猫かぶりなデート
第3話 ハリセンボンとセイウチ
3-01
神城と付き合ってるということになってから早一週間が経った。
なんか前よりも周りがやかましくなった気がするけど、基本的にはいつもと変わらない。
その日もいつも通り、あたしが昨日の夜一生懸命準備したお弁当を教室でスズナちゃん達と食べていた。
「で、王子とはデートどこに行ったの?」
キラキラした顔で言うスズナちゃんに、箸を持つ手が止まる。
デート…。
あたしと神城は所詮ただの「恋人のふり」なので、当然デートになんか行ってるわけがない。
やば、どうしよ…。
「スズナ、くるみちゃん恥ずかしがってるよ!」
「あっ、ごめんね、くるみちゃん!」
別の親衛隊の子が勝手に勘違いをしてくれたおかげでなんとかその場を回避した。
でもこんな風に聞かれること、これから何回もあるだろうな…。
あたし達、写真の1枚もないし…。
「っていうか、くるみちゃんと王子、付き合ってるなら一緒にお昼食べたいよね!?」
「えっ…」
「気が利かなくてごめん! 明日から2人で食べてきていいよ!」
スズナちゃんが言った。
全然一緒に食べたくないし余計なことしないで!?
「だ、大丈夫だよ? あたしはみんなと食べたいな」
慌てて取り繕う。
でもそんなことみんなはお構いなしだ。
「くるみちゃん優しいからすぐそうやって遠慮するんだから~! あたし達のことは気にしないで!! あたしはくるみちゃんと同じ教室で空気吸えてるだけで幸せなんだから」
それは意味分からないけど…。
というわけで、あたしは次の日から神城とお昼ご飯を一緒にしないといけなくなった。
神城は嫌そうだったけど。
そんなのあたしも一緒だ。
それでも何だかんだ言いながらお昼に付き合ってくれるから実は優しいのかもしれない。
人が聞き耳を立てそうな室内だと落ち着かないので、屋上へ。
屋上にもそこそこ人はいるけど、さすがに草ボーボーの校舎裏とかでお昼食べるのは無理だからね…。
お弁当はかなり手を抜いた。
どうせ見るのが神城しかいないなら一生懸命作ってきてもどうしようもない。
屋上でお弁当を食べながら、神城にデートに行ったかどうか聞かれた話をする。
今日は風が強いから他の人にはあたし達の会話は聞かれないはずだ。
「…それで?」
あたしの話を聞いた神城は、明らかに警戒した顔。
…はい、あなたの予想は当たってます。
「だから、あたしと一度デートしましょうっていう話よ」
「なんで昼飯付き合ってやった上にそんな面倒くさいことまでしてやんないといけねえんだよ」
「あたしだってあんたみたいな上から目線男とデートしたいわけじゃないんだけど」
「おい。今すぐお前の秘密バラしてやってもいいんだぞ」
マズイ!
あたしの秘密を握ってる男に対して好き勝手言い過ぎた!
あたしはコロッと態度を変え、両手を合わせた。
「お願いします、神城様! あたしとデートしてください…。証拠作りに協力して…!」
手をすりあわせて必死にお願いした。
他の人なら上目遣いと思いっ切りの愛嬌でころっと落とせるのに、この男にはそんな小手先通じないからな…。
とりあえず精一杯お願いするしか…。
神城はそんなあたしを冷ややかな目で見てから、はあとため息をついた。
「仕方ねえな…。ったく、なんで俺がこんなボランティアみてえなこと…」
「ほんとに助かる! ありがと~!!」
良かった…。
あたしの人権がこれでまた一つ守られた。
神城には感謝してもし足りないかも…。
ムカつくけど…。
「その代わり、その卵焼き俺のな」
神城があたしのお弁当の卵焼きを指した。
いつもは時間をかけてふわっふわにしてるけど、手を抜いて短時間で簡単に巻いた卵焼き。
「犬は飼い主の言うことに忠実だろ?」
「飼い主なら犬のご飯食べないでよ…」
言いながら神城のコンビニのお弁当の蓋に卵焼きを置いてあげる。
ムカつきはするけど感謝はしてるからね…。
「やっぱ手作りの卵焼き美味いわ~」
ほんとムカつく……。
というわけで週末、神城とデートすることになった。
大事なのはみんなに付き合ってる証拠とエピソードを作ること。
なので王道デートを実行します。
行き先は水族館。
本当は魚なんてほとんど興味ないんだけどね…。
近場だしちょうどいいから。
待ち合わせ場所に行ったら、神城は先に来てスマホを見ながら待ってた。
なんだか私服は新鮮だ。
ゆったりした白シャツと上に羽織ってる上品なグレーのカーディガンが王子感を演出していて、悔しいけどかっこいい。
一方の今日のあたしも当然かわいい。
白くてひらひらしたミニのワンピース。
襟元がレースになってるけど派手な感じじゃなくてふわっと可愛いの。
近づくあたしに気がついた神城は、スマホをしまう。
「私服かわいいな」
さらっとそんなことを突然言う神城。
たまに褒められるからドキッとしちゃうじゃん…。
でもそのあとはいつも通り。
「休日にわざわざ来てやったのに何で俺よりあとに来るんだよ」
「悪かったね。ほら、行くよ!」
「へいへい…」
水族館に入ると、中は当然暗い。
最初は熱帯魚ゾーンからだ。
映画のキャラクターで見たことのある魚がたくさんいる。
綺麗は綺麗だけどまじで興味がない…。
みんな何をそんなにまじまじと見てるんだろう。
さらっと通り過ぎれば十分じゃない?
