世界の終わりになにをし隊!
みけたろー
第1話『カビの蔓延る終わる世界で二人きり』
「さぁ、今日も議論を始めようじゃないか! 世界の終わりに何をするか!」
広い教室のど真ん中で、この人はいつも通りに両手を広げて楽しそうにこちらを見つめてくる。
この、『世界の終わりになにをし隊』部の部長は目の前に立つ高校2年生の
艶のあるサラサラとした黒髪を長く伸ばした女子であり、顔は整っており噂によると入学当初は男子から告白されない日は無かったとも言われている。
「それも怪しいけどなあ……」
なにせこの目で告白されたシーンも、本人の口から告白されたと聞かされたことも無いのだ。モテているのは事実かもしれないが。
教室のど真ん中にある2つの椅子と机、その片方に座って頬杖をつく青年は
「尾形くん! 世界の終わりに何をしたいか考えてきたか?」
「え……いや……まだ、考えてないです……」
「なんと! 今この瞬間にも隕石が落ちてくるかもしれないのに君はなんて呑気な……。いや、ゾンビの大群が発生するかもしれないな。……いやいや、それとも大気汚染で」
「先輩、世界憎んでたりします?」
ここだけ切り取ると世界の破滅を願う狂人にしか見えない。
「何故? 僕はこの世界を愛しているよ?」
「ま……ですよね」
しかし、先輩はこの世界を愛している。この世界に真摯に向き合っているからこそ、さらなる刺激を求めてこんな奇っ怪な部活を設立してしまうのだ。
ただし、『世界の終わりに何をするかを話す』だけでは当然認められないので――、
「すいませぇーん! 頼み事があるんですがー」
そう、この部は『世界の終わりに何をし隊』という名前の雑用部なのである。
■■■
「おや、依頼か。入っておいで! 鍵はかかっていないよ! やましいことなどしてないからね!」
「え? あ、は、はあ……失礼、します」
いらない一言によって困惑を余儀なくされた心境で部屋に入ってきたのは、当たり前だがうちの制服を着た生徒である。
坊主頭をしており、制服を着慣れていない感じが隠しきれない、如何にも高校一年生という雰囲気の青年だ。
「いやまあ君も同学年だし、なんなら君も着慣れていないけれどね?」
「心を読まないでください先輩。そのくらいわかってますから」
当たり前のようにうちに秘めたる思いを看破してこないでほしい。人には見られたくない考えくらい山程あるのだから。
「こんにちは。今日は、どんな頼みがあってこの部活に来たんですか?」
制服を着慣れていなくとも、もうこの業務には慣れっこだ。
癖の強い結由に対して困惑を抱く相手を椅子に座らせ、良識のある幸太郎が依頼を聞く。
――そのシステムで半年やってきたので、尚更幸太郎がいる以前の部活はどう回ってたのかが疑問でならないのだ。
「ええっと、今日は――」
1
「成程……つまり僕らは未知の生命体で溢れた危険な部屋に特攻しなければならないと」
「はい。長年放置されて、カビも生えてしまっている部屋を室内練習に使いたいとのことなので掃除を手伝います」
廊下を歩きながら、結由のパワーワード変換を日常言語に翻訳する。
そうでもしないと活動記録のノートが意味不明な単語の並びになってしまうのだ。
「それで……あ、ここですね」
「如何にもな場所だな!」
「……ドアだけで何がわかるんですか先輩……」
ノートに日付と内容を記録し、同時にツッコミを入れる。一人でこなすべき業務量ではない気がする。
そんなことを内心で愚痴っている内に、結由が一人でドアを開け放った。
――瞬間、部屋着と練習着、ビブスやコーンがグチャグチャになった室内が目に入る。
ついでに鼻に異臭も入ってきた。
「……」
「なんとも刺激的! こんな場所が校内にあるなんてね! なあ尾形くん!」
「……ええ、そうですね」
素直な気持ちの人間と、皮肉の気持ちの人間が一人ずつ。言わずもがな、皮肉は孝太郎だ。
取り敢えずやらなければ始まらない。この腐海のような場も、一つずつ片付けていけば終わりが見えてくる筈だ。
「こんな世界の終わりもまた良いものだろうね。全世界に、謎のウイルス……いや、カビだな。それらが爆発的に流行り、僕ら二人以外が死に絶えた世界。――なんともまあ、魅力的じゃないかい?」
