第13話 訣れ

 越冬して、漸く正義の味方、将又「独善を貫く者」として夜の街に出られた。二日前から両親が来ていて、なんやかんや忙しかったが、今は自由だ。肌寒い程度の風が心地善い。

 曇り無き夜闇の最中を見つめ、探し出す。罪人は灯りを持たぬ。だから、我々は同じ巨きな影を踏み続ける。奴らは同じ影を踏む者、復は狩る為に影を踏み潜む者と会わぬ為。

 一個月掛けて作り出した、魔石を使う信号拳銃と、腕に着けるグラップル装置。付け替え可能の魔石に依って、縄にその魔石に応じた物を流す事が出来る。

 空中歩行が進化した、僕の新たなスキル「空中浮遊」は移動が楽だが、如何せん珍しいスキルが為に、バレかねない。だから僕はこのグラップル装置で代用する。戦闘を補助する道具になり、何よりかっこいい。

 む、どこかで血の匂いがする。屋根を走り続け、血の匂いの有りかを見つけた。炎をこの身に宿すとでも云いたげなオレンジの魔石を嵌め込んだ、まるで焦げた様な鉄の鎧に、スパルタの兜の様な物を被って、まるで鎧から生えた様な細身のロングソードと中盾を持っている。深淵の様なマントを背に宿している。

 恐らく男で、大量の返り血を浴び、剣は血を啜っている。

男?「誰だお前は」

僕「私は…人を守る為に、独善と云われても正義を遂行する者だ」

男「今ここに、守るべき者はもういないが?」

僕「だから独善なんだ」

男「で、私をどうするんだ、犯罪者?」

僕「皮肉のつもりか? 逃がさんぞ」

 殺されているのは兵士、さして若くもない。ウィレインの兵士は皆が手練れ、而も三人。もしやここ数日、世間を震え上がらせている殺人鬼か? 念の為に騎士団を呼ぶべきか。信号拳銃を天に向けて撃った。十分前後で来るはず。今日はアルとサリエットが居るのだから。

 屋根から飛び上がって、男目掛けて踵落としをする。もちろん外し、すぐに円を描く様に回って蹴る。盾に阻まれるが、少しは衝撃が辛かろう。

 構える。殺さず、逃がさず、罪を償わせる。相手は恐らく人間、本気で殴ると簡単に死ぬ。両足でも折れば善いだろう。そうすれば、後は拘束するだけで良い。

 距離を取り、構え続ける。剣を抜いてはならない。無銘とはいえ、殺しかねぬ。

僕「お前、名は?」

男「今名乗る様な名は無い」

 男が…来る! 動きに回転を加え、マントで攻撃がわかりづらい様に動く。盾に二発、腹に一回の蹴り。対し僕は顎に小さな切り傷のみ。それからも攻防一体に戦い、数分が経過した。

男「効かないなァ、愛を知り弱くなったか? それとも独善と理解して衰えたか?」

 確かに効いている素振りは無い。普通の人間を殴る時は抑えねば簡単に死ぬが、この男には本気で殴った方が善いだろう。

 避けたり受け流したりして、本気で殴った。吹き飛ぶなんて事は無かったが、少し吐血してすぐに反撃して来る。剣で口を狙って来る。いま避けると次を避けられない。腕で防ぎ、男が僕の腹を目掛けて回転後ろ蹴りを食らわせる。僕は大きく吹き飛ばされた。痛い、内臓が潰される様な感覚だ。立つのもやっと…なんだこの音、足音だ、そうか騎士団だ。

 痛過ぎる、逃げて早く楽になりたい。併しダメだ、騎士団だけでは勝てない。よろめきながら、意識を確立させる為に、深呼吸する。肋骨だろうか、痛くて仕方が無い。

 息を吐く。よし、まだ戦える。走って信号拳銃を男目掛けて撃つ。盾で防いだ所を、跳躍して回りながら、グラップルを使って煉瓦を遠心力で叩きつける。それから躰を無理やり回転させて、頭をキックする。

 よろめいて足へ放たれたグラップルに気づかず、体勢を崩させて引き寄せる。そして胸に踵落としをする。鎧に罅が入った。男は血を吐いた。

 息を切らしながら馬乗りになって、少し迷いながらも、殴るべき、と思い思いで顔を何度も殴る。

 拘束し、逃げようと思ったがサリエットの人形に拒まれる。



 自分が考案して作った手錠に手を縛られ、装備で猶更重くなった自分の躰は、馬の腰には載せられず、縄で地面を引きずられて拘置所に閉じ込められた。兜を取られなくて良かった。

 男は治療室にでも運ばれたのだろう。それにしても騒がしい。少し横になろう。縛られたままの両手をへそに置いて横たわる。三時間程度休めば調子が良くなるだろう。ここに居ると、何故だか安心する。思えば、初めて正義の味方とかたった時も、緊張していた様に感じる。

 あぁ、眠いな。確か捕まえたのが夜の場合、尋問は明日になると云っていたな、寝てしまおう。もし兜を外されそうになっても、すぐに気づける。

——二時間後——

 な、何が起きた? 突然の爆発で拘置所が瓦解し、恐らく紙の灰燼が舞っている。天を見上げれば、男が…モワノーが空に居て母上を、腕に捕まらせていた。モワノーは兜を脱いだのだ。

