第3話 イレーネ

 その場にしゃがんで、イレーネが差し入れしてくれた葡萄を味わった。

 お腹が満たされるような量ではなかったけれど、心は満たされた。それに喉の渇きも少しましになった。

 種と皮を転がしてやると、どこからともなく現れた鼠が持ち去っていった。


 レーヴェとイレーネは、奴隷の中で唯一歳が近い。使用人も他の奴隷も大人ばかりで、十代前半なのは二人だけだ。だからか、よく話をするし、助け合いもする。


 といってもイレーネがこの屋敷にやってきて、まだ一年ほど。イレーネが話してくれるようになるまで、少し時間がかかった。


 イレーネが初めて屋敷にやってきた日のことを、レーヴェは鮮明に覚えている。


 凝ったデザインではないけれど真新しい白い服を着て、靴を履き、豊かな黒髪を二本に分けて胸元に垂らしていた。


 露出している顔や腕や足は日に焼けて健康的な肌色をしていて、町にいる子供たちと何ら変わらない姿をしていた。それなのに、屋敷のみんなを見つめるその表情は怯え、憂いを秘めた眸は落ち着きなく揺れていた。


 少しでも高く値をつけるため、売買の直前には風呂に入り、綺麗な服を着させてもらえる。奴隷小屋で何も知らず純粋に喜ぶ子供たちを見てきたレーヴェにとって、少女のその反応は新鮮だった。


 そして心がざわついた。


 この子の笑顔が見たい。不安そうにしている顔ではなくて、心から楽しむ顔を。この子には自分と違う生き方をしてほしい。


 実際は二人とも奴隷として生きていくしか方法がなかったけれど。


 せめてイレーネに笑ってほしくて、積極的に声をかけた。


 しかしイレーネは微笑むことはあっても、声をあげて笑う姿は見せなかった。いつも寂しそうな不安げな顔をしていて。


 そんな顔を見ると、レーヴェの心はいつかイレーネを心の底から笑わせてやる、となぜかやる気に溢れるのだった。

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