ちされても文句を言える人間なぞそうそうおりますまい。人間は人の不幸によって生かされているのですから、せいぜいできるのは明日殺されても潔く逝ける心構えだけですな」
シュラハタールは豪快な身振りと空気が漏れるような声で笑う。そうやってヨウカと話していると整備士のうちの一人が駆け寄って来る。それに遅れるようにしてヒフミも彼女の元へと駆けていく。そして彼は伯爵にリストを手渡し、何かの確認を取っている。リストをパラパラとめくり、まあそうだろうな、とリストを投げるように整備士へと返した。そこへ工廠の外から男が入って来る。その男を見つけるやシュラハタールはそっちへ歩いて行った。
頭に包帯を巻いたままのヒフミはいつもと同じように顔や体がすすけていた。視界の端で先ほどまで彼女の相手をしてくれていた技師たちが慣れないことをしてくたびれた表情をしているのを見た。
「迷惑かけてない?」
「子ども扱いやめるです。むしろこっちが迷惑してるです」
「ふふ、そっか。で、敵の拠点のど真ん中で大立ち回り、できそ?」
「ほんとに馬鹿です。重くなるのと、燃費は悪くなるです。無駄にふかせばすぐに動けなくなるですよ」
ヨウカは自分の機体へと視線を移す。損傷や劣化によって外された装甲はシュバルツェン王国の機体のものへと交換されていた。一言で言えばこの国のCCは古く重い、連合が大戦以前に使用していたCCが現在でも使われており、独自技術が用いられている部分は無く。強いて言えば補強とパーツのコピー技術は高いようである。
ヨウカの機体の補強もその技術を使うので当然重くなるが、並の四脚機よりははるかに軽いままである。
「装甲は少なくできない?」
「増やしたのは火器・弾薬の保護用だけです。これ以上はいじれないです。爆発したいなら話は別なのです。」
「わかった」
「すまない、少しよろしいですかな?ヨウカ殿のトラックが回収できました。特に何の損傷もなく、荒らされた形跡も無かったようです。あやつら、まっ直ぐここへ来たようですな」
「最初からばれてたってことか~」
「今更どうでもいいです。早く持ってこさせるですよ。それにも載せたいものが山ほどあるです」
シュラハタールは隣についていた男に顎で指示をだした。おそらく彼が森から輸送車を回収してくれたのだろう。
「ヨウカ殿、こちらにできるのはフレームの補強、武器弾薬と燃料の補充、装甲の強化、と言っても上から板を張るだけですがな、こんなところになりますな。それと……ヒフミ殿。トラックで行くとは本気ですか?」
「本気もなにもするしかないです。王国軍はCCだけで10機は間違いなく出てくるです。他の傭兵も合わせたら補給なしで戦うなんて不可能です。本当は運転苦手です。やりたくないのです」
「それなら一機か二機を後援としてつけさせてくだされば、一機ごとに必要になる武器も減るでしょう?」
「それはまあそうですし、ついてくれるのはありがたいんですけど……ことがことだし、そのー守らなくていいなら……」
「やめるです。そもそも本気のハチにお前らのCCじゃあついて行けないです。敵のど真ん中で固定砲台がしたいなら好きにするといいです」
ヒフミは気づいていないのかもしれないがヨウカは工廠内の視線が彼女に集まるのを感じた。国の境、有事でなくても最前線のこの地を守ってきた兵士たちが、例え事実だとしても平静でいられるはずがないとヨウカはわかっていた。
「王城までは私が守るんで、その後のお姫様救出を頑張ってもらえたらな~っと」
「大丈夫なのです。CC相手ならあの車で十分まけるのです」
「わかりました。王国軍機に負けることは無いでしょうが、国外のヨトゥンを相手にするには少々鈍重ですからな。姫様を助け出すまではヨウカ殿にお任せしましょう」
「そうしとくです」
「しかし、わしらにもシュバルツェンブルク軍人の矜恃というものがありますからな、ポーズはつけさせていただきますぞ!」
「どうぞ、背中から撃たないなら何でもOKですよ」
シュラハタールはその回答に満足したように杖をくるくると回しながら工廠内の他の機体へ整備士たちを伴って向かっていった。
「じゃあ、頼んでおいたもの形にしておいてね」
「もうできてるのです。即興は好きじゃないけど、得意です。一週間は私の好きなおかずにしてもらうです」
「ちょっと、それは聞いてない。ああ、待って、待って!」
コンテナを利用した展開型シールドの裏に武装や弾薬を取り付けられるようになっている。その他にも似た形状のコンテナが10個ほど量産されており、改装中のキッチンカーの隣で武器の積み込み作業が行われていた。
現在ハチと呼ばれたCCに装備されているのは、シュバルツェン王国軍の標準火器の散弾銃器を四丁を両肩のショルダーシールドの裏側にはりつけている。腰部に格納式のブレードを取り付け、サブ火器として短機関銃を脚部に一丁ずつ取り付けている。そして背部にスラスター用のガスタンクを三本増設し、申し訳程度の装甲板を溶接してある。
「ぉお、重そうだね」
「ほぼ注文通りですよ。後、足の武器はできる限り使うじゃないですよ」
「予備ね。了解」
「タンクはあれしかないから気をつけて戦うですよ」
「ちょっと出っ張り過ぎじゃない?」
「必要になったら右肩あたりにつけたレバーを引くです。その度に8割くらい補充されるです。でかいのは、頑張って避けるです」
「無茶を言う……」
「お前ほどではないのです」
ヒフミに渡されたリストを読み終え、改装された機体を見つめながら口を開く。
「また厄介事でごめんね」
「謝るぐらいなら最初から関わらないようにしてほしいのです」
「そうだね。でもなんだかこうしないといけないって気がすると自分じゃ止められないんだ」
「まったく、ささっと助けて、ささっと謝っちゃうのです。そしてささっとこんな国出ていくです!」
「何~、知ってたの~?」
ヨウカがこの少女と出会ったの今から1年程前のことである。
アンドレが死んで、戦後間もなくと同じ盗賊のような生き方をしていた。組織にも国にも属さず、街や村にも滅多に入らず、一人で生きていた。
まだ彼と決めた目標の一つを何とか続けられていた彼女は中央大陸北の砂漠を進んでいた。
車を気遣い、主に夜に走らせていた。たった一人、人の気配もない場所にいると良くない考えが頭に浮かんでくる。このままどこにも辿り着けずに果ててしまうのもそれはそれで良いのかもしれない。
その日は砂嵐にもあわず、星がよく見える明るい夜だったが、当時の彼女にとっては綺麗な星々も照明ほどの意味しかなかった。
水が心許なくなってきたなとぼんやり考えながら走っていると頭上が急に赤く明るくなった。その異変に車を止めた。それから間もなく凄い衝撃と砂の混じった爆風がやって来た。
気がつくと車が横転してしまっていた。入り込んだ砂に咳き込みながら周囲を見やる。ドアの小さなのぞき穴から光がさしていて、そこを目指して這い出した。
外から車の様子を確認すると車体も荷台のCCも吹き飛んできた砂に埋まってしまっていた。
まずはCCのコックピットハッチ部分の砂をどけた。ハッチが胴体正面にあるので時間がかかったが、何とか入り込めるようになり、CCに乗り込んだ。
次は車をとCCを起動して、砂の中から立ち上った時、ふとこの爆発を引き起こしたものが気になった。
本来は近づくべきではないのだが、CCもあった彼女は車を埋めたまま爆心地の方へと向かってしまった。この時の彼女の行動は言わば、魔がさした、というものであった。
近づくにつれて未だ舞い上がっている砂で徐々に暗くなる。夜の明かりの無い暗さではなく、砂粒によって視界塞がれるためCCのモニターでは外の様子がほとんどわからなくなった。覗き窓やスコープも見ているが、カメラよりも圧倒的に視界の悪いこれらが役に立つことはなかった。
それでもしばらく進み続けていると前の地面が急になくなり、砂の坂道を転がり落ちていった。
そして固いものに衝突してようやく止まった。
衝撃に頭を抑えて、立ち上がる。舞い上がっていた砂埃が落ち着き始め、ほどなくして自分の居場所が明らかになった。
そこはクレーターの中で、ぶつかったものはそれを作った落下物であった。
サイズはCCの胴体ほどで球形の構造物の周囲に円錐台の形状をしたものが各所についている。ヨウカの機体に備えられているスラスターに似ている。
球体下にも何かあるようだが砂に突き刺さって埋もれているため形状がわからない。球体上部からはワイヤーがのび、船の帆のようなものがついていた。
その周囲を回りながら物体を調べる。とても滑らかな表面をしており、構造物同士がどのように接合されているのかわからない。
そして、球体上部にハッチらしきものを見つけた。その横にカバーで保護された開閉レバーと思しきものも見つけ、CCから降りて動かそうとして見たが、びくともしなかった。
仕方なくCCで無理やりハッチを壊してようやく中を見ることができた。
中は外見よりも狭く人が一人しか入れるスペースしかない。その中央に配置された座席には潜水服に似た、とはいってもそれより遥かに薄いが、そんな恰好をした人がいた。
気を失っているようで、ヘルメットを叩いても体をゆすってみても反応がない。服のせいで脈も取れず、鼓動も聞こえない。
見渡すとポーチのようなものが側面に掛けられていた。これだけの乗り物だから他にも非常食やキャンプ道具、武器の類も載せてありそうだが、積載箇所も取り出し方もわからないので、とりあえずポーチとともにその乗り物から引っ張り出し、輸送車へと戻った。
未知との遭遇ですっかり忘れていたが輸送車は埋もれたままだった。
CCの固定器具も兼ねている幌布と物置になっている後部座席から寝袋や敷物を取り出し、CCをポール代わりにしてテントをこしらえた。
拾ってきたものをそれらの上に寝かせ、ヘルメットを脱がすために試行錯誤する。引っ張たり、ねじったり、前後にゆすってみたりとしたが取れる気配はなく、接合部を観察してみると首と顎の付け根のあたりにレバー状のものがあった。それをいじってみると音も何もなく、ヘルメットが少し動くようになった。
また、引っ張たり、そしてねじったりしてヘルメットがとれるようになった。
その中にあったのは普通の人の顔。身に着けている服よりもかなり小さく幼い顔つきが出てきた。10歳から12歳くらいだろうか。頬がほんのり赤く、緩んだ口からは犬歯が見えている。少し大きいように見えるが人の範囲内だろう。そっと口に耳を近づけると小さな呼吸音が一定の間隔で聞こえてきた。医者ではないので詳しいことはわからないが、苦しそうな様子も雑音もないので多分問題ないのだろう。
ヨウカは他の場所に目を移す。鼻は一つ、目は二つ、眉も睫毛も髪もある。夜のように真っ黒な黒髪をしている。頭頂部が二か所ほどはねているのを直そうとしたら感触が髪ではない。何だか肉や筋がある。触っているとぴくぴくと動いてもいる。
「何これ?アクセサリー……ではないよね。どう見ても生えてるし、動くし……」
「……ンゥ……」
「あ、生きてる。ま、明日でいっか。」
斜めからさす朝日で奇妙な客人が先に目を覚ました。想定と違う場所におり、想定と違う状態になっており、想定に全くない人間が横で寝息をたてていた。
「………………!!!」
「ええ!!なになに!?」
騒がしい声に目が覚め、起きると、昨日助けた謎の生命体が謎の言語で騒いでいた。
口を手で押さえながら息を止めだしたり、我慢できなくて普通に息したり……
慌ててテントから出て辺りを右往左往したり、テントに戻って来たら何かしら物凄い勢いで話しかけてきたり、慌てていることはわかった。
触れず離れずの距離で、言っていることはさっぱりわからないものの昨日持ち出せたポーチを渡して、何とか落ち着かせた後、ヨウカは朝食の準備をした。
昨日の間に掘り起こしていたスープ缶を取り出し、火にかける。
スープが温まるのを待ちながら座っていると何やらじっと見られているようだった。
攻撃するでも逃げるでもなく、ただじっと見続けるだけなのだが、その視線に居心地の悪さを感じながらもひとまず放置した。
夜のは見間違いではなく、やはり頭に耳がある。何やら猫っぽいが、頭の他のパーツは人なのでとりあえずスープを渡してみた。
近くにスプーンと一緒に置くが、スープ缶とヨウカを交互に見つめている。
ヨウカは彼女から少し離れて座り、スプーンで缶からスープを掬い頬張るのを見せた。
そしたら何やら納得できたようで同じようにスプーンでスープを掬って口の近くまで運んだ。しかし、一口目はほんの少量だけ舐め、味を確かめていた。そして飲み込むまでかなりの時間をかけていた。
二口目からは普通にスープを飲んでいた。缶が冷めると、缶に口をつけて流し込んでいた。
すでに食べ終わったヨウカは元気そうな様子を見てなぜか安心した。
幌で作ったテントから出て、車を掘り出し始めた。本当はCCでできたらよかったのだが、車のガス欠や盗賊に狙われた時のために燃料を温存したかったのだ。
しかし、陽が昇るにつれて気温もどんどんと上がり、テントの日陰から動けなくなった。
奇天烈な格好の同行者も気温にへばっていた。
言葉が通じないので身振りで服を脱ぐように言うも、伝わりはしたがなかなか脱がなかった。
だが、だんだんと気温が上がっていき、とうとう我慢できなくなってそれを脱いだが、それ以外下着すら身に着けていない真っ裸であった。彼女が服を脱ぎたがらなかったことに納得しつつ、ヨウカは自分の服を彼女に着せた。
「行くとこあるの?どこの国?」
「…………………………」
「さっぱり何言ってるかわかんない……連合あたりの古語に似てる気はするけど……」
「………………………………」
「うう……困った……。……よし」
輸送車の外側に取り付けられていたシャベルを取り外し、彼女の前に突き刺す。
「いくらなんでもここが目的地ってわけではないでしょうし。二人でのんびりできるほど水も食料もないから手伝って。言葉はわからなくてもわかるでしょ?」
「……」
猫耳の少女はシャベルを受け取ると小さな溜息の後にふんと鼻を鳴らした。態度がでかいのはこの時からであったこともヨウカは思い出した。
彼女にものを教えるのは、ほとんど苦労しなかったものと訓練生時代の方がマシだったものと両方あった。
その内、言葉は苦労しない方だった。
1週間程で言葉だけでの意思疎通ができるようになり、1月で日常会話や厭味が言えるようになった。1年経った今では多少のたどたどしさはあるものの会話において困ることはもうない。難しい言葉も知っているが、発音が少し慣れないようだ。
言葉をある程度つかるようになった時期にしばらくやっていなかったキッチンカーの経営を再開した。そうしてしばらくたったある日、出会った時から抱えていた疑問を尋ねた。
「それでそろそろ聞きたいって思ってたんだけど」
「なんです?」
「どこから来たの?皇国?連合?セイオット?」
