第19話 追悼

 目覚めたらレナルドが陽気にリュートを奏でていて、聞き覚えのある滑稽な騎士の活躍を歌っていた。名前は忘れたが、屋根の上で戦って滑るやつだ。


 レナルドは宮廷で澄ましている時よりも、こちらの方が気を抜いて楽しくやっているようにも見えた。寝る前に言ったことがなんだか、少し恥ずかしく思えてくる。


 そのうち奴は、ああ、起きた起きたとこちらにやって来た。


「お前、普通に旅回りの楽士をやる手もあったんじゃないのか」


 それならば別に、知っている歌を歌えば良いだけで、新しい歌を歌えなくなるだの期限に間に合わせなければだの、そんな話は関係がなくなるのに、と思った。


「そりゃ、安定と金貨と、あとやりがいですねえ」

「やりがい?」

「最前列で新しい冒険が生まれるのを見て、そこからすぐ自分の歌を作る。なんというか、緊張感があるんですよね」

「毎回唸ってるくせにか」


 期限は恐ろしいものですが、ないといつまで経っても完成しませんしね、だそうだ。


「ルーさんの冒険は、なかなか歌いがいがあります」

「なあ、おれがさっき……」

「レナルドさん! こっちでもう一曲!」


 おれだけでなく、仲間の歌も歌ってやってくれないかと言ったこと。半分寝ていたのでどこまで伝わっているのかと思っていたが、おれがもごもごとしているうちに奴は呼ばれて行ってしまう。


 結局、はいもいいえも聞きそびれたまま、おれはその夜を過ごしたのだった。


▪️ ▪️ ▪️ ▪️


 街の中を流れる川にかかる、大きな石橋がここの名物だった。丈夫で歩きやすい、真面目な石工が作ったのだろうと思える良い橋だと思う。


「良いですね。こういう名所があると、道中の話も退屈しないで済むんですよ」


 アシュエットの橋を渡ろう、三日で三個石積んで出来た、とまるきりでたらめな歌を歌う。いくら真面目な石工でも、巨人の石切場にでも行かなければ三日で石三個の橋は無茶だろう。


 橋を渡って少し行くと、城壁にしつらえられた門にたどり着く。おれ達が入ってきた東の門に比べると小さく、人通りも少ない。そこから先に抜け、数刻も歩けば遺構だ。


 近づけば近づくほど、おれの足は少しずつ重くなる。レナルドもさすがにおれに合わせて少しずつの行軍となった。何なら永遠に辿り着かなくても構わないのだが、と思う頃にはもう、楢の木の横に立つ遺構の門が見えてくる。


 ああ、変わらない。何も知らずに潜ったあの頃と。


「確認しますけど、本当にいいんですね? 中に入っても」

「ああ、もう覚悟はできている」


 奴らの遺骨があることも、それとももうなくなっていることも、中にあの時の魔物がいることも、いないことも、スウリが待っていることも、またすれ違うことも。全て予想してきた。


 そして、おれは必ずまた姫の元に帰る。


 二人で門を潜る。景色が光から闇へと、ぐるりと反転した。


▪️ ▪️ ▪️ ▪️


「やっと来た」


 遺構の音に紛れて聞こえてきたのは、ハープではなく、少女の声だった。


 頭巾を被ったスウリが、目の前に立っている。これは少々予想外のことだった。おれたちは狼狽えて顔を見合わせる。


「ようやく気持ちが落ち着いた。余計なことをせず、魔物を倒してくれる人がいるならそれを待てば良かったって」

「だからいちいちこっちを使おうとするんじゃ……」

「取り引き。外に魔物を出さない代わりに、鎮めることだけはさせて」


 お願い、と言い募る。


「……聞いてあげても、いいんじゃないですかね。やることは一緒なんだし」

「それより先に、すまん。こちらもやりたいことがある」


 おれはスウリの前を通り越し、先に進んだ。スウリは大人しくおれを通す。レナルドが彼女に、何か言っているようだった。おれは周囲を見回す。


 明かりもないのに、よく見えた。周辺には乾き倒れたままの白い骨が転がっている。こみ上げるものをどうにか押さえながら、額に手をやり、せめてもの弔いをした。


 あの日、おれが何も持ち帰れずにただ逃げ帰った時のまま、あいつらは地面に転がっていた。


「……鎮魂の歌、歌いましょうか」


 レナルドがしばらくした後、遠慮がちに声をかけてくる。頼む、と出た声がひどくがさついていて、驚いた。スウリは居心地悪そうにしていたが、リュートの音が響き出すとやがておれのそばに来る。


