Periwinkle ――軍師と、彼を救った魔女の記憶

神酒紫

1章 出会い

第1話 村娘と軍師

 私が魔女だと知ったのは、ボーイフレンドになったかもしれない人を殺した時だった。

 彼は口を魚のように開けては閉じて、胸元を掻きむしって倒れた。嫌な静寂が続き、どこからか美しい声が聞こえてきた。


「私の力を受け継ぎし者よ、喜べ、あなたは風の魔女。大気はあなたが望めば従うだろう」


 声が途絶え、私が今いるのは、なぜか収穫祭前日の朝だった。井戸の前で顔を洗う。


 水をすくった手が震えた。まさか、あれは夢?

 

 顔に張り付いた薄茶の髪をはらいのける。風が濡れた頬をなで、確信めいた想いが心に浮かんだ。


——何かが、大きく変わる。


 でも、同時に私の心には平凡な日々を望む気持ちがあった。


 人影が見えた。黄金色の小麦畑の間の道を真っ白な色が進んでくる。国王軍を意味する紺色の軍服姿は、この牧歌的な村に似合わなかった。その人は足元を熱心に見ながら歩いているらしく、私に気が付いていない。新雪を閉じ込めたような……アイスブロンドの髪に視線が吸い込まれる。ふと相手が顔を上げた。


 目があった気がした。


 気まずさに井戸の水を汲むふりをする。反射的に、どうかあの人がこちらへ来ませんようにと願う。しかし願いに反して、土と草を踏み進む音が近づいてきた。

 

「おはようございます、お嬢さん」

 

 低い声。しかしそれは明るく親しみのこもった印象を受けた。さすがに声をかけられて知らないふりはできない。


 振り向くと相手は真冬を彷彿させる冷たい風貌だった。刈り込んだ白銀色の髪に顔立ちは綺麗だけれど無表情。何よりも黒の瞳が何を考えているのかまったく予想できない。同年代の女子たちだったら神秘的な美貌、とでも言うだろう。背は高く、軍服の胸に方位を指し示す星の飾りがきらめいていた。


 相手の視線に戸惑う。何の用だろう。

 

「国王軍占星軍師のエドガー・クリアアイズです。あなたにおたずねしたいことが……極めて危険な人物を探しています」

 

 占星軍師? 


 危険人物についてきかれているのだから、今考えるべきではない。私は水の波打つバケツをさげながら視線を足下に這わせた。


「どのような人です?」


 すると相手は私の顔を覗き込んだ。


「魔女です」


 心臓が一拍跳ねた。

 私は身じろぎもせず手短に知らない、とだけ否定した。すると、

「そうですか」

 と、軍人の喜びの滲んだ声。私は疑問が浮かぶ。


「……魔女狩り、ですか?」

 私の勘繰るような言葉に相手は落ち着いた声で返した。

「まあ、ある意味では」

 はっきりしない答えだ。

 私は彼の去る後ろ姿を眺めた。


 先ほど心臓が一拍跳ねたのは、今朝自分が魔女だと宣告される白昼夢らしきものを見たからだ。体を震えが通り抜ける。


 私は大丈夫だと自分に言い聞かせ、ただ平穏な日々が続くことを祈った。

 

 バケツの水を井戸に返し、納屋の趣味で作ったカボチャの小山を見に行った。いい感じにオレンジ色に熟れている。祭りの飾りとして悪くない。


 朝食を食べ終え緑の麻のドレスに前掛けをして村の広場へ向かった。冬越しのために薪を調達するのだ。


 広場では村の女子たちが洗練された作りの軍服の男たちを取り囲み、いつになく賑やかだった。

 そこでジョンという知り合いに踊りの相手に誘われた。ジョンは不機嫌だった。もともと踊る約束をしていたケイトに、群衆の面前で「今年は彼と踊るの」と軍服の兵士と腕を絡めながら断られたらしい。ケイトは村一番の美人。選ぶ権利は俺にもある、とジョンは苦々しげだった。

 

「……ジョン、申し訳ないけど私は誰とも踊る気はないわ。諦めてちょうだい」


 誰とも、と言葉に力を入れて私はその場を離れた。


 同世代たちが浮かれている中、黙々と祭りと冬越しの準備をする私を、物陰から私を見る両親の視線が煩わしいくらいに刺ささる。


 暇になり緑の毛糸で編み物を始め窓の外を眺めていた。月が空を群青に照らし、静かな風景だった。大気は過ぎ去りし夏の陽に焼かれた植物たちの、香ばしく懐かしい香りで充満している。この季節の色に世界が人を魅了する魔法のような力があると思う。

 

 思い馳せていると視界に灯りが現れた。視線を移すとカンテラを持った人が森へと入ってゆく。見間違いでなければ、井戸のそばで会話した軍人、だったような気がする。


 夜の森は危ないのでマーロウの住民ですら入らない。今私が見に行かなくとも、どうせ明日には村の噂で何が起きたか聞けると思い放っておいた。

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