第12話

朝、目を覚ますと隣に湊さんはいなかった。

 視線をキッチンへとずらすと湊さんはそこに立っていた。

「湊さん」

 俺は湊さんに声をかけた。

「おはよう。やっと起きたなお寝坊さん」

 スマホに手を伸ばし時間をみると十二時を少し回っていた。

「もうお昼過ぎだ。湊さん今日バイトは?」

「今日は休みだよ。あ、コーヒー淹れようとしてたんだけど飲む?」

 俺は上半身を起こし、「うん」と返事をした。

 二人くっついて湊さんの淹れてくれたコーヒーを飲む。

「お腹空いた」

「じゃあどこか食べに行こっか?うち食材がないからお昼作れない」

 二人で過ごしていた時は食材沢山あったのに。やっぱり湊さんには俺がいなきゃだめだ。

そう思うとニヤニヤと笑ってしまった。

「なにニヤニヤしてるの?」

 湊さんは不思議そうな顔をしてそう聞いた。

「いや、なんでもない」

 それから湊さんは着替え、俺は昨日着てきた洋服を着て外へでた。

「今日はなんだか暑いね」

「うん。もう夏になろうとしてる」

 二人は並んで歩く。

 湊さんの側をもう離れない。こうやって二人で並んで歩き続けるんだ。いつまでもいつまでも。

 駅の近くにチェーンのレストランがあるのでそこで昼食を食べた。

 お昼を食べ終わり、店でゆっくりしていた。

「仕事どうするか決めたの?」

「ううん。まだ決めてない。だって湊さんの事しか考えられなかったんだもん」

「俺だって会えない日々は朝陽の事しか考えられなかったよ」

 ふふふと笑いあい、「そうだ。来週の土曜日ライブあるからおいでよ。チケット一枚確保してるから」と湊さんは言った。

「ありがとう。久々の湊さんのライブだな。楽しみだよ」

「今日は泊まっていく?」

「ううん。今日は帰る。着替えもないし一回家に帰るよ」

「そか」

 湊さんはちょっと寂しそうな顔をしていたが、また笑顔になり、「また一緒に住めたらいいね」と言った。

 家に帰るとまだ母親は帰ってきていなかった。夕飯でも作ろう。そう思い、母親に夕飯作るから何も買ってこなくていいよと連絡を入れた。

 今日は冷やし中華が食べたい気分だった。簡単だしいいだろう。

 野菜を切って麺の上にのせるだけだ。

 スーパーへ買い出しに行き、帰ってきて部屋でゆっくり過ごしていた。

 母親が帰ってきたので料理を始める。

「夕飯作ってくれるなんて珍しいわね。それに朝陽、料理なんて作れたのね。なんかあったの?」

「ん?特に何もないけど」

 俺は平静を装った。

 それにしても母親は最近お洒落になってきていた。

「お母さんこそ最近何か良い事あったの?」

 母親は明らかにうろたえていた。

「え?いや。お母さんだって何もないわよ。ってそんな事より今日の夕飯は何作ってくれるの?」

 母親は話をはぐらかした。何かあるな。そう思うも自分の事もあるしそれ以上追及しない事にした。

「冷やし中華だよ。もうすぐできる」

 二人で食卓を囲むのは久々だ。

「こうして二人で食べるのもいいわね」

「そうだね」

「そういえば湊君とは仲良くやってるの?」

 俺はドキっとした。昨日仲が戻ったなどというとまた色々話さなければならない。

「うん。仲良くやってるよ」

「そう。それなら良かった」

 湊さんの事を話すと母親の表情に陰りがみられたが、今はそんな事はなく、なんだか逆に嬉しそうだった。

「そうだ。お母さん色々考えてたの。朝陽も仕事辞めて一歩踏み出して、これから朝陽の人生もあるだろうし。お母さん引っ越そうかなって思ってるんだけど、朝陽はどう思う?お母さんと一緒に引っ越したいって思うなら一緒に引っ越すけど、湊君と一緒に住みたいと思うならそれでもいいし」

