第13話

ふっと消えたり、急に現れたり。


まさに神出鬼没という言葉がぴったりな時枝ディレクターは、やはり疲れた様子など1ミリも見せずに完璧な装いで、ちょっといいか?と、使われていない部屋のドアを指差した。




「2つ目に読んだやつのコメントはまずかったな」




部屋に入るなり、いきなり駄目だしが始まった。


読んだやつのコメントというのは、リスナーから届けられた"手紙"に対する私の受け答えだ。




「2つ目というと、ええっと……」


「遠距離恋愛のやつだ」


「あ!」




高校時代の彼氏と遠距離恋愛の末に自然消滅みたいになって、別の人と結婚が決まったという人からのお手紙だ。


私、あれに対して何て言ったっけな?




「"遠距離してた相手とは縁が無かったと思って、諦めて?"」


「あ、」


「お前は縁が無いと思ったら簡単に諦めるのか?」


「それは、」


「そもそも"縁"ってなんだ?俺は目に見えるものしか信じないな」




迫られると逃げたくなるのは、人間の性なんだろうか。


1歩2歩と詰め寄られて、気が付けば壁際まで追いやられ、慣れた指が私の顎の添えられる。


ゆっくりと目を合わせた彼は、怒っているようにも、愉しんでいるようにも見え、その心の中にある感情は、読み取れなかった。




「時枝さん、」


「ふたりの時は隆司と呼べと言ったはずだ」


「……りゅうじさん」




1ミリだって甘さは無い。


ほろ苦さなら、窒息しそうなほどにある。


私の唇を自由気ままに蹂躙する彼は、やがて満足したように部屋を出て行った。

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