8-1 風の扉ー試練に向けて
――早朝、レヴァンは学園から離れた場所にあるギルド支部を訪れた。
前日の模擬戦で疲労が残っているはずなのに、その足取りには迷いがなかった。
(昨日の幻風庵げんぷうあんでの食事が良かったな。コールが言うだけある。また行こう。)
彼の今日の目的は明確だった――新たな冒険への準備と出発だ。
ギルドの建物は石造りで重厚感があり、朝の薄明かりの中で荘厳さを放っていた。
中に入ると、数人のギルド職員が忙しそうに行き交い、掲示板には新たな依頼が所狭しと貼られている。
レヴァンは職員に軽く挨拶を交わし、掲示板に目を向けた。
「おはようございます、レヴァンさん。新しい依頼をお探しですか?」
受付の女性が声をかけてきた。
レヴァンは頷きながら、掲示板の依頼内容を確認した。彼の目に留まったのは、星喰いの小規模な群れの討伐依頼だった。場所は風の祠へ向かう途中の山道に近い。
「これを受けたい。」
彼は依頼書を指差し、受付に伝えた。
「その依頼ですね。最近、近辺で星喰いの出現が増えていて困っています。お気をつけて。」
彼女から詳細を受け取り、レヴァンは準備を整えるため街へと向かった。
――街の朝は眩しい光と喧騒に包まれていた。
太陽の光が石畳に反射し、行き交う人々の声が生気を与えるようだった。
市場では鮮やかな色彩の果物や野菜が溢れ、活気に満ちた商人たちの声が響き渡る。
そこには豊かさと繁忙が混在していたが、レヴァンの目は目的の品物にしっかりと向けられていた。
彼は真っ先に市場の食料品を扱う店へと足を運んだ。
棚には干し肉や乾燥果実、携帯用の保存食が整然と並び、香辛料の香りが漂っている。商人たちの明るい呼び声の中で、彼は目立たぬよう慎重に選んだ。
「旅人かい?この干し肉は保存が利くし、味も申し分ないよ。」
一人の商人が彼に小さな包みを差し出す。
その中にはハーブで味付けされた干し肉が入っていた。
「これをいただこう。それと、乾燥果実を二袋、あと固いパンも頼む。」
「お目が高い。このパンは日持ちが良くなるように改良されていて、腹持ちも抜群さ!」
レヴァンは丁寧に革製の小袋に詰め込みながら、三日分は余裕で持つ量を確保した。
「これで十分だろう。」
彼は小声で自分に言い聞かせ、次の目的地へと向かう。
仕立て屋は市場の喧騒から少し離れた場所にあった。
木造の落ち着いた店構えが、騒がしい街並みの中で異彩を放っていた。
中に入ると、革や布の香りが鼻をくすぐり、丁寧に陳列された軽装や鎧が目を引いた。
「旅の装備を探しているのかい?」
店主は年配の男性で、手には仕立て中の装備があった。
「動きやすさと耐久性が必要だ。戦闘を想定している。」
レヴァンの言葉に店主はうなずき、彼を案内した。
「これはどうだい?軽量な革を使用しているが、星喰いの攻撃から身を守る工夫もある。肩から腰にかけて補強されていて、長旅にも耐えられるぞ。」
黒と茶色の革を基調とした軽装が彼の目に留まった。
装備には実用性と共に装飾的な金具が施され、重厚感がありながらも無駄がないデザインだった。
「悪くないな。試着させてもらう。」
試着室に入り、軽装を身に纏う。
革の質感はしなやかで、肩や肘の動きも制限されない。
腰には様々な道具を収納できるポーチも備わっている。彼は鏡の前で少し体を動かし、装備の感触を確かめた。
「ぴったりだ。」
支払いを済ませると、彼は新しい装備を身に纏ったまま店を後にした。
最後の目的地は騎乗動物を扱う厩舎だった。
街の外れにあるその場所は、騎乗動物のヴェイルステッドで知られていた。
風のように俊敏で強靭な体を持つこの動物は、旅人や星紋術師の間で重宝されている。
レヴァンは、星紋術による身体強化で移動することも考えていたが、今回は精霊の試練を想定しているため、なるべく移動で消耗しないよう騎乗動物を借りようと決めていた。
厩舎に近づくと、低い鳴き声と共に、大型の四足動物が彼を出迎えた。
その姿は優雅で、流れるような長いたてがみが特徴的だった。
「このヴェイルステッドはどうだい?」
厩舎の管理人が笑顔で一匹を指差す。
そのヴェイルステッドは全身が青灰色に艶めき、目には知性の光が宿っていた。筋肉質な体つきと高い脚が、俊敏さと力強さを物語っている。
「見事な個体だな。耐久力と速度は問題ないか?」
「もちろんだとも。どんな道でも進んでくれる。おまけに気性も穏やかだ。」
レヴァンはそのヴェイルステッドの頭を撫で、その目をじっと見つめた。
そこには信頼の兆しがあった。
「頼もしい相棒になりそうだな。こいつを借りる。」
必要な手続きを済ませ、レヴァンはヴェイルステッドに調達した食料や寝具を固定し、準備を整える。
