第10話 人間らしさ
「やっぱジャンさんはかっけぇ……」
「さすがドラゴンスレイヤーだぜ」
テオを抱える二人が、憧れの視線でジャンを見る。
それはとてもアポロを馬鹿にした者たちとは思えない崇拝っぷり。
弱者を虐げ強者に媚びる、典型的な屑、と評した通りの男たちだった。
「おい、下ろせ」
「あ、悪い」
地面に下ろされたテオは、ドラゴンを見る。
なにかを探すような仕草で、目の前のジャンなど眼中にも入っていない様子。
しかし目的の物が見つからないとわかると、怒りの形相で人間たちを見下した。
「まったく……このままだとあのジャンという男、死ぬぞ」
「は? なに言ってんだよ。ジャンさんが負けるわけねぇだろ?」
言い返してくる冒険者を見上げ、改めてジャンという男を評価する。
「あれは、ドラゴンを倒せる男じゃない」
「グオオオオオァァァァァ!」
凄まじい咆哮。ブレスですらない、ただの威嚇だ。
比較的近くにいた冒険者たちは尻餅をつき、恐怖に顔を引き攣らせる。
そんな中、ジャンは不動のまま、見上げるだけ。
対峙するドラゴンと歴戦の勇士。まるで一枚の絵画のような雰囲気に、周囲も息を呑む。
――きっと俺たちは、伝説を目の当たりにしているんだ!
そんな雰囲気が漂った瞬間――。
「待ってくれぇ!」
「……アポロ?」
慌てた様子で駆け出しているボロボロのアポロ。
腕の中にはドラゴンの赤ちゃんを抱えている。
その後ろには二人の男が、必死の形相でそれを取り返そうと追いかけていた。
「そのドラゴンは子どもを取り返しに来ただけだ! だから――」
アポロが必死に叫ぶが、それは悪手だった。
我が子を見つけたドラゴンが、凄まじい形相で飛び出す。
もはや理性など残っておらず、アポロも一緒にいる男も殺される。
誰もがそう思った瞬間、間に入る小さな影。
「そこまでだ」
一瞬でアポロの前に移動したテオが呟く。
ドラゴンの爪が、彼女に触れる瞬間、ピタッと止まった。
「ガ、ア……」
ドラゴンは動かない。否、動けなかった。それほどまでに、目の前の存在が大きすぎたのだ。
「子は返そう。アポロ」
「……は! そう、そうだよ! ちゃんと返すから!」
アポロが赤ちゃんをドラゴンに見せる。
取り返そうとしていた男たちが苦々しい顔をするが、ドラゴンの前では動くことも出来ない。
なー、と小さな鳴き声をあげ、手を伸ばしたドラゴンの赤ちゃん。
それをアポロが地面に置くと、親ドラゴンのところまでテクテクと歩いて行く。
なんとも微笑ましい光景だ、とテオは表情を柔らかくした。
ドラゴンは子を優しく抱き上げると、怯えた表情でテオを見る。
「巣に帰り、穏やかに暮らすといい。間違っても、人間に復讐など考えるなよ?」
先ほどまで怒りに支配されていたドラゴンは、もういない。
コクリと頷くと、翼を広げて空を飛び、山の中へと消えていった。
「「「……」」」
それを呆然と見上げる冒険者たち。
静寂が辺り一帯を包み込む中、テオは気にした様子もなく山に背を向けた。
「さて、私たちも帰るか」
「あ、ああ……その、テオ」
「ん?」
「助けてくれて、サンキューな……」
顔を赤くして、恥ずかしそうにしている。
それを見たテオは、優しげに、どこか悪戯気に笑う。
「素直にお礼を言えて偉いじゃないか」
「なっ⁉ おま! ガキ扱いすんな!」
どちらが子どもかわからない。
そんなやりとりをしていると、一人の男がやってきた。
「待て!」
「ん?」
両手にツヴァイヘンダーを持った男、ジャンだ。険しい顔をして、こちらを睨んでいる。
「……誰?」
先ほどこの場にやってきたアポロは、彼が誰かわからない様子。
冒険者たちの中で有名でも、業界が違えば無名のようだ。
「あのドラゴンは、このジャン・カヴェルが倒すところだったんだぞ! それをお前ら、どうしてくれんだ!」
「そ、そうだそうだ!」
「つーか! 俺たちが命がけで奪ったドラゴンのガキ、どうしてくれるんだよ!」
彼の言葉に、他の冒険者たちも追従するように責め立てる。
その勢いにアポロが引くが、テオは呆れた顔でジャンを見た。
「倒すところだった、か」
「と、当然だ!」
ジャンを真っ直ぐ見つめると、彼は先ほどまでの自信はどこにいったのか、所在なさげな顔をする。
まるで、自分の嘘が見透かされているように感じているようだ。
テオはジャンに近づくと、周囲には聞こえないように呟く。
――お前、さっき小便漏らしたな?
