第3話

そもそもこの商店街のアーケードをくぐり始めてから、誰ともすれ違わなければ後ろから誰かが来る気配もなかった。聞こえていたのは自身の足音と溜息くらいだ。


「すみません。驚かせてしまったでしょうか?」


再度聞こえてた声はやはり自分の耳元からだったが、背後に気配を感じた私はおそるおそる振り返った。


そこには真っ白のシャツに黒いズボンを履いた長身の男性が立っていて、私見るとふわりと微笑んだ。


「如月琴さんですよね?」


「えっ!?……なんで私の名前……」


男はそのまま私の目の前に立つと右手を指しだした。


「え……」


指の長い大きな掌には私のネームプレートが収められている。


「これ、落とされたので……」


「あ、ありがとうございます」


(あれ、ちゃんと鞄のポケットに入れたはずなのに……)


私は首を傾げながらネームプレートを受け取るとふと男を見上げた。


(え……)


男はお月様のようなオレンジ色の長い髪を麻ひもで一つくくりをしていて、少し吊り上がった涼し気なアーモンド形の瞳に高い鼻、そして薄めの唇をにこりと引き上げながら私にネームプレートをそっと手渡した。その一連の動作はスマートで勝手に胸がどきんと跳ね上がった。


「あの先程の話に戻りますが、琴さんはお腹がすいてらっしゃるんでしょう?」


「えっと……あの」


「すみません……先程これを渡そうと近づいた際に、琴さんの独り言が聞こえてしまいまして」


「あ……お恥ずかしい限りです……でもあのもうすぐ家ですし名前も知らない人と、その……大丈夫です」


落とし物を届けたあと、こうやって男が私のお腹の空腹度合いを訪ねてくるなんて新手のナンパだろうか。私は男から一歩後ろに下がって距離を取った。


「あ、失礼いたしました。急に知らない人から話しかけられて警戒されるのも無理ないですよね。僕の名前は妖野紺あやのこんと申します、紺と呼んでください」


「え?コン?あのえっと……」


「はい、紺色の紺、一文字で紺と申します」


(コン……紺……)


私はその名前に興味が湧くと同時に狐につままれたようななんとも言えない気持ちになる。


(まさか……ね)


そう思いながらも私は無意識に一歩後ろに下がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る