第6話 ドイツとの交渉


西洋的な石造りの建物が立ち並び、街の各所には運河が走っている。

街は人に溢れ、屋台には見たことも無いような料理が並び、活気に溢れていた。


「ここがハンブルクですか」


ハンブルクは『靖国丸』のヨーロッパでの最終寄港地であり、エルベ川の河口近くにあるドイツ最大の水運都市だ。


今までに寄港してきたヨーロッパ諸国の都市の中でも一、二を争う規模のものだった。

下船しパスポートの手続きなどを済ませていると、街の方から日本人らしき二人組が向かってきた。

五〇前後の中年男性と、二〇代ぐらいの若者だったが、どちらも立派な背広を着込んでおり、それなりの立場と地位であることが伺えた。


「海軍の漆原大佐で間違いないでしょうか?」


先に口を開いたのは若い方だった。


「はい、艦政第八部長の漆原和一大佐であります」


私服だが、姿勢と敬礼は軍務事と変わらなかった。

若い方はほっとしたように肩を下ろし、敬礼を返した。


「申し遅れました、駐在武官の三橋です。こちらは...」


「駐独全権大使の大島浩おおしまひろしです。遅れてしまい大変申し訳ございません」


そう、大使館の職員が待機していると伝えられていたのだが、実際はいなかったから慌てたものだ。

親切な他の乗客のおかげで何とかなったが、危うく異国の地で迷子になるところであった。


「まあ、何とかなったので大丈夫ですよ」




それから一行は港の外れに待機していた大使館の車に乗った。

大使館があるのはベルリンであり、手続き上そちらに滞在するのが望ましかったからだ。


車窓からはハンブルクの町並みが過ぎ去っていくのが見えたが、郊外に出た途端にガラリと空気、いや雰囲気が変わったのが分かった。

ところどころにバラックが立ち並び、乞食が道路脇で大使館の車を物珍しそうに見ているのだ。


「ハンブルクとは様子が違いますね」


その疑問に答えたのは大島領事官だった。


「これでもきれいな方ですよ。地方はもっと酷いですからね」


大島はどこか遠くを見つめながら、そう言った。


「もっとも、ヒトラーが当選する前に比べたら、随分と少なくなりましたけれども。ここももうじき撤去されますよ」


第一次世界大戦の敗戦後、多額の賠償金を背負わされたドイツは世界恐慌の波に飲まれ、インフレが加速し、一時紙幣が紙同然の価値になった。

国民の多くが飢え、職を失い、路頭に迷ったという。

しかしナチス党、ヒトラー総統が政権を取ってからは経済は上へ向かい始め、インフレも収まりつつある。


大島領事官はそう説明してくれた。


「まさに救世主というわけですよ」


間違ってはいない。が、どこか発言が偏りすぎているような気がしたのは気のせいだろうか。

大島は外交官には向いてなさそうな人だった。




※ ※ ※




「こちらが溶接工程です」


巨大なドックの中でプレス加工された鋼材が組み立てられ、アークのまばゆい火花と共に溶接され船の形になっていく。

リベット工法が中心の日本の造船方法に比べても圧倒的に早く、そして効率的に行われていた。


今の日本にとってこの溶接工程は喉から手が出るほど欲しいものだった。


「やはりこの技術を提供してもらうことは出来ませんよね?」


ドイツ人の技官はすまなそうに頷いた。


「はい、最重要技術ですので。見学が許可されただけでも凄いことなんです」


ドイツに来て三日目、かねてより交渉していたブローム・ウント・フォス社の造船所の見学に漆原は来ていた。

最先端の溶接工法で船舶が建造されており、その技術には目を見張る物があったのだが、残念ながら提供してもらうことはできなかった。


「そうですか」


何かと交渉しようともこちらには手札が無いのだ。

引き下がるしか無かった。


何も得ることなく見学は終了し、トボトボと帰ろうとした時だった。

造船所の社屋が面している道路に大使館の黒い車が停まっていた。


「漆原大佐、お疲れ様です」


運転していたのは三橋武官であった。

行きも送ってもらったりと本当にお世話になっていた。

助手席に乗り込むと、三橋はドアを閉めて、反対側から運転席に座った。


「わざわざすみませんね。ありがとうございます」


謝意を込めて言ったつもりだったのだが、三橋武官はそれを聞くと、ふっと笑った。


「どうしました?」


何か笑われることなど言っただろうか。

顔に何かついているのだろうか。


「いえ、前に来ていた海軍の方が同じことを仰っていたもので。そういえば大佐、本国から資料が届いていますよ、交渉に使えと」




※ ※ ※




ナチス党総統、アドルフ・ヒトラー。

一九三五年時のドイツにおいて、最も権力を握っていた男とは、すなわち彼のことであった。


「総統閣下。日本海軍の使者が溶接技術の提供を求めて来たのですが、あまりに重大なものだったため閣下に判断してもらいたく参りました」


海軍統帥部長官、エーリヒ・レーダーはその最高権力者に向かって一礼した。


「我々が日本に溶接技術を提供する見返りに、日本軍の最高技術であるの設計図を我々に提供すると」


ヒトラーは窓の外を見つつもレーダーの言葉に耳を傾けていたが、予期せぬ単語に振り向いた。


「見えない魚雷だと?」











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