第27話 崩壊する日常

 アミナから話を聞いた翌日。

 『魔術師』に攻め入られていたとはいえ、王都が日常へと戻るのは早かった。


 すでに教会は通常通り講義を開始し始めることになり、レオハルトは教会へと向かう為に歩いていた。アミナは昨日の件で泣き疲れてしまったらしく、今はレオハルトの部屋の寝床に付いておりこの場には居ない。


 『魔術師』である彼女は王都にとって大きな問題だ。『王都防衛軍』や以前の襲撃で親族や友人を奪われてしまった人にその存在が知れれば、騒動になるのは間違いない。


 当然、レオハルトはアミナを引き渡すつもりはなく、今も教会へと向かう傍ら彼女の今後について考えを巡らせているところだった。


 そんな中、レオハルトの視界にミーネットが現れ、周囲の建物へと視線を向けていた。


「ミーネ……?」


 突然見知った顔が現れその名前を呼ぶと、ミーネットは寂しげな表情で振り返ってくる。どうやら、先日の襲撃で壊れてしまった建造物を見ていたようだ。


「……やっぱり、また来るのかな」


 レオハルトが近付いたことに気付いたミーネットはそう呟いて顔を俯かせる。そんなミーネットの呟きにアミナのことを思い出しながらも、レオハルトはミーネットが見ていた街の建造物へと目を向けた。


 そこはもはや人が住めるような場所ではなく、散らばった破片を『王都防衛軍』などの人間が運び込んでいる。これほど凄惨な光景が今は王都のいたるところで見られ、そんな争いの後を目にしたレオハルトはゆっくりとミーネットの質問に答えを返した。


「……『魔術師』のことか?」

「うん……まだ『魔術師』って呼ぶのは少し抵抗があるけどね」


 あの襲撃の後、王都には『王都防衛軍』から正式な通達があり、その際に敵対勢力への呼称に用いられたのが『魔術師』という名称だった。


 実際、レオハルト達が直接相対した際にも彼らは自分達を『魔術師』と名乗っている。だが、これまでミーネットにとっての『魔術師』というのはレオハルトと彼の母親のことを指していた。


 レオハルトの母親が生きていた頃に懐いていた彼女は、迫ってきた『魔術師』達がレオハルトの母親と同じ『魔術師』だと思いたくはないのだろう。しかし、それはレオハルトも同じだ。


 破壊の限りを尽くし、暴虐と殺戮を繰り返した彼らが自分の母親と同じ存在だと認められるわけがなかった。だが、全ての『魔術師』が同じように蛮行を行うわけではない。


 少なくとも、今レオハルトが保護しているアミナはそうした行いには否定的なのだ。だが、そうだとして、アミナが『魔術師』だとミーネットに伝えたら彼女はどう思うのだろうか?


 ―ミーネには正直に話しても良いかもしれないが……でも、ここはもう少し様子を見よう。恐らくアミナについて色々考えてくれるとは思うが……巻き込んでしまえば彼女も共犯者になってしまう。『魔術師』を匿っていると知られれば、確実に問題になる……そんな騒動にミーネを巻き込むわけにはいかない。


 例えアミナが敵対勢力である『魔術師』だとしても、レオハルトはまだ幼い彼女を守ると決めた以上、最後までそれを貫くつもりだ。


 自らの父親に騙されて都合よく使われ、そしてさらに自爆を求められてしまっていたアミナをこれ以上危険なことに巻き込むのは反対だった。軍に彼女の存在が知られれば、現在の状況では最悪の場合処刑されることもあり得るのだ。


 ならば、少しでもアミナを安全な場所に匿わなければならない。だが、これが明るみに出ればレオハルトも共犯者として扱われるのは間違いなかった。


 その時、ミーネットを巻き込んでいた場合、彼女にも被害が及んでしまう……それだけはなんとしても避けなければいけない。


 ―罪を背負うのは僕だけで良い……。どこまで匿えるかは分からないが、とりあえずやれるだけのことはやってやるさ。


 レオハルトが覚悟を決めている傍ら、隣に居たミーネットは少し先を歩き始めてしまう。特に何も発さずに歩き始めた彼女横に並ぶと、ミーネットは無表情なまま小さく呟いた。


「……戦争になるのかな?」


 それは疑問というよりは確信に近い言い方だった。戦争が起こると分かっていながら、それを否定して欲しいと考えているのだろう。だが、戦争は近いうちに間違いなく起こる。


 例えこの場で彼女の言葉を否定したとしても、自分達の意志など関係なく起こってしまうのだ。


 ならば、否定の言葉などなんの励みにもならない。レオハルトは壊されてしまった建物へと視線を投げ掛けながら質問に答える。


「……認めたくはないが、戦争になるだろうな」

「……なんでこんなことになったんだろう。あの人達の気持ちが全然分からない……どうしたらあんな酷いことが出来るんだろうね」


 ミーネットは先日の襲撃で何人かの死体を目にしてしまっており、それを思い出したのか、彼女は口元をおさえて青ざめた顔でそう言った。


 しかし、それはレオハルトも同じだ。あの出来事から毎晩その当時のことが夢で思い起こされ、あまり寝付けていないのだ。


 彼らに限らず教会に向かう生徒達のほとんどが同じよう状態であり、大勢の人間が歩いているにも関わらず明るい話題は一切聞こえてこなかった。生徒によっては今も当時のことが悪夢として蘇ってしまい、教会へ来ることができなくなった者もいるらしい。


 それだけ先日の『魔術師』による襲撃は、怪我を負った者や死んでいった者達だけでなく、生き残った者にも大きな傷跡を残してしまっていたのだ。


「千年前の復讐だかなんだか知らないが、君の言う通り王都をこんな風にする連中は普通じゃない……もうこんなのは絶対にごめんだ」

「うん……」


 そう答えるミーネットもまた、友人を数人失ってしまっている。

 両親やシルヴィなど特に親しい人間は生き残っていたものの、教会内で顔が広い彼女はレオハルトとは違い友人や知人が多かった為、その分今回の騒動でそういった話を耳にする機会が多かった。


 これはレオハルトも後で知ったことだが、例の襲撃で行方不明になっている者も多く、すぐに亡くなったかどうかは軍でも判別が付いていないらしい。その為、誰が死んで、誰が行方不明なのかも分からない。


 ミーネットはそんな友人達が居なくなって傷付きながらも、今は『学生会』の代表として、教会でもっとも優秀な生徒として、士気の下がった教会内の人間達の上に立たなければならないのだ。


 馴染み深いレオハルトの前ですら涙を見せない彼女の強さに感心しつつも、レオハルトはその強さの裏にあるミーネットの弱さを認めるように彼女を安心させるように声を上げる。


「……今は『王都防衛軍』が捕虜から話を聞いてるらしいからな。……何か新しい情報を得ることが出来れば、また通達があるだろう。……今はただ、それを待つしかない」

「そう……だよね……」


 『魔術師』による襲撃。それは平和な王都にこれ以上ない絶望を落としたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る