第12話 新しい視点
朝、澄んだ空気の中に鳥のさえずりが響く。ユウキはサキの家の庭で木製のベンチに腰掛け、緑豊かな山々を眺めていた。都会では味わえなかった静寂と穏やかな時間。それでも彼の心の奥にはまだ、どこか針のように刺さるような感覚が残っていた。
「ユウキ、少し散歩に行こうか。」
サキの誘いに応じ、ユウキは祖母と共に村の外れにある小高い丘へ向かった。道中、風に揺れる草花や遠くに響く川のせせらぎの音が、彼の耳に心地よく響いた。丘の頂上に着くと、サキは小さな祠の前で立ち止まり、振り返ってユウキに微笑みかけた。
「ユウキ、この場所には昔から人々が訪れて祈りを捧げてきたんだ。ほら、この石を見てごらん。」
ユウキが目を向けると、祠の横に大きな石があり、そこには何か刻まれた文字があった。
「何て書いてあるの?」
「『苦しみを種とし、成長を実とする』ってね。」
サキはその言葉をそっと指でなぞりながら続けた。
「この言葉はね、私たちの村に古くから伝わる哲学なの。どんな苦しみも、それ自体が無意味なものではないんだ。種と同じように、そこから新しい実を育てることができる。」
ユウキはサキの言葉に耳を傾けながら、自分の中に浮かぶ数々の苦い記憶を思い返した。都会での失敗、人間関係の摩耗、そして自分を責め続けた日々。これまで彼にとってそれらは、ただ自分を傷つけるだけの痛みだった。だがサキの話を聞いているうちに、少しずつその捉え方が変わり始めた。
「でも、どうやって苦しみを成長につなげるの?」
ユウキの問いかけに、サキは祠の前に座り込んで静かに答えた。
「それにはまず、苦しみを否定しないことだよ。それを『なかったこと』にしようとすればするほど、自分に嘘をつくことになるからね。そして、その苦しみの中で何を学んだか、何が自分を支えてくれたのかを見つけること。それが種となるんだ。」
「学び…か。」
ユウキは深く息を吸い込み、過去の記憶を丁寧にたどり始めた。確かに、辛い状況の中で支えになった人がいたこと、困難を乗り越えた経験が自分に何かをもたらしたことを、彼は少しずつ思い出した。
その日の夕方、ユウキは庭の縁側に座り、サキと一緒にお茶を飲んでいた。穏やかな夕日が二人の間を照らしている。
「僕の苦しみも…種になるのかな。」
「なるさ。ユウキ、苦しみを抱えていたからこそ、こうして戻ってきたんじゃないかい?もしも何も問題がなかったら、こんな風に立ち止まることも、自分を見つめ直すこともなかったはずだよ。」
サキの言葉にユウキはハッとした。確かに、苦しみを感じたからこそ彼は都会を離れ、この村に戻るという選択をしたのだ。その選択が、今の自分をここに導いている。
「苦しみはね、私たちを押しつぶそうとするんじゃなくて、次のステージに進むための準備をさせてくれるものなんだよ。」
サキの言葉は、ユウキの心の中で静かに響いた。それはまるで、今まで閉ざされていた扉が少しずつ開かれていくような感覚だった。
その夜、ユウキは寝床に入りながら、これまで感じていた自己否定が少しだけ軽くなったことに気づいた。自分の中に芽生えた「苦しみの意味」という新しい視点。それは、過去を単なる痛みではなく、成長への道として受け入れる力を彼に与えていた。
「苦しみを種にして…か。僕も、そういう生き方ができるだろうか。」
薄明かりの中、彼の目には未来への小さな光が見えていた。それは希望のようであり、次に進むための小さな指針でもあった。ユウキはその光を頼りに、心の中で新しい一歩を踏み出す準備を始めていた。
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