第2話 覚醒パスポートの使い方

 それからというもの、僕は覚醒パスポートを頻繁に使用するようになった。


「これからの時代、悪夢も未然に防ぐのです。無理して耐える必要はありません」


 追いかけられる夢は、追いかけられる前に覚醒パスポートを使う。それを使えば瞬時にあのターミナルが現れ、現実世界に出国できるという寸法だった。本物のパスポートなら発行するのにいくらかの費用と身分証明書の類が必要になるが、これには必要なかった。


「身分証明だの本人確認だの、そういった煩雑なことは現実だけにしようではないですか」


 目が覚めると午前八時。家から高校までは乗り継ぎ二回で小一時間かかる。完全に遅刻だ。いったいどうしよう、と思ったところで僕はすでに高校を卒業していることを思い出す。なんだ夢か。覚醒パスポート! たちまち例のターミナルが現れる。遅刻する系の悪夢もよく見る。急がないといけないのにノロノロ朝食が出てきたりして、どんどん状況が悪くなっていくのだ。早々に切り上げて目覚めてしまうのが吉。


「心配性なのですね。しかしこれからはもう大丈夫。あなた様には覚醒パスポートがあります」


 体育倉庫の扉が目の前で閉まる。女の子といっしょに閉じ込められるのならドキドキイベントだが、残念ながら僕一人だ。これは閉じ込められる系の夢に違いない。覚醒パスポート! 体操着のポケットにそれはしっかり入っていた。


「使い方が実に手慣れてきましたな。お見事でございます」


 駅前に聳える高層マンション。エレベーターで目指すは最上階。ウィンと扉が開くとそこは最上階を通り越して屋上であった。人が出入りすることなど想定されていないのか、手すりもないのっぺりとした床が広がって、そして、途中でなくなる。僕はフラフラとその淵に進んでいき……覚醒パスポート! 危なかった。落下系の悪夢だったか。


「あきれるほど頻繁に悪夢をご覧になる方だ。可哀そうに」


 僕は中学生に戻っていて、そして、学校の廊下でパンツ一丁だった。どうしてだかわからないが、とにかく更衣室に戻らなければならないという状況だった。その時、廊下の向こうから女子の声がする。はい、覚醒パスポート! ほとんどすっぽんぽんの状況であっても、僕はそれをしっかり持っていた。


「夢の中にいるときは、普通の旅券パスポートと同様、覚醒パスポートを肌身離さず携帯してくださいませ。盗難にでも合うと厄介なことになります」

「盗まれるとどうなるの?」

「それはもちろん、盗っ人があなたの代わりに覚醒するわけですから……」

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