「どこでもないのです。……………………………………………………から降りてきたのです」
「こう……へ?それなんて発音してるの?」
「はぁ……ん!」
そう言って帽子の少女は空を指差した。その指の先には岩石リングが霧状に見えるこの星の衛星があった。
「あれって……神月!?嘘だ~」
「嘘じゃないのです!!本当なのです!!」
「じゃああれだ。あんたは神様とか天上人ってやつなの?そっか、ふふふ」
「笑うなです!!本当に本当なのです!!あれは…………………からやってきたのですよ!!」
「謎言語織り交ぜながら話すのやめて、なんか気持ち悪い。まあ、ちょっとからかっただけだって。でも神月か~、なんか悪いことして追放されちゃったわけ?」
「まだ言うです?もう二度と教えてやらないのです!!」
「ごめんごめんって、最後にもう一個だけ、今度は真剣。あんたはさ、これからどうすんの?」
「……」
「神月の話はまだ信じきれないけど、あの乗り物とか耳のこととかあるし、信じたい気はあるの。でさ、ここに来たのには何か意味があるんでしょ?深くは詮索しないけどさ。行き先があるならいけるところまで付き合ってあげるよ?」
「……やらなければならないことがあるのです。これを作れる人、それと帰る方法を探したいのです」
彼女はそう言ってポーチの中から機械を取り出した。それのスイッチを入れると空中に映像が映し出された。出会った時から持っていたが、彼女がヨウカにそれを見せてくれたのはその日が初めてであった。
映し出された映像は絶えず動いており、ある地点まで流れるともう一度最初から同じ映像が繰り返されている。それは何らかの設計図である事しかヨウカにはわからなかった。
「それが何なのか聞いてもいい?」
「……薬なのです。これを持って、帰りたいのです……」
ヒフミはその映像を空中に投影する機械を大事そうに握りしめていた。
「帰りたい」その言葉がヨウカの心に強く響いた。
「そっか、じゃあ一緒に行こっか。私も独りだったから、ちょうどいいかもね?」
「……一緒にいってやるです」
「ふふふ、はいはい」
この日ヨウカとヒフミの旅が始まった。
ヒフミの修得が早かったものでもう一つ機械いじりがある。
もともと教えるつもりはなかったのだが、機体や車の整備を手伝わせているとヨウカの手際にしびれを切らし、彼女を押しのけて直すことがあった。ヨウカの作業を傍で見ていたことやマニュアルがあったとは言え、彼女がいともたやすく物を直したときは、ヨウカを驚嘆させた。
それだけでなくエレクル王国の技師にしか修理できないはずの機構も難なくとまではいかないが、部品を失くしていなければ必ず直してくれた。
それからは彼女が「すえひろがり」のメカニック担当となった。
最近整備の対価が段々と高くなってきていることがヨウカの悩みとなっていた。
一年一緒に旅をしてヨウカは彼女とともに色々な問題に巻き込まれた。正確には問題に首を突っ込みまくり、彼女をかなり振り回したというのが正しい。
まだ二人とも目標を達成できていないが、二人でここまで進んできたのだった。
ヨウカは機体の改修中、無事だったシュラハタールの部隊のCCを借り、兵士たちと模擬戦を行っていた。
現在主流な四脚機はほとんどがパペットシステムと呼ばれる制御方法で動いている。
パペットシステムにも種類があり、今乗っているものはグローブ型ではなく、精密操作用のコントローラーを人差し指、中指、親指にはめ、その上からレバーを握るものであった。
レバーにはいくつかボタンがあり、それによって火器管制を行う。
下にはペダルが四つあり、踏む箇所と踏み込む角度で足の動作が変わるが、四脚機でヨウカがいつも行っているような蹴りをするのは至難のわざである。
シュバルツェンブルクの機体は古く重い。パイロットの育成難度を下げるためにコックピットだけは最新に近いものを使用しているようだが、ヨウカは慣れない機体に最初は苦戦した。
しかし、エレクル王国の英雄の名は伊達ではなく、スラスターの無い重い機体に適応した後は辺境伯部隊のベテランが相手でも後れをとることは無かった。
辺境伯城塞の国境警備部隊はクラウゼニッツの差し向けた親衛隊の襲撃によって、主要施設への被害は軽微であったが、人員への被害が大きかった。特に城塞の護衛をしていたパイロット二人が死に、国境警備にあたっていたパイロットにも負傷者が出た。
今回の作戦と作戦実行中の警備隊の人員を確保するためにヨウカは国境警備隊の予備隊員でもあるメイドたちに訓練をつけることになった。
シュラハタール曰く「ここの者は皆、訓練を積んでおりますからヨトゥンの操縦、車両の運転、銃火器の扱いに白兵戦と一通りのことはできます」とのことだったが、明らかにノーイのようなメイドを実戦に出すのは酷だろうと思いながらヨウカは訓練を始めた。
これは彼女が「十十隊」にいた時にやっていた訓練であった。兎に角強い人にボコボコにされるという単純明快な訓練方法である。
このような訓練法ができあがったのは「十十隊」の1号機パイロットの存在が理由である。彼女はエレクル王国軍最強の兵士であった。1号機に乗り、一度戦場へと入れば、何十倍という戦力を覆して彼女が勝利する。彼女を倒すことができたならもはやこの世に敵などいないとそう思えるほど彼女は強かった。元から軍人であった3号機のパイロットですら、彼女には手も足も出なかったのだ。
ヨウカが相手をすることになったのは、ツヴェルとノーイの二人であった。ヨウカは二人を連れ、シュラハタールの城塞から彼女が親衛隊隊長機と戦った平原へと移動した。
まずはツヴェルがCCに乗り込んだ。武器は近くの森で回収した具合のいい丸太と演習用のペイント弾を装填した短機関銃を使う。
戦闘開始の合図と共にヨウカがツヴェルに襲い掛かる。ツヴェルはヨウカ機に対し、短機関銃を掃射する。一方ヨウカは、短機関銃などお構いなしにツヴェルへと突っ込んでいく。彼女の行動に動揺しながらもツヴェルは射撃を続ける。胴体部分が接触し、金属の鈍い音が響く。気がつくとツヴェル機の前にはヨウカ機がおり、ヨウカはそのまま機体の重量を上から乗せ、機関銃を持っている腕と同時にツヴェル機を押さえ込んでいく。動けなくなったところで装填されているペイント弾を全弾、コックピット部分へと撃ち込んだ。
そうこの訓練の最たるところはどのような理不尽や強敵に相対しても対処する術を学ぶことである。銃を持っているからと言って必ず銃で攻撃してくるとは限らない。自分だけが銃を持っているからといって有利であるとは限らない。相手によっては武器が全く通用しないこともある。このペイント弾や木の棒のように。その時、何かしらのアクションを起こせる体を作ることが目的なのだ。
しかし、勝敗を決めるルールがないのも緊張感が無いので、ヨウカは着弾したペイント弾の数で競うことにした。
そして片方が弾切れになった瞬間に休憩に入り、準備でき次第戦闘を開始する。パイロットの休憩は取らず、へばってからのもう一回が終わるまで訓練は終わらない。というのが本来の仕様だが時間の都合上一人十回とした。
ツヴェルはヨウカの繰り出す理不尽な戦術に翻弄され続けた。飛んでくる丸太、的確にカメラだけを撃ち抜いてくる狙撃、四脚機では難しいはずの蹴り、同じ機体のはずなのになぜか勝てない取っ組み合い、気づいたら奪われている機関銃、曲射による空と地上からの挟み撃ち、そしてそれらすべての複合技……。
結果、十回中二回ツヴェルはヨウカに勝利した。しかし、勝った二回とも彼女の変幻自在な機体の動きに翻弄され、対処はできていなかった。着弾数がまぐれで上回っていただけに過ぎないことをツヴェルはわかっていた。
次はノーイである。あのすぐにこけて顔面で受け身を取る彼女がCCで戦える様など想像しにくいが、ヨウカは自分の頬を叩き気合を入れ直した。そう見た目で判断してはいけない。ごつい兵器に少女が乗っていてもおかしくないのだから。
ノーイは丸太を槍のように構えながら機関銃の射撃を行いつつ接近してくる。ヨウカは振りかぶった丸太で敵の胴体から薙ぎ払うつもりで構える。ヨウカが丸太を振るおうとした時、何故か腕が動かなかった。ヨウカ機の手首がノーイ機のもつ丸太の先で押さえられていた。
「嘘……」
がら空きになった横腹にすべてのペイント弾が着弾する。初戦はノーイが勝利した。
その衝撃の結果にヨウカは闘争心に火を点けた。機体が機体なら彼女を止められるものは今のこの場にはいなかったかもしれない。
ノーイの射撃を銃口の位置から着弾地点を予測し、丸太ですべて受け止める。ノーイが驚いている間に、機関銃の弾倉を外し、それを握り潰して丸太に塗りたくる。その丸太一本だけを持ってノーイ機へと突っ込んでいく。
間合いに入り、まずはノーイの丸太を押さえてから叩きつける。ノーイは腕でその攻撃を庇った。ヨウカはもう一度同じ攻撃をすると見せかけて、丸太を真ん中ほどの位置に持ち替えて殴りかかった。それをもろにくらい胴体部分に一本の大きなラインがスタンプされた。
ヨウカが弾倉を破壊したため、ノーイがペイント弾を使い切るまで試合が続行された。
ちなみにこの試合で勝ったのはノーイである。なぜならヨウカは腕に一発、胴体に一発、そしてまた腕に一発と計三回しか彼女に当てられていないからである。
その後もノーイとの模擬戦が続けられた。飛んでくる丸太、的確にカメラだけを撃ち抜いてくる狙撃、四脚機では難しいはずの蹴り、同じ機体のはずなのになぜか勝てない取っ組み合い、気づいたら奪われている機関銃、気づいたら奪われている機関銃、気づいたら奪われている機関銃……。
結果はノーイが四回勝利した。
ツヴェルはCCにおける戦闘のセオリーがきちんと頭に入っている。射撃も近接戦闘も基本がしっかりとしており、かつ早い。しかし教本に無い戦術や見たことないの動きにはとことん翻弄されるのが欠点である。しかし、シュラハタールの元で訓練を受けているだけあって順応が早かった。それをヨウカに逆手にとられ、行動を誘導されていたのも改善点である。
ノーイは丸太、というよりサーベルの扱いに長けていた。最小限の動きでこちらの攻撃を防ぎ、いなし、反撃に転じていた。射撃武器の扱いもまずまずであり、教えられたことはできているという感じであった。咄嗟の防御も上手く、場合によっては武器を自ら捨てるという選択もできていた。そして改善点はツヴェルとは対照的に一度引っかかった罠に何回もはまる点である。時間をかけて叩きこまれたものとそうでないものの差が大きく出てきてしまっているのだ。
そうして二人の訓練を終えた後、別の場所で他のメイドの訓練をしていたツヴィーベルとゲルブ、アンネリーゼの出迎えに来た部隊にいた二人が話を聞きつけ、ヨウカは同様のルールでその二人とも戦うことになった。
二人とも四脚機の操縦に慣れているだけあって、全ての行動がヨウカよりも早かった。コックピットから機体に動きが反映されるまでの時間が体に染みついており、同じ機体とは思えない速度で動いている。
また、ヨウカが乗っている機体も彼らと同じであるため、不可能な動き、得意な動作、操縦の癖、全てを熟知している彼らにはヨウカの動きが完全に読まれてしまう。
しかし、それが欠点でもあった。先読みによる行動は後から訂正ができない。上手く誘われてしまえばカウンターが当たりやすくなる要因にもなり得る。
誰よりも機体を熟知しているからこそ、機体を理解していない者が操縦する時の動きは予測できないのも改善点だ。
二人との模擬戦は、僅差でヨウカがどちらにも勝利した。やはり慣れない機体で戦うの難しい。
シュラハタールの城塞から信号弾が打ち上げられた。集合の合図である。あたりを見渡すとすっかり夜も更け、神月が空高く昇っていた。
一度各員は各部屋に戻り、その後地下工廠で作戦会議が行われることになっていた。
地下工廠に向かうと機体の改修、コンテナの作成と武装の積み込みが完了し、残る作業はCCとコンテナを運搬車に積み込む作業だけとなっていた
シュラハタールは地下工廠の中央に折り畳み式の机を並べさせ、そこに農業区を省いた王都全域の詳細な地図を広げた。
地図にはアンネリーゼ救出のために使用するルート、敵戦力の規模と敵機の出現予測位置、奇襲や避難に適した建物の位置など今回の作戦に必要な情報がすでに書き込まれていた。
地下工廠には会議に参加可能な人間が全員集められており、シュラハタールが地図を広げた机の周りには作戦に参加するメンバーが集められていた。シュラハタールの城塞に到着した時の出迎えの部隊にいたツヴィーベルとゲルブや屋敷の中で見かけたメイドたち、その中にはヨウカについてくれていたノーイとツヴェルの姿もあった。
「さて、ある程度駒も揃ってきましたので、ブリーフィングと行かせていただきましょうかの。
こちらからは四機、ヨウカ殿の機体を合わせて五機を運搬車で王都内へ持ち込みます。近衛や警備隊に見つからず王城へと入れるのが理想ですが、そうもいかんでしょうな。接敵時はヨウカ殿の第一、ツヴィーベルとゲルブの第二、ツヴェルとノーイの第三と順にCCで敵を引きつけ、救出部隊の王城到達を優先させます」
「ツヴェルは兎も角、ノーイはどうなのです?よくこけてたのですよ。」
「彼女は侍女としては伸びしろの方が多いですが、戦闘に関してはなかなかのものなのですぞ」
「めっちゃ強かった……」
「……意外なのです」
「えへへ」
ノーイは照れながら前髪をいじっていた。
「続けますぞ。第二と第三のヨトゥン部隊は敵戦力を無力化し次第王城へと向かいそこの防備を固めさせます。ヨウカ殿は救出部隊王城に到達後、機体の機動力を生かし、ヒフミ殿と共に遊撃を行ってもらいます。良いですかな?」
「りょうかい」
「です」
「結構。ああ、あくまで目的は時間稼ぎ、撃破するにこしたことはありませんが、無暗に突っ込まんようにして下され」
「この作戦でそれはかなりの無茶ぶりというやつでは……?」
「そうですな!!ははは!!まあ、皆死なんように、ということです」
シュラハタールは机についていた手を離し、地図を、殴り込み部隊を示した赤い駒を見つめながら口を開いた。
「ここに集まってくれた皆に聞いて欲しい。敵の戦力はヨトゥンだけで30はゆうに超えておる上、クラウゼンには秘策もあるようだ。此度の戦では即応力が何より求められる厳しいものになるだろうな。さらに最悪なことに相手は同じ国に生まれ、同じ旗を掲げて戦ってきた同胞になる。同胞を討ち、同胞に討たれるという地獄にも等しい戦場になってしまう。
しかし、クラウゼンとやつに付き従う者共が成そうとしていることは、シュバルツェンブルク全体を危機に陥れておる。我がシュラハタール家はこの谷からやって来る脅威を蟲一匹、火の粉一つ通すことなく守り続けてきた。シュラハタール家の当主として危機にさらされているシュバルツェンブルクと我らが敬愛するアンネリーゼ王女を見捨てることはできない!
