第16話 行ける所まで行き、然るべき所で死ね

 卒爾として海が荒れ狂う。或る貴族がウィレインへ向かう為に、船出をしてから三日目の事だった。ウィレインへは急を要するが為、リヴァイアサンが居るという伝承で名づけられた、リヴァイアサン・トライアングルを通ろうとしたのである。荒れ狂う少し前、船長と乗っている貴族が話していた。

船長「いやぁ貴方様で無ければ、ここなんて死んでも通りませんよ」

貴族「実に申し訳ない。併し、最悪何かあれば、お客人が助けてくれるはずだ」

船長「確か、不死のアムール、でしたね。本当に信用できるのですか?」

貴族「問題ない」


 三回ほど大きく揺れて、寝台から出て船上に上がった。イユは眠っている。風を孕んだフードが退ると、まるで狙ったように恰度日差しが照り込んできた。

 確か、リヴァイアサン・トライアングルを通ると云っていたが、寝ている間に入ったのだろうか。船員たちは焦っていたり、恐怖を顔へ露にしていた。船長室に入ると、貴族のセローニと船長がいた。

セローニ「髭に涎が付いていますよ」

 袖で涎を拭いて、状況を聞いた。

船長「船の下でリヴァイアサンが我々に警告してるんだ」

貴族「リヴァイアサンの討伐を頼めますか?」

私「助けねば夢見が悪い」

貴族「ありがとうございます」

私「使わない槍を幾つか欲しい」

 槍を四本貰い、一本を握った。

 リヴァイアサンが海面から現れた時、私は槍に魔法で雷を纏わせて、リヴァイアサンに投げた。槍が目に穿って、悲鳴を上げながら揺らぐ旗の様に躰を動かしている。

 剣を生やして跳躍し、リヴァイアサンの口から侵入して、内側から肉を切り刻んだ。飛んで船上に着地した。

私「リヴァイアサンはまだ居るか?」

船長「もう居ないらしい。まぁ、また来るかもしれないが…」

私「なら私はもう寝る。何かあったら起こしてくれ」

 寝台へ行き眠る。



——数日後——

 リヴァイアサンが出る事は無く、ウィレインへ直通の道がある港町に着いた。母上の墓があるカロー山の場所を聞こうと、ギルドへ向かう。カルティーノで一応は公爵である彼を、アルトルと共に殺したとして、大陸指名手配だけでなく、凡ての国々で国際指名手配され、一〇〇億相当の金銭が懸けられている。ローブを羽織ってマスクをする。

 イユに数日分の食事を買う様に云って、ギルドに入る。掲示板の横にある指名手配犯の欄に、私の名前が大きく記されている。蓋し、懸賞金の半分近くはラパン公爵家なのだろう。

 受付嬢にカロー山について聞く。快く教えて貰い、出ようとした時、若そうな金髪の男から話しかけられた。

男「なぁ、そこのお前、前に俺と会った事無いか?」

 無視して出ようとすると、周囲が少しざわめく。

男「なぁ、親切に聞いてんだから、何か答えたらどうだ? 俺はクサドだ、なんか答えろよ」

 男は鞘に入ったロングソードを左手で握りながら、私の左肩を掴んで振り向かせようとする。

私「私に触るな」

クサド「舐めやがって」

 クサドは剣を抜いて、私に斬りかかる。私は只膝を曲げて避ける。体勢を戻し、少しの動作でコインをクサドの額に当てて、「これでミルクでも飲め」と云って去る。去り際に「あのクサドが完封されたぞ」とどこかから聞こえて、ある程度は名のある者かと思い、首に掛けられたタグを見ると、A級である。(A級は最高ランクの一つ下)

