第11話 小さな灯火
ユウキは、冷たい朝の空気を吸い込みながら目を覚ました。窓から見える風景は、濃い霧が山を覆い、光がぼんやりと差し込む幻想的な景色だった。その静寂の中で、彼の心にはこれまでとは違う落ち着きがあった。
昨晩、心の中の「影」と対話した経験は、ユウキに新たな視点をもたらしていた。都会での苦い思い出だけが自分の過去ではない。そこには、困難を乗り越えたときの達成感や、誰かに助けられた瞬間の温もりもあった。それに気づいたことで、ユウキは「過去」という重荷の中に小さな希望を見つけたのだ。
朝食の席で、サキはユウキの穏やかな表情に気づいた。
「昨夜はよく眠れたみたいだね。」
「うん…。なんだか心が軽くなった気がするよ。」
ユウキはそう言いながら、自分の心に灯った小さな光について話し始めた。過去をただ否定するのではなく、そこに隠れていた大切なものを見つけたこと。失敗の裏側にある学びや、人との絆の価値を思い出したこと。
「自分の中にも、こんな灯火があったんだって初めて思えたんだ。」
サキは微笑みながら頷いた。
「それは素晴らしいことだよ、ユウキ。どんなに小さな灯火でも、それに気づくことができれば、それを大きくすることもできるんだから。」
その日、サキはユウキを村の広場に連れて行った。そこには古い井戸があり、周囲を囲む苔むした石が、長い年月を物語っていた。
「この井戸はね、村の人たちが何世代にもわたって使ってきたものなんだ。最初はほんの小さな水たまりだったけれど、みんなで少しずつ掘り下げて、こうして立派な井戸になったんだよ。」
ユウキは井戸を覗き込みながら考えた。水面に映る自分の顔が、どこか以前より穏やかに見えた気がする。
「僕の中の灯火も、この井戸みたいに少しずつ大きくしていけるのかな。」
「もちろんさ。でも、そのためには自分を信じて、毎日少しずつ行動を積み重ねることが必要だよ。」
サキはそう言いながら、小さな木の器に井戸水を汲み、ユウキに差し出した。
「この水の味を覚えておきなさい。冷たくて澄んでいるけど、これはたくさんの人の努力と自然の恵みがあってこそのものなんだ。自分の中の灯火も同じように育てることができるよ。」
その夜、ユウキは祖母の家の縁側で夜空を眺めていた。満天の星が広がる中、彼の心には不思議な充足感があった。
「自分の中の灯火…。これがどんなに小さくても、それを守り育てることが、僕にとって大事なことなんだな。」
彼は過去の傷を思い出しても、それを以前のように恐れることはなくなっていた。むしろ、その傷が自分の物語を形作る大切な一部であることを認められるようになっていた。
そして彼は、次に何をするべきかを考え始めた。都会に戻るか、それともここで新しい生活を始めるのか。未来への不安が全くないわけではなかったが、その不安の奥には新たな可能性の芽生えが感じられた。
「この灯火を頼りに、もう一度やり直せるかもしれない。」
そう心に決めたユウキの目には、星明かりが反射してきらめいていた。それは、彼が次の一歩を踏み出すための静かな決意の証だった。
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