第45話 汪兆銘の決断
1939年12月、中国、太原。
上海条約の締結と日本軍の中国からの撤退によって、当然ながら国共合作など形骸化し1938年の夏頃には第2次国共内戦が幕を挙げていたが、その様相は以前とはまるで異なっていた。
「突撃!」
「「「萬歲、萬歲、萬歲!」」」
太原の郊外に膨大な軍勢が流れ込む、兵士といっても農民に銃をもたせた程度のものであり通常なら何かしらの反乱だと思われるだろう。だが、数が違った。
「撃て撃て撃て! なんとしてでも奴らをここで食い止めろ!」
「数が多すぎる! 撃っても撃っても死体を乗り越えて来るぞ、これじゃ弾がいくらあっても足りんぞ!」
10万は下らない国民革命軍の軍団が太原に波のように押し寄せる軍勢を撃退しようと試みるが、多勢に無勢、外輪の防衛線と陣地は数十万のその波に飲み込まれる。白兵戦となればいくら新式小銃が強かろうと、機関銃があろうと意味は無い。包囲の後には一斉突撃、銃剣で突き刺され、或いは鈍器で頭を潰され、陣地は丸ごと制圧される。
少なくない国民革命軍の兵士が白旗を掲げ、両手を挙げ、軍勢に合流した。国民革命軍の焦土作戦によって街を焼き払われた太原の住民もそれに加わり、国民革命軍に牙を向く。内外からの攻撃によって防衛線は一瞬で瓦解し軍勢が市街に入った後には略奪と暴虐の限りが尽くされる、投降した国民革命軍が所持していた膨大な銃砲、弾薬、それに僅かではあるが戦車や装甲車などの車両も鹵獲された。
国民革命軍の装備は以前と比べれば貧弱の限りであり、日本軍が遺棄していった火器を使っている者も少なくない。それに対して、軍勢の中核を成している紅軍はソ連製の新式小銃を揃え、機関銃や歩兵砲、トラックに火器と装甲板を添えつけた程度の簡易装甲車も数十両単位で運用している。
抗日戦争で急速にすり減らされた国民革命軍とは対象的に、ソビエトの支援もあり背後で勢力を拡大させていた八路軍は、既に一億以上の人民を解放区の支配下に置き200万以上の兵力を有していた。形勢は変わりつつある、蒋介石の中華民国にその赤色の波に対抗する力は残されていなかった。
※ ※ ※
中華民国首都、重慶、国民党全国代表大会。
「蒋、今すぐにでもこのような無意味な死を生み出す作戦は中止にしろ! 八路軍の攻撃を食い止めるために黄河を決壊させるだと!? ふざけるのも大概にしろ! 流域には何百万人が暮らしているのだぞ! 焦土作戦といい弾圧といい余りにも非道過ぎる、これでは共産党がやっていることと何ら変わりないぞ!」
啖呵を切る
「君に何の権限と地位がある? 汪副総裁、君とは革命以来長い付き合いだった、時に敵に、時に味方であろうと。日本との和平の時もよくやってくれた、反共和平を叫んでいたのは他でも無い君自身じゃなかったか? 日本軍を追い出すのと共産化を食い止めるのでは重要性が全く違う、どちらも失敗すれば暗黒の未来しか待っていいないだろうが、共産主義、アレは絶対にダメだ。君が1番理解しているだろう、大義に犠牲は付き物なのだ。これは私個人ではなく国家の総体としての利益を守るための全体の判断だ」
大会に出席している国民党幹部達も口には出さないが、顔では同じ事を言っている。汪もその判断は討論の末の苦渋の決断であることを承知はしているが、それでも惨すぎた。
「っ...!」
抗日戦争とそれに続く第二次国共内戦の死者は1000万人とも言われ、今なお国民党の支配地域でも紅軍のゲリラ攻撃によって無辜の市民が戦闘に巻き込まれている。全体的には共産党が優勢ではあるが内戦の収束の見通しは一切なく、国民党の統治が行き届いていない地域は地方軍閥の群雄割拠、戦国時代さながらの様相であった。そのような状況では法も警察も意味を成さず、更に肥大化した国民革命軍は悪事に手を染め末端にまで統帥が行き届いていない状況、もはや国防のための軍すらも信頼できない状態である。
「...なら、お前の好きなようにしろ。私は、私の手で、この状況を変えてやる」
汪には、たった1つだけ、希望があった。この内戦に終止符を打つ希望が。吉と出るか凶と出るかはまだ分からない、それでもその全責任を背負う覚悟はあった。
「何をするつもりだ?」
汪は、その希望を話した。会場が沈黙に包まれ、蒋も眉間にシワを寄せて顔をしかめた。完全なる拒絶の意思だった。
「今をもって汪兆銘を副総裁から解任、国民党から除籍する。賛成の者は挙手せよ!」
満場一致、それが汪の言葉に対する答えである。会場から退場する汪に投げかけられる視線は、冷徹で異物を見るようなものであった。
会場を後にし待機している車に乗り込んだ汪は、車内で待っていた腹心に声をかけられた。
「汪副総裁、彼らの使者が例の計画の返答はまだかと、急かしてきました。答えはお決まりになったでしょうか?」
「ああ」
答えは既に決まっていた。一言、短く汪は言った。
「
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