ネヴァーマインド
スロ男
Don’t you worry ‘bout a thing.
「意見をのむ」は、飲むなのか呑むなのか。そんな益体もないことを考えたのは、あまりにも馬鹿げた案だったからだ。
博士はいった。「人を進化させるためには、通常の時間と環境ではもう間に合わないだろう」
「ですが博士」と私は反論した。「だからといって順応性の高い赤子を溺れさせるなんて、倫理に反してると思います」
「溺れさせるわけではない」
博士は本気のようだった。
「生きるか死ぬかの過酷な環境こそ、人を進化たらしめる必要条件だ。進化した人類は、水中で自在に生きるだろう。それに、人は生まれる前、確かに水中にいるのだ」
(酸素を供給するパイプを持ってるけどな……)
心の中でひとりごちたあと、興奮状態にある博士へ、一言申し上げた。
「あなたがいうアイデアは——そもそも楳図一夫の剽窃にすぎない。五十年以上前に描かれた怪奇漫画の世界だ」
そう、あれはフィクションにすぎない。無理やり水中に落とされた少年が棒や何かで突かれ、苦しむうちにガバッとエラが開くなどといったことは、生物学的にありえない。
「だが、だがッ!」
もう時間がないのだ、と博士はいって泣き崩れた。私は博士の頭を抱いて、背中をとんとんと叩いてあげた。
プールでは、私たちの子が、笑顔で泳いでいる。まるで旧き佳きロックの、ニルヴァーナのジャケットのように。
私は博士の左手にある指輪をそっと挟み込むように摘んだ。
あまりにも馬鹿げた意見、あまりにも非科学的な発想にも、すがらなければやりきれないこともある。
「わかりました」
と、私はいった。
おそらく、我が子は単に溺れて死ぬだけだろう。けれど、試さなくてもどうせ溺れて死ぬだけなのだ。
ならば。
「心を鬼にして、あの子を沈めましょう」
日本が完全に沈没する前に。
ネヴァーマインド スロ男 @SSSS_Slotman
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