第9話 勇者と子供たち

 遺構の場所はと聞けば、驚くくらいに村に近かった。村外れの森の入り口すぐ、子供だって遊びに行けるくらいの距離だ。どうしてこんなところに村を、と言いかけたのだが、逆なのだろう。


 村自体は先にあった。魔王が、村の近くに拠点を築いたのだ。


 あるいは、魔王の力が弱まり、遺構が以前ほどの脅威でなくなるのと同時に村の人間も増え始めた。それで、少しずつ家を遺構近くに寄せて建てるようになった、ということだろうか。


 一晩休ませてもらい、歓迎を受け……この歓迎というのがやはり酒を交わしながらこちらの話を根掘り葉掘り聞かれる類のものであったので、おれとレナルドは若干の疲労感と共に歩を進めていた。天気は良く、何なら道端で昼寝だってできそうな空気だった。


「向こうは特に気にしてないようだったな」

「何がです? ああ……」


 レナルドは小さくあくびをすると、腕をうんと伸ばした。


「結局上手く暮らせてるみたいですしね。ごちゃごちゃとこだわっているのは僕だけ」


 加害者と被害者、と簡単に言えるものではないだろうが、何かをやった方は得てしてそれを軽く捉えるものだ。された側はいつまでも冬のような重荷を抱えてうずくまる羽目になる。おれも何度もそんな目に遭ったし、そんな出来事を見ている。


「まあ、前向きにやっているならいいんですよ。姉さんの件は、別に誰も本当には悪くはないんだ」


 だから僕が立ち直ればそれで終わりというわけです。そう言って笑った後。


「さて、そこでずっと立ち聞きをしてるのはだーれだ」


 腰に手を当て、道端に続く緑濃い茂みの方に声をかける。と、がさがさ、と枝が震えて小さな姿が現れた。一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。六つ。


「……多いな」


 ぞろぞろと姿を現した子供たちに、おれは呆れてそう言わざるを得なかった。年齢は様々で、その中で一番幼いのがラフィーネの家で相手をしたあの眠たい目をしたボーだった。こら、とレナルドが言う。


「こんなとこまで来たら危ないでしょうに。親御さんたちに怒られちゃうよ」

「だって、勇者さまがどんな風に戦うか、見たかったんだもん」

「遺構なら近くまで行ったことあるよ。全然平気だよ」

「何も平気じゃないんだよ」


 子供あしらいの上手いレナルドばかりに任せてもおけなかった。おれは頭を抱えながらこの先の危険性について説いてやった。


大鼠ラットが出るぞ、怖いぞ」

「森に入らなきゃ平気だよ」

「そう思ってるとその……怖いぞ。噛みついてくる」

「ルーさん、もうちょっと言葉を尽くして」


 おれは口に出そうとすると言葉が砂のように流れて散っていく方なので、大人しくレナルドに受け渡した。


「いいかい、奴らに噛まれたら、君たちの腕なんかあっさり半分になっちまうんだから。大人しく家で待ってなさい。矮人ゴブリンなんか、君らと同じくらいの大きさで五倍も力があるんだからね」

「五倍は盛りすぎだろう」

「シッ。おまけに棍棒なんかを持って、てきめんに脚を殴りつけてくるんだ。あれは痛いんだよ。僕なんかは一週間は腫れが引かなかった」


 この舌の回りようが功を奏したのか、子供たちはたちまち静かになった。ボーは目をぱちぱちさせながらレナルドを見ている。


「そこで、そんな危ない目に遭わせずとも勇者の活躍を皆に届ける役目が語り部というわけ。僕が後で一瞬も逃さずに聞かせてあげるからねえ」


 ほんとに? 絶対だよ。腫れたとこ、青くなった? 赤かった? 口々に勝手なことを言いながら、子供たちは道を戻っていく。ボーが名残惜しそうにちらりとこちらを見ていた。


「黒かったよー」

「日があるうちにさっさと帰れ!」


 ふう、と二人して息を吐いた。また余計なことで力を使ってしまったように思う。


「助かった。おれはどうしてもああいうのは苦手だ。怒鳴りつけるならやれるんだが……」

「役割分担でいきましょうや。まあ、ルーさんも子供が好きみたいだから、もうちょっと接し方を覚えたら楽しくできるんじゃないですかね」

「だからその子供が好きってのはどこから来るんだ……」


 ふふ、とレナルドは得意げに微笑む。なんだか先輩ぶってでもいるようで腹立たしい。


「ちゃんとしゃがんで目を合わせて、話をしてるからですよ」


 そんなことで好き嫌いがわかるなら、かまど番はよほど火が好きということになる。おれはやはり子供なんぞそう好きでもない。腰が痛くなるのでなおさらだった。


▪️ ▪️ ▪️ ▪️


 振り下ろした剣が、鼠の首元を正確に捉える。現れていた最後の一匹が消えた。


 森に現れていた大鼠ラットは、前回ほどの群れではなかったが、これまで数匹を斬り飛ばして霧散させた。話に聞いていた通り、常とはどこか違う様子が伺えるのは確かだった。


「前にいたあの子の言う通りなら、ここも力だか瘴気だかが溜まっていたり……ってことなんですかね」

「正直、嫌な予感はする」


 はい、とレナルドは弓ではなく背負ったリュートの方に手を触れた。


「……またあの子がいたりしないですかね」

「そう偶然があるとも思えないが、ないとは言えないな。面倒だ」

「あの子のハープ、静かなところで聞けばもっといいんでしょうがねえ……」


 何を呑気なことを言っているんだと思った。あの時、遺構の中では演奏も命がけの戦いだったというのに。


「ともかく、またややこしい魔物がいるつもりで行くしかない。やるぞ」


 それでも、九頭蛇ヒュドラーの毒に比べればまだ恐れるほどではないだろう、とは思う。なけなしの希望的観測を手に握って、おれたちはアーチ形の門の形に開いた遺構の入口を潜る。


 大間違いだ。こういう時の楽観は得てして、自らを予想以上の危機に叩き込む。


 今回も、そうだった。

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