 進んだ足を少し戻す。

私「それでもAか? 幾つか知らんが、まだ若かろう。旅をするなり、師を持つなりすると善い」

 クサドは立ち上がる。

クサド「俺は…俺は大英雄アートルムみてぇになりたいんだよ」

 む、私のファンだったか。併し、私の様な人間を目指してはならない

私「そんな男を目指すな」

クサド「なんだとォ!!」

しまった、言葉足らず過ぎた。ここはアートルムの友人という事にしておこう。

私「奴は私の友人だ。貴様以上に、私は奴を知っている。奴は愛故に弱く、愛故に強く、併し愛だけで独善を止められなかった哀れな男だ」

 私はクサドを背にギルドを出た。

 花束を買う。さて、目指すはカロー山だ。二回馬車に乗り、後は歩くだけである。イユは麓で待つ。

 墓の前に立ち尽くし、花束を供える。供える時、何か言葉を掛けようと思ったが、何も思い浮かばくて、墓に着いた時には何かしらは思いつくと思ったが、少しも思い浮かばない。——誰か居る。——

 森から矢が放たれる。風の様に早いが、掴むのは容易い。さてこれは…的矢だ。殺す為ではない? ならば、賞金稼ぎと見て良さそうだが、私は生死問わずだ。おかししい。剣を出す。

 森から三本の矢が放たれる。征矢か。む、感じる、感じるぞ。上だ! 矢を避けると同時に攻撃を避ける。併し、横からもう一人現れ、薙ぎ払う攻撃を食らう。

 一人は槍を持った、竜を模す鎧の男。もう片方は最低限の鎧を付けた、長刀を持つ男。装備からして、一介の賞金稼ぎではない。

 幾つもの征矢を避けつつ、二人の攻撃を往なす。卒爾、槍の男が鎧の竜の頭部分の口が開き、咆哮を上げる。何とうるさい事か、耳を抑えられずにはいられない! 隙を見定めて、征矢が両足と右腕に穿つ。長刀を持つ男がネックレスを取り出し、嵌められた魔石に依って気絶してしまう。



 目が覚めると、両手を縛られ、謁見の間の様な場にいた。最奥には巨きな玉座に座る漆黒のマント付きの鎧を著た、恐らく男。紅く両端が黄色いカーペットが玉座まで続いている。私の後ろには先ほどの二人が居る。

男?「貴公が、アートルムだな。吾は天帝「アトラヌス」」

 随分と低くダウナーな女性の声である。

アトラヌス「貴公の父とは随分と世話になった。吾が配下には、加減を知らぬ者が多くてな。最後には借りを作ったが、また吾に借りを作らせおった。して、如何なる借りだと思う?」

 こいつが、父上が手紙で云っていた或る方か。

アトラヌス「こいつ、とは随分と失礼な言葉だな。併し、如何なる借りを作ったか問うても、言葉を一切出さぬとは、弁を失ったか?」

私「随分と失礼な招待状を送られたものでね」

アトラヌス「戦いを以て幾何かは、独自の哲を持っているかと思っていたが、存外、浅はかなのだな。熱を冷ましてやる。来い、殺してやる」

 アトラヌスは両刃剣を無から取り出し、私の前へロングソードを投げた。縄を破り、剣を握る。

 互いに武器を以てぶつかり合う。そこに血は無く、破壊だけがあった。アトラヌスは何十種の武器を振るう。攻防を繰り返し、外に出た。周囲は雲の上であった。百千の竜が居る。そうだ、天帝は竜と共に天空城に住んでいる、と授業で習ったではないか。

 十の槍が私に飛ばされ、九つは切ったり弾いたりしたが、一つが左肩を掠った。地に足を付ける。息を調律する。

 長い息が風と同期する。風を切り裂いて、攻防がまた始まる。力の差はさして無い、私の方があると云えよう。併し、技量は大きな差がある。恐らく、アトラヌスは私を殺そうとはしていない。

私「お前の目的はなんだ?」

アトラヌス「私は貴公を部下に加えたい。貴公の力は私の膝元に居る事で、尤も力を発揮できるのだ」

私「私になんのメリットがある!」

アトラヌス「貴公には恋人がいるらしいな。その恋人と何事も無く、誰からも邪魔されず会いたいとは思わないか?」

 アルにまた会える? 刹那、動揺を狩られて顎をハンマーで打たれた。脳が揺れるがままに、躰が力なく揺れて地にふす。

 数分経つと、躰が万全になり、アトラヌスの話を引き受ける事にした。

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