第6話「逃げ出した悪霊!」

九年前


 冥界の中心部は、冥王も含めた冥界貴族の都市で形成されている。

 その中にある、とある貴族の巨大な屋敷。

 もりタナトはそこで生まれた。


 九歳のある日、その屋敷でパーティが開かれた。

 子どもの頃の彼は、大人たちがどのような意図でもって形式上の交流をするのか理解していない。

 だから彼はパーティの途中で会場から抜け出し、夜の庭園に向かった。

 理由は何となく、ガーデンアーチが気になったから。


「……どうしたんですか?」

「……ッ」


 彼はその庭で、一人の泣いている少女を見つけた。

 髪の色は茶色で、あどけない見た目の自分と同じくらいの子ども。

 気になるのは泣いていることと、その無駄に大きいハート形の髪飾り。


 ……だが、現在の彼はこの時のことを覚えていない。

 涙を流す彼女にどのような言葉を掛けたのか、彼の記憶にはもう残っていないのだ。

 それでも彼女──ほうきだかイアムの記憶には、鮮明にこの時の出来事が残っている──


     ♡♡♡


現在


 冥土島の中心部にある都市区画は、『ほう』という名称が付いている。

 タナトはイアムに連れられて、まずはこの町の中央広場から案内してもらっていたところだったが──


「代表! タイヘン……大変タイヘンです!」


 一人のメイドが、突然慌てながらイアムに声を掛けてくる。


「どうしました?」

(代表……?)


 タナトが理解できていないようなので説明すると、イアムはこの島で『島民代表』の座についている。

 地位が高いというわけではないが、この島の顔役なのだ。


「演習用の悪霊リグレットが……逃げ出してしまいました!」

「えぇぇ!? どど、どうしてですか!? どこに逃げたんですか!?」

「そこです!」

「え」


ggyおおおおOOごがあああおおOOoooAaaaaaぁぁぁああああ


 鼓膜が破裂するかのような轟音。

 それを放ちながら建物の上を通り抜けていく、黒い『異形』が一体。

 ビルほどの大きさのその『異形』は、目も耳もなければ四肢もない。

 ただただ大きな口を開きながら、謎の原理で空を駆けているのだ。


「デカい……」


 先日、タナトもこの悪霊リグレットの一体を現世で退治した。

 彼が見る分には、その時のものよりも今目の前にいるこの一体の方が、サイズが大きい。


「どどどどうしましょう! ……いや! ここは島民代表たるこの私が!」

「イアムさん? 戦闘経験があるんですか?」

「え、あ、いや、実戦は皆無ですけど……。でも! ご主人様の手を煩わせるわけにはいきませんから!」


 キリッと視線を悪霊リグレットに向けると、イアムはどこからともなく『箒』を取り出した。

 それはブラシの向きを自由に変えられる、自在箒だ。


「……箒……? 鎌じゃないんですか?」

「これが私の鎌ですから!」


 箒の先端、板についたブラシの部分が、鎌状に変化する。これが彼女の武器となるのだ。


「……大丈夫ですか?」

「メイドさんは無敵です!」


 そして彼女は、叫びながら悪霊リグレットに向かって行った──


「うにゃん!」


 そして返り討ちにされた。


「イアムさん!?」

「代表!」

「代表がやられてしまいました!」

「どうしましょうどうしましょう!?」


 周りのメイドたちが慌てふためく中、タナトは一度深呼吸をすることにした。

 どうやら自らが出なければならないらしい。


「タナト様」


 その時、赤い首輪をつけた黒猫がタナトの足元に現れ、当たり前のように話し掛けてくる。


「あれ? ヘイ? 今までどこに……」

「や、その……秘密基地を探しに……」

「可愛い理由ですね……」

「それはともかく! あの悪霊リグレット……現世でよく見るものより大きくないですか?」

「そうですね。成仏する際に分解される魂のうち、あぶれた人々の『悪意』の集合体が悪霊リグレットですから。普通は偶発的に生まれるので、そこまで大きくはならない。ですがこの悪霊リグレットは、演習用らしいですよ?」

「……そうですか」


 周りのメイドたちは混乱している様子だったが、このタナトは落ち着きを失わない。

 悪霊リグレットは激しく叫びながら飛び回り、町の建物の一部も破壊している。決して尋常な状況ではない。

 だがそれでも、タナトにとっては何ら問題はない。


「さて」

 どこからともなく死神の鎌を取り出すと、タナトはスッと空を飛んだ。

 不気味な歪みを持つ形状の大鎌。

 その刃に埋め込まれた青緑色の珠が光を反射して煌めくと、事態は収束に向かう──


「安らかに眠って頂きます」

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