「仲間だったの」

「友達だった」


 レナルドに話を聞いたのだろう。そう、と感情のない声で言ってから。


「それはわかる」


 ぎゅっ、と拳を握り締めた。


「腹が立つ。腹が立つわ。何であなたたち、私たちと同じなの」


 魔の者は、魔王の死後多くが滅ぼされていると聞いた。彼女は、生き残りの筋なのだろう。


「何で私たちの仲間を奪っておいて、自分たちは奪われて泣いて……」

「泣いてない」

「泣いてる。泣き虫の勇者さん。私は……」


 おれは目元を擦った。なるほど、手が湿った。


「泣いてたな」

「そら見なさい。私は、あなたたちを許さない。けど」


 スウリはしゃがんで額に手をやる。


「……この遺構は、長いこと誰も手を入れていなかった。四人がかりで敵わないような魔物が出たのは、きっとそのせい」


 それは、私たちの責任だから。


「おれらなんて、別に被害に遭ってもいいんじゃなかったのか」

「わからない」


 今こうして、自分たちと変わらない遺骨を見たら、わからなくなってしまった、らしい。


「……彼らの寄る辺なき思いが、どうか」


 リュートの音が、いつになくか細く聞こえる。酒場ではあれほど陽気だった音色が、不思議なものだ。


「音に溶け、声に乗り、せめて満ち足りた天へと……」


 目を閉じる。おかしな話だがこの瞬間、この三人の気持ちは哀悼の一つに重なったような、そんな気がしていた。


 だから。


「形無き魔、鏡写しのものよ」


 力強い声と、ぎい、と引っ掻くような弦の音がした。それに気づくのが遅れた。


「眼前の敵を、眼前の危機を汝がものとせよ」

「誰!」


 スウリが鋭い声を上げた。この吟詠は、彼女がやっていたものとよく似ている。だとしたら、拙い。ここでおれが遭遇した魔物は……。


「現れ出よ、鏡王ドッペルゲンガー

「レナルド、歌を変えろ!」


 遺構中に反響していた静かな鎮魂歌は、もはやフィドルの荒々しい響きに塗り潰されていた。ここは向こうの場だ。リュートが速度を変えたが、それでも弱い。おれは剣を抜き放つ。


「スウリ、もっとよく考えなさい」


 歳を経たような、まだ若いような男の声がして、遺構の奥に今まで見えなかった人影がある。煤けたような濃い茶色の髪を長く伸ばして結び、襤褸めいた長衣を着込んでいた。その髪の陰から覗く、大きな引っ掻いたような傷跡。


 おれは瞬きをする。知っている。覚えのある姿と声、何より顔の傷。かつてふらりとおれの故郷から姿を消した……。


「イヴーリオ」

「イヴーリオ?」


 二人で同時につぶやく。襤褸の男はふと瞬きをした。


「え、ルーさんが前に言ってた語り部の……?」

「レナルド、手を止めるな」


 だが、奴がおれの名前を読んだことが契機になった。


「ルー? 窪地の村のルーか? ここで何をしているんだ」

「何をって、勇者になったんだよ、おれは」


 その経緯にはおそらく、こいつの語った歌への憧れもあった。それは何とも口にしづらくて黙ってしまったが。


「お前こそ何してる。魔物を呼んだりして」


 もやもやと瘴気が形を取る。脅威が来る。


「そう、鎮魂の時間を邪魔するなんて、無粋。どういうことなのか教えて。私に任せてくれたでしょう」


 スウリも声を上げる。こちらも知己であるのだろう。だが、それについて問いただす時はなかった。


「……これは必要なことなんだ」


 瘴気が凝って形になる。そう大きくはない。人の形だ。わかっている。イヴーリオが何をやっているのかはともかく、まずはこいつをどうにかしなければならない。


「レナルド、頼む、全力で弾け。そうでないと拙い、倒せない」

「やってますよ! 僕だってルーさんからここの話を聞いたんですから」


 あの時、四人ならば大丈夫とたかを括っていたおれたちの前に現れたのは。


 おれたちに生き写し、全く同じ強さの四人の姿だった。


 黒い霧が消える。目の前に立っている。それは、黒髪にどこか暗い顔をした剣持つ男の姿……勇者ルーがそこに立っている。


『自分と決着をつけなきゃならないんだよ。おれは……』


 おれは、剣の柄を痛いくらいに握りしめて、何もわからぬままにおれ自身と向き合っていた。

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