 急にどうしたのだろう。一人でもやっていけるようになったのだろうか。

 色々な疑問が頭をよぎったが、「少し考えさせて。あ、でも答えは早い方がいい?」と色々追及せず返事をした。

 うーんと母親は手を顎にあてて、そうね。早めに答え聞けると嬉しい。と言った。

 選択しなければならない事が沢山だ。仕事の事に家の事。自分の人生にとって重大な選択を今色々と迫られている。

 この選択を間違えないようにしなければ。


 湊さんのライブは久々だ。

 今までこじんまりとしていたライブハウスで歌う事が多かった湊さんだが、今はそれより少し大きなライブハウスでライブをしている。ライブハウスへ着くともう人が沢山待っていた。いつか湊さんは俺の手の届かないような人になってしまうのだろうか。それでも付き合ってくれていたらいいな。湊さんが有名になっていくのは少し寂しい気持ちもしたが、嬉しく喜ばしい事だと自分に言い聞かせていた。

 ライブハウスは立ち見だった。真ん中辺りに俺は立っていた。

 湊さんの出番は最後だ。

 それまで知らない人の歌を聴いて、周りに合わせて手を上げたりした。

 湊さんの出番。

 久々に観る湊さんはやっぱり妖艶で人を惹きつける何かがあった。歌が始まり俺はその歌に聴き入った。

 そして最後。湊さんのMCだ。

 ふと目があった。そして湊さんは俺をじっと見つめた。

「次で最後の曲になります。これは俺の大切な人へ書いた歌です。その人にはすごく迷惑をかけました。それでも俺を信じてくれていた大切な人です。その人がいなかったら今の俺はいないと思います。それでは聞いてください。『誓い。朝陽へ』」

「えっ」

 今なんて言った?朝陽って言った?ああ。朝日の間違いかな。でも朝陽へって。

「さよなら

 それだけを残して俺は去った

 けれど忘れる事ができなくて

 俺達は結ばれてはいけない

 そう思った。けれど・・・

 朝陽

 いつも側に君を感じていたよ

 君も俺を感じてくれていたんだね

 ごめんの言葉が言えなくて

 今言うよ。ごめん

 これからはずっと一緒だ

 君と一生一緒に歩いていこうと誓った」

「湊さん・・・」

 目頭が熱くなった。そして頬には沢山の想いが伝っていった。それらは全て流れ落ちて、綺麗な想いが新に作られていった。

 ありがとう。湊さん。

 ライブが終わり、皆外へと出ていった。

 俺も外へ出て深呼吸をした。

 夏の空気が肺に入ってくる。

 今までは一緒に帰れたが今はファンの人がいるので一緒に帰る事が出来ないと湊さんから事前に言われていた。

 けれど・・・。俺のポケットには大切な鍵がしまわれている。

 湊さんの家の鍵だ

 俺は湊さんの住んでいる家へと帰った。

 夜遅くに湊さんも帰ってきた。

「湊さん。ライブお疲れ様」

 ああ。お疲れ。と指で頬を掻いていた。

「歌。ありがとう。とても心に響いたよ。湊さんの気持ち受け取った」

「そうか。良かった」

 湊さんは目を合わせようとしてくれなかった。俺は湊さんの前に立つと、湊さんの顔を手で包み正面を向かせた。

「目、合わせて」

「あ」という湊さんの唇に唇を重ねた。

 これからもずっと一緒にいようね。

 唇を離し、「ねえ湊さん。俺と一緒に住まない?」と言った。

「今も住んでるじゃん」

「そうじゃなくて。本格的に二人で探して二人の家を見つけて住もうって事。この家だと一人用だからちょっと狭いでしょ」

「え?でも親の事とかお金の事とか大丈夫なの?」

「うん。お母さんがね。なんか引っ越したいらしいんだ。それで湊さんと住みたいならそうしても良いって」

 湊さんはぱっと笑顔になり、「住もう一緒に。探そう」そう言った。

「蓼丸さんにも報告しなくちゃね」

「そうだね。親父にも言わなきゃだな」

 

