おまえみたいな変態が勇者なわけないだろっ!!

さーかい

第1話

 小さなころから勇者に憧れていた。

 勇者みたいになることを〝夢〟見ていた。

 いつごろからだったろう。あれはわたしが、とある理由で塞ぎ込んでいた時だったか。語ると長くなりそうだから割愛するけど、とにかくわたしは猛烈に憧れていた。文字通り、世界を救った救世主である勇者に。


 魔王の娘で魔族であるわたしが(頭の角は小さすぎて髪に隠れちゃってるけどわたしは立派な魔族だ)勇者に憧れるだなんて変だと思うやつもいるかもしれない。それはまあ、わたしもなんとなくわかる。しかしだ、憧れてしまったものはしょうがないじゃないか。


 勇者の冒険譚はすべて読破したし、擦り切れんばかりに何度も読み返しもした。魔王、もとい、いつもうっとおし……わたしのパパを【秘天剣 星砕き】で倒すところはカタルシスを禁じえなかった。他意は無い。


 特にそのあとの勇者とパパが和解し、共闘して神々に立ち向かうシーンなんかは、それはもう最高にカタルシスだ。どうしようもなくカタルシスなのだ。カタルシスっちゃっているのだ


 スマートで恰好良くて、飄々としているが実は優しくて、なにより強い、勇者の姿に憧れた。そしてそんな勇者に憧れたカタルシスっちゃってるわたしが、勇者のように冒険をして世界中を見て回りたいと思うのは必然だと思うのだ。


「ううぅ……今回も捕まってしまった……」


 というわけで、わたしは度々こうして城を抜け出している。……抜け出しているのだが、今日も今日とて護衛のダイナにつかまってしまった。

 パパは過保護なんだ。周りはわたしに立派な魔王になれと言うくせにパパはわたしに仕事を一切やらせようとしないし、街には出るな、城からも出るな、というか部屋から出るな、危ないからな。こんな具合だ。


 なーにが危ないだ。真に危ないのは、「ありすにゃん♡」とか言って、なにかとわたしにちょっかいを出してくるどこかのおじさん魔王の頭の中だろうに。

 わたしは、そんな縛られた日常が退屈で仕方がない。そりゃあ、わたしだってパパが心配してくれているのはわかっているし、パパはわたしの行動を制限する以外は基本的にちょろいし優しいのだけれど、わたしはもう16歳だ。そんなことを言われる年齢ではない。


 ダイナもダイナだ。最近は、「まったく、アリス様は。いつもいつもどうやって城から抜け出しているのですか……?」と、これが口癖になっているほど。どうやってって、普通にダイナが仕事をさぼって昼寝をしている最中に抜け出しているのだが。


「はあ……さて、と」


 わたしはため息をつきながら、自室から出る。そしてこんなことならもういっそ、勇者のようにあの子離れできない変態おじさん魔王を倒してしまおうか……などと考えていたその時だった。


「ん……?」


 わたしの目の前、魔王城の廊下には、なぜか〝白いうさぎ〟が一匹佇んでいた。うさぎはくりくりとしたピンク色の瞳でわたしを見つめてくる。

 ……なんで魔王城に白うさぎがいるんだ。誰か飼い始めたのか?


 ……かわいいなおい。


 そんなことを思ってわたしはかがみ、そのうさぎを撫でてみようとした瞬間だった。


「……わわっ! ち、ちょっとまってよ!」


 わたしに触れられるのが嫌だったのだろうか。うさぎはわたしに背を向け、全速力で駆けて行ったのだ。


 ……おかしい。わたしは昔から動物には良くなつかれる体質なはずなのに。

 放置するわけにもいかずわたしはうさぎを追いかけると、うさぎは魔王城のとある一室に入り込む。わたしも続いてその部屋に入ったのだが、わたしの目の前に広がった光景は少々奇妙なものだった。


「なにこれ……とびら?」


 部屋の中に入ったはずのうさぎの姿は見当たらず、その部屋の中にはでっかい扉がただ鎮座しているだけだった。しかもその扉、ほかの部屋とも繋がっている様子はない。なにせ、部屋の真ん中に置いてあるのだから。そして、その扉からは金色の光が発せられていた。


 なんだ? この扉。明らかに普通の扉ではない。なんか光ってるし。もしかして、入ったらどこかに転送される、とか? そんな魔道具があるらしいことをパパから聞いたことがある。どこでも……なんだっけ。

 わたしはうさぎのことなど忘れ、おそるおそる扉の中に手を突っ込んでみる。


「んんん……?」


 しかし、何も起こらない。ただ扉の中に手を突っ込んだだけ。なんだ? 壊れてるのか? それともなんの変哲もない扉、なのか?


「てやっ」


 そんなことを確かめるために、わたしはとりあえず扉にチョップしてみた。これも昔パパから聞いたことなのだが、モノは叩くと大抵直るらしい。わたしと一緒にそれを聞いていたダイナは折れた剣を叩いていたけれど。あいつはたぶんアホの子だ。


「……」


 うーん……なにも起こらない。ただの扉だったのだろうか。そう思い、踵を返そうとした瞬間だった。パアアア、とものすごい勢いで、扉がより一層輝き始めたのだ。


「お、おおおお!」


 やっぱりこれは魔道具だ! わたしの見立てに狂いはなかった!


「やったやった! これがあれば、城など頭を使わずとも抜け出せちゃうぞ!?」


 わたしは嬉しさのあまり、その場でぴょんぴょんと跳ねる。そして、


「……よし!」


 とりあえず、入ってみよう。どこに繋がっているかくらいは確かめておきたい。なに、危険な場所であったならすぐに帰ってくればいい。


「そうと決まったら、さっそく! 開け、ゴマ!」


 扉はすでに開いているのだけれど。わたしは昔読んだことのある本のワンフレーズを唱えて、扉の中に飛び込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る