鞍に跨またがると、ヴェイルステッドの体温が彼に伝わり、旅の相棒としての存在感を感じさせた。
「さあ、行くぞ。」
街を出る道中、朝日が輝き始め、彼の進む先を照らしていた。
装備を整えた背中には、確固たる決意が宿っている。ヴェイルステッドの軽快な足音が大地を叩き、そのリズムに合わせて彼の心も高鳴った。旅の始まりを告げる風が、彼の頬を撫でていった。
街を出発する頃には、太陽が山の端からようやく顔を覗かせていた。
朝の冷たい空気が肌を刺す中、レヴァンは新調した革装備の感触を確かめながら、鞍の上でヴェイルステッドのたてがみを軽く撫でた。
ヴェイルステッドは鼻を鳴らし、主の言葉を待つように前脚を軽く踏み鳴らした。
「行こう。」
その一言に応じるように、ヴェイルステッドはスムーズに動き出した。
蹄が石畳を叩くリズムが規則的に響き、舗装された街道を快適に進んでいく。
風がレヴァンの頬を撫で、街の喧騒が次第に遠ざかっていくと、彼の心は次第に目の前の旅に集中していった。
遠くには緑の山々が広がり、木々が風に揺れる音が微かに聞こえる。自然の静けさが彼の耳を包み込む中、彼は食料袋を確認し、道中に備えて頭の中で計画を立てていた。
山道への入り口が見え始めた頃、レヴァンの鋭い目が周囲を捉えた。
そこには不規則に動く影――星喰いの群れが見えた。
小規模ではあるが、その動きは素早く、油断のならない相手だ。
「ここで、一仕事だな。」
ヴェイルステッドの速度を緩め、彼は軽やかに地面に降り立った。
腰の剣を引き抜くと、鋼の光が朝日に反射した。
ヴェイルステッドはその場で静かに立ち止まり、星喰いが人間にしか攻撃しないことを理解しているのか、落ち着きを崩さない。
星喰いたちがレヴァンに気づき、低い唸り声を上げながら彼に向かって一斉に動き出した。その様子は、まるで獲物を追い詰める狩人のようだった。
レヴァンは星紋術を発動し、風の力で剣を強化した。
軽快な足運びで距離を詰め、一匹目の星喰いに刃を叩き込む。
風の刃が硬い外殻を切り裂き、赤い液体が飛び散った。
他の個体が、彼を囲むように位置を変えた。
その動きは統率されているように見え、一瞬、緊張がレヴァンの背筋を走った。
だが、彼の手は迷うことなく剣を構え直し、体を低く沈めた。
一匹の星喰いが鋭い爪を振り下ろしてきた。
その速さは驚異的だったが、レヴァンはその動きを読み切り、横へ跳んでかわした。隙を逃さず、火属性の星紋術を発動。
「炎弾(えんだん)!」
放たれた炎の玉が星喰いを包み込み、一瞬で動きを止める。
焦げた匂いが辺りに漂い、残る星喰いたちが警戒して動きを変えた。
「ふむ、知性があるわけじゃないが、本能で対応しているか……。」
レヴァンは息を整え、さらに間合いを詰めた。
星喰いの一匹が突進してくる。その巨体は地面を揺るがしながら迫ってくるが、彼は冷静だった。
「風華連陣(ふうかれんじん)!」
足元に巨大な光の陣が浮かび上がり、花びらのように優雅でありながら、鋭い風の刃が生成される。それらが一斉に突進してくる星喰いを取り囲み、攻撃を集中させた。
範囲内にいた他の星喰いも切り裂き、彼の視界に入っていた星喰いを一掃した。
しかし、彼の背後から別の星喰いが静かに接近していた。
「......!」
直感が彼の動きを救った。
レヴァンは背後を振り返りざまに剣を振り上げ、間一髪でその牙を防いだ。
その衝撃が腕に伝わり、力の強さを実感させられる。
「さすがに厄介だな。」
再び風の星紋術を使い、吹き飛ばされた星喰いに追撃を加える。
戦いの緊張感がピークに達する中、彼の動きはさらに研ぎ澄まされていった。
最後の星喰いが地面に倒れ、赤い血を残して動かなくなった。
レヴァンは剣を鞘に収め、汗を拭いながら深呼吸をした。
「ふう……。これで依頼完了だ。」
彼は周囲を確認し、すべての敵が討伐されたことを確信した。
その目には疲労の色が浮かんでいたが、同時に新たな覚悟も宿っていた。
ヴェイルステッドの元に戻ると、穏やかな目で彼を迎えた。その視線に癒されるような気持ちで、彼は軽く笑みを浮かべた。
「まだ道半ばだな。この山を越えた、さらに先か。」
再び鞍に跨ると、蹄の音が地面に響き渡り、彼らは静かに旅を再開した。
山道へと続く道は徐々に険しさを増し、その先に待つ未知の試練への期待と緊張が彼の胸を満たしていた。
彼の背中には新調した装備が輝き、風に舞うヴェイルステッドのたてがみと共に、道は広がっていった。
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