第10話 世界を馳駆する独眼の隻龍

 なんたる大きさだろうか。併し、それ以外にも目を見張る物がある。凡てが漆黒の逆鱗で、剛腕と剛脚とを生やし、紅の独眼に謎の光が怪しく呻り、背中には巨きな翼が生えている。

 ドグラは僕らを待つ様に鎮座した。皆がドグラの前に立つと、ドグラは立って咆哮を上げた。こう「ヴォルアァァァァァ!!」と。耳の内奥、鼓膜のすぐそばに咆哮なる音という音が襲い立てた。

 耳をふさぐとドグラが尻尾で薙ぎ、アミアブルが音に苦しんでい、僕はアミアブルを抱き寄せて少し離れた所の木にぶつけられた。善い具合にクッションになったが腰を痛めてしまった。アミアブルは若干の痛みがあるようだ。

 このままでは皆が死ぬ。これしきの痛みなどなんだ、死ぬ訳じゃあない! 動け木偶の坊! 人を守れ、あのドラゴンを殺せ!

 ドグラを殺す為に、俺は歯を食いしばった。

「こんな鎧なぞいらぬ」

 鎧を脱ぎ捨て、剣を抜く。柄が本来の形を為す。——得たぞ、俺は加護を得たぞ…。——血に飢え、ただ眼前に居る者を殺さんとする獣の様な何かが宿った。

 まずは目、次に羽を切り刻む! そして躰中に切り込む! まだだ、まだまだ足りぬ、もっと俺を求めろ!

 血に塗れた時、一縷に瞳にアミアブルの姿が映った。その時、尻尾に依って吹き飛ばされた。

 何とか立ち上がった時、サリエットが「団長避けて!!」と叫んだ。咄嗟にアミアブルに近づき、ドグラに共に喰われた。

 ——ここは、どこだろうか。——気が付くと家にいた、実に懐かしい。何年ぶりだろうか。卒爾、後ろから光が現れた。神だ、昔に会った神だ。

神「久しいね。ここは君の心象世界、それか心像世界。一先ず自己紹介でもしようか。あの時は正しく出来ていなかったからね。私は神、名前はもう無い。自由に呼んでおくれ。それで、私は元々は慈しみの神だった。けど、恋愛の権能も少し使えたんだ、母が恋愛の神だったからね」

僕「僕は、元は「朝比奈健人」。今は「アルバス・オディウム・ユースティア・ウンブラ・アートルム」」

神「君は過去に戻りたいと思うかい?」

僕「分かりません。もしもあの強盗が来なくて、僕があいつを殺すなんて事さえ無い過去なら戻りたいです。けど、違うなら僕はまだ異世界の方が善いです」

神「なら、試しに戻ってみないかい?」

 戻る? どうするべきだ? 僕は死んだが為に、僕は今ここにいる。戻った時、僕は何になる? 僕は生きているのか? 僕は死んでいるのか?

 少しばかり震える顎が喋りの動作をした。「戻り…ます」。

神「なら、目を瞑って落ち着くんだ。今から見る物は君の過去だ、見るべき過去だ、消す事も逃げる事も出来ない、君の過去だ」

 深く息を吐くと、忽ちにして周囲が、心が静かになる。

お母さん「けんちゃん、夜ご飯だよ」

 お蒲団から起きると、すぐそばで弟が遊んでいた。「しんちゃんを連れて来て」と云われて、信二の遊びを辞めさせてリビングに向かった。

お母さん「今日はオムライスだよ。あ、もちろんサラダも食べて」

 お腹がいっぱいになって、お父さんがお風呂に入れてくれた。その後にお母さんが信二と一緒にお風呂へ入った。

 そろそろ寝る時間に、ピンポンが鳴った。お父さんが出てすぐに「何をする!」と叫んだ。僕はプラスチックの黄色のコップを落としてしまって、台所へ追いかけた。お母さんが叫んだ。

 目出し帽を被った男達がお父さんを攻撃して、血が流れている。僕は直感的に「お母さんを守らなきゃ」と思って、台所のシンクの下にあるドアを開けて包丁を持って、走った。男の脇腹を刺して、抜こうと思って横に揺らしたり回したりしたけど、抜けなくて別の男に蹴飛ばされた。また別の男が僕の腰をバールで何度も叩いた。感覚が無い、男は最後に僕の頭を叩いて、僕は気を失った。

神「しっかりと思い出したかい? もう一度戻ろうか。今回は今の君の姿で」

 気が付くと、家の二階にいた。コスチュームを著ている。血の匂いがする、お父さんだ。

 急いでリビングへ向かうと、男たちが居た。幼時の僕が包丁を持っている。僕は男を殴り、倒れた所で顔を何度も殴った。バールを持った男が僕へ振りかざす。掴み、奪って男の頭を掴んで壁に何度も打ち付けた。

 最後の男は逃げようとしている。逃がさない。走って組み伏せ、そのまま首をへし折った。昔の僕が僕を見ている。何か云うべきか。「君はヒーローになるんだ」と云った。何故そう云ったんだろうか。わからない。

神「君はやはり人殺しだよ、実に危険だよ。今、君は人を殺した。まるで、子供が拾った枝を振り回したり折る様にね。君はヒーローになりたいと思っている、併しね、君のその暴力的な性は無くならないよ。現に君の顔は笑っている。その兜で見えないと思ったかい? 私は慈しみの神である前に唯一の人格神だ。見ようと思えば宇宙の凡て、過去に起きた事凡て、起こりうる未来凡てを見る事が出来る」

 僕は攻撃を楽しんでいるのか? 僕は人を守りたい…それだけ…なんだ…。僕は、僕は、僕は僕と同じ存在を正義の為と云っていたぶっているのか? 正義でも、偽善でも、なんでもない独善だったのか?