我が国の危機に誰よりも早く異邦の者が立ち上ってくれた。にもかかわらず我々が立ち上らずして何とすると言うのだ!
皆の者、ここに集められた者だけではない、西の果てで国のためにこのシュラハタールと共に戦い続けてくれた皆に、此度の戦も共に切り抜けて欲しいのだ。シュバルツェンブルクのために……」
この場にいる全員が沈黙した。不安や恐怖は確かにある。そもそもこの場に生き残る確信がある者など一人もいないかも知れない。しかし、この場を離れる者はおらず、不平や不満どころか弱音すら口に出す者はいなかった。
「ありがとう。ヨトゥンと車両の準備ができ次第、王都へ出発する!」
「「「「「「はっ!!」」」」」」
足を揃える軍靴の音、敬礼の手が風を切る音、そして全員の声が重なり、工廠内に響き渡る。
雲一つない真っ青な空から輝く太陽が時計塔の鐘が鳴るシュバルツェンブルク王都アルヒェを照らしている。
フラッグガーランドや花々で飾り付けられた街、地方や国外からやって来た商人たちの屋台、そして戴冠式当日だというのに人一人いない静かすぎる大通り。王都には時計塔の鐘の音だけがこだましている。ここまで検問も巡回の兵士もいなかった。
そこを軍用機動車両に先導された運搬車と輸送車の車列が進んでいく。
「止まって下さい!!」
王宮まで五百メルドほど手前の地点、先頭車両がゆっくりと停車する。後部座席の窓が開き、式典用の礼服といつものトレンチコートを身に着けたシュラハタールが顔を見せる。
「アンネリーゼ王太女殿下の戴冠式警護のためにゲルハルト・アイザン・シュラハタールが馳せ参じた。ここを通してもらおう」
「宰相閣下の命により何人もここを通ることはできません。シュラハタール卿、貴殿をお通しすることもできません」
検問の周りには武装した車両六台が道に横並びに配され、バリケードの役割を果たしていた。銃座に防護服を身に着けた兵士が重機関銃を握り、シュラハタールの車と後方の牽引車に銃口を向けていた。シュラハタールは兵士を睨みつける。顔に筋が浮かび、目をむき、低い声で口を開く。
「儂が、誰かわからんわけではあるまいな?」
制服の帽子が深いせいで表情が伺いにくいが、その男は臆せず立ち続けた。今すぐにでも土下座して流してしまいたいくらい車窓越しのシュラハタールの迫力はすさまじかった。それでも役割を全うした彼は称賛に値するだろう。
「き、貴殿には国家反逆の疑いがかけられております。抵抗せず、我らの指示に従ってください。我らの名誉にかけて貴殿とその従者の尊厳と安全を裁判まで保障いたします。ですのでどうか……」
「そうか……」
装甲車両の重機関銃の引き金に警備隊員たちの指がかけれれる。
「儂にも成さねばならぬことがある。立て!」
牽引車の貨物が動き出す。重武装が施された二脚のCCが立ち上り、左肩部に装備されたショットガンを取り、装甲車に銃口を向ける。今日のためにヨウカ用の調整と長時間戦闘用の弾倉の増設が施されたショットガンが検問の車両を容赦なく吹き飛ばす。車両は回転しながら吹き飛び、バリケードが崩れる。その隙間をシュラハタールの車が先行し、輸送車と運搬車がすり抜けていく。予想外の敵の出現に射撃が遅れた銃座の兵士たちの反撃が始まる。兵士たちの照準は目の前の脅威であるCCではなく、バリケードを越えて先行したシュラハタールたちへと向けられていた。それは彼らの任務が「何人も通さないこと」だからである。
しかし彼らの任務は二脚のCCによって妨害を受ける。ヨウカは自らの機体を盾にし、彼らを庇う。放たれる機関銃の威力は車両や人、爆発物にとってはひとたまりもないのだろうが、CCの装甲を抜くことができるほどの攻撃力は有していなかった。ヨウカは車両の底面に向かってショットガンを撃ちこみ、レンガの舗装路を粉々にしながら、車両群をひっくり返していく。
全ての走行車両を無力化し、シュラハタール隊との距離、警備隊の状況及び追撃の可能性をはかった後、ヨウカはキッチンカーへと機体を向けた。
『フミ!手はず通りにね。』
「わかってるです。お前もとっとと追いかけるです」
そう言い残しヒフミは横の道へ全速力で走り出し、ヨウカはそれを見送りながらショットガンの薬室を確認した後、シュラハタールの車を追うため機体を走らせた。全速力の車両には追いつけないものの重装備のCCでは考えられない速力で王城まで駆けていく。
検問の兵士の一人が信号弾を打ち上げた。ここからはすべての勝負が速さで決まる。
『走行中の車両及び未登録のCCに告ぐ、直ちに停止せよ、さもなくば実力をもって排除する。』
王城前に二機の重装甲CCが構えていた。前足に二枚の凹の字型のシールドを装備し、その窪みを支えにしてCC用小機関銃を構えている。その歩みは鈍重で、ゆっくりと城門前へと移動し、進路を塞いだ。先行していたシュラハタールは車をドリフトさせ、急停車させる。ヨウカは車を飛び越え真っ直ぐ王城警護のCCへと突撃する。装甲車を吹き飛ばしたショットガンを肩にマウントし、腰部にさげられていた折り畳み式のブレードを取り出す。
すでに射撃姿勢を整えていた警備のCCは敵機体の排除を試みる。地面を駆ける対象へと銃弾が放たれると同時にヨウカは空へと跳び上がった。二機の警備隊機は敵の動きに追従するよう仰角をとるが、腰部の可動だけでは間に合わず、脚部も使い狙いを定める。しかし、それでも足りずヨウカは太陽の中へと消えた。そして直上から落下に伴う衝撃と同時にブレードが装甲の隙間の関節部にねじ込まれ、膝にあたる部分が破壊される。それによってバランスを崩したところにショットガンを連射する。
砲身の命数も気にせず、増設された弾倉を使い切るまで撃ちこんでいき、肩部関節から周囲の装甲ごと、抉るように敵の機体を散弾で削り取っていく。やがてその攻撃がエンジンへと到達したことで敵機体の一機目が停止する。
エンジンが停止し、崩れ落ちたCCを蹴り飛ばしてその反動で敵機から距離をとる。味方をやられ、動揺しているパイロットは照準を定めず、弾幕を張った。ヨウカは左肩部に取り付けられた装甲板でその弾幕を防いだ。それは本来物資輸送用のコンテナであり、火気や弾薬を保護するためのシールドとして改造されたものである。。シールド先端に取り付けられた持ち手をマニピュレーターで掴んで固定し、スラスターを噴かせ、警備隊機との距離を詰める。レンガの舗装路を氷上のように滑りながら動く機体に警備隊機は追いつけず、シールドが無い背面に付かれてしまった。
敵機の攻撃を避けながら二本目のショットガンを取り出し、連合式CCにとって心臓とも言える背面部に零距離から何発も撃ちこむ、フルオート如く撃ちこまれる銃弾に装甲が延びていき、穴が開く。
動力部を破壊されたCC二機が煙を上げながら停止している。そこからパイロットたちが這い出そうとしているもののシュラハタールやヨウカはそれを捨て置き、王城敷地内へと進んでいった。輸送車からシュラハタールの私兵のCCが立ち上り、突破した東門と西の正門からの攻撃を防ぐために展開する。
「露払いご苦労だったな。時間稼ぎの方も頼む」
『早くお願いしますね。』
王宮内へと入っていくシュラハタールたちを見送った後、ヨウカは再び王都市街地へと向かった。
王城の構造に詳しいシュラハタールが先を行く。足が悪いと言っていたが、歳に似合わず軽快に歩いていく。三人の護衛が遅れるほどの速さで、王城内を駆けていく。
衛兵が出てくるたびに鎮圧して進んでいく。ガスや煙幕を使ってできる限り殺さないよう兵士たちを無力化していく。そして程なくして王城の制圧が完了してしまった。
確かに衛兵と武装した奉公人の抵抗を受けたが、しかし少なすぎるとシュラハタールも救出部隊のメンバーも感じていた。
「伯爵、どうも様子が……」
シュラハタールは護衛の三人に目線だけで返事をし、アンネリーゼ王女の私室のドアを開けた。天蓋のかかったベッド、金で装飾された豪華な本棚と書籍、デスクとイス、この部屋のどこにもアンネリーゼの姿は無かった。
「やはりな……」
「先を越されたというわけですか?」
「次だ。移動するぞ。ヨウカ殿に伝えねばならん」
「はっ!」
シュラハタールは西正門方向の廊下へと移動する。護衛の一人が窓に向かって発煙弾を撃ちこむとすぐさまCCのマニピュレータによって窓と壁が破られる。その手に乗り、王城の外へと降りる。
「伯爵!捜索は継続中ですが、地下牢、執務室、謁見の間、書庫、隠し通路の調査完了の報告とアンネリーゼ王女を未だ発見できていないとのことです。上の観測部隊から、ヨウカ殿が王城に進軍していた一部隊をすでに殲滅。現在王城西の大通りより進軍中の部隊と交戦中です。」
「流石だな。姫様は私室にもおらんかった」
「それと王都戦力が時計塔周辺に集結してるとの報告もありました」
「なるほどの。捜索部隊を呼び戻せ。集結次第時計塔へ向かうぞ。ヨウカ殿にもこのことを伝えねばならん。車をまわせ!!」
隊員の終結後シュラハタールは自ら機動車両の運転席に乗り込み、ヨウカの元へと向かった。
幸か不幸か、シュラハタール辺境伯がクーデターを計画していると王都市民に知らされたおかげであれだけ賑やかだった市街地には人の姿が一つもない。祭りために華やかに飾り付けられた街に人が誰もいないというのは少々不気味に感じる。
建物の中に誰も残っていないことを祈りつつ、ヨウカは敵部隊を発見する。
建物が崩れる砂埃が良く見えるのですぐに見つけられた。進路は王宮からやや逸れた方向に向かっており、狙いはシュラハタールの部隊を王宮の裏や側面から攻撃を仕掛けることだろう。おそらく王宮正面に一部隊、他の方角から一部隊以上が存在している。
ヨウカはスラスターを全開にし、高く飛び上がる。その音で件の部隊に気づかれたがもう遅い。
ヨウカは最後尾の一機にすでに取りついていた。
二本足の軽量タイプとはいえ8メルドはある巨体がのしかかる衝撃は凄まじい。機体に着地すると同時に背中のエンジンを狙う。排熱のためのスリット部分を狙いショットガンの銃身を重力に任せて突き刺し、散弾によって中を抉る。動力機関を失ったCCは崩れ落ちた。
しんがりを取られたパイロットたちはその機体ごとヨウカを狙う。ヨウカは増強された推力を活かし、その機体を盾にしながら近くの一機に突っ込み、押し倒す。
ショットガンを抜きながら押し倒した機体の隣を狙いに行く。フェイントを入れつつ近づき、再び背中を狙う。と見せかけて抜いたブレードで腕を切り落とし、その隙間から主要部分に散弾を撃ち込む。機体内部で拡散する弾丸が、構造を破壊しながら装甲を内側から押し広げ、直ちに爆発した。
そしてまた空へと上がる。着地点は前に並んでいる二機の間、ほぼ迷いなくしんがりごと敵を撃った彼らは射線上に味方がいるとわかった上でヨウカを狙った。だが、彼女の機体は速い。その二機は互いを肩部のカノン砲で撃ち抜き沈黙した。
倒れ込んでいた一機はようやくそこを脱そうとしていたが、三本目のショットガンが突き刺される。装甲の厚いコックピットハッチを連射で潰していく。
残った一機は慄いていた。恐れが機体の動きに出ている。それでもヨウカは容赦しない。その機体すでに背後を取られ、ショットガンが内部の機構をズタズタに引き千切り、装甲を内部から凹ませている。
圧倒的な機動力と緻密な機体制御によって言葉を発する間もなく二個小隊が壊滅した。それはこの世に存在するCCの動きではなかった。
「まず六つ、次のコンテナはっと……」
コンテナの配置位置を目もした地図を見ながら、ヨウカは最後のショットガンを取り出し、中央大通り付近に投下されたコンテナへと向かった。予測が合っていれば、シュラハタールの部隊の攻撃を引きつける囮部隊が進行しているはずである。
コンテナの中には野戦重砲が一門、砲身が折りたたまれた状態で入っていた。本来は砲兵隊、つまりは人が使うものをCCがマニピュレータで扱えるように改造してある。
「流石に重い……」
機体を軽くするために弾は残っていたが、四本目のショットガンをその場に捨て、野戦重砲を両手で担ぎ、大通りへと入った。そこにはまっすぐ王城へと向かう部隊八機が見えた。後方三機は攻城戦用と思われる大口径砲を一門ずつ担いでいる。砲撃機の前を進む五機の装備はここからではわからなかった。
