第6話 冒険のその後
おれは、語り継がれるということについてこれまでしっかりと理解ができていなかったのだと、初めておれを歌った歌を聞いてしみじみと思った。街に戻り、宿で一日休んだところで領主の前へとまた引きずり出されたのだ。
考えてみてほしい。おれの行った振る舞いだの戦の様子だのが逐一、それも予想より遥かに浮ついた調子の美辞麗句を添えて他人にお出しされ、それを横で聞いていなければならないのだ。おれにとってはどうしようもなくこそばゆいものだった。
レナルドがぐずっていた歌の枯渇の件は、どうやら多少は解決したらしく、それは喜ばしいことであるのだが。
この勇者と語り部の制度は、領主が病弱な娘のために始めたものであるという。その当のシャルロッテ姫は、最初から熱心に聞き入り、今も歌の中の勇者の剣が閃くごとに一喜一憂をしている。
良かったな、とそれは素直に思った。青白い頬が少しだけ紅潮して、身なりや生まれから来る気品を除けば、まるで当たり前の街の娘と変わらずに見える。心から物語を楽しんでいるのだろう。新しい、しかも少々驚きの大きな勇者譚を。
その主役がどうやらおれ自身であるということは、やはりどうにも面映い。それでも同時に、おれが起こしたことが誰かの心を動かしている、そのことが何とも言えない、面映さに一滴蜂蜜でも混ぜたような気持ちになって、ぐるぐるとおれの心をかき乱していった。
聞こえるだろうか、とおれは遠い仲間たちに呼びかける。
聞こえているだろうか。おれの望みは、少しは叶えられた。語られ、記され、世に残ることができそうなんだ。続けていけば、これからもずっと。
……死ななければ、かな。
あの謎の少女とのやり取りは歌では省かれ、歌の中のおれは見事に
それでも、とシャルロッテ姫を見る。心から満足して、嬉しげに小さく手を叩いている様は、理想の観客とでも言うべき姿だった。身分がどうあれ、喜び方は変わらないのだな、と思う。またあの甘い面映さが胸を襲った。
レナルドが深く礼をする。リュートの音は遺構の中ほど響きもしなかったし、豪華な伴奏もなかった。それでも、奴の顔は切羽詰まったあの時の何倍も誇らしげだった。
▪️ ▪️ ▪️ ▪️
「見てました聞いてましたかいやあ喉も指も好調で良かったな本当に久しぶりに自分の歌を歌ったんですよ全部を歌にできなかったのは残念ですけどもねえルーさんルーさん」
「やかましい」
なんだか大きな犬か何かのようにまとわりついてくるレナルドを引き剥がす。こいつ、調子が良くなるとこうなるのだなということがよくわかった。意外ではある。おれたちは城の控えにあてがわれた部屋で休息を取っていた。
「だって、作れない作れないと思っていたのが何とかなったんですよ。これでクビにならないで済みますし。ばんざい!」
そういえばそんな話もしていたな、と思い出した。
「……問題ありませんよね? 歌は作ったし、報告もしました。道中でもほら、宿を取ったり道を聞いたり小銭稼ぎもやりましたし」
急に心配にでもなったのか、自分の手柄を数え出す。正直なところ、だ。こいつが挙げたような交渉事やらはおれの不得手とするところで、今回はなんというか……。
「まあ、その、だ」
助かった。次もよろしく頼む。それだけを短く告げた。レナルドの目に安堵の光が広がる。見た目からしておれよりはよほど若いのだろうな、と思った。
そこで気づく。おれはこいつの名前と如才のなさとリュートの腕については知っているが、その他のことは何も知らないのだと。
「お前、そういや歳はいくつなんだっけ」
何を今急に言うのか、という顔をされ、それからさらりと答えられる。
「もうすぐ十九になりますね」
「てことは十八か!? まだ二十歳にもなってなかったのかよ」
「はあ、まあうちの成人は十五なんで、その辺りで外に叩き出されてずっと語り部です」
若い若いと思っていたが……と思わず息を呑んでしまった。
「そういうルーさんはいくつなんです? 年上だとは思ってましたけど」
「二十三」
へえー、とじろじろ頭から足まで見られた。
「そんなもんかって感じですね。特に驚きはなかったです」
「人の歳でそう驚かれてたまるか」
「僕のは驚いたくせに……」
僅かな笑い。
「そういえば僕ら、自己紹介もろくにしてなかったんですね。すいませんね。自分のことでいっぱいで」
「……いや」
自分のことばかり考えて、連れに思いをやっていなかったのは、おれの方だ。奴が歌を取り戻して、今後も組み続けるというのならなおのこと。
「悪かった。おれもだ」
「謝れる人、いいですね。助かります」
歳を知れば、生意気な口答えも多少は許せるような気もしてくる。
……わからないことはいくらでもある。遺構の力、魔の者と名乗った少女とその手口。ドラシアン卿はそれを聞いてかなり考え込んでいた。この辺りについて何度も話し合い、首を傾げあった仲のレナルドだって、時々こちらを試すように見てくるあの目つきはよくわからない。
だが、それでも、もう少しばかりこの仕事をやってみてもいいのではないか、と思う。何も毎回毎回
「ルーさん、ところで、ちょっと忘れてることはないですか?」
何だよ、と物思いから立ち返る。忘れていることなんてあったろうか。姫のことを考えると、妙に気分が持ち上がる。それに比べて優先すべきことなどあったろうか?
「僕、ちゃんと歌を作って歌いましたね。まだ錆びついちゃいますけど、なかなかのものができたと思ってるんですよ」
どうだ、という顔をしている。しばらくその顔を見ていて、ようやく気づいた。
「お前、もしかして褒めてほしいのか……?」
「率直な意見を前向きな言い方に変えて優しく柔らかく伝えていただけると」
「褒めてほしいんだな」
なるほど、気合を入れて作ったものを評価されたいのはよくわかる。が。
「……悪い。自分のことだともう、何をどう聞けばいいのかわかりゃしなくてな」
ええーっ、と不平の声。それからレナルドはリュートを掴んで唐突にはらりと弾き始めた。
「じゃあ今からもう一度歌いますんでね。今度こそ感慨深く思ってください」
「それは強制することか? おい、やめ」
「『そは一振りの剣 ぬばたまの闇目に髪に宿し 立ち上がりしは黒髪の』」
「やめろーっ!」
わかったことがあり、おれは自分の手柄を高らかに歌われたとて、落ち着いて受け入れていられる気性ではないのだということ。
それから、だからこそおれはこの調子に乗りやすい語り部に、歌を歌ってもらわねばならないのだということ。
弦の音色はあくまで暖かく柔らかく、遺構の響きとはまるで違う。実際あそこで死闘を繰り広げたおれと、今こうして美々しく飾られたおれとがどこか食い違っているように。
おれは、その食い違いを飲み込んで、できれば愛さなければならないのだ。どうにかして。
おれたちの観客、シャルロッテ姫の小さな笑い声を思い出す。おれの冒険がもたらしたものはささやかな富と名誉と不穏な情報だが——そんなものは、あの笑顔の前ではなんとも霞んで見える気すらした。
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