偽物る/実はずっといたんです

「…………んん?」


 ここは何処? 私は誰?

 いや、それは覚えている。私の名前は釜島治歳。異譚課介入係の職員で、いつもだらしない兄貴二人のお世話係だ。


 しかし現在位置がわからない。

 周囲を観る限りでは、横たわっていたのは土の上だし、囲っているのも天井も土に見える。

 コの字型に土で出来た固い壁があり、一面にのみ木造の格子が備わっている。

 これではまるで檻だ。

 いや、本当に檻の役割を担っているのだろう。


 私はどうやら眠っていたらしい。

 微かにだけど、未だに瞼が重たいし、脳がぼんやりとしている。

 直近の記憶は……観光協会の本部で牛河さんに話を聴いて、それで…………。



「……ん、んぁ? ちとせぇ……?」

「斬兄さん! 大丈夫? 身体とか痛くない?」

「んぐ…………何処だここ?」


 私の傍らで眠っていた斬兄さんも目覚めたようだ。

 二人そろって眠らされてしまったらしい。

 十中八九、観光協会の人間に容れてもらった「くだん緑茶」に睡眠薬でも入っていたのだろう。


 私の舌に広がった薬品っぽい風味は、おそらくベンゾジアゼピンのものだ。

 ベンゾジアゼピンは内精神薬の一種で、まさしく睡眠薬として扱われている。

 気のせいだなんて思わず、その場で指摘すればよかったなぁ。失敗しちゃった。


 思い返せば、室内に入るまで牛河さんも若林さんも誰かに電話している様子はなかった。

 あくまで憶測の範疇を出ないけれど、客人をいつでも眠らせられるように薬を常備しているのかもしれない。

 雰囲気だって不可解な部分はなかったはずだ。

 それだけ、彼らの手際は手馴れていたということなのだろう。


「嵌められたって訳かよ……。こういう時、低級の怪異ってのはしんどいなぁ」

「私たちは動物霊みたいなものだから、薬物に耐性がないもんね」


 そんな半端な存在だからこそ、私は作った薬品の治験を自分自身で出来るんだけどね。

 それにしたってあの薬は効果が早すぎるし強すぎる。

 あれを観光協会のデスクに常備しているとしたら、村の非常識さを疑ってしまう。


「いや、客人を粗末な牢に入れてる時点で一般常識なんて欠けてんだろうよ」


 言い方は荒っぽいものだけど、今回ばかりはその意見に賛成だ。


「––––––そうだ、尾上さんに連絡…………ができない」


 ポケットをまさぐってみたがスマホが見つからない。

 警察手帳は持っているあたり、連絡を取るための手段のみ没収されてしまったようだ。

 斬兄さんの様子を見るに、彼も同じような状態だ。

 どうにか尾上さんと辰兄さんに連絡を取れればいいんだけどなぁ。



「うし、なら連絡を取りに行くか」

「……そうだね。どっちにしてもこの檻から出ないと」


 こういう時は強硬手段に限る。

 村の方々からは既に敵視されているようなものだし、今更暴れても大して変わらないだろう。



 斬兄さんが裾を捲って右手首を出し、そのまま檻へと向ける。

 一呼吸おいて、静寂。

 数秒の空白を経て、剥き出しになった手首にが集まり、形を成し始めた。

 まさしく、手首から大振りの刃が飛び出したかのようなルックスだ。


 いつ見ても凄いなぁ。

 私は高速移動中でも物体の運動を捉えられる目は持っているけど、風を自在に操れるような能力は持ってない。

 その分、私は薬学に関する鋭敏な感覚と知識を持っているわけだけども。



「しゃぁぁ…………オラぁッッッ!!」


 そのままパンチの要領で拳を突き出し、左前方へと流していく。

 尺骨茎状突起から伸びる風の刃は、木製の格子を凄まじい速度で削り取り、木屑を散らした。

 低く唸るような音が木霊し、木が焼けた香ばしい匂いが生じる。


「よし、アイツのとこまで行くぞ!」


 木の格子はバラバラに砕け、檻としての機能を失った。

 私は斬兄さんに追従し、土まみれの空洞をひた走る。

 粗雑なこの人のことだし、どうせなんとなくで走っているのだろうけど、この村で孤立するよりかはマシなはずだ。


 ともかく、まずはの下へと急ごう。




  ◆◆◆




「聞きましたよ。警察の方なんですってねぇ……」


 牛河さんの敵意を包み隠さない声音が突き刺さる。

 彼を取り巻いている村の方々も、同じような憎悪の視線を向けてきている。



 土壁でできた通路は、どうやら地下に作られていたらしい。

 出口らしき鉄の扉を開けてみれば、村役場へと繋がる階段が伸びていた。

 その階段を上った矢先、運悪く村役場の役員さんたちに見つかってしまったのだ。


「……だったら、もう少しビビったらどうなんすか?」

「私たちに対するこの仕打ちは、紛れもなく拉致監禁ですよ」


 相手が警察官であろうとなかろうと、睡眠薬で眠らせて、出口の無いような空間に軟禁するのは犯罪だ。

 加えて、私たちが収容されていた檻のような空間が三つほど余分に見つかった。

 睡眠薬を飲ませる際の手際や雰囲気から考えると、既に複数回にわたって同じような行為に及んでいる可能性は十分にあり得る。