ヨウカはその場で狙いを定めた。後ろの異変に気付いた小隊が振り返るが、ヨウカが後方三機中央の機体に向けて砲弾を放つ方が早かった。中央の砲撃機の上半身が質量砲弾で弾け飛び、残った下半身から炎が上がる。
仲間が撃破されたことを気にも留めず、残った砲撃機二機の旋回が完了し、敵の砲弾が並んで飛んでくる。ヨウカはすかさず横道へと逃げる。
前方を進んでいた五機が盾を構えつつ、大口径砲を装備した機体を守るように彼らの前に出てくる。
再びヨウカが大通りに出てくると砲撃機の砲撃が飛んでくる。静止状態で狙いを定めることは不可能であり、ヨウカは狙撃を諦めた。
建物の壁や屋根を踏み台にし、立体的な動きで敵部隊に接近する。砲撃機はヨウカの動きに合わせようとするが縦横無尽な動きに砲弾は掠りすらしない。盾を構えた五機が縦の隙間から機関銃で応戦するが、それでもヨウカの機体をとらえきれず、さらに前にでて、砲撃部隊を庇う。
ヨウカは前に出てきた盾持ちの一機に長砲身を押し付け、引き金を引いた。
並のCCに直撃すれば機体が弾け飛ぶほどの衝撃を受け、八メルドの巨体が後ろの砲撃機を巻き込みながら吹き飛んでいく。野戦砲の反動を受け流しながら下がり、敵機の状態を確認する。
盾が機体本体ににめり込むほど大きく曲がり、潰れている。その機体は砲撃部隊の一機にもたれかかるようにして沈黙していた。
敵部隊右側の乱れに乗じ、その隙間をすり抜けつつ、もう一つの盾持ちの機体の側面に砲弾を放つ。
上半身が吹き飛び炎を上げているのを見ながら中央通りを駆け抜けていった。
「最後の一発!」
盾を破壊された機体とその下敷きになってしまっている機体に狙いを定める。放たれた砲弾は砲撃機の弾倉を貫通してのしかかっていた機体ごと爆発した。
弾切れになった野戦砲を残った部隊に投げつけて次のコンテナへ向かった。
部隊の半分を撃破された彼らは二本足の追跡を始めた。
ヨウカは背後から来る敵部隊との距離を意識しながら次のコンテナを探していた。目的が時間稼ぎであるため、要は相手をひきつければいい。しかし、この部隊は早々に行動不能にしなければならない。
ヨウカはポイントに辿り着いた。コンテナの中には短機関銃が六丁入っていた。二丁を持ち、他をシールドに取り付けようとして、追尾してきた部隊に補足され、間もなく銃弾が飛んでくる。
他の短機関銃の回収を諦め、コンテナから離れる。コンテナの爆発に合わせ、建物の背後に隠れ、再び追っ手をまいた。
二本足を見失った部隊がそこから距離をとろうとした瞬間、上空から現われた二本足のCCがコンテナを爆発させた盾持ちに馬乗りになる。両手の軽機関銃を肩の関節に突き刺し、連射する。弾丸が内部部品を貫き、押し広げながらコックピットに達する。
動きがなくなった機体を踏み台にし、最後の砲撃機へと突進するが、横から予想外の衝撃が加わる。
それは残っていた盾持ちの二機であり、視界から消えていたので失念していた。
その機体は盾で二本足の機体を建物に衝突するまで押し続け、建物によってそれ以上進めなくなっても二本足に向かって進み続ける。
「くっ、なんなの、よー!!」
足で踏ん張るが二機分の質量を押し返せず、さらにスラスターも使うが、横ではなく機体の質量を利用して上から押し付けるように抑えられているため、押し返すことも抜け出すこともなかなかできない。
その横から砲撃機が近づいてきていた。その瞬間にヨウカは敵の目的を確信した。
盾持ちを巻き込んでも攻城用の質量砲弾を確実にヨウカへと撃ち込むつもりである。
ヨウカの額に冷汗が伝う。操縦桿に力を込めるが状況が好転しない。
その時、クラクションが鳴り響き、その場の全員の注意がそちらへと向く。
「うおおおおおお!!シュバルツェンブルク四伯爵の意地!!とくと見よおおおおおお!!」
そこには王城で姫様の救出を行っているはずのシュラハタール伯爵の高機動車の姿があった。全速力で突っ込んでくるそれにその場の誰もが対処できなかった。車はヨウカを抑えていた盾持ちの一機に衝突し、大爆発を起こした。
横からの衝撃で盾持ちの姿勢が崩れる。ヨウカはその隙から背後の砲撃機へ肉薄し、軽機関銃を放った。完全に油断していた砲撃機は抵抗できずに、無力化された。
爆発から体勢を立て直し、振り返ろうとした盾持ちの背中にブレードを投げる。弾切れになった軽機関銃を捨て、盾持ちに刺さったブレードを掴み、さらに押し込む。かろうじて動いていたその機体は完全に沈黙した。
最後の一機は盾を捨てて、機関銃を掃射しながら突っ込んできたが、それを全て避け、今度はヨウカがそれを建物に押し付ける。増強されたスラスターの推力で建物を二件ぶち抜き、弾を全て使い切り撃破した。
シュラハタールが突っ込んできた現場に戻り、残骸となった機体を蹴とばしてブレードを引き抜く。
「伯爵……」
燃える車だったもの、その揺らめく炎はある日の出来事を思い出させた。後悔を振り払い、役目を果たすために次のポイントへ向かおうとした時、車両から五十メルドあたりで立ち上る人影が見えた。
『伯爵っ!!』
伯爵は拳を高く掲げていた。元々曲がっていた腰が直角を超える角度になって震えながらも勝利の拳を天に掲げていた。
ヨウカはCCのコックピットを開き、伯爵の近くに屈みこむ。
「伯爵!!無事でほんとに……」
「ヨ、ヨウカ殿、ゆらさんでくれ、響く……」
「だ、誰かに……」
「わ、わしはいい。とにかく聞いてくだされ……。姫様はお、王城にはおられなかった」
「じゃ、じゃあどこに?」
「時計塔です、敵のほとんどがそこに集められておるのです……は、早く向かって下され、わしらもすぐに……」
「でも今の伯爵を置いては……」
伯爵と言い合っていると王宮から見てほぼ北方向から赤色の煙が上がる。それは伯爵がもしも敵と接敵してしまった時に使うようヒフミに渡していたものであった。当初予測していた通り北方向から回り込んできていた部隊に襲われているのだろう。煙が昇る方向から爆発音が断続的に聞こえてきていた。
「ほ、ほれ、大切なヒフミ殿の危機でございますぞ。わしも後どれ程生きれるかわかりませんがの……こんなところでくたばる無様は晒しませぬ。さあ!!」
「ありがとうございます。どうかご無事で」
ハッチを閉じ、一本目の増槽を切り離し、ヒフミの元へと空から向かった。
クラウゼニッツとアンネリーゼは時計塔内部の階段を上っていく。アンネリーゼには手枷がはめられ、武装した兵士二人に挟まれながらクラウゼニッツの後に続いた。
長い階段を上りきり、頂上へと到達した。そこには照明の類が一切なく、窓から入る自然光だけが内部を照らしていた。
「アンネリーゼ王女は実際に見るのは初めてでしたか。ようこそ、シュバルツシルトのブリッジへ。四千年もの間、シュバルツェンブルク王家によって密かに受け継がれてきた秘宝がこれでございます」
クラウゼニッツの声が艦橋内で反響する。四千年経ったとは思えないほど、艦橋内の壁面、モニター、コンソール、全てが当時の美しさを保っていた。まるで今まで時が止めらていたかのように。
「そんな……どうして中に入れるのです?これは七百年前にロベルト王の施した封印で誰も入ることができなかったはず……」
「ええ、あのガスにはかなり手を焼きました。そのせいでも何人も調査や改装中に命を落としてしまいました。幸い街への流出は最低限に留め、ようやくすべての排出が完了いたしました。まさかそれが戴冠式の日と重なるとは……運命とは面白いものですな」
「い、いつから……いえ、どうしてあなたがこの船のことを知っているのですか?この船のことはロベルト王が定めた通り、王位継承者ただ一人にのみ受け継がれるもの……」
「最初の質問の答えは、この船の存在を知った時からでございます。父が私を見限った日も、母がこの世を去った日も、あなたが王位継承権を奪った日も、父が病に倒れ、この世から消えた日も、この船を蘇らせるために密かに準備を進めてきたのです。二つ目の、どうやって知ったかについては、……父の情報管理が杜撰だった。それだけでございますよ」
アンネリーゼに背を向けながらクラウゼニッツは己の拳を握りしめた。彼にとって手袋を突き破り、掌に指が突き刺ささらんばかりに握られた手の痛みは、呼び起こされる過去に比べればほんの小さなものであった。
思い出したように手をゆるめ、腰のあたりに組み直し、言葉を続ける。
「入口が限られていましたから、物資の搬入や艤装も万全ではありませんが、それはすべての事が済んでからで問題ないでしょう」
クラウゼニッツはアンネリーゼの方へと歩み、冷え切った眼で王女を見下ろした。
「さてアンネリーゼ王女、預けていたものを返していただこうかな?」
「クラウゼニッツ卿。どうかおやめください。この船が残されたのは戦のためでは……」
アンネリーゼの頬を掠めたナイフが機械の壁に突き刺さり、クラウゼニッツはさらに王女へと近づいていく。へたり込んでいるアンネリーゼに目線を合わせながら壁のナイフを引き抜き、切っ先で彼女の体をなぞる。
「私は、意見を求めているわけでも、問答がしたいわけでもございません。次はどこがいいですかな?指ですか?耳ですか?脚と腹はどうです?それとも肩。いっそ心臓か頭でも……」
「閣下!!東門方面の部隊からの信号弾を確認。何者かに突破されたようです」
「ヨウカ……」
「目……」
「!?」
「……ですか」
アンネリーゼに合わせていた視線を持ち上げ、ナイフを胸元にしまう。ゆっくりと報告に来た兵士の方へと顔を向けた。
「軍人崩れの隊長に伝えたまえ。采配は任せる。対処しろと。親衛隊には時計塔の防備は固めさせろ。子虫一匹通すなとな。」
「はっ!」
軍靴の音が遠ざかり、クラウゼニッツが再び歩み寄って来る。手枷をかけられた彼女髪を掴み無理やり立たせ、艦橋中央のコンソールへと引きずっていく。コンソールパネルは赤く一定の間隔で静かに点滅を繰り返している。
アンネリーゼをコンソールパネルに押し付け、目を無理やり開かせる。細身だが大柄のクラウゼニッツに抵抗できず、顔をコンソールの前に固定される。
コンソールの全面が光り、中央部分から緑色のレーザーが照射される。アンネリーゼの瞳に格子状の文様が浮かび上がると、艦橋内のすべてのモニターが起動する。
『解除キーを確認。予備電源を起動。機関の始動を開始。システムの順次起動を準備。』
中央のコンソールから音声が発せられる。ノイズが混じるもののスピーカー越しで普通の人間が話すしているような抑揚と声質をしているが、それが余計に不気味に感じられる。
艦橋内は赤の非常灯とモニターの明かりのみで照らされるようになったが、先ほどまでと大した差は無い。
「私が艦長だ!わかるな?」
『おはようございます。艦長権限代行者のスキャン完了。命令優先リストを更新。出力5%までの上昇を報告。』
「準備ができたら早く飛ばせ!」
『命令を受領。発進可能まで約25200秒。艦内スキャンの完了。122の区画に異常を確認。32の区画、復旧の見込み無し。非常用隔壁による当該区画の閉鎖を実施。ナノマシンによる船体の復元を開始・・・・・・実行不可。ナノマシンへの命令を継続。対応のため人員又作業ロボを向かわせてください。』
「うるさい!いちいち読み上げるな。発進準備の完了だけ報告しろ。」
『命令を受領。船体状況をコンソールにのみ表示。機関出力7%。』
時計塔広場には親衛隊と王都内に運び込まれた傭兵部隊の戦力のほとんどが集められていた。CCによる防御陣地が形成され、死角はない。
「隊長!宰相閣下より『東方面からの敵の侵攻に対処せよ』とのことっす」
「わかった。第一を正面大通りから向かって敵の進行を妨害しろ。第二、第三は両翼から進軍し、敵が向かってくるようなら王城内に追い込め。そこで一網打尽にする。あそこには衛士隊のCCも常駐している。うまくひきつけてくれるだろうさ。それと『二本足』を見つけたら伝えるように厳命しておけ。俺が対処する」
第一から第三までの部隊が大通りへと前進、そこから三方向に分れ、王城へと進んでいく。
第一はクラウゼニッツから貸与されている部隊、第二はヴァルキリーパーの部隊、第三はクロシェット社の部隊をそれぞれ配している。
クラウゼニッツから聞いている敵の最大戦力を優に上回っている数を向かわせた。
王都での戦闘が始まり、王城に部隊を向かわせてから二ハウト経過したが、王城奪還の連絡も帰って来る機体もない。
最悪のものではあるが隊長はそれを予測していた。
