第13話 赤竜とお姫様の物語

 昔、昔のお話です。

 エニモールという大きな街とお城がありました。

 お城にはドラシアン卿という領主様が一人、奥様が一人、そして小さなお姫様が暮らしておりました。


 ある日のことです。

 晴れた空に突然、嵐と見まごうばかりの突風が起こりました。

 それだけではありません。巨大な雲の如き影が、エニモールの空を横切ったのです。


 そこにいたのは、遥か北東の険しい山脈に棲むはずの、大きな大きな赤竜でした。

 その名もグログウジュ。

 お城の塔ほどもある赤竜は、羽ばたきながら領主様に呼びかけます。


『人の子らよ。多少の無礼な振る舞いは許そう。

 しかし、我が眠りを妨げることは止しては貰えまいか。ちくちくと痒くて堪らない』


 領主様はびっくり仰天。

 赤竜に手を出すなどと、そんな大それたことはするはずがありません。

 それは身勝手な者どもが城を通さずにやっていることであろうと、懸命に訴えました。

 竜の鱗は希少で、高く扱われます。それが目当てであろうと。


『しかし、人の表に立つべき者は己であろう。早急に止めるべし。

 我も、何度も追い払うのはさすがに飽いた。

 次は容赦せずに潰してくれようか、それよりも先に、この脆そうな塔をへし折ってくれようか』


 その時、お待ちください、と小さな小さな声が響き渡りました。


「悪い方たちがあなたの邪魔をしたことは、お詫びいたします。

 でも、このお城を壊すのは良くないと思うの」


 それは領主様のひっそりと大切に育まれた小さなお姫様で、周りではたいそう利発な方と評判でした。


『理を説くか、娘』


 竜は巨大な顔を城砦に近づけて、そう言いました。


「あなたの尻尾がお城を壊してしまったなら、あなたの頭が叱られないといけないというのは、その通りです。

 今お父様は怒られていますから、それで良いはず。

 でも、悪かったからといって、あなたのお友達まで叩かれないといけないなんてことがあるかしら。


 このお城にいるのは、お父様だけではありません。

 私もいますし、お母様や、私たちの手助けをしてくれる皆様がいらっしゃるのよ」


 これには竜も言葉を失いました。

 元より脅すために来たわけですが、この言いようには煙に巻かれてしまったかのようです。

 ようやく絞り出した言葉が、これでした。


『我には友などおらぬ』


 数百年、魔王と勇者の時代から生き続けてきた生き残りには、対等な生き物などおりませんでした。


「それなら、私がなります」


 お姫様は、あどけない顔でそうおっしゃいます。


「そうしたら、あなたはちゃんとした方だもの。

 勝手に怒ってすぐに火を吐いたりなんかしない方だもの。

 お友達のいるお城を壊したりなんかなさいません。そうよね?」


 ううむ、とグログウジュは毒気を抜かれて唸りました。

 そうして、愉快そうに笑ったのです。


『なるほど、芥子粒のような娘だがなかなか言いおる。

 友の頼みとあっては仕方がない、ここは引くとするか。

 だが、ゆめ道を過つなドラシアン卿。

 再び我がこの街に現れることなきよう、励めよ』


 こうして、翼の起こす風も激しく、竜は寝ぐらである山へと帰っていきました。

 こんなことは魔王が敗れてから初めてのことでしたし、それをほんの小さなお姫様が知恵と言葉だけで解決したのは、たいそう驚くべきことでした。


 皆はお姫様とその変わった御友人を褒め称え、またドラシアン卿の御代は続いたのでした。


 めでたしめでたし。


▪️ ▪️ ▪️ ▪️


「……っていうのが、赤竜と姫様の物語です。僕が小さな頃に話題になって、お前も同じくらいなんだからしっかりしろとよく言われてました」


 城を辞してしばらく。『浮かれ狼亭』でレナルドが語り終えると、おれはなるほどとうなずいた。


「その頃、おれは窪地の村にいた。旅の語り部もなかなか来ないような僻地でな」

「じゃあ、今聞けて良かったですね」


 赤竜は、元々魔王が生んだ魔物のひとつだという。それが今は完全にこちらの生き物になり、山で眠ったり、時折飛び回ったりして生きている。


「理を説くか、か。あのお姫様は、昔からああだったんだな」

「にしてもあの部屋は驚きますけどもね。変な話、婚礼の話も浮かんでは消えらしいですから、もう好きにさせているのかな」


 おれはあの羊皮紙だらけの部屋の匂いを思い出す。姫君にとっては、何よりも芳しい知識と理路の匂いであったのかもしれない。おれが手にすることのできなかった、近づくこともできなかった類の。


 おれは、あの人を何も知らなかった。だが、歌は知ることができる。人も、そうだろう。


 他人に目を合わせてやることは好きでもないが、幼いシャルロッテ姫は巨大な竜にそうしたらしい。おれは、おれも……。


 おれは、残り滓のようなものだが、あの星のように輝く姫と同じようなことが、できるだろうか。

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