 その時である。「…くれ。…きてくれ」とどこか遠くから聞こえる。

神「存外、早いものだね。少しばかり因果律へ手を加えたが、やはり人は素晴らしい。被造物の域を超えている。さて、ヒーロー、次に会うまでに、いや次に会うとするなら死後かもしれないねぇ。まぁ、会う時までに君の云う正義とは、ヒーローとは何かを決めていてね」

 目が覚めると、薄暗く赤い場所にいた。胸まで謎の液体があり、アミアブルが僕の首に腕を回して抱き着いている。

僕「ここはどこですか?」

アミアブル「君が私を助けて庇おうとしたんだろう? まぁいい。ここはドグラの中だ。すまない、私が力不足なせいで」

僕「善いんです。僕は…」

アミアブル「どうかしたか?」

僕「なんでもないです」

 アミアブルの鎧は壊れたのか、普通の服を著ているだけが為に、胸が当たって集中が欠かれてしまう。柔らかい、と思ってしまった自分が恥ずかしい。「あの…その」と言葉を若干詰まらせながら云おうとすると、アミアブルが復「どうかしたか?」と云った。

僕「えっと、近いと云うか、当たっていると云うか…」

 アミアブルは頬を少し赤く染めて云った。

アミアブル「すまない。ここから出るまで我慢してほしい」

 気まずい空気が流れて、

アミアブル「…少し雑談でもしよう。何か思いつくかもしれない」

 何か話す事に適したネタは無く、気まずい空気が復流れた。僕はずっと気になっていた事を聞く事にした。

僕「アミアブル様は…」

アミアブル「様はつけなくて善い。君は私を呼びたい様に呼んでほしい。もちろん敬称を付ける必要は無い、だが二人の時だけだからな」

僕「では、…アミアブルは何故、騎士団をお作りに?」

アミアブル「云う程の仲なのかはわからないが、君になら云って善いと思うから云う、決して外部に漏らさないでくれ。私は妾の子で、幼時は或る農村で過ごしたんだ。そこは常に平和だった。喧嘩も殆ど無くて、常に朗らかな人たちに囲まれていた。そんな或る日、珍しく旅人が訪れたんだ。私はなんだかその旅人が怖くて、近寄らなかったが、友達は旅人を気に入って、よく近くにいたんだ。確か、三日後に旅人が豹変して、みんなを襲いだした。私の家は村の外れにあったから最後に来た。お母さんが身を挺して私を守った時に、作物の様子や獣害が無いかという名目で、私の様子を見に来た王国の騎士団に助けられた。その時思ったんだ、もし私に力があったら、お母さんだけは助けられたんじゃないか、って」

僕「なるほど、なんと云うか、すみません。

アミアブル「善いんだ。君に話せて少し気が楽になった。そういえば、気になっていたんだが、君は何故人を守ろうとする気持ちが強いんだ? 妹との出会いなんかも聞いたが、随分と正義に満ち溢れていると聞いた」

 正義…。

僕「僕はそんな、正義に満ち溢れている訳じゃありませんよ、ただの…、ただの独善です」

 アミアブルが僕にハグをした。

アミアブル「大丈夫か? お母さんが教えてくれたんだ、泣いてるいとおしい人が居たらハグをして、「大丈夫?」と聞いたら善いと。大丈夫か? 泣いているぞ。アートルム、ナイトウォーカーと呼ばれる者を知っているか? 私は彼の事が少し羨ましいんだ。皆が云う様に確かに独善的とも云えるが、彼の中にはしっかりと「人を守る」という思いを感じたんだ」

 涙で前が見えない。

僕「僕は、居ても善いと…思いますか?」

アミアブル「君は優しい。何があったのかは分からないが、君は人を思う気持ちがある。君は私を何回も助けてくれた。君は居ても善い、いや、居るべきだよ。私以外が君が居る必要は無いと云ったとしても、私は君が居るべきだと云うよ」

僕「ありがとう…、ここから出る方法が一つ思いつきました」

 僕は剣を引き寄せ、深呼吸し、凡ての魔力を込める。稲妻があたりを威嚇し、度を越えた魔力が、姿を変えて虹を作り出した。

 魔力は大いなる剣となり、まるで瑞雲だった。それは天を、大地を、海さえも切り開く聖剣なのだ。

 僕は、神話に出て来る神々が振るう鉾の様に振るった。目を開けると光が広漠とあった。一縷の雲さえ無く、木立が広がって、騎士団と二つに別たれたドグラの死体があった。

 躰に力が入らない、躰が重い、脚が動かない。まるで躰が根を張っている。疲れた、躰の殆どが痛い…。どれだけの人が無事になっただろうか…。

 倒れ、気絶した。

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