そして王宮北方向から赤の発煙弾が昇る。この作戦においてあの色の発煙弾を使う予定は無い。
「ポンジョベン!」
「はっ!」
「市街地に出る。ここの指揮を任せる!」
「は、え?隊長、一人で行くんすか!?まだ機体にも人員にも余裕が……」
「ポンジョベン!これは俺の戦いだ!誰にも手を出させるな!!もし邪魔が入れば、辺境伯と二本足よりも先にそいつを始末する。わかったな?」
ポンジョベンは隊長が今まで見せたことない覇気に慄いていた。
「は、はっ!!」
「よし。後は任せたぞ」
今日、シュバルツェンブルクの市街地で二本足を討つために改造された機体が起動する。
排熱口からエンジンによって温められた空気を噴き出し、舗装路を砕きながら煙の昇る場所へと向かった。
「隊長……」
残された青年は敬礼と共にその背中を見送った。
キッチンカー「すえひろがり」が街中を疾走する。本来はCCを搭載する箇所に10個のコンテナを載せ、あらかじめ示し合わせた位置に落としていく。コンテナの中にはそれぞれ火器と弾薬が入っており、ヨウカが敵をおびき寄せつつ、コンテナで武器を回収しながら戦うという作戦である。コンテナに詰めた武装は様々で、携行型機関銃、迫撃砲、カノン砲、投擲爆弾、地雷、などなど辺境伯邸の地下工廠にある武器を積載できるだけ持って来ていた。コンテナ自体も展開時にシールドになり、補給中盾として使うことができる。。
「これで9個目です」
運転にも土地にも慣れていない帽子の少女は前方よりも地図ばかりを見ながら運転してる。しかし、作業はもう終盤、王城を起点に盾にしやすい大きな建造物がある場所を選び、コンテナをほぼ円状に配置してきた。
最後のコンテナを配置しに行くために運転席に戻ろうとした時、車体が砂埃に覆われる。
三機のCCがキッチンカーの前に立ちふさがっていた。
『そこのトラック!コンテナをばらまいてるのはお前だな?今すぐトラックから降りるなら命だけはどうにかしてやるぞ。』
「めんどくさいのに捕まってしまったのです……」
目の前の機体はこの国に来てから初めて見る機体だった。四脚機であるが皇国や連合のものよりも手足が細く、コックピット部分が前後に長い。肩部と腰部に見慣れない装備をしており、フックとワイヤーの巻き取り機と思われる。この街の風景に合わせ、機体色が白で統一されている。そして肩の目立つ部分に星を模したエンブレムが描かれていた。
ヒフミにはそのマークに見覚えがあった。それはここ数年で勢力を拡大しているクロシェット社のものだった。商売相手を選ばないことで有名であり、最近傭兵団の派遣も行うようになったと聞く。
『聞こえているか?再度警告するぞ。トラックから降りろ。』
「……バックは苦手なのです。けど!!」
スカイブルーの輸送車はバックで走りだし、西門方向へと出ていった。クロシェット社の傭兵たちは咄嗟に腕部に持った短機関銃で攻撃を始めるが、輸送車の方が早く、射撃を始めた頃には通りの方へ完全に抜け出していた。
「やばいのです!まずいのです!」
ただでさえ不安定な彼女の運転はバック走行によってさらに荒れていた。路上に停めたまま放置されている車や街灯や露店などを荷台で吹き飛ばしながら、かろうじて家屋にはぶつかることなく進んでいた。
バックとは言え、CCは全速力の車両には追いつけないのが普通である。しかし、クロシェット社の部隊は輸送車との距離を徐々に縮めてきていた。ワイヤーとフックを建物に撃ち込み、それを高速で巻き上げることで機体を引っ張っていた。
そのからくりに気づき、横道へ入ったり、Y字に分岐している道にフェイントをかけてはいったり、とするが、巧みにワイヤーと機体を制御し、輸送車に張りついている。機体本体の制御に加え、ワイヤーの制御まで人間業とは思えなかった。
輸送車に対して噴進弾が放たれる。それが右へ左へと避けるキッチンカーが先程までいた地点に次々と着弾する。命中精度はそこまで高いわけではないようだが、運良く避けられているに過ぎない状況にヒフミは焦りを募らせる。
「やばい、やばいのです。ああああああ!!こんなはずじゃなかったのです!」
叫び声をあげながらも現状を打開するための方法を模索する。この輸送車に武装が無い。ヨウカのハチがその代わりとなる上、輸送車だけで戦場に行くことは無いからである。そのためスモークすら装備していない。元は軍用車であるため爆風や歩兵の携行火器などにはある程度耐えられるが、CCが装備するレベルの機関銃に耐えられない。噴進弾など言うまでもない。
段々と敵との距離が縮まりつつある。
その時、助手席でカチャっという音がした。もしもの時のために伯爵から持たされていた発煙弾である。
ヒフミはハンドルを握りながら腕を伸ばし、助手席に置かれていた発煙弾を手に取った。噴進弾が飛んでくる中、ピンを抜き、できるだけ敵CCの近くへと投げた。発煙弾は赤色の煙を細く長く高くふき出していた。
「目くらましのつもりにしてはお粗末だな。そろそろ限界か?」
クロシェット社の三機は煙抜け、ヒフミへと近づいていく。
軽機関銃を装備し、キッチンカーへと照準を定める。周囲に輸送車が入り込めそうな道がない。
「……ヨウカぁ……」
ヒフミは彼女の名前を呼びながら目を閉じる。
その耳に鈍い金属音が響き、小隊の中央にいた機体が編隊から脱落する。急に仲間が消えた二機は咄嗟に立ち止まる。
二本足のCCがその機体を踏みつけ、各関節を機関銃で撃ち抜いていた。
残りの二機は攻撃対象をトラックから二本足へと切り替える。腕部と一体化しているブレードを展開し、斬りかかる。ワイヤーによる高速機動を避けきれず、二本足の機体胸部を刃が切り裂いていく。
それに合わせ、すぐさまもう一機も攻撃を加える。今度は左腕を掠る。
「ワイヤーを使った高速機動か……」
ワイヤーを用いて左右に揺れながら、攻撃の体勢を整ている。そしてヨウカの脇をまっすぐに二本のワイヤーが抜けていく。
それが壁に突き刺さる前にワイヤーを掴み、敵機を吊り上げる。
足を踏ん張り、スラスターも用いて敵機を振り回し、背後にいた機体へとぶつけた。
ワイヤーの長さの分の遠心力が乗り、二機とも一つ目の建物を貫通して二つ目の建物にまでめり込んでいた。
瓦礫の中で停止している二機の腕と足を撃ち、動きを封じた。
ヒフミを追いかけまわしていた三機を撃破し、王都内に分散したCC部隊をほぼすべて行動不能にした。残るのは時計塔広場にて宰相と姫様の護衛をしている部隊のみとなった。しかし未だに敵が有利である状況は変わっていない。
「大丈夫?フミ」
コックピットのハッチを開け、ヨウカは相棒の様子を確かめる。
「し、死ぬと思ったのです……。さ、さっさとこれを持って行け、です……」
息を切らしながら最後のコンテナを放り出すように落とす。中身は展開時の刃渡りがCCの背丈と並ぶ重太刀が入っていた。
「う、うーん。今から敵が集まってるところに殴り込みに行くんだけどな……」
「弾切れの心配が無いのです」
「もっと他に無いの?」
「アーケードの入り口あたりに重機関砲を置いてきたです」
「そっちがよかったな~」
「はあー、取りに行ってくるのです。それまでここで……」
『随分と余裕があるようだな。』
そのスピーカーから放たれた声は王都中に響くほどの音量をもってヨウカたちに問いかける。
「行って!!」
叫ぶようにヒフミに命じ、コックピットハッチを閉じて敵方向を見る。ヒフミはアーケードの方向へ全速力で走って行った。
重太刀を盾のようにして構え、刀身の影から相手を伺う。その機体の胸部に女の横顔に八つの傷をつけたエンブレムが描かれていた。
シュラハタールの要塞でヨウカに挑んだ機体と同じである。対峙した時には外してあった部分、頸部、腰部、胴体、肩関節、前腕と装甲が取り付けられていた。前回切り落とされた肩のショルダーアーマーは特に強固なものに置き換えられているように見えた。
その機体は石で舗装された道をその重量で砕きながらこちらに歩み寄って来る。
『また会ったな……市街地でその機動力を封じてやろうと思っていたが、まさか飛べるとは……驚いた。』
「自分から出てきて、しかも一機で、どういうつもり?」
『この前は読みを外したが、今回は完全に討ち取らせてもらうぞ。』
「言ってくれるじゃん」
ヨウカは二本目の増槽を切り離し、構えを刀身を後ろに向けた下段に切り替える。
周りの建物を利用した三次元軌道で敵の銃弾をかわしながら接近する。敵の弾丸はヨウカの速度を追い切れず、圧倒的な連射速度によっていくつかは掠るものの致命的なダメージは与えられていなかった。
しかし、それに焦ることなくヨウカに対して弾丸を放ち続ける。
ヨウカは地面を蹴り、敵の右側の建物の壁に張りつく。敵が自分を追って右を向こうとした瞬間、壁を飛び、左肩の関節を狙って着地と同時に太刀を振り上げた。その時、ヴァルキリーパーの隊長は右手のチェーンガンを捨てた。
「!?」
刃は確かに装甲の隙間を捉えていたが、断ち切れずそこで止まっていた。
敵機の右手がヨウカの機体の左腕を掴む。それと同時に機体を大きく持ち上げつつ、左手で胴体を押える。ヨウカのCCが地面から離れていく。スラスターや蹴りで抵抗するが、宙でがっちりと取り押さえられているために抜け出すことができない。
『その運動性、マリオネットシステムか。二度のエレクル戦争でこのシステムを積んだCCに勝った兵士はいない。が、パペットシステムと弱点は同じなのだろう?』
掴まれた左腕の肘関節を逆の方向へと折り曲げられる。
「ああああああああああああ!!!」
本来想定される動きとは真逆の方向へと腕を曲げられ、パイロットと共に機体も金属音の悲鳴を上げる。
肘関節の内側を保護するカバーがめくれ、中の腕部の制御に用いられるワイヤーと機構がむき出しになる。それらがピンっと張り、腕は逆の方向を向いたまま固定されている。
腕の痛みに悶えるヨウカとその機体を遠心力を利用し、建物へと投げつける。ヨウカの機体は腕を庇いながら建物を崩し、ずるずると滑り落ちた。
『身体と連動させることで動作の繊細さと機敏さを両立させているが、それが弱点でもある。特に旧式のシステムは機体の動きに体が引っ張られてしまう。腕が逆に曲がろうと手首が一回転しようとな。まだ意識があるのなら応答しろ。二本足のパイロット。』
『……っく、わざわざこっちに話しかけてくるなんて……。』
『女がパイロットだという噂の真偽が確かめたかった。それにしても若いな、幾つだ?』
『……言う必要ある?』
『確かにな。だが、今までの動き、忘れたことは一度としてない。初めて見た時は幻でも見たのかと疑った。何かを見たと思ったら隣の仲間がやられている。そちらに注意を逸らされていたら反対側の味方が。後退を命じようとしたら後ろには誰もいなくなっていて、気づいたらコックピットに深々とブレードがささっていた。一騎当千の二本足、第二次エレクル戦争ではお目にかかれなかったが、七年も経って再び戦うことができるとはな。それもこんな子供だったとは……。』
『……だから、何?子どもだから、……これで見逃してくれるわけ?憐れみでもかけたくなった?』
『……そうして欲しいのか?このまま退いてくれるのなら考えてやるが、あるいは今からでも仲間になるか?』
『……冗談。』
ヨウカは静かに立ち上る。それをヴァルキリーパーの隊長は何もせず見下ろしていた。ヨウカを捕えるために手放したチェーンガンを拾う素振りも見せない。
『まあ腕を折られた程度で戦意を失っているようでは傭兵失格だからな、それにエレクル王国の英雄としても相応しくない。だが、この機体の腕はクロシェット社が第二船鋼から削り出したフレームだ。シュバルツェンのなまくらではどうにもできないぞ。』
『ふん!そんなに余裕ぶられるのもいい加減腹立ってきた。』
『振りではない、事実余裕だ。』
『後悔させてやるんだから……ねえ!西原式の強みは速度だけじゃないの!』
ヨウカはそう言うと敵機から距離を取った。道の真ん中、相手によく見える位置で左腕を思い切り引っ張り、ねじりながら関節をもとに位置へと戻す。額に大量の汗を浮かべながら、骨が折れたままの腕に力を込め、握ったり開いたりする動作を相手に見せつける。機体は何事もなかったかのように折られる前と同様の正常な動作をする。
「腕を、直しやがったのか。」
『っ……関節、外すだけじゃなくて、引き千切っておくべきだったね?