「アートルムゥ!! 貴様のせいだぞ。貴様のせいで、母がまた死ぬ!」

 母上は右腕で何とか捕まっていて、男は剣で右手を刺した。同時に、僕の顔へ何か魔法を放った。兜がいくつもの破片になり、その破片と共に母上が落ちる。

 気が付けば、母上と目が合って捕まえる一歩直前で、落ちて母は死んた。遅かった。

 僕が見殺しにした。僕が冷静に判断できなかったから。母が見えなくなってきた、多分、涙だ。どうして…どうして、笑っているんだ、母さん。

 涙が頬を伝う。前から、多分、アルが来た。

アミアブル「やっぱり、君だったんだな。…逃げてくれ、逃げて落ち着くんだ」

 殺してやりたい、だが躰が動かない。哀しい、悔しい、怖ろしい、凡てから逃げたい、だが殺してやりたい。あぁ、分からない、分からないよ。

僕「モワノー…あいつが母…を殺した…捕まえてくれ、僕を、私を逮捕してくれ…」

——数日後——

 父上から手紙が来た。懐に入れた。

 数人の犯罪者と共に、いや、私もか、私という犯罪者と同じ数人の犯罪者が、暗雲の元で馬車で運送されようとしていた。モワノーは指名手配もされていない。恐らく、今頃刄を研いでいるんだろう。

 アリスが民衆に隠れている。

 む、モワノーが居る。何故居る? 嘲りにでも来たか? そうか、今か。殺してやる。

私「貴様ら、ここから出たら二度と立てないと思え」

 手錠を壊し、扉を封じる南京錠を引き千切る。衛兵が私を止めるが関係ない。アリスが契約で私を鎖で止めるが、関係無い、モワノーへの殺意でひびが入り、壊れた。モワノーは動揺した。一瞬でモワノーに近づいて、頭を掴んで地面に押し付ける。私を一目見ようと来たであろう民衆が叫び、逃げる。

 馬車から出た罪人へ魔法を放つ。死ぬ事は無いだろう。モワノーは抵抗するがさせない。頭を掴んだまま、低空飛行して地面に押し付けて引きずる。死ね。だがこれ如きでは死なせぬ。

 三十秒ほど引きずった後、誰も居ない大通りで、左手で首を絞めて胸を殴る衝撃で道が砕ける。手を放し、上半身をとにかく殴り続ける。死ね、死ね、死ね。死ね!

 刺し殺してやろうと思い、青雲の剣を呼んだが来ぬ。気が付けば、数日前にモワノーが著ていた鎧の一部を纏っていた。脳から、外から、どこかから声が聞こえるが、関係ない。剣を生やし、胸を突き刺す。死ね。

——夜——

 運送は別の日になった。何故だろうか、とても清々しい。朗らかだ。

 そういえば、手紙を読んでいない。読んでおこう。

「前略。調子はどうだ? ちょうど今、葬式が終わったばかりだ。墓はカロー山にある。いつか行ってくれ。

 私はお前がした事を咎めない。ベルを殺した奴を殺しても、ベルは何か思うだろうが私は何も思わない。ベルはお前が、俗にナイトウォーカーと呼ばれる存在だと気づいていた。使用人には云わなかったが、私には云ってくれた。やはり母は子の事が分かるんだろう。何より、ベルはナイトウォーカーとしての姿で一度会いたいと云っていた。

 さて、昔の私は或る方の元で、悪人の拷問をしていた。若き私はそこに愉悦を見出した。私が担当した悪人は全員が口を割った。だから私の名は民衆にこそ広がらなかったが、軍部などではすぐに広がった。だから敵国に狙われた。その時、私は来る刺客の殆どを殺した。併し、その内強い刺客が来る様になった。到頭手に負えなくなって、私は死に瀕し、或る村に行きついた。そこの領主の娘がベルだった。

 それから私とベルは恋に落ちたんだ。一緒に居たいと思えて、私を人の云う普通に戻してくれた。併し共にいようにも、名を捨てねばならなかった。だから主に頼み込んだ。意外にも許してくれて、それから色々と問題はあったが、微々たる物だった。主は色々と口利きしてくれて、カムロス家の領を任されたんだ。そして、そこでお前が生まれた。幸せだった。初めて幸せを如実に知れたんだ。

 さて、私は外道に生まれた。だから、私はもし仇を取っても喜ぶばかりだ。こんな父親で申し訳ない。

 お前は自由に生きてくれ。やりたいようにやれば善い。責任は凡て私が取る。お前は人を助けてやりなさい。」

 と書かれていた。

 何をすれば善いのかわからない。だが、一先ずここから出よう。人を殺した私に人助けができるかはわからない、併し、やってみよう。

 む、誰かが呼んでいる。フィーユだ。モワノーから私に移った鎧を纏った。剣で壁に「迷惑を掛けてすまない」の旨を彫った。別の壁を壊し、外へ出た。

 飛行し、フィーユの所へ向かった。三人の強盗だ。三点着地し、即座に倒した。

フィーユ「久しぶり。記憶について話したいけど、まだ居るから、あたしをカルティーノ島、通称「音楽島」に連れて行って」

 そう云うと、僕に抱き着いた。すると、仲間か分からぬが、男が私へ魔法を放った。急いで飛行して国外の森の砂浜に着いた。フィーユが降りない。

フィーユ「ごめん、あと少しこのままで居させて。思い出した…から」

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