第12話 恋人

 あれ(前話)から一箇月。訓練中、盛夏に依ってアルが日射になり、バテてしまった。本来はサリエットが付き添いをするべきらしいが、家の事情とやらで今は居なく、僕が付き添いで病院に来た。

 少し前まで、ヒーロー活動をしても、時間をある程度は調節が出来ていたから眠くなる事はあまり無かったが、ここ最近は寝不足である。それが為にか、とても眠く、瞼が重い…。

 一時間くらいだろうか。眠ってしまった。む、瞼を開けたはずなのに視界が暗い。瞬きしても暗い。何だか何かで視界を隠されている様な。

アミアブル「だーれだ」

 考えなくとも分かる。

僕「アル、何故僕の視界を隠してるんだ?」

アミアブル「ちぇ。分かるんだ。ねぇアート、今日部屋に行っても善い?」

僕「まぁ善いよ。だけど、今からアリス様を王城まで送るんだ」

アミアブル「じゃあ、私も家に一旦帰って準備してから行くね? だから、一緒にアリスを送らない?」

僕「分かったけど、アリス様がどう思うか分からないよ」

 そうしてアリス様の所へ向かった。

 学校を移動する中、女子生徒から黄色い悲鳴を上げられたり、まるで好きな人を見る様な目で見られたり、将又廊下で告白されたり。すぐに困った笑顔の様な表情を作って、「今は恋愛に興味が無いので申し訳ないですがごめんなさい」と断った。あの時のアルの目はあまりにも恐ろしかった。何と表現出来ようか。般若に睨まれるなんてものじゃあない。生命体の本能に潜み、在り続けた死への恐怖、只々死が僕の傍らにい、死その物に見つめられる様な、そんな生きた心地のしないあの目つき。告白以前は頬を膨らませたりする様な感じでとても可愛く思えて、もはやかわいい顔を見れて良かった、と思う程度で済んだが、あの時ばかりは生きた心地がしなかった。襟のお陰で、僕は今ギロチンに掛けられているのか? とさえ思えた。

 ようやくアリス様の所に着いた。ようやく生きた心地が芽吹いた。

アリス「アートルム…くん…とお姉様? ってアートルムくん汗が凄いですよ!」

僕「まぁ、死そのものに見つめられたと云いますか…」

アリス「は、はぁ。そ、それでお姉様はどうしてここに?」

アミアブル「えっと…。ね、熱中症で調子が悪くなって、サリエットが居ないからアートルムに来てもらったんだ」

僕「そういえば、もう一人の方はどうしたのですか?」

アリス「先ほど、伝書鳩が来て、腰を悪くしてしまったから来れないそうなのですが、お姉様とアートルムくんがいれば安心ですね」

 城へ向かった。

アリス「ありがとうございました」

アミアブル「少し待っててくれないか?」

僕「分かりました」

 老齢な執事が来て、応接間に通された。

 ノックされ、アルかと思えば、サフィール第一王子が入って来た。

 王子はソファアに座った。途轍もない威圧感だ。生命、意識、本能、そのどれにもある根源的にあり続けた恐怖を引っ張り出されている様な感覚だ。併し、耐えねばならん。思い人の腹違いの兄なのだ。威圧に屈して良い道理がある訳ないだろう?

サフィール「まぁ座ってくれ。私はサフィール第一王子だ。まず、ドグラの討伐に感謝する。さて、貴卿に話がある。妹、とは云っても詳らかには知らぬ。私は度々天啓を承る。貴卿、アミアブルと恋人関係にあるだろう。私がそうも怖いか? 私は知っているのだ、貴卿が正義の者と名乗る通り魔、俗にナイトウォーカーである事をな」

 何故だ? 鎌を掛けているのか? それとも本当に知っているのか? 

サフィール「安心するが善い。今の所、捕まえて煮るなり焼くなりする訳では無い。貴卿が、秩序を大きく乱す様な法を犯さねばな。私は今、貴卿を黙認している。貴卿のお陰か、軽犯罪者は減った。まぁ、暴力や殺しに悦楽を見出す罪人は少々増えたが、併し貴卿が尻拭いしておる。私としては、貴卿が陰の者を狩る、更なる恐怖の象徴となってくれれば善い。私としては貴卿とアミアブルが婚約し、ウィレインに籍を置いてくれれば善いんだ。婚約するにしても、英雄なら伯爵家でも問題無かろう。何より私はアミアブルには幸せになってほしい。さて、アミアブルの準備も終わった頃だろう。私は嫌われている、先にここを出よ」

僕「ぎょ、御意。アミアブルとの関係を許してくださり、ありがとうございます」

サフィール「礼はいらん。単に懺悔と駆け落ちでもされれば困るだけだ。貴卿、もしもアミアブルに程度の知れる理由なんぞで別れてみろ、その時貴卿には死が訪れる。アミアブルを愛し続けよ。さぁ、早くゆけ」

 お辞儀をして応接間を出ると、変装兼私服のアルが歩いて来ていた。共に城を出、部屋に向かった。道中、何故応接間でお辞儀していたのかと聞かれた。

僕「サフィール王子が僕にドグラの件で感謝したいらしくて、それで来たんだよ」

 アルが立ち止まり、復聞いてきた。

アミアブル「怖くなかったか? あいつの圧力は本当に恐ろしいんだ」

僕「大丈夫だよ。最初はとても怖かったけど、思い人の兄君なんだから、会っただけで怯えていちゃアルの隣に立てないだろ?」

 アルは照れ隠しでもするかの様に、僕の脇腹を指で撞いた。「いたっ!」と云ってしまった。

僕「あ、明日って何かある? 僕は午後から授業があるけど」

アミアブル「う~ん、明日は特に何もないかな」

僕「なら、明日の朝食でも買って行かないか?」

アミアブル「善いね」

——翌朝——

 アルを抱きしめ、匂いを嗅ぐ。いい匂いだ。髪はサラサラで、一本々々が磨かれた大理石の様に艶やかで美しく、そして大理石の様に壊れやすい。肌は雨のさった後の土の様に柔らかくなよやかで、滑々。

 背中が少し痛むが、気にせずアルを抱きしめて復眠る。過去、疲れ、己の本性、凡て忘れられる。あぁ、好きだ。二人だけの、このひと時も大好きだ。愛する人と二人きりで、何人たりとも邪魔する者は居なく、不安も無く、只々幸せだ。

——二時間後——

 パンツとズボンを履き、ベルトを軽く絞め、紅茶を淹れる。アルはミントグリーンの下着と、間違えてか僕のシャツを著ている。ぶかぶかである。

 あぁ、幸せだ。

僕「アル、大好きだ」

アミアブル「きゅ、急にどうしたんだ?」

僕「なんでもない。幸せだな、と思ったんだ」

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