8.前世の杵柄

 デスクトップパソコンがずらりと並ぶ我が校自慢のコンピュータ教室。


 先生にお願いして鍵を開けてもらった俺と夏見さんは、適当な一台の前に並んで座り、ポスター作りに勤しんでいた。

 俺がパソコン画面の真ん前、夏見さんが俺の隣だ。


 相棒になってまだ二日目。


 夏見さんは、彼女の想定以上の速度で形になっていく『腕相撲大会への参加者募集ポスター』に、ぽかんとしているようだった。


「凄く……手際が、いいんですね……」


 息を呑むようにそう言われ、肘掛けなしオフィスチェアに座った俺は、マウスを動かしながらキーボードを叩きながらの苦笑である。


「お褒めにあずかり、ありがたいね。でも無料素材を適当にペタペタしてるだけだよ」


 とはいえその後、でもそうか……と思い直した。

 パソコン教育に力を入れていない我が校の授業じゃあ、ここまでプレゼンテーションソフトを使い込むことはないから、夏見さんにとって見慣れない光景ではあるのだろう。


 俺の方は、学校では教わっていないものの、一度目の人生で慣れている。


 大学ではゼミの活動や卒業論文発表でプレゼンテーションソフトを使い込んだし、就職後も仕事のマニュアルや上司への説明資料、公表資料作成で愛用していた。

 長い社会人時代、同僚や別部署の人間の依頼でポスターをこしらえたのだって、一度や二度じゃない。


 今回だって――ポスターの背景を黒一色に塗り、無料素材として公開されていたアームレスリングのイラストを大きく中央に配し、各所に筆字フォントで白文字を入れ――


 昔取った杵柄という奴だった。


「夏見さんがキャッチコピーを考えてくれたから、今日中にはポスターの印刷まで行けそうだね」

「い、いえ……私がやったことなんて、先輩がやってる仕事に比べれば、全然何も……」

「そうかい? 『掴め、一高いちこうの頂を。求む、剛力たち』、凄く良いキャッチコピーだと思うけどね。さすがは文芸部さんだ」

「そんな。こんなもの、誰でも思い付きますし……」

「いやいや。少なくとも俺はまったく思い付かなかったから、十分ありがたかったよ」


 授業終了のホームルーム直後、文化祭イベント委員のために開放されている理科室に集まった俺と夏見さんは、それぞれノートにメモを取りながら『腕相撲大会のためのあれこれ』を結構綿密に話し合ったのである。


 出場者の確保はどうするか。

 ルールはアームレスリングの公式ルールを準用する形でいいか。

 ステージ上に用意すべきものは何か。

 当日のイベント進行に欲しい役割と人数はどうか。

 予算総額二万円だが、上位者に賞品を用意できるだろうか。

 その他にも色々――と。


 俺と夏見さんの真面目な話し合いは一時間近くにもなり、何はともあれ出場者集めが最優先だろうという意見で一致したため、最速で募集ポスターの作成に動いたのだった。


 出場者が集まってくれば話題にもなるし、友達も巻き添えにするなど出場者が別の出場者を引っ張ってきてくれることもあるだろう。


 ならば、ポスターの出来よりも、どれだけ早くポスターを掲示できるかが肝要だ。


「――うん。悪くないな」


 ざっとこんなものでいいか、そう思える画面を早々作り終えた俺は、ポスターの中央下部にイベント情報をブラインドタッチで入力していく。


 アームレスリングのルールを用いること。

 男女別、体重無差別のトーナメント方式であること。

 優勝者には豪華賞品が出ること。


 そして開催日時――


「…………………………」


「先輩?」

「いや、開催が土曜なのはわかりきってるとはいえ、時間がまだわからないんだよねぇ」

「去年のミスコンはいつやったんですか?」

「昼一だね。だから今年も多分それぐらいなんだろうけど……素直に『開始時刻未定』って入れておくか。どうせ今年もイベント目録を載せたパンフレットはあるんだろうし」


 最後に出場申込先を書こうとして、ふと俺の指が止まった。


 首を回して夏見さんの方を見たら、思いのほか一年美少女の横顔が近くて、俺は内心ギョッとするのである。

 俺ではなく俺の真正面にあるパソコン画面に顔を寄せていたのだろうが、野間さんと青木さんで免疫を付けていなければ息を呑んだかもしれない距離だった。


「申込書の提出先、俺と夏見さんの両方でいいかな?」


 そう聞いたら夏見さんも距離が近すぎると気付いたみたいだ。

 オフィスチェアの背もたれに背中を押し付けながら、動きの悪いキャスターで少し後退する。


「はっ、はい! 大丈夫です!」


 小動物のような反応に俺は微笑み、また一つ問うた。


「一年三組だったっけ?」

「わ、私ですか? はい、一年三組です」


 それから俺はパソコン画面に視線を戻し――ふむ……これが下級生……『前の高校時代』じゃあ、他学年との付き合いなんてなかったものな――しみじみとそう思う。


 クラスには超絶の美少女がいて、年下の美少女と学年行事の仕事をやって……。


 まるで青春漫画の主人公みたいだと苦笑したくなった。


 妙な照れくささに背中がうずき、隣の夏見千種が本当にくノ一かどうかを確認するために拳を打ち込んでみたくなる。

 ……もちろん、そんな暴挙、絶対にやらないが。


 俺は気分転換のため息を一つ。


 キーボードを打ち込みながらぼんやりと言った。


「申込書は簡単に、名前と学年、クラスだけの記入でいいとして……たくさん申し込みがあるといいねぇ。トーナメントの参加者が多けりゃ、その分、イベント時間も稼げるしさ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【書籍化】昔クラスの女子を守れなかった俺の人生やり直し。 楽山 @rakuzan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