「っ――⁉」
驚くジャン。
そんな彼を、テオはにっこりと、子どものような無邪気な笑みで見上げた。
「龍殺し? お前程度が? 本当に?」
「あ、えっと……」
少し圧をかけて追求すると、視線をキョロキョロと情けなく揺らす。
周囲には聞こえない声で、ジャンに向けてだけ言葉を続けた。
「見ればわかる。お前の身体も、顔の傷も、武器も、すべてがハッタリ。戦いで傷ついたものではない。自分で付けたものだな。さっきも怯えて動けなかっただけだ」
「う、ふぐぐ……」
「大方、抗争で敗れて死んだドラゴンを偶然見つけて、自分の手柄にしたとかだろ?」
「な、なんでそれを――あっ⁉」
図星だったのか、ジャンは慌てて口を押さえ、悔しそうに顔を歪ませる。
今すぐ口封じをしたい、と思った。
だが目の前の人物がどこか普通じゃないとわかり、抵抗も出来なかった。
「今すぐ全部バラしてやろうか?」
「ひっ⁉ 止めてくれ! そんなことになったら、俺は……!」
「ならこの場をさっさと収めろ。そして二度と私たちに関わるな」
――私は嘘吐きが、大嫌いなんだ。
「ぁ……」
テオが殺気をぶつけた瞬間、心の折れた音も聞こえた。
「返事は?」
「わかり、ました……」
気丈にも、崩れ落ちることはなかった。
それどころか、すぐに動いて文句を言っている冒険者たちに、今後について説明を始める。
アポロやテオを責めるような言葉はなく、何一つ問題無いといわんばかりに堂々とした姿。
端から見れば、彼はドラゴン相手に一歩も引かなかった、歴戦の勇士そのものだろう。
――ここまで来るともはや舞台役者だな
さすがに感心し、すぐに興味を失う。振り返り、アポロに声をかけた。
「さて、それでは私たちは帰るぞ。目的の物も手に入ったしな」
「目的の物?」
「なんだ、忘れたのか? お前が言ったんじゃないか」
――ドラゴンの素材、取れるならなんでもいいからな。
先ほどのドラゴンからこっそり切り取った爪を見せる。
手のひらサイズ程度だが、間違いなく、ドラゴンの素材だ。
「あ……」
「好きに使え。このポーションの代金だ」
「ポーション、使ってねぇじゃん」
「気にするな。約束は約束だ」
そう言って気分良さそうに歩き出すテオを、アポロも追いかけた。
背後では、魔物の味方をしたテオたちに、他の冒険者たちから罵声が飛ぶ。
ジャンが毅然とした態度で諫めているが、止まる気配はない。
だがそれは、テオたちにとって関係のない話であったから。
◆
しばらくパノポリスに留まり、旅の準備をしていると、ドラゴンが討伐されたと流れてきた。
あの後、領主が再び討伐隊を集め、森に侵攻した結果だ。
冒険者たちは約束通り得られた賃金に大はしゃぎし、町はお祭り騒ぎ。
それに参加しなかったテオたちには賃金が与えられなかったが、それでいいと思う。
「そうとう派手にやっているようだな」
宿にいても、外からバカ騒ぎが聞こえてくる。
元々ドラゴンがいるということで、その素材を求めて商人たちも集まっていた。
人が集まれば物と金が動く。
小さな町ではあるが、祭りは盛大にやっているらしい。
「……」
アポロは顔を腫らしたまま、窓の外を見ている。
ドラゴンの赤ん坊を奪うとき、冒険者たちに散々殴られた傷だ。
治せと言っても、しばらくそのままにしたいとのことで放っておいたが、そこそこ可愛らしい顔が台無しだなとは思う。
「助けたかったか?」
「別に」
宿で妙に凹んでいるアポロに、テオが問いかけると、そっけない返事。
不貞腐れたような態度は、拗ねている子どもにしか見えない。
「わざわざそんな顔になってまで、冒険者たちからドラゴンの赤子を奪ったのに、それはないだろう?」
テオとしては、魔物だろうと人間だろうと、敵対する者は等しく倒すし、場合によっては容赦もしない。
だから魔物一匹に感情移入をしているアポロの気持ちが、わからなかった。
「なぜそんな風に悩む? 別に魔物の一匹、退治されたところで気に病む理由などないだろう?」
「だから別に、悩んでねぇって。ただドラゴンとはいえ生まれたてのガキが、親と引き離されたのが少し気になってただけだよ」
「そうか」
優しさとは違う。ただ人間らしい、と思った。
武神と呼ばれる過程で、自分が失った感性だ。
――セベイアも、アポロと同じことに思うのだろうな。
自分が宿ることになった少女を思い出し、少し笑う。
「実はあの山には、別のドラゴンもいたらしい」
「……え?」
「親子ドラゴンの方は人を見ると、慌てて山から逃げ去ったそうだ。よほど怖い目にでも合ったのかな?」
悪戯気にそう言うと、アポロが少しだけ嬉しそうに口元をつり上げる。
それをニマニマと見ていると、気付かれ、すぐに恥ずかしそうに顔を隠した。
そんな素直でない仕草が面白い、と同時に、見ていて飽きないと思う。
「さ、それがわかったら、素直に傷を治せ」
テオは貰ったポーションを取り出し、布に浸してアポロの顔を拭き始める。
「お、おい!」
「大人しくしろ。これから共に旅をする間、そんな顔を見せられ続ける身にもなれ」
「……」
アポロが大人しくなったことに満足し、再びポーションで濡らす。
そして反対側の頬を拭きながら、テオは呟いた。
「研究所を出て、最初に出会ったのがお前で良かったよ」
「はぁ⁉ きゅ、急になんだよ!」
アポロが勢いよく顔を向け、睨んでくる。まるで警戒している猫のようだ。
――警戒心は強く、自分のために生きると言っている割には、適度に甘い。
人間らしいその姿は非情に好ましいもので、退屈しなかった。
「この旅を楽しめそうだなと、そう思っただけさ。そら、もう少しだから大人しくしてろ」
「……」
揶揄われているとでも思ったのだろう。不貞腐れたアポロは、椅子に座って窓の外を見る。
テオも並んで窓の外を眺めると、柔らかな風が入ってきたので、軽く髪を押さえる。
遙か上空には、ドラゴンの親子が飛んでいるのが見えた。
それに気付いたアポロが、嬉しそうに見上げていて。
その様子を、テオが慈しみ深く見守っていた。
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