もうあんたに捕まることは無いから、覚悟しときなよ?』
ヨウカは重太刀を右手に持ち替え、刃を横に、右前腕を前に突き出すようにして構える。
隊長も自分の得物を装備する。辺境伯邸で使用したナックルナイフではなく、刃の無いナックル。
マリオネットシステム及びそこから派生したパペットシステムは操縦者の動きをほぼトレースすることで機体を制御する。
この時機体がいかなる物体を握っていてもその感触は操縦者に伝わらない。
重量も高度も遠心力も感じることができない物を振るうのには相応の訓練が必要になる。
一般的には刃渡りの長さと修得難易度は比例する。
操縦者のコックピット内での状況と機体が一致していればいるほど制御がより精密になる。
パイロットの中には近接武器は使わず、必要な時は拳だけの者も多い。当然技術者それを推奨してはいないが。
隊長は機体を低くし、両腕を前に構えた。
ヨウカは前に踏み込む。距離は一瞬で詰められ、防御のために構えられた腕が重太刀によって薙ぎ払われる。
太刀は流れるように持ち上げられ、頂上から振り下ろされる。
重太刀の質量と機体の機動力が合わさった重い斬撃が、流れるように連続して繰り出されることで受け、いなした後を攻撃に繋げることができない。
払われた腕を何とか戻し、刃の腹を腕に沿わせるようにしていなすが、次の攻撃が左からやって来る。
先程の一撃で威力は把握した。重太刀で装甲が持って行かれることはない。左腕だけで受けきり、ようやく攻撃に転じようとした時、放たれた右こぶしが空を切る。そして重太刀がまた振られていた。
二本足の機動力に徐々に追いつけなくなっていく。
次は腰よりも低い位置、突き出した前の脚を崩すための攻撃がくる。隊長は咄嗟に後ろに飛ぶ。
その瞬間ヨウカは重太刀を回転させながら機体の真正面へと向けて投げつける。
『そんなものに……素直に当たってやると思うか!!』
重太刀を片腕で地面に叩き落とす。隊長はその攻撃を避けずに正面から挑んだ。
そして重太刀の後ろにいるはずの二本足はどこにもいないことに気付いた。
「まさか!?」
「もう遅いよ」
すでに背後から両の腕を掴まれていた。足で抑えられた背中と掴まれた腕に力が込められていく。
衝撃吸収機構、伝達ワイヤー、関節が徐々に引き延ばされていき、耳障りな音をたてていく。
胴体部の部品を伴いながら両方の腕が機体から離れる。片方を投げ飛ばし、もう片方で振り返ったところを殴りつける。
建物にめり込みながらも隊長は残った脚で抵抗を試みるが、腰を踏みつけられて思うように動かせない。
機械の手がハッチへとのび、金属の爪がコックピット内に突き刺さる。
ハッチを握りつぶして、機体からもぎ取る。
中に健康的でガタイのいい男が見えた。髭も髪もきちんと整えられ、身に着けている戦闘服には皺ひとつなく、機体と同様左胸に自らが率いた傭兵部隊のエンブレムがつけられている。戦士の死に装束としては申し分ない。
「惜しかったね?」
「まったくだ……」
突きつけられた軽機関銃の弾丸が丸出しのコックピットを破壊する。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
コックピット内で汗だくになりながら左腕を抑える。ヴァルキリーパーの隊長を撃破し、今まで忘れていた痛みがやって来る。
痛みと痺れで指一本動かせない。
アーケードからコンテナを回収してきたヒフミが戻って来た。関節の保護カバーがめくれ、だらりと左腕を垂らしながら隊長機の前で微動だにしないハチにヒフミは駆け寄った。
ヨウカはハッチを開け、ヒフミを見る。
「……持って来てくれた?」
「……思ったより平気そうで安心なのです」
「……めっちゃ痛い……」
ヒフミは操縦桿からヨウカの左腕を引き抜き、腕の状態を見た。肘の骨が完全に折れているが、戦闘中に行った処置で骨の位置は正しい場所に戻っている。ヒフミは応急処置セットから包帯を取り出して巻く。肘に触れる度にヨウカは顔をしかめる。
本当はこれでは何の処置にもなっていないが、戦闘はまだ続いている。彼女にはこの機体を動かしてもらわなければならない。
ヒフミは操縦の妨げにならない程度の包帯を巻いて、骨を固定した。
そうしてそこから離れようとした時、大きな揺れがやってくる。何か地面を支えていたものが消滅し、今立っている場所が沈み込む。その後に細かな振動が徐々に大きくなりながら迫ってきていた。
戦況は芳しくない。シュラハタールの迎撃出た部隊が一機として戻ってきていない。二本足を駆る傭兵の対処に出たヴァルキリーパーの隊長の状況も不明である。
戦力差はこちらが圧倒的に有利であった。現在もその状況は変わっていない。時計塔の防備は盤石であり、たとえシュラハタールが持つすべての戦力が投入されていたとしてもそうそう突破はされない。
王城にも隊長の采配で負けるはずの無い数を差し向け、隊長も自ら出撃していったというのに、着々と敵部隊はこの時計塔へと迫ってきていた。クラウゼニッツはなぜか不利になりつつある戦況と発進準備が一向に完了しないことに苛立っていた。
「おい、下の状況はどうなっている!?」
「そ、それが……」
「何だ!?」
「ヴァルキリーパーの隊長が撃破されたそうです。例の二本足との一騎打ちに敗れたと……」
「一騎打ち?一騎打ちだと?なぜ単機で向かった!!奴の部下も親衛隊も残っていただろう……!!くそっ!!軍人くずれなど……この程度か……」
「シュラハタール辺境伯の部隊も足止めの部隊を撃破したという報告もきています。現在こちらへ進軍中とのことです」
「伯爵と呼ぶな!!あいつは反逆者だ!!ええい、まだ動かせんのか!?」
『出力12%。緊急発進シークエンスの開始命令を受領。艦内におけるレベル1以上の区画保護を優先。乗員は速やかに安全区画への移動、または船外活動服の着用、ポッド・作業重機等への避難を行ってください。本艦周辺に未知の熱源を複数探知。艦長代理権限保持者の意向を問う。』
「構わん。船体を浮上させろ!!」
「クラウゼニッツ!!」
臓腑が下に落ちるような感覚の後に体のすべてが揺れる。
家々の窓、屋根が割れ、先の傭兵たちとの戦闘でダメージを受けていた家屋が下から沈むように崩れ落ちていく。
地震、その場にいる者すべてがそう感じた。
ヨウカは昔のことを思い出した。大戦時、補給のために駐屯していた基地があった。古い歴史をもつ石造りの要塞で、CCどころか火薬を用いた兵器など存在していなかった時代のものである。当然それらへの対策などとられていなかった。
ある日その補給基地が狙われたことがあった。下の階に砲弾が撃ち込まれ、石が流砂のように下の階へと流れていき、それに飲み込まれた。今の感覚はそれに似ていた。
今立っている場所を支える何かが崩れた感触、下に大穴が突如開いたそんな感触がやって来る。
敵味方問わず、その場から離れることを優先した。
時計塔が粉々に砕け落ち、そこからレンガや石によって舗装された道が波打ち始め、ほどけながら下に落ちていく。
地の底から大きな影が太陽に向かって浮かびあがり、そこから落ちてきた瓦礫の下敷きになる者、穴に落ちていく者、船から落ちて潰れる者もいた。
「……何あれ!!船?」
「航宙三等艦……」
「待って。あの形遺隻に……いや、そんなことより逃げないと!!フミ早く入って!!」
輸送車をそこに捨て、ヒフミはCCの手を踏み台にコックピットへ飛び乗る。
目測20万メルドの船体、その底部に全長の半分ほどの大きさのリングがあり、巨大リングから二対の翼がのびている。船体はクジラのような滑らかな四角形の船首と細くなった船尾に推進機関と思われるノズルが二つついており、その中から円錐形の物体がのびっていた。
あれほどの巨体が浮いているというのに何かしらの噴射機による爆風も衝撃もなく、それらしい音も、そのことに説得力を与えてくれるような動作を見ることもできない。
「こ、これが、王家の秘密……!!」
救出部隊と合流したシュラハタール伯爵も空を覆う巨大な船を見上げ、息をのんだ。
大きな船体は船首を王城へと向け進み始める。
アンネリーゼ派もクラウゼニッツ派も関係なく、全ての者が戦意を失い。空に浮かぶ巨大船を見上げていた。
ただ一機だけが戦場を駆けていた。
「ど、どうするつもりなのです!?あれは移民船団の遺産なのです。数千年も昔のものとは言っても、かつて星々を渡るために作られた船の一つなのです!こんな小さな機体じゃどうにもできないのですよ」
「上に上がれれば、方法があるかも!!」
「そんなの無いのですよ!!」
「あんたなんか知ってんでしょ?勝手に動いてるんじゃなくて、クラウゼニッツってやつが動かしてるなら、どっかに艦橋があるんでしょ?思い出して!!」
「んえぇあああ!!わかったのです!!確か、操舵室は船の上、船首のかなり後ろにあったはずなのです!!」
「結局船ってことね!!あれを使う!!王城の塔、あそこから飛べば絶対届く!!」
船はゆっくりと進んでいく。この世にもう敵となる存在などいないと言わんばかりのゆったりとした飛行をしている。
「船が目覚めました。アンネリーゼ王女、これでもうあなたは必要なくなったというわけです」
「……くっ」
アンネリーゼは船の下、王都へと目向ける。クーデター派とシュラハタールの部隊との交戦、そしてこの船が地下から目覚めたことで都市の半分が瓦礫となっていた。この国の女王となるはずだった少女は自らに銃を向ける男ではなく、自らが何を賭しても守らなければならなかったものが壊れていくのをただひたすら見つめていた。
「心配はいりませんよ。この船さえあれば街も国もすぐに再建できましょう。それだけではない。シュバルツェンブルクは世界でもっとも大きな国となるのです」
「こんなものを目覚めさせて、王都を破壊して、自分に付き従ってくれた者たちすら見捨ててまでするべきことなのですか?クラウゼニッツ……」
「あなたは甘いのです!!あなただけではない父も、祖父も、曽祖父も、みんなみんな。邪島も連合も奴らの強欲が消えることはない。この二つが消えても他の国が新たな脅威となって現れる。弱さを見せてはいけない。弱い時があってはいけないのです。そんなこともわからないのですか?」
「あなたこそ、こんなものを持ち出せば新たな戦争の火種になります。建国以来決して戦火を王都に届かせなかった。それがシュバルツェンブルクの誇り。この船の存在が知られれば、連合と皇国だけではない、世界を敵に回すことになりかねないのですよ?」
「どうしてそんなことを気にする必要があるのです?この船さえあれば邪島も連合も敵ではありません。もう問答は結構でございます。王太子の称号は返していただきます。そもそもあなたのような小娘には相応しくなかったのだ」
『本艦下部に未知の熱源多数、本艦前方に未知の熱源1』
「何?前方だと?」
王城で最も高い四つの塔、その内の一つに捕まり、甲板上唯一の構造物を見据えている機体がクラウゼニッツ卿の目に入る。自らの身体よりも遥かに巨大な物体が迫りくるのを、立ち、待ち構えている。
「何してる攻撃だ!早く撃ち落とせ!」
『レーザー砲塔の使用命令を受領・・・・・・実行不可。エネルギー不足により砲塔を使用できません。』
「では……速力を上げろ、舵そのまま。王城もろとも船体で押しつぶしてやる!!」
船体が少女たちに向かって進む。
シュバルツェンブルクを時計塔と共に見守り続けてきた王宮が無残にも押しつぶされていく。真珠のような壁もエメラルドのような屋根も細緻な彫刻やステンドグラスもすべて瓦礫となって、落ちていく。
「アハ……アハハハハ!そうだ……すべて潰せ!!シュバルツェンブルクは生まれ変わるのだ!!世界に君臨する帝国として!!腰抜けの老いぼれども!!貴様らでは不可能だったものをこの私が実現してみせるのだ……」
『甲板上に未知の熱源を検知。』
「……何?」
艦橋からはるか先の船首にかすかに影が見える。
船体表面に金属の爪が突き刺さり、甲板上へと登ってくる。
この世界を支配していた二つの大国を恐怖に陥れた機体が立ち上る。かつて自らの国を護るため、闇を祓い、夜明けをもたらした神々の名前を与えられた機体が剣を構える。
