第2話『異星人迫る地下世界で二人きり』
HRの終わりを報せる鐘が鳴り響き、号令と共に重なった挨拶がクラス内に響く。
たった今から高校は放課後に入り、部活動という各々の時間に専念することとなる。
そして、尾形幸太郎も専念する生徒のうちの一人である。
荷物を背負って、先輩の結由が待つ教室へ向かい、ドアを開ければ、
「――つまり、僕に世界の滅亡を防ぐ協力をしてほしいと?」
「いえあの……壁の補修の手伝いを……あいえ、もうそれでいいです……」
見下ろす結由と、見下されている見知らぬ少女。そんな光景が幸太郎の視界に映し出された。
机に片足をかけて腕を組み、まるで崖に乗り出して水平線を見る海賊のような格好で、結由は来訪者に圧をかけまくっていた。
「なにやってんですか先輩っっ!!」
――取り敢えず教科書ではたいた。
■■
「先程はどうもすいません……」
結由を椅子にちゃんと座らせて、幸太郎は来訪者の少女にお茶を出す。
何故か頑なに腕組は解かず、結由はいつも以上に態度に尊大さが滲み出てしまっていた。
「あぁ、いえ、お気になさらず……」
げっそりとした顔でそう返答をするのは、ボブの髪型をした少女だった。
幸太郎がもっと早く部室に来ていればこんな死にかけの鼠のような顔をさせずに済んだのかと思うと胸が痛んでしまう。
「何してるんだい尾形くん。早く要件を聞くべきじゃないかい?」
「えっ!?」
「あぁやっぱり覚えてないんですね先輩……」
恐らく結由の意味不明な翻訳に狼狽えながらも何度も依頼を口にしたであろう少女が驚きの声をあげる。
対して幸太郎は予想通りだとため息をついた。
結由は興味のないこと――特に、知らない人間からの頼み事など全く記憶に残らない性格なのだ。幸太郎がくる以前は手紙方式で依頼を受諾していたそうな。
「えっ、あの……」
「ほんとすいません、もう一回要件伺ってもいいですか」
「あ、わ、わかりました」
お茶をすすって一息ついて、恐らく何度も口にしたであろう依頼内容を少女はもう一度だけ言葉にする。
「壊れてしまった壁の修理の協力をお願いしに来たのですが……」
「ほう、滅亡を防ぐ協力の申し出か。僕に頼みにくるとは――むぎゅ」
「ちょっと黙っててください先輩」
壁の修理を自言語に訳しかける結由の口に手を当てて、幸太郎は続きをお願いするよう依頼主の目を見る。
――内容としては、演劇部がいつも使用する舞台の壁に穴が空いてしまい、早急に修理をする必要があったそうだ。そこで、同部活に所属している依頼主の
「それはまた……大変ですね。わかりました、協力します」
「ありがとうございます……!」
話が通じたことと、助けてもらえることの両方の事実に貫かれ、少し涙目になった花音が感謝の言葉を返す。
どうやらその舞台でお客を呼んでの演劇の本番があると先の話から聞いたので、早速移動しようと幸太郎が席を立とうとした直前だった。
「ん……がたくんっ! そろそろ手をどけたまえ! ――全く、この僕になんて狼藉をするんだい君は」
「ああ、すいません。じゃ行きますよ先輩」
「謝意の欠片も無いじゃないかっ!」
話が欠片も通じず依頼人に迷惑をかけたのは結由なので謝意など無くて当たり前である。
「……全く、あんな、急に……吃驚するじゃないか……」
「何か言いましたか?」
恐らく恨み言だろうなと、怒りで顔が赤くなったであろう結由を見て思った幸太郎がそう声をかけたが、
「なんでも無い。気にしないでくれ」
結由はそう言い席を立ち、さっさと移動を始めてしまった。
■■■
――早急に、迅速に、目の前の壁を塞がなければならない。
でなければ、でなければ『奴ら』が入ってきてしまう。
「――先輩」
「ああ、尾形くん。」
汚れた服のまま結由に声をかけるのは、世界がこんな姿になって尚結由のことを先輩と呼び続ける幸太郎だ。
「もう学校などとっくのとうになくなっているんだ。いい加減、結由と呼んでくれてもいいんだよ?」
「……先輩は先輩ですから」
胸に手を当てて呟く結由に対して、幸太郎がそう返答する。
学校などとは言ったが、今やかつての世界と同じように機能する建物など何処にもない。
――当たり前である。ある日突如として、
「壁は塞げたかい?」
「なんとか」
今、この世界には結由と幸太郎しか人間は存在しない。
異星人が攻めてきたとわかるやいなや、結由は迅速に建物を作り上げた。だが、その建物が侵攻を防げると信じたのは幸太郎のみ。
――結果、今現在二人以外の人間は消えてしまった。
今幸太郎が塞いできた『壁』は地中に居る影響で不具合を起こしていた映像反射壁のことである。
結由の作り出した映像反射壁は周囲の状況により映し出す映像を変化させ、まるでそこに何もないように思わせる代物だ。発想としてはカメレオンに近いだろうか。
地下深くに住処を構え、侵攻を警戒して過ごす日々。
だが、そんな二人だけの生活も悪くはなかった。
こうして終わりを先延ばしにする世界で二人きり、邪魔などされずに。
「なあ尾形くん。そんな生活も――、」
刹那、幸太郎の背後に違和感。
