10回目の夢

ぽぽ

第1話

 あの夢を見たのは、これで九回目だった。

 まず最初に、風船が一つ飛んだ。それは上空まで飛んでいき、突然割れた。多分気圧がどうこうの問題なんだろうけど、あまり勉強をしていなかったからよく分からなかったし、なんとなくだけど物理的な現象には思えなかった。そもそもを言えば夢の中なんだから物理法則が無くてもおかしくない。

 割れた風船は、屑となって目の前に落ちてきた。赤くてよれたそれは、まるで血のように見えた。いや、『まるで』ではないのだろう。

 そこで夢から覚めた。これが一回目だ。

 夢から覚めて、学校に行く途中、目の前に人が降ってきた。

 多分、自殺だったのかな。ビルの屋上から降ってきたそれは、肉塊となって血しぶきや肉片を体へ飛ばしてきた。

 肉塊の下から、赤い液体が広がった。あの風船と同じ色だった。

 その日は、それで終わり。その後警察に少しだけ話を聞かれて、飛び降りたのはまったく知らない人だったから、すぐに家に帰された。学校へは行かなくていいと言われた。でも言われなくても行けるような精神状態じゃなかった。今この日記を書いている時は落ち着いているけど、あの時は胃の中が空っぽになって、一週間は眠れなかった。飲食もほとんどできなかった。肉塊が何度もフラッシュバックした。

 それでも限界は来るもので、八日目で意識を失った。そうして二回目が始まった。

 蛙が跳ねていた。ゲコゲコと鳴きながら、平坦で真っ白な世界を跳ねている。

 唐突に虚空から紐が垂れ下がり、それが蛙の首のあたりを絞めた。

 グーグーと喉を鳴らし、数十秒後に動かなくなった。

 そこで目を覚ました。

 吐き気がしたけど、嗚咽するだけで何も出てこなかった。ほとんど飲み食いしてなかつまたから、胃の中に何もなかったんだと思う。

 それでも気分は最悪で、外の空気を吸いにベランダへ出た。

 向かいの家で、ベランダの柵にロープをひっかけ、その先端の輪っかから首が通っていた。

 ああ、まだ、夢の中なんだな、と寝ぼけた頭で考えて、もう一度ベットに潜った。

 向かいの家の人が自殺したと聞かされたのは、その数時間後だ。

 それを聞かされるまでに、もう一度夢を見た。二度寝してしまったからだ。

 三回目が始まった。

 時計の針がチクタク音を鳴らしていた。一秒刻みで、チク、タク。

 いきなり止まった。そして何も聞こえなくなる。

 それと同時に目覚めだった。二回寝たせいでやけに頭ははっきりしていて、脳もよく働いた。

 隣人が心臓麻痺で死んだと聞かされたのは、お向かいが自殺したと聞かされたのと同時だった。会ったら挨拶する程度の仲だったけど、少し悲しかった。

 その頃からようやく、夢と現実との関連性について考え始めた。

 明らかに、あの夢は現実の死を比喩している。

 なぜ? どうして? と考えようとしたけど、すぐにやめた。きっとこれは理由なんて無く、ただただ理不尽に襲いかかってくる災厄。そう直感していたから。

 ここから七回目までの起きている間は書かなくてもいいだろう。一週間ほど寝ないよう努力して気絶するということを繰り返すだけだからだ。

 四回目はダーツだった。ボードは様々な光や音を発していて、それに次々とダーツが刺さっていく。だんだん光も音も衰えていき、何回目かに真ん中に命中した時、ボードから光も音も無くなった。

 僕の通う学校の先生が、通り魔に包丁で滅多刺しにされて死んだ。ボードは先生を、ダーツは包丁を表していたんだろう。

 五回目は海だった。魚が一尾泳いでいたけど、エラの部分が何かで塞がれて、もがいた後に死んだ。

 同級生が水泳の授業で溺死したらしい。肺が水で満たされて、陸にあげても息ができず、陸上で溺れ死んだみたいだ。

 六回目はミミズだった。這いずり回っていたけど、液体が降りかかって、それが燃えた。

 従兄弟が、火事によって炭になった。煙を吸わないようにとミミズみたいに這い回ってたらしいけど、やがて服に引火したらしい。

 七回目は木だった。新芽が生えたと思ったらみるみるうちに成長して、花を咲かせ、散らし、枯れ、朽ちた。

 祖父が老衰で死んだ。枯れ木のように朽ちていた祖父は、最期は静かに息絶えたらしい。

 ここでようやく、僕は気づいた。死ぬ人が、だんだん身近な人になっていると。最初は見ず知らずの人。それから向かいの家の人。隣人、先生、同級生、従兄弟、祖父。六回目にはもう血縁にまでなっている。次は誰が死ぬのか、怖くてたまらなかった。

 それに気づいてから、二週間は眠れなかった。起きていても辛いし、寝てしまうのも耐えがたく怖い。どうしようもなかった。そして気絶した。

 八回目は鳥だった。真っ白な空間を不規則に飛び回っていた。片方の羽が千切れ、地面に頭から衝突した。

 父親が飛行機の中でバラバラになった。出張からの帰りだったけど、エンジントラブルによって片翼の機能が停止。そのまま地面に激突したらしい。

 九回目はボウリングだった。ピンが一本立っていて、そこにボールが向かっていく。ボールは止まるどころかスピードを増していき、ピンを数メートル弾き飛ばした。

 弟が事故で死んだ。居眠り運転によって轢かれ、全身がひしゃげたらしい。

 ここでようやく時間軸が過去から現在へ戻る。この日記を書いている今にだ。

 たった今、聞かされたことをこの日記に書いた。弟が事故で死んだことを。さっき起きた時から恐怖やら疲労やらは無くなり、今はただ使命感のようなものに駆られこれを書いている。

 背後にいるやつの影響だ。姿は見えないのに、存在は感じられる何か。それが今まで僕にあんな夢を見せて、人を死なせ、その時の様子を僕に伝えてきた。

 こいつの目的は分からない。でも多分、僕に日記を書かせているあたり、自分の存在とか概要を誰かに分からせることが目的なんじゃないかと思う。もしかすると、伝染する怪異なるものかもしれない。考えたところで意味は無いだろうけど。

 僕はこれから十回目に入ろうと思う。それでこれは終わりになるだろう。

 これを誰かが見てくれることを、僕は願う。

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10回目の夢 ぽぽ @popoinu

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