 蓼丸さんと湊さんと俺の三人で会う約束をした。お店は蓼丸さんが決めてくれるという事で蓼丸さんに甘えた。

 湊さんと家を出て蓼丸さんが指定したお店に入る。

「ねえ。なんか高そうなお店じゃない?」

「うん。中華で高そう・・・」

 二人はその店の佇まいに怯んでしまった。

「蓼丸様ですね。こちらです」

 店員に案内されて個室に通された。

 蓼丸さんはもう来ていて座っていた。

 と・・・。

「えっ?」

 俺は素っ頓狂な声をだしてしまった。

「えっと・・・」

 湊さんも戸惑っていた。

 蓼丸さんの隣には俺の母親が座っていた。

 母親は恥ずかしそうに、でもしっかりと俺ら二人を見ていた。

「ささ、座って」

 蓼丸さんは平然とそう言った。

 俺らは目を見合わせて、それから案内された席へと座った。

「今日はコースにしてあるから料理決めたりしなくていいよ」

 まだ平然としている蓼丸さんに、「あの、親父?」と湊さんが言葉を発した。

「ん?なに?」蓼丸さんはこともなげにそう言った。

「いや、何って、なんで朝陽のお母さんもいるの?」

 蓼丸さんは母親を見てから「ああ、そうそう紹介します。今度再婚する事にしました。天馬さなえさんです」

 じゃじゃーんと効果音が聞こえてきそうな紹介の仕方に俺はぷっと笑ってしまった。

 湊さんは俺を一瞥し、「なにそれ」と言った。

「二人も仲が戻ったって聞いて。今のタイミングで二人にもきちんと紹介しようと思ってさ」

 湊さんを見ると口をぽかんと開けていた。

「だからお母さん引っ越そうかなって思ってるって言ってたんだね」

「そう」

 お母さんは恥ずかしそうに頬を赤らめていた。

「そういう事じゃなくて。どうしてそうなった?」

 湊さんはこの状況がのみこめない様だった。俺もビックリはしたけれど、最近の母親の変わりぶりにこういう事だったのかと納得してしまった。

「湊に写真見られて本当の事を話してからかな。元々さなえさんの住んでいる場所知ってたし、さなえさんに会って話をしたんだ。そしたらさなえさんも湊の事を紹介されたって言ってて。なんか昔の事を思い出して懐かしくなっちゃってね。二人でまた会うようになった。それで今お互い一人だから結婚しないかって私から告白したんだ」

 蓼丸さんは母親を見て、ね。と言った。母親は、うんと頷いていた。

「いいじゃん。って事は蓼丸さんが俺のお父さんになるって事?」

「うん。そういう事になるかな。これからは天馬君って呼ばないで朝陽君って呼ぼうかな」

 はははと笑う蓼丸さんに湊さんは肩をすくめていた。

「朝陽でいいですよ」

 家族が増えた。蓼丸さんが本当のお父さんで、戸籍上も父親になるのだ。

 そして湊さんとは本当の家族になった。


 日本では同性婚が出来ない。だから湊さんが何か急な病気や事故があった時に立ち会えない。けれど家族になれば立ち会える。逆も然りだ。夫夫にはなれないけれど兄弟でもいい。それはただの紙の上の話だから。気持ちは湊さんと夫夫だ。

 蓼丸さんと母親と会って二人が再婚する事になったと知って、もう母親にお金を渡す必要もなくなったとほっとした。それからすぐに湊さんと部屋を探し、二人は一緒に住む事になった。

 それから湊さんの曲。『誓い。朝陽へ』は動画再生回数百万回という大ヒットになった。そして佐藤湊という歌手が世の中の人達に知れ渡った。

 湊さんは忙しくしていたけれど、休みが合うと二人で出かける事もあった。二人で外を歩くと必ず誰かに湊さんは声をかけられた。サングラスに帽子を被っていても、分かる人には分かるらしい。

 俺は松田さんの話を受け入れ、事務の仕事を始めた。最初は大変だったけれど、慣れてきたら楽しくて充実した毎日を送っている。

 母親は蓼丸さんの住んでいた一軒家に一緒に住み始めた。仕事は週に三回位するだけにして、家事や今まで出来なかったガーデニングなんかも楽しんでいるそうだ。

  

 今日は久々に二人で休みが合った日。

 ベランダに出て太陽にあたりながらコーヒーを飲んでいた。

「ねえ湊さん」

「何?」

「俺の事好き?」

「なんだよ急に」

 湊さんは恥ずかしいのか太陽が眩しいのか、目を細めていた。

「ちょっと聞いて見たかっただけ」

 湊さんは俺に顔を近づけて頬にキスをした。

「これが答え」

 風が頬をかすめた。

 くすぐったい。

 太陽の光が二人を照らす。赤くなった頬は冷める事なくずっと赤らめていた。

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禁断の恋と天使の歌声 森良 さく @atsushi-atsushi

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