拝啓、魔王様

給油中の三輪車

第1話 彼は四天王で最強……

 どうも皆様、魔王様のプリンを食べて左遷された側近です。

 罰として、何百年も続く人族と魔族の戦争の最前線に左遷されました。


「おやおや、左翼前衛が崩れ始めましたね。

側近殿、あれを抜かれますと全軍が包囲されかねませんが如何いたしますか?」


 はい、ピンチです。

 ただでさえ激しい消耗戦なのですが、最近こちらの戦線に、人族側の英雄が配置されたとのこと。

 なんとかかんとか誤魔化し維持してきた前線の一部が正に暴力の化身によって崩されようとしております。

 ちなみに今声をかけてきたのは叩き上げの前線指揮官であり、今や魔王軍四天王随一の軍統率者となっておりますゲオルグ殿です。

 涼やかな声と落ち着き払った態度のオーク族であるゲオルグ殿は元は兵站担当であったのですが、少々過剰な食欲が災いし、一兵士として格下げののちに最前線送りとなりましたが、襲いくる人族を千切ってはかじり、千切っては煮込みと大いに暴れ回っているうちに軍功を重ね今やこの現場での最高位職。

 いやはや、魔族とは何が身を助けることになるかわからないものでございます。


「ゲオルグ殿は、私が憎いとは思わないのですか?」


 彼を補給部隊から前線送りにしたのは何を隠そう私なのです。

 これほどに生死が入り混じり阿鼻叫喚の地獄に送った私に恨みの一つや二つは抱いていてもおかしくはありません。


「恨むなどととんでもない。

私は感謝しておりますよ、側近殿」


 目を丸くしながらゲオルグ殿は続けます。


「補給物資を日々つまむくらいしかない怠惰な日常で、デブだ豚だと言われていた私はここに来て正に生を得たのです。

 闇雲にぶつかりにくる人間を片端から踏み潰し、腹が減ったらそこらに転がる肉を食う。

 肉食べ放題な食卓を用意された私はここにが正に天国だとさえ感じております」


 恍惚とした表情で両手を広げて見せるゲオルグ殿の口の両端からはテカテカとヨダレが流れ出てきています。

 平和主義な私としてはわからないことですが、どうやら本心からの言葉ではあるようです。

 今すぐに左翼に突撃を命じろと言わんばかりに私の言葉を待っているようです。


「ではゲオルグ殿、左翼立て直しに予備兵力を率いて指揮を任せても?」


「ご命令とあらば」


 初めからそのつもりだったのは、本日の開戦前から左翼をわざと崩れやすく誘い込む陣容にしていた点からも察してはいました。

 そのため、予備兵力とは名ばかりのよく練り上げられた直参の兵隊を待機させていたことも。

 食欲の抑制が、立場の上で必要だとはしても適度に発散させてやらなければ友軍の美味しそうな者達が犠牲になりかねません。

 沈黙である事でよしなに受け取ってもらいます。


「では、存分に」


 言うが早いか彼はサッと敬礼して足早に兵を纏めて駆けて行きました。

 全く戦争狂の食いしん坊とは理解に遠い。


 とは言え前線で暴れ回る彼、彼らが非常に頼りになるのも事実。

 着いた先から敵の右翼を散々に打ち負かし、陣形も何も引き裂き、押し込んでいきます。

 それを眺めつつ、全体に目をやれば静かすぎるくらいに中央もこちらの右翼も防御陣形のまま動きません。


「敵方の右翼は新兵ばかり、碌に統率も取れないままに突っ込んできてはズタズタに打ち負けると何度繰り返すのでしょうか」


 ゲオルグ殿に代わり隣に立つ副官にそう声をかけますが、彼は普段から無口なハイゴブリンの戦士。

 こちらからの投げかけにも特に何かを返すことは無いようです。

 返球のないキャッチボールは壁当てよりも虚しいです。


 そんな事を考えぼーっとしておりましたが、そう言えばゲオルグ殿が出るキッカケになった友軍左翼が崩れた原因は兵の配置と並行して人族側の英雄と呼ばれる人物が暴れ回っているからのはず。

 どんな人物かまではわかりませんが、互いに一角の武人であったなら、どのような競り合いとなるのでしょうか?

 好奇心半分、不安が半分といった心情でございます。


「……仮に、ゲオルグ様と拮抗する実力者であるならば……今後の戦術、戦略を練り直す必要があるかと進言致します」


「ですねぇ……ただでさえこれ以上の、消耗戦は多正面作戦を余儀なくされるこちらとしては避けたいのが本心。

 ふむぅ……いっそのこと、下げますか、前線自体を……」


 左遷されたとは言え、私は魔王様の側近。

 国の内情も含めて内線戦略も深いところまで理解しておりますので、副官の進言自体すでに思慮の内ではあります。


「しかし、ならばこそ新兵の中に英雄を放り込むのは……」


 魔王軍四天王の中でも単体戦力ならば最強とも考えるゲオルグ殿と同程度の英雄。

 私ならば、どう扱うでしょう?

 いや、私ならばではなく、なぜそこに彼を配置し戦わせているか?


「練兵、もしくは疎まれている?

 いや、その両方……ん〜?」


 人間の繁殖力とは凄まじいものがあります。

 ゴブリン、オークに比肩する精力と種としての数の多さ。

 今対峙しているのは確か、アリシア主義共同国と名乗る人族国家の中では中堅からやや下の国。

 そんな国でさえも人口は数千万から一億近かったはずで、数年前の出生数は確か百八十万人前後。

 多少無理をすればある世代の特定数を全員兵力にしてしまえば、こちら側の戦線など数の暴力で押し切られてしまいそうですね。

 まぁ、食料や武器、その他諸々の補給問題もありますから、全兵力の動員など簡単な話ではありませんが……。


 回復魔法がある関係上、確実に殺し切らないと、まるでこちらのアンデッド兵のようにしつこく立ち上がってくるのは全くもって厄介な事です。


「魔族が回復を主とした神聖魔法全般に適性がないばかりに、こちらの回復は薬草や秘薬に頼らざるを得ませんしねぇ。

 それらとて有限な資源から生産されるもの、特需として経済が潤うならばまだしも、用途が自国兵士の回復のために国が買い上げてばかりでは……借款ばかりも増やせないでしょうし、負債を返すにも対外輸出の先がこうも少ないと市場が寒くなる一方ですね」


 前線に飛ばされながらも国庫のことも気になって仕方ありません。

 共に働いていた者達が、今頃魔王様の我儘と数字とに振り回されつつ、胃をキリキリ締め上げられているかと思うと……うーむ、それとなく関係各所と多方面に展開中の各軍団長、四天王の方々、あと、ついでに魔王様にお手紙でも認めましょうかね。


「あっ、側近様。

 どうやら人側の英雄とゲオルグ様とが対峙するようです」


 副官が声をかけてきたのでハッと思考の内側から意識を戻して指し示された方へ目をやります。


 接敵した瞬間、天高くにゲオルグ殿の片腕が空へと舞い上がり、敵軍から大きな歓声が上がりました。


 ……まさか、彼は四天王の中で最強……。


 どうやら、本格的に魔王軍の戦術、戦略を見直す必要がありそうです。

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