第5話 恋愛なんて面倒だ

同じ大学で出来た初めての彼女だった。

それまでの俺は全くモテず、経験はゼロ。

初めての彼女に舞い上がり、生涯大切にしようと誓っていた。

俺にとって勿体無いくらいの完璧な彼女。ただし唯一の変えられない欠点があった。


それは彼女の過去だった。

彼女はモテるので、過去に何人か元彼がいた。そのことも承知の上で付き合った。

それはいい。付き合った上で段階を踏んで行為に及ぶ…それはいいんだ。

だが、彼女はマッチングアプリで何度かワンナイトの経験があった。

見ず知らずの、どこの馬の骨とも分からないような男との。

…長年引きこもっていた俺は、人に心を開くことがなく、他人に触れることすら拒んでいたのに……。


大好きな彼女とのセックスは、それはもう何事にも代え難い、安心感で満ちた幸福なものだった。

彼女との時間はかけがえのないものであることに違いなかったが、

どうしてもその変えられない事実が脳を蝕む。

行為中によぎる「あぁ、この女は誰とでもヤるんだな……」という感情にいつしか萎えてしまっていた。

そのことを本人に伝えると「だって過去は変えられないじゃん。グダグダ執念い。男の癖に女々しい。」と言われ、

そのまま関係がギクシャクしてしまい、2年記念日を前に振られてしまった。


……違うんだ。君を責め立てたい訳じゃない。

過去が変えられないのも分かっている。

ただ、俺が生涯をかけて〝特別〟を捧げたように、

他の誰でもない俺だけに、自分を捧げて欲しかったのに。

彼女にとって俺は「世の中に沢山いる男のうちの一人でしかない」という事実が虚しかったんだ。

 俺がボロ雑巾のように捨てられた後、元カノはすぐに別の男を見つけた。

…いいよなぁ。すぐに〝代わり〟が見つけられて。


男は可哀想だ。用がなくなれば捨てられるのだから。


一年間引きずっていた俺はきっと誰よりも情けない姿をしていたに違いない。


元々何人か女友達はいたが、幼い頃からの関係で妹のように思ってしまい、恋愛対象ではなかった。

しかしそのうちの一人である奈津子とメッセージを交わすうちに、

彼女が持つ明るさ、どんな環境にも対応出来る力強さに惹かれ、気づくと一人の女性として意識していた。

俺から誘い、メッセージを通して会うことに成功。

二人きりで遊んでいると、いい雰囲気になり、そのままキス。

久々に感じた人の温もりだった。……そして気がつけば一線を越えていた。


俺の存在を受け入れ、身体を許してくれた奈津子のお陰で

惨めな気持ちが救われるようだった。

 しかし、付き合ってもいない相手と簡単に行為に及ぶ奈津子に対し

不信感を拭うことは容易ではなかった。

きっと前回のように遊ばれるだけ遊ばれて、飽きたら捨てられるに違いない。

そう確信していたから俺は、利用される前に利用し尽くしてやろうと考えた。

____恋愛感情などどうせ刹那の勘違いなのだから。


最初から薄々その気配は感じていた。会話の端々から溢れ出す尻の軽さ。男癖の悪さ。

…だから付き合いたくなかった。

好きになんかなりたくなかったのに。

 都合よく利用されていたのは俺の方だった。

「誰でもいい。」そう自分に言い聞かせ、予防線を張り、

女を自在にコントロールしているつもりで、

実際に俺の感情を弄んで遊んでいたのは奈津子の方だった。


「恋愛なんて面倒臭い。」

愛情に振り回される俺自身が一番面倒臭いから。

ただ、愛されたい。

 俺は弱い人間だ。強がらないと生きていけない。

もっとみんなみたいにドライに生きていけたら幸せなのかな。


一人狭い部屋で深い溜息をつく。

ビールを飲み、テーブルに顔を伏せる。

脳裏に駆け巡る奈津子の笑顔を掻き消すように

独り言を呟いた。

「面倒だ。面倒だ。面倒だ……。」

そしてもう二度と、誰のことも愛さないと心に誓った。

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付き合うとかはまた別じゃん? Folder @zvehour

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