第1話 先輩には彼氏がいないらしい
高校入学後、本が好きだからと文芸部に入部した。どうやら今まで
「ねぇねぇ~なんか面白い話して?」
「プロローグに首つっこまないでください」
「何の話?」
このソファで寝っ転がりながらポッキーを咥えているのが澄乃千夏先輩だ。
腰ほどまで伸びた茶色がかった長髪、ぱっちりとした目に小さな口、背丈も小柄な方で、校内ではすれ違う人が振り返るほど可愛い容姿。加えて定期テストでは1位常連と来たもんで、男女共に人気を博しているようだ。であれば部活は先輩を狙う奴らで血気盛んかと思われたが、そんな輩は検問に引っかかるらしい。俺は先輩のお眼鏡にかなったということだ。男と思われていないのだろうか。
「はい、あ~ん」
「ふひにはってに……」
そう、この先輩、距離感がおかしいのだ。今も口にお菓子を入れてくるわ、肩組んでくるわ下の名前呼びを強制するわ……ありがたいことこの上ない。この上ない、のだが、俺はこの誘惑に勝たなくてはいつか検問に引っかかり退場しかねん。こんなおいしい場所を手放す程俺は馬鹿じゃない。幸い童貞が転じて俺は手を出す勇気を持ち合わせていない。高みの見物をしながら優雅な青春を過ごそうじゃないか…………永遠に彼女が出来ないということか? 待ってくれそれはマズ――
「アイス持ってる?」
「さっきから突拍子もなさすぎないっすか?」
「だって今日なんか暑くない?」
「文芸部ならだっての使い方学んでくださいよ。もう六月だからじゃないですか? 最近の日本はすぐ暑くなるっていいますし」
「
「猫型ロボットはいませんよ~」
「でも玲君ってネコっぽいよね」
「……?」
「ははっ、純情なヤツめ」
猫って下ネタだったのか? もう英語の時間にシックスで振り向く時代は終わったのか!?
「そういえば今日の文芸部の活動だけど」
「一応部の体裁は守るんすね」
「放課後デートしないかい?」
にやけ面の先輩はポッキーをもう一本差し出してくる。
「毎回思うんすけど文芸部の活動ってなんでもいいんすか?」
手で受け取るとわざとらしく頬を膨らませた。かわいいなこの人。
「別になんでもじゃないよ。ほら、放課後デートって、小説とか書くときに使えそうじゃん?」
「前やったゲームはなんです?」
「小説とか書く時に使えそう!」
「俺たちいつ小説書くんすか?」
「……文化祭、とか?」
ウチの高校は部ごとの出店が許されていて、それなりに自由度も高かったはずだ。強ち嘘じゃないんだろう。
「まぁ楽しいんで俺はなんでもいいんすけどね」
「そうこなくっちゃね! もし活動報告しなくちゃいけなくなったらそん時考えればいいよ」
「うぇ、活動報告とかあるんすか?」
「ふっふっふ、頼りにしてるよ、期待の新人君」
太宰、読んでおくか。
「それで放課後デートって、どこか行く宛でもあるんです?」
「おいおい、デートの主導権が女ってのは男として情けないんじゃぁないかい?」
「ぐ」
この先輩はたまにナイフを投げてくる。デートなんて誰がしたことあるか。
「まぁ誘ったのは私だ、任せてくれたまへよサランヘヨ」
「千夏先輩それ意味分かってていってます?」
「サラサラヘアーでしょ?」
「学業優秀の噂はどこから流れたんだ……」
「あ! 玲君が馬鹿にした!」
「眉目秀麗は事実みたいですけどね」
「ナ、ナンダトー」
この先輩、毎回褒めたりすると照れるけど、褒められ慣れてないのか? もしかして彼氏とかもいたことなかったり?