「ええまあ、そうですね。俺がそんな状況になって生き残ってると思えないですけど」
また結由の妄想癖が始まったと、孝太郎は適当な返事で流す。
■■■
――もう既に、ここも侵食されている。
結由は室内に入り、即座に変わり果てたその空気を感じ取った。ガスマスク越しで尚感じる異物な空気感は、謎のカビが爆発的に増えた故の帰結だ。
建物と言っても、既にそこかしこが瓦礫となり崩れ果てている。残骸と評するほうが適しているくらいだ。
「……尾形くん。ここもダメだ」
「やっぱりですか。そろそろガスマスクのフィルターも……」
――五日前まで愛用していた、カビに侵されていない地下の場所。そこすら、既に今はガスマスクを付けなければ入れない場所となっている。
「まさか、新居者がカビ持ちだったとは」
「触れられなかっただけマシさ。来るもの拒まずな制度にした僕が考え足らずだったのさ」
カビは生き物から生き物へ伝播していく。防ぎようのない感染だ。
「フィルターの貫通が始まらない内に、二人だけの新居を探さないといけない」
「二人だけっていうか……恐らくもう俺らしか生き残ってないですよ先輩」
稀代の天才、中村結由が世界中に情報を発し、それでも集まったのは数える程度。
フィルターすら、結由が作り出さなければこの世に無かった代物だ。
「どんなものにでも取り付けられるように作りたかったけれど……精々ガスマスクが限界だったのは……口惜しいね」
「新居さえ見つければ改良なんていくらでもできるでしょうに」
前を歩く天才はそこらに転がっている部品一つにすら価値を見出す。ならば新居に何があろうがフィルターの改良に活かすことなど容易いだろう。
「そう……だね」
「……先輩?」
やけに、言葉の節々の歯切れが悪い。
孝太郎はふと、そう訝しんだ。
建物に蔓延らないとはいえ人がいなくなったせいで瓦礫だらけとなったこの世界。
今や通行人など存在しようはずもないその世界で、目の前には堂々と歩を進め続ける結由がいる。
いつもは頼りになる――どころか、頼りになりすぎるその背中が、
「……っ」
ふいに、フラついた。
体がブレて、結由が横薙ぎに倒れ伏す。
「先輩!?」
思わず駆け寄り、結由の前に回る孝太郎の視界に――、
「はは……僕としたことが、ヘマを、してしまったかな……」
顔色が真っ青となり、首筋にカビの張り付いた結由が映った。
既に手先の感覚は無いのか、触れている手に言及は無い。
「……ここまで、かな。……一つだけ、尾形くん……君に言いたいことがあるんだ」
そう、蚊の鳴くような声で呟き続ける結由は、孝太郎の目と、自身の目をしかと交錯させ――、
■■■
「そして、言うんだ。君が」
「はいはい先輩、片付け終わったので妄想も終わりにしてもらっていいですか?」
「……君は器用貧乏のくせに、タイミングだけは悪いとつくづく思うよ」
どうやら妄想のお話もクライマックスだったようで、掃除が終わって声を掛けた孝太郎をジト目で結由が見てきた。
入部当初は多少真面目に聞いていた話だが、今となっては手に入れたスルー力を存分に活用して内容すら孝太郎は受け流している。
「まったく、つまらない限りだ。折角言いたい言葉が合ったのに」
「今言ったら良いじゃないですか。前後の状況とか知らないですけど、それでもいいなら」
「……」
丁度、最後のゴミ諸々を段ボールにまとめて運んでいる最中に孝太郎はそう言った。
すると既に合っていた目を逸らし、結由はそっぽを向いてしまった。
「……ふん。そんなのつまらないじゃないか」
どうせ妄想話は聞いていないのにつまらないから話さないとは、創作魂が素晴らしいと思う孝太郎だが――真相などもっと単純だ。
「……面と向かって、好きって言葉だけを言えるわけないじゃないか……」
「何か言いました?」
「いいや、何も?」
――結由が恥ずかしがっているだけである。
赤くなった顔を伏せて頬に手を当てる結由だが、孝太郎は見向きもせずに段ボールを持って部屋の外へ出てしまった。
――これはそんな、回りくどい告白をしようとする女の子と、それに気付かない男の子のお話。
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