病葉~プリンセス・アノレクシア
エフ=宝泉薫
生まれ変わる方法(1)
「芸名が決まったぞ」
「はい」
担当マネージャーの富田に、社長室に行くように言われたときから、おそらくその話なのだろうと、葉子は予想していた。
「本名が地味すぎるからな。お前は芸名で行くから」
半月くらい前に、直接そう言われたことを、今もはっきり覚えている。
「伊藤葉子」という本名が地味なことは、自分でも承知していたし、正直、好きでもなかったから、芸名にされるのは構わない。
でも、社長のセンス、信用していいのかな。
疑っていることを悟られないよう、笑顔を作りながら、次の言葉を待つ。
「伊吹さくら。伊は伊藤の伊で、吹は吹雪の吹、さくらは平仮名。
悪くないだろ。
お前はキャラも地味だから、せめて華のある芸名を、と思ってな」
伊吹さくら、か。
ちょっと古くさくて、昭和の芸能人みたいだけど、桜は好きな花だし、まぁいいか。
それより「キャラも地味」って言われたことが、なんか引っかかる。
本名と同じで、という意味にとればいいんだろうけど、見た目と同じで、と言われている気がして。
そういえば、初対面のとき、社長はこんなことも言っていたっけ。
「今どき、こんな地味な子がこの業界に入ってくるんだな。
いや、これはある意味、褒め言葉なんだけどさ」
そう、地味なことは「ある意味」でしか、褒め言葉にならない。
まして、ちっとも可愛くない自分がアイドルとして売り出してもらうのだから、
地味なままじゃダメ。
見た目もキャラも、芸名に負けないよう、磨かなきゃいけない。
でも「さくら」って名前が似合う子、ってどんな感じなんだろう。
「ありがとうございます。
なんか、名前負けしちゃいそうですが、とにかく頑張ります」
「ああ、頑張ってくれよ。
お前が今度入るユニット、あれが成功するかどうかにウチの浮沈がかかっているんだから。
その資料、富田に渡しといたから、このあと見せてもらって、いろいろ話し合うように」
その途端、担当マネージャーの富田の顔が浮かんで、憂鬱になった。
よりによって、事務所の中でも自分が一番苦手なタイプの人と組むことになるなんて。
でも、何人ものタレントを成功させてきた名マネージャーらしいから、私もうまくつきあっていかなきゃいけない。
社長に深々と頭を下げ、部屋を出ると、富田の鋭い視線を感じ、一瞬目が合ったが、葉子からそらしてしまった。
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