感情

遊野煌

第1話

人間には、感情がある。嬉しい、怒り、悲しい、楽しい、所謂、『喜怒哀楽』というものだ。皆、大なり小なり、占める割合は個体差があるだろうが、『喜怒哀楽』は、皆が等しく持っているモノの一つではないだろうか。


でも、私には、ないモノが一つだけある。


花音かのん、お待たせ」


明るめの栗色の髪を、さらりも靡かせた矢野美咲やのみさきが、カフェのテーブルに座る、私の目の前に立った。


「ううん、さっき来たとこ」


私は、テーブルに、花柄のハンカチを置いてから、美咲と一緒に注文カウンターに並ぶ。


「アイスラテのトールで、あとチーズケーキ」

美咲の声は、少し鼻にかかっていて可愛い。


「お次のお客様、ご注文をどうぞ」


前髪が、少し長めの茶髪の店員が、今度は、私をじっと見る。名札には、『古谷ふるや』と記載されている。


男の人が、向ける、自分の容姿への視線にも、もう慣れた。


「アイス抹茶ラテのトールと、マフィンをお願いします」


先に会計を終えた美咲は、私がハンカチを置いたテーブルへと向かっていく。


やたら、遅い会計に、再び店員を見れば、

「綺麗ですね、今度会えませんか?」

差し出された、ナプキンに、『古谷 電話番号080-○○○△-△○○○』とかいてある。


よく見れば、端正な顔だちをした古谷は、切長の瞳を、ニコリと細めた。そして、お釣りと一緒にナプキンを私に渡した。


「また?声かけられたの?」


席に座ると同時に、美咲が面白くなさそうにアイスラテを、形の良い唇で吸い上げている。


「うん……」


「美人は得よねー、おまけに花音は性格に、が、なさすぎんのよ、面白くなーい」


冗談なのか本気なのか、わからない口調で美咲が、チーズケーキを、頬張った。


「無駄……ないかな?」


美咲は、口をあんぐりと開けて、奥二重の瞳をきゅっと目を細めた。


「嫌味?どう見たってないじゃん。まず、その顔、十人いたら十人好きな顔じゃん。綺麗と可愛い両方の顔立ちっていうの?スタイルだって、良いし」


「スタイルなんて、美咲の方がずっといいよ」


「あのさ、アタシもスタイル良いのは認めるけど、アンタ程じゃないわけ!」


小さく、ごめんと呟いた私を睨みながら、美咲は捲し立てるように言葉を続けた。

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