第11話 賊軍鎮圧命令
午前九時半、皇居、客間。
軍服をまとった人物が、持ち込んだ紙に書かれているものを読み上げる。
「...茲に同憂同志機を一にして蹶起し奸賊を誅滅して大義を正し国体の擁護開顕に肝脳を竭し以つて神州赤子の微衷を献ぜんとす。皇祖皇宗の神霊、冀くば照覧冥助を垂れ給はんことを。
昭和十一年二月二十六日、陸軍歩兵大尉、野中四郎。外 同志一同」
「これが彼らの
長々と続いた読み上げが終わり、その軍人は最後に謝罪の言葉を述べ、締めくくった。
「朕は、何かを間違えたのだろうか」
その一言でその場の空気が凍りついた。朕を一人称に使う人間は日本でただ一人、そして普段その人物は勅語や演説以外ではわたしを使っていた。
あえて朕を使ったのにはそれ相応の理由があるのだ。
「...陛下、間違えたとおっしゃいますと?」
震える言葉で、川島義之陸軍大臣が訪ねた。
その向かいに座る人物は、ため息をつくと、語勢を強くして言い放った。
「わたしはそれを読み上げろとは一言も言っていない」
同席していた本庄繁侍従武官は悟った。陛下は、そもそも反乱軍に味方するつもりは無いことを。
「早急に賊軍を鎮圧せよ」
※ ※ ※
反乱軍にとっては全てが想定外だった。
初動の首相官邸などへの襲撃は海軍陸戦隊に阻止され、陸軍省を制圧し陸軍大臣には面会出来たものの、天皇陛下は陸軍大臣が反乱軍を援護するような言動をしたことに激怒し、自分達のことを賊軍と呼んでいるという。
陸軍大臣や侍従武官は反乱軍に同情的で、陸軍軍人の多くも反乱軍の昭和維新を助けてやりたいと思っていたが、陛下の意思がそれを拒んだ。
つまり、武力による維新は失敗したのだ。
もともと、蹶起計画自体が、要人を排除した後は天皇に任せるという曖昧で、身勝手なものでもあった。
他方、その意思と方向性自体には陸海問わず同情するものが多く居た。
改革が必要というのは当時の共通認識だったのだ。
しかしある人物は違っていた。
皇道派にも統制派にも属さない、自称、満州派。陸軍が誇る天才にして変人の代表格。
陸軍参謀本部作戦課長、石原莞爾、その人である。
※ ※ ※
反乱軍の歩哨が、堂々と陸軍省に入ろうとした軍人に銃を構えた。
何事かと、省内からも反乱軍が出てくる。石原は反乱軍に向けて言った。
「お前たちの気持ちは分からんでもない。確かに改革は必要だ、富は偏り、軍は腐敗し、民は苦しんでいる」
だがなあ、と石原は声を荒らげる。
「お前ら自分が何をしたのか分かっているのか? ただ、上官の命にただ従っただけではないのか? どうだ、その上官とやら、自分が何をするつもりなのか答えてみろ?」
部隊を指揮していた青年将校は、その剣幕に押されながらも、なんとか口を開く。
「維新だ。皇国をより豊かに、より強くするための...」
「じゃあ維新のためといって、お前ら兵どもに死ぬ覚悟はあるのか?」
その場に居た反乱軍の兵たちはその言葉にたじろいだ、そして我に返って考える、一体、自分達は何をしたいのだろうかと。門を通ろうとする石原を止める者は居なかった。
陸軍省の中に入り、いつも通り参謀本部の作戦課に行こうとしたところで、石原は呼び止められた。
「今日はお帰りください。我々は維新をやり遂げなければなりません」
香田大尉、陸軍省制圧部隊を率い、陸軍大臣を説得した人物だった。
「お前らは陛下の皇軍を使って国体を揺るがす行為をしているのだ、断じて許されることではない。だが、話せばお前らの言い分も理解してくれるかもしれん、今すぐにこんなくだらないことを止めろ。家で家族が泣いているぞ」
それを聞くと香田はかすかに笑い、皮肉を込めて返した。
「石原大佐、
それは、国家のために、例え陛下の命に背いたとしてもやる必要があったのだ、石原はそう反論しようとしたが、その言葉が音となる前に、遠雷のような音がした後、眼の前の香田大尉が足を抱え、ガックリと倒れた。
遅れて窓ガラスが飛び散り、破片が石原の額に当たった。
香田の口からは痛みによる悲鳴が漏れる。
その二人に、銃声が鳴り響いていることに気づくことは出来なかった。
刹那の間に、陸軍省の門前では静かなる戦いが行われていた。
近衛師団と海軍陸戦隊、特別警備隊が機関銃や短機関銃を使い威嚇射撃をし、反乱軍の将兵に降伏を迫る。
青年将校達は拳銃を手に反撃をしようと試みたが、既にその腕は狙撃によって撃ち抜かれており、何もすることは出来ない。
自決すらも出来なかった。
再三の降伏勧告が流れる。
「兵に次ぐ。陛下より賊軍鎮圧の勅令が下された、抵抗するものは全て逆賊として射殺する。これが最後の勧告である、武器を置いて降伏せよ!」
近衛師団の兵士が一人ひとりの武装解除を行う。抵抗するものは居なかった。
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