にしても、休日なだけあって人多いな~…。
人混みの後ろから、やや背伸びをしつつ両脇の水槽をさらっと見る。
そんな風にしてサクサク通路を歩いてたら、隣を歩いていた神城が突然ぐいっとあたしの肩を引き寄せた。
神城の胸とあたしの肩が接触する。
見上げると、至近距離に神城の顔。
心臓がドキッと大きく弾んだ。
「ほら、人ぶつかんぞ」
その言葉通り、あたしの脇をカップルが通り過ぎた。
「あ、ごめん…」
「ったく、気をつけろよ?」
「はい…」
「ゆっくり歩いてゆっくり見ろよ」
「そうします…」
神城があたしから手を離した。
水族館、暗くて良かった…。
絶対今、顔赤い。
不意打ちでそんな急に接近するんだもん…。
なんか神城に負けた気分で悔しい…。
忘れよう。
サンゴ礁ゾーンに来た。
また人とぶつかりそうになったら困るので、横の神城のペースに合わせてゆっくり歩く。
たまに、通りすがりの人に「めちゃくちゃ美男美女じゃない?」「なんかの撮影やってるのかな…」などと噂される。
あたしの中の承認欲求が「もっと噂して!」って騒ぎ立ててるよ…。
神城は全く気にしてなさそうだ。
立ち止まって水槽をじっと眺めたりしてる。
そんな水槽長時間眺めてないで、早く先進みたいけどなあ。
情緒がないのかな、あたし。
「あれ、お前に似てる」
ふと神城がそう言って水槽を一つ指さした。
指の先にはハリセンボン。
ちょっと間抜けな顔をしてるそいつ…。
「ねえ! どこが!」
文句を言うあたしに神城は面白そうに笑ってる。
「普段おとなしそうな振りしといて、そうやって頬膨らませて怒るあたりそっくりだろ」
「むぅ~…」
神城は笑いながらあたしのほっぺを片手で挟んだ。
「ほら、そっくり」
最悪…。
あたしは両手で神城の頭をつかんで、そのままごきっと横に向けた。
「いってえな、何すんだよ」
「じゃああんたはアレに似てる」
目線を向けたのは水族館のショーのポスター。
ぶよぶよしたセイウチがぬぼっとした表情で写真に写ってる。
「は?」
「セイウチ。ショーの人気者なところがそっくりでしょ?」
「おい、ふざけんなよ」
「いいじゃん、セイウチ可愛いよ」
あたしは声をあげて笑った。
仕返しだもんねー。
「ショーあと20分後にやるって。神城のそっくりさんがパフォーマンスしてるとこ見に行こー!」
「おい…」
神城の腕をつかんで先に進んだ。
なんかちょっと楽しいかも…。
ショーの会場はすごい人。
前の方に2席分空いていたので、そこに2人で座った。
「楽しみだね、セイウチ」
「…」
黙ってあたしの頭にチョップされた。
セイウチ楽しみって言っただけじゃん…。
ショーが始まった。
笑顔のお姉さんとお兄さんが出てくる。
最初は可愛いイルカのショー。
あたしはハリセンボンよりもイルカじゃない?
可愛いしみんなの人気者だし…。
お客さん喜ばせるために芸をしてるとことかも…。
あ、なんか落ち込んできた…。
神城に言ってみたら、「自意識過剰」と言われた。
はあ!?
ムカつく…。
ムカついたおかげで落ち込みは消えたけど。
そしてセイウチの登場。
「セイウチだよー!」
神城の肩をバシバシと叩いた。
うっとうしそうにされるけど無視!
セイウチは、アシカと一緒に出てきたけどアシカに比べて大分でかい。
アシカはシンプルに可愛いけどな~。
でもセイウチもなんか愛らしい感じだ。
抱きしめたくなる感じ?
セイウチとアシカのショーが終わって、最後にまたイルカ。
ジャンプしたり色々な技を見せてくれる。
「すげえな」
「すごいね!」
そして、ひときわ大きなジャンプ…。
水面に着地した瞬間、はねた水があたし達を襲ってきた。
「…」
びしょ濡れ…。
「お姉さん達濡れちゃいましたねー! みんな、お姉さんとお兄さんにごめんなさいしてー!」
飼育委員さんがイルカに言って、イルカがあたし達にぺこっとお辞儀した。
その様子が面白くて、気づけば笑ってた。
不思議となんだか楽しい。
いつもだったら怒ってたかも…。
あたし、このデート楽しんでるんだ…。
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