まるで蝋燭に熱せられた空気のように蠢いた空間は結由に対して一瞬の空白をもたらしてくる。
そして、それが今この世界では命取りだ。
幸太郎は気付いていない。
自身の背後に――異星人が、手を伸ばしていることに。
空間に隠れるようなスーツを身に纏い幸太郎の命に歯牙をかけようとする姿を見て、何も考えられなかった。
ただ、体が動いた。
「……せん、ぱい?」
どうして考えつかなかったのだろうか。
どうして思いつかなかったのだろうか。
此方が逃げ隠れるために相手を研究するならば、向こうも此方を捕まえるためにまた同じことをしてくると。
ああ、今更だろうか。
そんなことを、背中から腹部を貫通する手を見ながら、結由は考えていた。
咄嗟に体が動いたのだ。
咄嗟に、幸太郎と異星人の間に、割って入った。
死ぬときは好きな人の顔を見たいから、相手に背中を晒すしか無かったけれど。
「尾形くん……僕は、君が……」
込み上げる血泡に耐えながら、手遅れな言葉を伝えようと、結由舌を動かし──、
■■■
「そして……!」
「「「そして……!?」」」
周りに何人かの人影が見える。
ざっと見渡して、幸太郎の姿がないことに結由は気が付いた。
やはりまた話を聞いていない。ちゃんと聞く姿勢はいつ取ってくれるのだろうか。
それ以前に――、
「誰だい君たちは!?」
「あ……えっと」
「その人たちは演劇部の方々だよ」
通りすがり、小さなハンマーと釘を持った幸太郎がそう注釈を入れてきた。
「というか先輩、もうこの釘で固定したら終わりなんですけど」
「ああ、お疲れ様」
「いや労ってほしい訳じゃなくてですね……」
ならば一体何を言えば良いのだろうか。
脳を回して、幸太郎が求めていそうな言葉を探す――内に、先刻の妄想に何故か辿り着いてしまう。
「まさか面と向かってあの言葉を言わせる気かい!? 鬼め!」
「何を言って……?」
どうやら違ったらしい。残念。
そのうち、呆れた幸太郎は肩を落として壁の補修に行ってしまった。
その姿を見送ると同時に、結由の周りに先程結由を囲んでいたであろう生徒たちが寄ってきた。
「あの……! それで最後の言葉ってやっぱり……?」
「凄かったです! 語りが上手くて、ほんっとに、上手くて! 世界に引き込まれました……!」
「もうなんかほんとに凄かったです! なんか凄かったです!」
思わず少々のけぞってしまう程の熱量で、演劇部生徒たちが結由の展開した世界に対して感想を述べてくる。
一つ一つが肯定で、褒め言葉で、確かに嬉しくはあるのだが――、
「……尾形くんじゃ無いしなあ」
嬉しさと同時に、寂しさも含んだ声音で、結由は呟いた。
「まあ、ありがとう! 肯定的な意見は気分がいいからね」
「あ、あの」
そんな意見をくれた部員の人々に感謝をしていると、そのうちの一人がおずおずと結由に話しかけてきた。
「ん? なんだい?」
「中村先輩の気持ち、あの、気づいていないなら私が尾形さんに――」
「――絶対にやめてくれ。匂わせもしないでくれ」
汗をだらだらと流して、両肩を掴んで必至の形相になりながら結由はそう部員に懇願した。
不格好だが本当に勘弁してほしいのだからしょうがない。
そんな結由の姿にどうやら部員の子も納得してくれた様子で、一安心――、
「先輩少しは手伝ってほしかったんですけど」
「うひゃあっ!?」
「!?」
突然背後から声をかけられるものだから、変な声が出てしまった。
そんな変な声を出した口を多いながら、結由は振り返り、幸太郎と目を合わせる。
「君の神出鬼没ぶりはどうにかならないのかい!?」
「いや……先輩が熱中しすぎてるだけだと思うんですけど」
「う、五月蝿い!」
気づけば辺りに居た部員たちはこぞって姿を消している。とてもいい配慮ではあるが、心拍数が爆上がりの今、二人きりは少々結由の脳に混乱を与えていた。
「まあ、先輩が何かに熱中してるのはいつものことだからいいですけど」
「(ネッ)チュー!? 正気かい!?」
意味のわからない思考の末にはじき出された意味のわからない発言が口をついて出てきてしまった。
思わず、結由の顔に血液が回り、すぐさま顔が赤くなっていく。
「何言ってるんですか。依頼は終わったので、部室に戻りますよ」
「あ、ああ。ご苦労さま」
そんな赤面に幸太郎は気づいていないのか、そう言い残して廊下に出ていってしまう。
放課後、人通りの少ない廊下へ、幸太郎を追いかけて結由も足を踏み入れた。
「あ、先輩」
「ん?」
先にいかず、廊下に出てすぐのところで待っていた幸太郎から声がかけられた。
顔はまだ少し熱い。見られたく無いので明後日の方向を向こうと――、
刹那。幸太郎の手が結由の額に当てられる。
「……熱はなさげですね」
「えっ、えっ……?」
状況が飲み込めず、平仮名一文字程度しか漏れない口を魚のようにぱくぱくと動かした挙げ句――、状況を理解した結由はキャパオーバーで倒れてしまった。
世界の終わりになにをし隊! みけたろー @kubiwaneko
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