プルルルと、スマホの着信音が鳴る。
「あ、私だ。ちょっとゴメンよ」
「気にせずどうぞ」
「もしもし? あ、うん、わかった。じゃあご飯作っとくね」
「誰ですか?」
「ん? 彼氏」
「ふ、ふ~ん」
彼氏いんのかよ。
「おいおい懇親のボケをスルーするなんて君も相方としてのツッコミスキルがまだまだだね」
いねぇのかよ。
「そんな分かりづらいボケにツッコめないでしょ……彼氏いないんすか?」
「いたことすらないね」
「それはダウト」
「ほんとほんと、私についてこれる人がいなくてさ……」
「ボケ倒しますもんね」
「フルスピードでボケるのが私の人生だった」
「兄弟じゃねぇっすよ」
「はははっ、玲君は面白いね」
「ボケに褒められちゃったよ……」
案外、こんな日々が楽しく続いている。
彼氏が今までいなかったという本邦初公開の情報は俺を安心させ、この日常の特別感が増した気がした。
いくらなんでも先輩のことを好きになるのは早い気がするしなぁと、誰に届くでもない言い訳を並べながら放課後デートの準備を進める。
下駄箱に着くと、自分の学年の場所で靴を脱ぎ、校庭横を並んで歩く。
部活に勤しむ少年少女たちは物珍しい視線をこちらに向けるが、もう数ヶ月もすればこれすら日常になりつつあった。
「相変わらず、先輩の人気は凄いっすね」
「皆化けの皮しか見てないけどね」
「化けの皮?」
「可愛くて、勉強が出来て、お利口な澄乃千夏っていう化けの皮」
「お利口にしてなきゃいけないんですか?」
「だってこんな性格、クラスで浮いちゃうでしょ?」
「そんなことないと思いますけど」
「……まぁ、今は君がいるからいいんだけどさっ」
一瞬、表情が曇った気がした。
訳ありなんだろうか、これからはあまり触れないようにした方がいいのかもしれない。
「高く買われる程価値ないっすよ、俺」
「ダメだよ」
ピタと足を止め、先輩は俺の頬を両手で摘まむ。
「私が、玲君を評価してるの。君がそれを否定することはできないの、分かった?」
「は、はい」
「ふん、ならいいんだよ」
どこか不満げなまま、再び歩き出す。
先輩は本当に掴みどころがなくて、何を考えてるか分からない人だな。
きっと、今鏡を見たら、キモい顔をしているんだろうな。
「へへっ」
「急にどしたの」
「別になんでも、思い出し笑いっすよ……先輩のボケの」
「やっぱ私将来漫才師目指そうかな」
「M1の道のりは厳しいっすよ?」
「ツッコミは任せたぞワトソン君」
「探偵か漫才か決めてくださいね」
「じゃあ探偵で」
「初戦敗退すらしないのやめてください」
「ふふっ、やっぱり漫才師になろうかな」
「今日はいつになく突拍子もないですね」
「君といると楽しいからね」
「……そうですか」
楽しいのは先輩だけじゃないんだけど、それを伝えるのはなんだかこっぱずかしくてやめてしまった。漫才師が互いに褒め合う姿なんて誰が想像できよう。最後にはきっとへへへへへって気持ち悪く笑い合わなきゃいけないんだ。
「さて、それじゃスーパー行こうか」
「デートにしては随分と奇抜ですね」
「夕飯の買い出ししたくて」
「さっきの電話ですか?」
「うん、皆帰ってくるの遅いみたい」
先輩の家庭事情に深入りするつもりはないが、電話するぐらいだから仲が悪い訳じゃないんだろうけど、それでも少し心配になるぐらいには、頻繁にこうして買い出しをしているところを見かける。
「先輩って料理もできるんですか?」
「まぁレシピ通りに作るだけだしね」
「できる人の台詞だ……」
「なぁに? 玲君料理できないの?」
「……恥ずかしながら」
「じゃあたまにご飯作りに行ってあげよっか?」
「え、悪いですよいいんですかありがとうございます」
「建前が中途半端だね」
珍しいことに、俺は親が二人とも海外赴任でいないから高校生でありながら一人暮らしをしている。そんな料理もロクにできない男子高校生にとっては本当に嬉しい話だ。棚から牡丹餅、なんなら唐揚げと卵焼きだ。
「じゃあ今度おうちにお邪魔するね」
「部屋片付けときますね」
「ベッドの下にはどんなロマンスが待っているのかね?」
「埃でその綺麗な髪が汚れちゃいますよ」
「うひ」
「どんな声すか……」
スーパーでの買い物も程なく、途中まで荷物持ちを手伝い、分かれ道にて解散となった。
正直先輩が来る日が楽しみで今はどうにも落ち着かない。
入部して早二か月弱、放課後、休日と遊ぶことはあれど互いの家には未だ踏み込んでいない、いわば未開拓地。何が起こるか、oh、アバンチュール。
「……風呂入るか」
一人暮らしだと冷静になるのは早いらしい。
この文芸部には文芸が足りない! 宮野涼 @ryo2838
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