「おい!!何とかしろ!!何かないのか!砲塔はまだ使えんのか!?」
『電磁バリア・・・・・・展開不能。船体保護ナノマシン・・・・・・応答なし。重力制御による排除・・・・・・エネルギー不足により実行不能。ナノマシンへの命令継続中。格納砲塔展開、機関出力15%、L1-BからL1-Fの生命反応なしを確認。当該区画へのエネルギー供給を停止。U1・U2砲塔応答なし。U3砲塔へのエネルギー供給を開始・・・・・・。』
隙間が一つ無い甲板から砲塔が変形しながらせり出し、砲身がのびる。生物的な滑らかな動きで甲板上の熱源へと照準を定め、砲塔がエネルギーで満たされていく。
ヨウカはそれを気にも止めず、ひたすら艦橋へと駆けていく。
その様をクラウゼニッツは笑った。
「は、ははは、ようやくか。無策で乗り込んでくるとは、愚かな奴め!!」
「撃ってはいけません!!お願い止めて!!」
「おい!黙ってろ!!」
王女のか細い左肩を銃弾が突き抜け、冷たい金属の床にへたり込む。ドレスに肩から流れた血がしみ込んでいく。
苛立ったクラウゼニッツは王女の腹を蹴り、床に突っ伏す王女の頭を拳銃で押さえつける。
『・・・・・・命令を受領。エネルギー供給を停止。全砲門をロック。当該熱源を4330224として登録完了。』
「何?どうしてだ!?おい!おい!!やめるな!!あれを撃て!!排除しろ!!聞こえないのか!!命令権限は艦長である私にあるはずだ!!」
『実行不可。上位権限保持者による命令の修正・消去が必要です。』
「おい!!あれを破壊するよう命じろ!!早くしろ!!」
「ヨウカ……!私を助けなさい!それが傭兵であるあなたの仕事です!」
艦橋の窓から入って来る日光が遮られ、日食ように影を落とす。それは迷うことなく第一艦橋の正面に体当たりする。透明な窓の破片と船体の破片が飛び散り、埃が煙のように舞う。王女は無傷であった。咳き込みながら王女が目を開くと艦橋の真ん中に剣を携えたCCのコックピットが正面にあった。ハッチは開いており、その中心にいる少女は笑顔でこう口にする。
「迎えに来たよ。女王様」
ヨウカの頬を拳銃の銃弾が掠める。
埃の舞う艦橋奥からクラウゼニッツが現れる。埃で服が汚れているものの重いけがは無く、次は王女に向かって照準を定めていた。
「行かせはしない。私の方があなたよりも王の器に相応しい、事実あなたの戴冠まで国を支えてきたのはこの私だ!なぜ私ではないのだ!?なぜだ??」
すぐさまアンネリーゼに対して発砲する。しかしその弾はCCのマニピュレータによって阻まれ、あらぬ方へ跳弾する。その間にこの国の女王となった少女は手枷をはめられた腕でヨウカに抱き着くようにしてCCへと乗り込む。アンネリーゼを膝に抱えてすぐに艦橋から離れ、空へと昇る。クラウゼニッツは拳銃の弾が切れてもなお彼女らに向かって引き金を引き続けていた。
雲一つない王都の空を少女たちが飛んでいた。眼下には王都とその上を飛ぶ一隻の船が見える。
アンネリーゼはヨウカの耳元にそっと唇を近づけた。
「ヨウカ、あれを……沈めてください」
「いいの?」
「……あの艦は人々を守るために長らく封じられていたのです。他国を攻め滅ぼし、人々を焼くためではないのです。
私の決断は千年先まで罵られるような愚行かもしれない。けど民を守ってほしいと願い、守られてきた船がシュバルツェンブルクを滅ぼしてしまうのは嫌なのです」
「わかった。任せて!ヒフミも!じゃあ、行くよ!」
ヨウカは上昇のためのスラスターを切る。落下しながらブレードを艦橋に向かって投げ、その刃は第一艦橋に、クラウゼニッツに向かって真っ直ぐと飛ぶ。
「うあああああああああああああああああああああああああああああ!!!父上ぇええええええええええええええええええ!!!なぜだああああああああああああああああああああああ!!1なぜ!!
……なぜ私ではダメなのですか……」
クラウゼニッツもろとも第一艦橋に剣が突き刺さる。ヨウカは重力に任せてそれを踏み抜く。艦橋も隔壁もすべてを貫き、刃は船体の奥深くにまで達した。
艦橋があった場所は燃え上がり、船はコントロールを失う。出力に異常が出たためか右舷側の推進器も火を噴き始め、船体は王都農業区へと墜落していった。黄金の穀倉地帯を削りながらしばらく滑り、完全に静止した。
この街のシンボルとして長い間王国を見守り、いつか真の目覚めを迎えた時に人々を守り救う箱舟は、自らが守るはずだった王都を廃墟に変え、一人の少女によってこの日沈められた。
空から一機のCCが降りてくる。
ヨウカはゆっくりと降りるつもりだったが、ガスが切れてしまい。少々乱暴な着地になってしまう。
ボロボロのCCが瓦礫の王城を前に膝まづく。
全身に銃弾による傷、砲弾による焦げ、格闘戦によるゆがみと凹み。一度折られた左腕は繋がっているものの力なく垂れ下がっている。武器は使い切り、もう何も残っていない。
胴体部のハッチが軋みながら開き、完全には開き切らずに停止した。そこをマリンキャップの幼い少女は蹴とばし、CCから地面に跳び降りた。
女王とCCのパイロットである少女も互いに支え合いながら彼女に続いて機体から降りた。
王都は静寂に包まれていた。銃撃も砲撃も聞こえない。機体や剣がぶつかる音もしない。人の声も街の喧騒も、そして時計塔の鐘の音も。
ひたすら静かな王都を見つめているとくぅ~っという間抜けな音が近くから響いてきた。もっと正確に言うならばマリンキャップの少女のお腹のあたりから。
ドレスの少女が笑う。三人が出会ってから今まで見せたことが無いほど大きな声と華やかな笑顔で笑う。
それに驚いていた金目の少女もつられて肩を揺らし始め、同じくらい大きな声で笑った。
そして帽子の少女は耳まで真っ赤になって二人に怒鳴りながら言い訳をしていたが、笑い続ける二人を見ていると自分も何だかおかしくなってきてしまったのだった。
四千年以上の歴史をもち、二百年間の平和を享受し、二度の大戦を経ても燃えることがなかった王都は、今日廃墟となった。
その中で響く三人の少女の笑い声が戦の終わりを告げた。
「はい!抹茶ラテ四つね。エンジョイ♪」
その声が響く東門広場の真上に昇った太陽が昼食時であることを伝えていた。左腕を首からつるした金目の少女がキッチンカーが営業していた。
王都はクラウゼニッツ卿の謀反によっておよそ半分が破壊されることとなった。街に戻って来た人たちはがれきの撤去や家の修理に追われていた。
そして今回の騒動で家を失った人々が王都のひらけた場所に集まり、避難所としていた。この東門広場もその一つである。
「ランチセット三つ、ラテ、ブラック、酒、あと紅茶のおかわりなのです!早くするですよ~」
「ちょ、多い!!こんな腕じゃ無理!!あと酒は夜だけって言ってきて!」
「嫌です。絡まられるとうざいタイプです……。ここで待ててやるからいってくるといいです!」
「待ってるだけじゃなくて、作ってよ……」
キッチンカーやエプロンと同じ柄の帽子をかぶった少女が仏頂面で伝票をカウンターへと投げ込む。その少女も顔や腕にガーゼが張られていた。
「すえひろがり」を営業する二人の少女。この国の内戦の中心に彼女たちがいたことをランチタイムを楽しんでいる彼らは知らない。
キッチンカーを営む少女たちが言い争っていると一人の女性客がやって来た。温かな日差しに透けるように輝く金色の髪、それと同じ色をした瞳に顔立ちは帽子の少女よりもに幼く、頬や唇もぷくりとしていて柔らかそうであった。
縁に白いフリルをあしらった青い日傘で顔を隠しながら、しかしキッチンカーの少女たちには見えるように小さく日傘を起こした。
「いらっしゃいませ」
「早く注文するですよ。あとがつかえてるです」
「ふふふ、なんだかおかしく感じてしまいますね。では、スープをお一つ、パンも入れてください」
「じゃあ、空いてる席でお待ちくださいね」
テーブル席をぐるりと見回すとタキシードの青年が二人席をおさえていた。彼以外のものにもいくつか視線を感じながらランチセット三つと同時にスープを作る。缶詰を直接火にかけ、パンをちぎって入れる。
ヨウカはランチセット三つとラテ、ブラック、紅茶のポットとティーセット、それから酒の代わりに水をヒフミに持たせて配らせた。酒を注文した客の対応をするのは渋っていたが、晩御飯を好きなものにしていいと言って説得した。
金目の少女はスープを皿には移さず缶詰のままスプーンと手ぬぐいをもって、この国女王たる少女に出し、向かいの椅子に腰かけた。女王陛下は日傘を側近の青年に持たせ、スープを頬張る。彼女が上品な仕草でスープを啜るので缶詰が上等なものに見えなくもない。
彼女がスープを飲み終えた頃にヒフミが料理を配り終えて彼女たちのところにやって来る。ヒフミの持つお盆にはひっくり返った今日のランチセットと割れたコップや皿が載せられていた。
「あいつやっぱりめんどくさい奴だったです」
「だからって客の顔に皿をぶつけちゃダメだって」
「人払いもできて一石二鳥ってやつです」
彼女たちと相対している女王は手で口元を隠しながら小さく肩を震わせている。
「ゆっくりお話ができる、と喜んで良いのでしょうか?」
「一皿分損しちゃったけどね」
「ふふふ、この国を救ってくれた英雄だというのに、随分と小さなことを気になさるのですね」
「それで~?女王様自ら来て下さるなんて、どんな大事な要件なわけ~?」
「お二人には今回の事件の後処理とシュバルツェンブルクのこれからについてお話しておくのが礼儀かと思いまして」
女王様は改めて姿勢を正し、前に座るヨウカの瞳をまっすぐ見つめる。
「王都郊外に落ちた船は解体することが議会で正式に決まりました。その資材は余すことなく再軍備に利用するつもりです。ねじの一本さえ国外には出しません。
次にクラウゼニッツ卿のクーデターに加担した傭兵たちは可能な限り逮捕、ヨトゥンも没収いたしました。クロシェット社の傭兵と他四名を取り逃がしてしまいました。クラウゼニッツ卿に協力していたのはヴァルキリーパーのメンバーであり、他は巻き込まれただけのようですので、今後一切の入国を禁じ、今回は見逃すことにいたしました。
そしてゲルハルト・アイザン・シュラハタール伯爵はクーデターを防ぐことができなかった責任を取り、爵位を養子としたヴィルヘルム・フォン・シュラハタール卿に譲り、隠居なさるそうです」
「ええ!?伯爵辞めちゃうの?」
「はい、どうしてもと。クーデターを事前に防げなかったこと、私を守り切れず敵の手に渡してしまったこと、私の奪還と国を護るためとは言え、シュラハタール家の役目を一時的に放棄し、国境を離れてしまったこと、そのすべての責任を取らせてほしいと。ですが、シュバルツェンブルク軍の人材不足は深刻なものなので、まだまだ頑張ってもらうつもりですが。伯爵でなくなってもシュバルツェンブルク国民である事には変わりませんから。そうです。腰が痛いくらいで辞められてはたまったものではありません!」
「……おお、伯爵がんば」
「それとお二人には正式な場所で感謝とそれに見合う褒章をお渡ししたかったのですが、良かったのですか?お店のイスと机だけで。あなた方の働きは目覚ましいものでした。お二人が望むのなら領地の一つや二つ差し上げられるというのに」
「いいよ別に、逆にそんなの貰っても困っちゃうし、イスとテーブルくれただけで満足」
「ずっとこの国にいるわけにもいかないのです」
談笑に花を咲かせる少女たち、しかし女王は悲しげ顔をして俯く。先程までの国王としての自信は消え失せ、出会った頃の不安そうな少女が二人の目の前にはいた。
「行ってしまうのですか?」
「うん」
「シュラハタール伯爵も衛士隊長も嘆いていました。ぜひ残って欲しいと。傭兵としてではなく正規の軍人として。シュラハタール伯爵は養子にしたいとも言っていましたよ。ノーイも寂しがっていました……私もあなたたちにいて欲しい。あなたたちがいてくれたら心強い」
「私の本業はこれだからね。やらないといけないこともいっぱいあるし」
「です」
そう言ってヨウカはエプロンをつまんでひらひらとさせ、ヒフミは帽子のつばをなぞった。
