第11話 夜の街ソールズベリー
パノポリスから出ている馬車に乗り、東へ向かって整備された平原を進む。
小刻みに揺れる馬車、窓から射し込む温かな陽光、穏やかな風が眠気を誘い。
それらが合わさり、テオは小さく欠伸をしてしまった。
「ずいぶんと暖かい……」
「パノポリスは標高が高かったからな。平原まで下りたら、フローマ王国は通年通してこんな感じだよ」
テオの知識では、馬車というのは相当揺れるものだったが、この時代の物は存外快適だ。
これならゾシモスの馬車嫌いも直ったことだろう。
過去を思い出しながら窓の外を見ると、城壁に囲まれた都市が見えてきた。
「あれがソールズベリーか」
まだ遠目だが、パノポリスの何倍は大きい。
もっともあちらは山の中に出来た町なので、実際の大きさを正確に測ることは出来ないが、それでも差は歴然だ。
「伯爵領じゃ三番目にデカい街だな。かなり治安が悪いって噂だから、準備したらすぐ出るぞ」
「なるほど、治安が悪いのか」
腕を組んで、納得したように頷く。
「ところで提案なのだが、ここでパトロンは探すとかどうだろうか? 滞在する価値があると思うが」
「治安悪いって言ってんの。つかお前、暴れたいだけだろ」
「……」
顔を背けながら、口を噤む。
道中の説明で、ソールズベリーはならず者に支配されている、とアポロは言っていた。
この時代ではマフィア、と呼ぶらしい。
かなりの勢力を築いている者もおり、中には貴族すら手が出せず、悪事を働いているとかなんとか。
―—実に叩き甲斐のありそうな輩だ。
納得していないのがわかったのだろう。
アポロは呆れたように説明を続ける。
「伯爵領だが、実際に運営をしてるのは各街の領主たちだ。んで、デカいマフィアは領主と懇意にしたり、脅迫したりしながら、街の闇を一手に担ってんだよ」
「ふむふむ」
「マフィアと関わっても、碌な目に合わねぇし、なにより時間の無駄」
「悪党退治は、良い金になるぞ? やつらはたんまり金を貯めているしなぁ」
過去の出来事を思い出して笑っていると、アポロがドン引きした目で見ていた。
「悪魔みたいに唆してくるじゃねぇよ」
「これも錬金術と思わないか?」
「世界中の錬金術師に謝れ馬鹿野郎」
どうやらアポロは荒事は避けたいタイプらしいが、テオはその逆。
なんとかして彼を説得出来ないかと考える。
「いいかアポロ。私の時代にはな、勧善懲悪の物語が流行っていたんだ。貴族も平民も問わず、正義が悪を挫く物語に憧れたもので……」
「今の流行はラブロマンスだよ。騎士や冒険者と貴族令嬢の身分違いの恋なんかが特にウケてる」
「恋愛など、現実だけで十分ではないか」
恋愛などしたことないが、心の底からそう思う。
だがアポロはそうでなかったらしく、顔を引き攣らせながらこちらを見ていた。
「……それ、モテないやつに言ったら刺されるから気を付けろよ」
「過去に同じことを言ったら刺されそうになったな。まあ返り討ちにしたが」
「相手が可哀想だ」
「あとゾシモスに薬を盛られて監禁されたこともあったな。貴方の瞳に映るのは私だけでいいのです、と血走っていて……あれは中々恐怖だったぞ」
「偉大な大錬金術師の情事とか聞きたくなかったな……」
アポロ曰く、ゾシモスは大錬金術師として、ヘルメス大陸の歴史に名を刻んでいるらしい。
特に金属を作り替える金属変成においては右に出る者はおらず、彼が魔力の籠めた作った金銀は、自然物以上の純度を誇ったと言われていた。
また、最古の錬金術著作家としても有名で、数百年の時を超えてなお、ゾシモスの書物を参考にされているほどだ。
そのため、ゾシモスは『哲学者たちの王冠』とも呼ばれており、現代で最も尊敬されている錬金術師の一人らしい。
もっとも、その人生は波乱に満ちており、中には禁忌に触れたが故に最期の姿を見た者はいない、とも言われていたが。
「ふむ、友がこうして認められるのは、嬉しいものだな」
「大錬金術師ゾシモスの逸話は書物にもかなり残ってるから、色々話せるぜ」
退屈な馬車の中、友の話題はテオにとっても馴染み深く、存外興味深いもの。
自然と会話は盛り上がり、気付けばソールズベリーの入り口に馬車が着いていた。
「はっ! おいアポロ。お前、わざと話題を逸らしたな?」
「ちっ……」
「マフィアと遊びたい私の気持ちを知って、そんなことするのか!」
「ほれみろそれが本音じゃねぇか! 俺はマフィアと関わりたくないって言ってんだろ!」
「むぅ……」
ドラゴン退治も不完全燃焼となり、悪党退治も駄目。
これではいつ強者と戦わせて貰えるのか、わかったものではない。
そんな不満げな目で見たからか、アポロは呆れたように溜息を吐く。
「言っとくが、約束を破る気はねぇぞ」
「……ほう」
「強者にはちゃんと当てがある。だからもう少し我慢してくれ」
「信じよう」
真面目な顔で、嘘のない瞳。
アポロの言葉は、十分に信頼に足るものだった。
ソールズベリー。別名、眠らない街。
マフィアが仕切っているこの街は、様々な夜の店が建ち並んでいた。
アポロが警戒した様子で一つの店に入り――。
「おねぇちゃーん!」
「抱き着いて甘えてくるなんて、アポロ君は赤ちゃんみたいだねぇ」
「甘えるの好きぃ!」
薄暗いホールに並ぶソファやテーブルの数々。
他の客の会話が聞こえないように、大きめな音量で演奏される音楽。
ラウンジと呼ばれるそこは、貴族や平民問わず、金のある者なら誰もが利用可能な、所謂女性遊びの店だ。
貴族令嬢がパーティーで着るものとは、根本的に異なる細身なドレス。
それは煌びやかでありながら、男の欲望を刺激するように扇情的で、こんな姿の美女が目の前にいれば男なら抱き着かずにはいられないだろう。
そう心の中で言い訳をしたアポロは、女性を自分の足に跨がさせ、その胸に顔を埋める。
「えへ、ふへへへへ。やっぱり母性って言ったらこれだよこれぇ」
隣に座っていたテオは、そんなアポロに呆れる。
表情こそ見えないが、相当だらしがない顔をしているのは想像出来た。
「まったく、男というのはいつの時代も胸が好きだな」
「そう言うお前だって、抱っこしてもらってんじゃねぇか!」
「仕方ない。これは良い物だからな」
アポロの指摘通り、テオは女性の膝の上で抱きしめられていた。
身体の大きさ的にそうせざるを得なかったが、非常に満足感のある行為だ。
小さく愛らしい容姿のテオは、女性キャストたちにも人気で、次は私が抱きしめたいと取り合いになっている。
それが少し羨ましいと思いつつ、アポロは自分の方に集中しようと再びキャストに抱き着いた。
「んあぁ~? 言っとくけどなぁ! 俺はちゃぁんと大人の女が好きなんだぞぉー」
「いったいなにと比べているんだお前は?」
すでに酒も飲んでいたらしい。
元々弱いのか、顔を真っ赤にして目も据わっていたた。放っておけばすぐに眠ってしまうだろう。
——まあこれまで苦労してきたらしいからな。
詳しいことは聞いていないが、護衛もつけず身一つで旅をしていたくらいだ。
なにかしらの事情があったのは、想像に難くない。
少し羽目を外すくらい、大目に見ようと思った。
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