第2話

夜の春風が頬を撫でていくと同時に私は夜空を見上げた。藍色の夜空には小さな星々の煌めきがチカチカと点灯を繰り返しながら、まあるいお月様が仄かな優しい光を放っている。


「あ……満月だ」


その満月の穏やかなオレンジ色を見つめていれば一カ月ほど前のあの事がよみがえった。


「あの子……元気にしてるかな……」


ちょうど一カ月前の満月の夜に偶然出会った小さな友達だ。オレンジ色の毛並みに切れ長の黒い瞳のまだ若い狐で、左手にケガをして蹲っていたところを見つけた私は保護して連れ帰り、ケガが癒えるまでの七日間、一緒に暮らしていた。


「またケガしてなきゃいいけれど」


満月の色にその姿を重ねながら、私はいつものように大通りから細い路地に入りあやかし神社の脇を抜けていく。そして神社の壁沿いに沿って歩いていけば見慣れた商店街が見えてくる。


アーチ形の入り口のテッペンには『あやかし通り商店街』と黒のペンキで楷書で書かれている。


この辺りは昭和初期までは自然豊かな風土を活かし大豆の産地として有名だったと、以前営業先の社長から聞いたことがある。このあやかし通り商店街も今でこそ、豆腐屋が一軒にコーヒー屋、肉屋、布団屋がそれぞれ一軒ずつあるだけの寂れた商店街だが、全盛期では10軒以上の大豆にちなんだ店が軒を連ねていたらしい。


またその頃、商店街の名物が油揚げだったことから、おいしい油揚げを求めて人間に姿を買えた狐が買いに来ると言われ『あやかし通り商店街』と呼ばれるようになったそうだ。


(それにしても……お腹へったな……)


手元の時計を見ればもう21時を過ぎている。時折お世話になっているお豆腐屋もコロッケが一つ60円と破格の値段で販売しているお肉屋も勿論シャッターは閉まっている。


「当たり前か……家に何か残ってたかな……」


商店街のアーケードを見上げながら冷蔵庫の中のものを思い浮かべる。牛乳、卵、ネギ、冷凍ご飯が一膳分……そこまで思い浮かべると私はふうっと溜息を吐き出した。


「……二日連続卵掛けごはんか」


そう言葉にすれば空腹のせいでお腹がぐーっと鳴った。辺りに誰もいないのにその音に私はぱっと両手をお腹に当てた。



「あの……お腹が減ってらっしゃるんですか?」


(え……?)


ふいに風に乗って聞こえた声に私の身体はビクンと震えた。穏やかだか凛とした声色でどことなく不思議な声だった。


すぐにキョロキョロと辺りを見渡すが誰もいない。


(まさか……おばけ……?)

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