「ふふふ、そうですね。戦っているあなたよりもここに立っているあなたの方が私も好きです」
「告白~?」
「違います!」
「じょ~だ~ん♪」
「もう」
アンネリーゼは立ち上がった。ヨウカも彼女に合わせて席を立つ。女王は二人の顔を目に焼き付けるようにしばらく見つめてから口を開いた。
「次に会う時も、あなたのスープが飲めたらと思います」
「そうね」
「あなたと会う時もこんな厄介事などなくゆっくりとお話したいです」
「ぜひそうして欲しいのです」
「では、このアンネリーゼ・フォン・シュバルツェンブルク。この国の新たな女王として、そして一人の人間として、お二人に深く感謝を。」
女王はキッチンカーに背を向けると広場の外で待たせていた車の方へと歩き出した。彼女の傍に控えていた側近の青年は少女たちに一礼すると女王の元へと向かった。彼の背に礼の代わりの笑顔を返す。
「さ~て、晩御飯でも買いに行くか~!!」
「さっきの約束!!約束だったです。魚が食べたいです!!」
「また~?」
「破ったら容赦しないのです!七割殺しです!!」
爪を立てながら金目の少女に対して威嚇をする。それから逃げるようにヨウカは市場に向かって駆け出した。帽子の少女がとびかかって来るのを機械仕掛けの脚で躱しながら、彼女を煽る。
瓦礫の撤去、家屋の修復、呼びこみをしている少年、誰かを探している女性、木の枝を振り回しながらかけていく子供たち、雑踏の中に二人の少女は消えていった。
よく晴れた空の下、西側に見える山脈にはところどころに雲がかかっている。
草原の真ん中、土がタイヤで踏み固められただけの一本道を一台のキッチンカー走っている。タイヤの振動に驚いた虫たちが逃げていく。
その運転席で左腕を首から下げたままこのキッチンカーの主である少女が運転していた。まっすぐ、景色が途切れる地平線まで続く道を見つめるその顔は今の天気のよう晴れ晴れとしていた。
その隣に自分の頭よりも一回りは大きいマリンキャップかぶった少女が疲れた表情で外を見ながら座っている。
青々とした草原に真っ白な雲、降り注ぐ陽光に温められた風が車内を通り抜け、二人の髪を遊ばせる。
二人は三日前にシュバルツェンブルクの王都アルヒェを出発し、今はアズルセーハの領内に入っていた。
「ねえ、フミ?」
「何です?」
「次の目的地なんだけど……」
「本当に何なのです?今までそんなこと決めたことなんてなかったのです。」
「いや~」
タイヤを垣の下まで降ろし、向かい側からやって来る車に道を譲った。アクセルを踏み込み、再びまっすぐな道を進んでいく。
「生きるための目標ってやつ、もっと真剣にやってみようと思って。今回はフミにもかなり迷惑かけちゃったし、フミのために何かしてあげたいな~って」
「気色悪いのです……」
「ちょっと!何でよ!らしくないのはわかるけど、そこまで言わなくてもいいじゃん!!」
「半分冗談なのです」
「半分マジじゃん!!」
草原を風が吹き抜け、草花が海ように波打っている。
「真面目な話。あの時計塔の下に埋まってた船を見て思い出したんだけど、フェルティニ遺隻群っていうあの船と似たような残骸が無数に眠ってる場所があってね。ほとんど朽ち果ててるから実際行ってみないとわからないけど、シュバルツェンブルクみたいに生きてる船があるかもしれないって思ったの。あんまり安全な場所じゃないけどね。そこに行けばフミが帰る方法見つかるかも。」
ヒフミは自分の腕を枕にして、窓の外の流れていく草原と空を眺めていた。どうやら草原の向こう側は雨が降っているようで、その部分が白く靄になっていた。時折稲妻が走っているのも見えた。
「お前の生きる目標を真面目に目指す話なのに、なぜフミの話になるです?」
「それが、あんただけに関係してる話でもないわけ」
そうして一枚の絵をヒフミに渡す。一瞬ハンドルを話したことで車が横に振られる。その紙を受け取ると星を象ったエンブレムが描かれていた。市街地で交戦したワイヤーを機動の三機にも描かれていたものと同じである。
「そこが危険だって話をさっきしたよね?昔は資源を奪い合って国同士が争っていたの。中央大陸のほぼ真ん中の砂漠地帯なのに、遠く離れた島国の八島皇国までそこの資源欲しさに何度も戦争を仕掛けたことがあるほど、プロタアストリウムや古代CCが大量に発掘できた。ようは常に戦闘が行われてて、そこに入ったら警告なしに攻撃を受ける場所だったの。」
「今は違うのです?」
輸送車が地面の凹みにあたり大きく揺れた。車の傾きに体でバランスを取りながら凹みを乗り越えていく。
「そう。ここ最近、フェルティニ遺隻群の三分の一を世界から奪い取った勢力があるの。それがそのマークの会社。」
「この会社とお前の目標とやらに何の関係があるです?」
「シュバルツェンブルクで戦ったクロシェット社の三機、正直異質だった。CCの鈍重さをどう補うかってのは世界中の兵器開発における課題の一つで、エレクル王国の解答はできる限りの軽量化と圧縮ガスを用いた推進器だった。クロシェット社のワイヤーを使う方法も大戦時から各国で模索されてたけど、操縦が複雑化しすぎて扱い切れないって言うのが最終的な結論になった。
クロシェット社がワイヤーを使う方法を取り入れたことは何も不思議じゃない。問題は……」
「その制御方法、というわけです?」
「うん。あと戦ってる時の相手の挙動が何だか懐かしい感じがしたっていうのもある。なんか姉さんたちにボコられてる時を思い出した。」
そこで二人の間の会話が途切れる。ヨウカは大事なことを言っていない。ヒフミは彼女が口を開くのを外を眺めたまま待っていた。
ヨウカは照れくさそうに頬を染め、大げさに咳ばらいをした。
「あのさ、姫様と伯爵に話して、なんかやらないといけないことが見えてきた気がするの。フミの目的、一緒に行ってあげるって出会ったあの時に言ったけど、そんなに真剣じゃなかった。フミが可哀想だったからって深く考えずに言っちゃった。だから今言う!フミを神月まで送り届けてあげる!!その薬を作れる人も神月までの道を作れる人も全部見つけて、叶えてあげる。だからフミもあたしと一緒に来てほしい」
ヒフミはヨウカの方へ振り返ろうとして、途中で辞めた。
ヨウカは視界の端に帽子の乗っかった小柄な少女の後頭部を見つつ、返事をまった。正直、恥ずかしいから早く返事をしてほしかった。
「……行ってやってもいいのです。でも行くのは腕を直してからです」
「何~?心配してくれてたの?」
「心配したのです」
「えぇ……!?本当に?」
「……」
「調子狂う……」
「フミのご飯と収入源がなくなってしまうかもと心配だったのです。」
ヨウカはハンドルに頭を打ちつけた。「前見ろです。片手しかないんだから普段よりもちゃんとやるのです!!」と怒鳴られながら車を走らせた。
キッチンカーすえひろがりはシュバルツェンブルクから東、中央大陸フェルティニ遺隻群へと二人の少女を乗せて真っ直ぐと進んでいった。
数日後、フェルティニ遺隻群、二等実験艦墜落地にて。
運搬車に乗せられたCCの部品が艦内へと運び込まれていった。運搬車は合計三台であったが、そこに乗せられた部品は三機分よりも遥かに少なく、装甲は銃弾や爆発などで消耗しているものばかりだった。
墜落した船体を利用したクロシェット社の本部内を真っ青な顔をした六人が歩いていく。すれ違う社員たちは何事かと彼らを見るが、彼らが向かっている方向を知るとすべて察した。目を閉じ、黙とうする。
六人はとうとう彼女の部屋の前に到着してしまった。
「社長、アムたちが報告に来ました」
船体の後部に位置する元は船長室であった部屋に「社長室」という札がつけられている。シュバルツェンブルクより帰還した六人は社長室に入り、自分から社長を前に正座をしていた。
社長は彼らに背を向けたまま作成した設計図をもとに計算書を書いているところだった。
社長は鉛筆を動かしながら彼らに向かって口を開く。
「みんなおつかれ~、ちょっと仕事が立て込んでてね~。このまま聞くからごめんね?」
「い、いえ。滅相もございません……」
「それで新モデルの売り込みは首尾よくいけた?いきなりの武装蜂起もものにできた?」
「それが……丁度国王が亡くなったタイミングだったそうで、王女も不在で、宰相に売り込みをしたんですが、そのままクーデター派の部隊に編入されてしまいまして……」
「ほうほう、それで?」
「クロ様、こちらが持ち帰った機体データです。時間が無かったのですべて回収はできませんでしたが、装甲の隙間からフレームを的確に撃ち抜かれています。ガロ機に関してはワイヤーを引き千切られていました。高機動をコンセプトに設計した新型のやられ方とは思えませんね。それと、クーデター派に加担したことでシュバルツェンブルクから我が社との取引は一切行わないとの書状が届いております」
各班のリーダーである三人は罪状を読み上げられている被告人のように口を開かず、うなだれていた。
社長の動いていた鉛筆が止まる。机に鉛筆を置く音よく聞こえた。社長は正座をしている六人を見る。今日初めて社長が彼らを見た瞬間だった。
六人の心臓が大きく鼓動し始める。脂汗が伝う顔を上げることができない。
「ふむふむ、碌に機体性能を見せないで、しかも新型を三機もスクラップにして帰って来た。挙句未来の顧客まで失ったと、そういうことかな?アム、カミ、ガロ?」
社長の声には落胆と怒りがあった。まるで断頭台の上で斧や剣の刃に首筋を撫でられているような恐怖を感じた。
三人はそれぞれ言い訳を模索した。ここで何かを言わなければ、何をされるかわからない。恐怖にかられ、各々が口を開く。
「しゃ、社長、これにはわけが……」
「おわった…………」
「アムがいきなりやられて……」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
「次は必ず……。ですので実験台にだけは……」
「二本足!!二本足にやられたんだ!!」
社長はそう叫ぶカミを見た。
「……カミ?なんて?」
「王女派で、単機で王都に乗り込んできた二本足のCCが!気づいたら取りつかれて、駆動部を全部破壊された!」
「本当なの?アム?」
「え、ええ。間違っていません。こちらよりもさらに速い二本足のCCが、王城の奪還に向かった宰相派をほぼ単機で撃滅していました。街中にあらかじめ武器を仕込んだコンテナを配置して、そこから弾切れの度に武器を変えながら戦っていました。俺らも気づいたら取りつかれていてそのまま……」
「……何号なんだろう?」
「はい?」
「ううん、こっちの話こっちの話。そっか~二本足ね~。皆、報告ありがと~。壊した分きっちり頑張ってもらうからね?そのつもりでよろしく~」
「は、はい!!……助かったぁ……」
三人は自分の胸と首をなでおろし、社長室を出ていった。社長は立ち上がり部屋のドアに鍵をかけ、秘書の元に駆け寄った。
先程までとは違う満面の笑みで彼女に話しかけていた。誕生日のプレゼントは何がいいかを考える子どものような笑顔であった。
「何号機なんだろう?パイロットも誰かな?」
「心当たりがありそうなお顔ですね?」
「え?そうかな~?まあ、機体はなんでもいいんだけど、武器も戦場も選ばない戦いできたのは二人だけだったんよ。どちらでも大当たりなんよ~。」
「そのどちらでもなく。機体も皇国か連合の新型かもしれませんよ?」
「それもそうなんよ。6号ちゃんを見つけてからこの辺の想定が雑になっちゃってるんよ。反省反省。その素性はどうであれ一旦こちらに引き込むよ。あたしの知ってる子ならなおさら」
「わかりました。今後の動向を探らせておきます」
「よろしく~。はぁ~あ、楽しみなんよ~。ああ、ヒルフェ。あの機体やっと完成したから後で一緒にテストに行こ♪」
「はい。今日の仕事が終わったら行きましょう。一緒に」
社長は鼻歌を歌いながら計算書の作成に戻った。足を組む時にひらりとめくれたスカートの中には光を反射し、銀色に輝く足が見えた。
傭兵は副業なんです! @irumin163
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