第7話「イアムの過去!」

 屋敷に帰ったタナトは、出し抜けにイアムから謝罪を受けた。


「申し訳ありません! 私は役立たずです!」


 美しい九十度のお辞儀を見せられて、タナトは当惑させられていた。


「い、いやいや。謝ることありませんよ。でも演習用にしては大きいサイズの悪霊リグレットでしたね」

「そうなんですか? 実は私……悪霊リグレットと戦ったことなくて」

「ふむ……」

「怖いですね! あの『口だけ』!」

(……大丈夫なんですかね……この島)


 死神の仕事は、主に死者を成仏させること。

 偶然発生する悪霊リグレットを退治する仕事は、あくまでそれに付随する二次作業。

 冥土島で悪霊退治の訓練が進んでいないのは、それが重要視されていないからだ。


(いやいや。オレはその悪霊退治だけで成り上がったんですけど?)


 だからタナトがこの島のメイドたちの育成担当に選ばれたのだ。

 頑張るしかない。


(そうですね……って、余計なお世話ですよ!)


「タナト様」

「何ですか? ヘイ」


 屋敷の中にはタナトとイアムだけではなく、黒猫のヘイもいる。

 一応、玄関で自力で足を拭いてから上がっている。


「冥土島の女性たちは、全員メイドとしての教育を受けているようです。死神を目指しているはずなのに……」

「奉仕精神を培うためだそうです。そうですよね? イアムさん」

「え、あ、はい。…………ネコ……?」


 イアムはヘイについて何も知らされていない。

 当たり前のように屋敷に入っているこの黒猫を、訝しんで見つめていた。


「タナト様。死神とメイドに、何の関係があるんですか」

「あはは」

「あははて」


 そろそろその辺りに疑問に思うことを億劫に感じ始めている。

 タナトは適当に笑って誤魔化し、話を変えることにした。


「……しかし、たいした怪我が無くて良かったですよ。イアムさん」

「ふぉう!? わ、私のことを……心配……してくれて……!?」

「? どうしました?」

「……ッ! いえ……感動して……。申し訳ありません……!」


 イアムは口元を抑えて涙ぐんでいた。

 二人からしたら意味不明なので、ドン引きするしかない。

 だが彼女は二人の空気をまるで察することなく、今度は歓喜に溢れた満面の笑みを向けながら両手でガッツポーズを作る。


「あのあの! ご主人様……というか! もりタナト様!」

「ひっ! は、はい……」


 少しだけ彼女がパーソナルスペースに入ったので、タナトは瞬間半歩下がる。




「…………私のことを、覚えていませんか?」




「え?」


 キョトンとした彼の顔面を見ると、途端にイアムの表情は悲哀に満ちていった。


「………………そうですよね。いや、それはそう……。はい。申し訳ありません……」

「? え、えっと……ごめんなさい。オレ、子どもの頃の記憶とかあまりなくて……」

「いえいえいえいえ! 気にしないでください! 全然! 全ッ然ッ! 気にしなくて大丈夫です! 大丈夫なのです!」

「そ、そうですか?」

「メイドさんは無敵ですので!」

「……じゃ、じゃあそういうことで」


 明らかにショックを受けているようだったので、不安を覚えたタナトはヘイの方に視線を向けた。


(本当に大丈夫なんですかね?)

(大丈夫ですとも)


 興味のないヘイは適当に相槌を返すだけ。

 イアムの悩みを明かせる相手は、まだこの場にはいなかった。


(……タナト様……。私は……私は、貴方の傍にいるために、他の誰よりも早くこのサポート役を志願したんです……。私は……私はずっと、貴方のことを……!)


     ♡♡♡


九年前


「やーい! このクソデカアホハート女!」


 冥界貴族の間で開かれたパーティに、幼い頃のほうきだかイアムは参加していた。

 しかし、そこで彼女は年の近い他の貴族の子どもに悪口を言われてしまった。

 彼女は自身の大きなハートの髪飾りを大変気に入っている。

 涙を流しながら、彼女はそこで会場を出ていった。


「……どうしたんですか?」

「……ッ」


 一人屋外の庭園で涙を流す彼女に、声を掛けてくれた銀髪の少年こそが、十森タナトだった。

 放っておいてと言っても構おうとしてくれる当時の彼に心を許し、イアムは自分が会場から抜け出して泣いていた理由を説明した。

 するとタナトは──


「……悪口を言った奴が誰か、覚えてますか?」

「え?」


 有名な貴族しかこの会場には集まっていない。名前などすぐに分かる。

 そしてイアムからかの子ども達が誰かを特定すると、すぐさま彼は会場に戻っていった。

 不審に思ったイアムは彼の跡を追いかけるが、彼女はそこで唖然とした。

 タナトは激しく怒りながら、かの子ども達を叱りつけていたのだ。

 最初は丁寧口調だった。だが非を責めてもイアムに謝る気のない様子を見ると、声も大きくなり、次第に一人の胸倉も掴み始める。

 ちょっとした騒動になりながら、それでも彼は止まらない。

 初対面の少女の為だけに、彼は本気で心から怒ってくれたのだ。


 だから箒鷹イアムは────初恋をした。

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