 これでは「怪異が観光資源」だとか言っていられない状況だ。異譚課以外の職員まで出張らなくてはいけなくなる。



「その脅しは我々には効きませんよ。人間よりも恐ろしい存在を知っていますから」


 だが、牛河さんに怯むような様子はない。

 それは周囲の村民たちも同じで、見れば鍬やら金槌やらを構えている。


「……それは、くだん様のことですか?」

「えぇ。あの御方の逆鱗に触れてしまうことこそ、この村が最も恐れている事態ですので」


 その言い方だと、くだん様が典型的な“件”とは異なる存在であることを感づいているのだろう。

 本物の“件”を相手にしているのならば、恐怖による服従だなんて選択肢は浮かんでくるはずがない。


「この村の為になら、知らない人間の命を奪えるってのかよ……? 得体の知れないバケモノのご機嫌取りして楽しいのかよアンタら!?」

「村の外の人間にはわからない! 我々の苦しみを、簡単に理解されてたまるか!!」


 その怒声が合図となり、武器を握った役員たちが歩みを始めた。

 じりじりと、ゆっくりと距離を詰め、確実に私たちの逃げ道を塞いでいく。


「くそっ、この狂人ども––––––」

「待って兄さん、使っちゃダメ!」


 迎撃を行おうとしたところを、後ろから肩を掴むことで制する。

 相手が人間であるならば、斬兄さんの刃は使えない。


 彼の手首に形成される風の刃は、気流の中心に真空状態を作り、それを物体に擦り合わせることで切断を可能にしている。

 もちろん人体に対して使用すれば皮が裂け、肉が千切れ、血が出てしまう。

 その損傷を瞬時に治せるだけの軟膏を私が常備しているとはいえ、辰兄さんのスピードが無ければ軟膏を塗っている間に抵抗をされてしまうだろう。

 一般人に過度な傷を与えてしまうのも避けたいし、私たちが檻に逆戻りするのもごめんだ。



「でも、だったらどうすれば……」

「––––––すいません、遅れました!!」



 兄さんが弱音を吐いた直後だった。

 役場の正面入り口の方向から、スーツを着込んだ黒髪の男性が走って来る。

 若林さんだ。


「おぉ、若林くん。もう一人の警官と、白い犬はどうなったかな?」


 牛河さんが彼の登場に嬉しそうな顔を見せる。

 警官が相手をする上で、やはり体力のありそうな若い男性の手を借りたかったのだろう。

 それに、「もう一人の警官と、白い犬」とは、間違いなく辰兄さんと尾上さんだ。

 私たちが下手を扱いている間に、あちらも危機的状況にあっているらしい。


 こうなれば、一刻も早い合流が必要だ。

 眼球のみを動かし、斬兄さんの手元を見る。そこには小さな棚があった。

 棚の上には“件”の外見を模した、赤べこのパチモンのような小さな置物がある。


 考えるよりも先に手を伸ばし、その赤べこもどきを掴んだ。

 そして、素人なりに力を込めて、思いっきり投げる。


 狙った先は、この輪の中へ走って向かってくる、若林さん。



「何を––––––」

「お願いします!!」


 牛河さんたちの狼狽を掻き消す勢いで、私は声を荒げる。

 同時に、斬兄さんの瞼を後ろから掌で覆い、私もしっかりと目を瞑った。


 この状況を打破するには、村民たちの行動を制限しなければならない。

 しかし損傷を与えてしまうことは、私たちが有している肩書が許してはくれない。

 ならば、どうすればいいのか。



「《幻現刺痛げんげんしつう》ッッッ!!」



 動けなくなるほど痛い、それでも損傷とは決して言えないダメージを、負わせればいい。





「––––––い、痛いいいいいいいいっっっ!? ぐわああああっっっ!!」

「いだいいだいいだいいいい!! 身体が、斬られたああああ!!」

「首がっっっ! 首が取れたんだよおお!!」

「脚が痛い! 脚が、脚が取れたあああ! うわあああ!!」


 瞼を開けば、目の前に阿鼻叫喚が広がっていた。

 私たちを囲っていた村民たちが、突如として呻き苦しみだした。

 痛みに悶え、身体部位の欠損を訴え、苦痛に喚いている。


 しかし、身体の欠損はおろか、血液の一滴すらも零れてはいない。

 負ってもいない傷を抑えて、悶え苦しんでいるのだ。



「えっと何でしたっけ? 辰真さんと尾上さんの話、でしたよね?」


 唯一、先ほどと同じような様子で話している彼の方へと視線を向ける。

 彼の足元には赤べこもどきがバラバラに切り分けられており、そして血のように真っ赤な日本刀が握られている。

 その表情には、村民が苦しんでいることへの心配も、私の奇行に対する疑問も見られない。


 それもそうだろう。

 何故ならば、彼はこの村の住民でもなければ、若林という名前でもない。



「ヤバいから呼びに来たんですよ。斬鬼さん、治歳さん」



 彼は私たちの可愛い後輩、鮎川恒吾くんだ。

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