幻の街

海湖水

幻の街

 数人の人を見た。この街でまともな人を見るのは珍しい。大体が、かつての姿を見失った化け物か、姿は人だが心を失ったゾンビみたいな奴だからだ。

 あっと、「まともな」という言葉は少し見当違いかもしれない。やつらの見た目はバラバラで統一感がない。個人個人で見てみても、優秀な新品の装備品が揃えられている、という感じはしない。

 まあ、多分盗賊だ。見つけた人を襲っては装備を奪い続けてこの街に到達したのだろう。普通の奴らならここから数十時間歩いたところにある別の街に行くだろう。こんな街に来るやつは、大体街に入れない犯罪者どもだ。

 私は双眼鏡で盗賊たちを観察する。頭らしき人物は大きな袋を抱えており、周囲の奴らもある程度は宝石や食料などを持っているようだ。

 私は舌なめずりしそうになる。やつらは、この街にいる犯罪者が自分達だけと思っているようだ。


 「おじさん、良いよ」


 私の合図で盗賊の頭を銃弾が貫く。

 数人いた盗賊は皆倒れ、仲間が盗賊の生死を確認しに行く。仲間の反応からすると、死んでいるようだ。

 私も、そばに置いていた銃を手に取ると、盗賊の所持品を取りに走り寄った。


 「おじさん、どう?」

 「ん〜?あんまり良いものは持ってねえなぁ。同業者とうぞくだからな、やっぱ一般人の方がイイもんは持ってるわ。まあ一般人はこんなとこに迷い込まねえんだが」

 「え〜っと、迷い込んだ一般人の私のことを馬鹿にしてる?」

 「人の死体を見て動じねえガキは一般人じゃぁねえわ」

 

 私はおじさんの言葉に思わず呻き声を出す。痛いところをつく。確かに人が目の前で殺されるのを見て何も言わない一般人はいない。

 私は盗賊の頭が持っていた大きな袋の口をナイフで破った。そして、それをすぐに後悔することになった。


 「うわぁっ‼︎人だ⁉︎」

 「なにっ⁉︎」

 「ストップ、子供だから、別に敵ではないと思う。……気を失ってるから、まだわかんないけど」

 「一応、手錠はつけておいた方がいいですぜ。暴れられたらたまったもんじゃないですよ」


 私は仲間の数人に勧められて、手錠を子供の手につけた。

 この子も盗賊に攫われたのか。可哀想なものだ。私と同じ、この街への入り方ということもあり、少し仲間意識が強くなった。

 とにかく、この街に偶然とはいえ入ることになるとは、運が悪いものだ。


 「おじさん、どうする?」

 「……拠点に連れて行くぞ。そろそろ、この街から出ることも考えていたしな」

 

 私は子供を担ぐと近くのビルの地下へと入っていった。





 拠点はある程度の大きさなので、子供1人が増えたところであまりスペースが狭くなるわけではない。食料などの物資が足りるかは怪しくなったが。


 「そろそろこの街から出るぞ。とどまるだけ時間の無駄だ。まあわかっていると思うが」

 「でもさぁ、この街の『願望器』としての能力、どうしようもなくない?どうやって出るの」

 「中心部の地下研究所に突入して、『願望器』による街の封鎖を停止させる。途中にいる化け物どもは……殺せばいいさ」

 「いや、そこだよ。私たち、化け物の相手ができるだけの物資は持ってないよ?どうするの」

 「ないからするんだ。今しないと今ある物資も無くなって、本格的に俺たち全員が飢え死にだぞ?そうなる前に攻略する。明日だ。ガキが増えたことで食料に完全に余裕がなくなった。時間的余裕がある時にしておきたいからなぁ」


 私は銃を持つと、外の空気を吸いに出た。

 空はすっかり暗くなっている。星空を見ると、少し昔のことを思い出した。

 街にはじめて入ったのは、私が6歳の時。人攫いに攫われて来たのが初めてだった。そして、この街でおじさんに拾われた。

 そして、おじさんにこの街のことを教えられた。正直、今もよくわかっていない。おじさんも、多分そうだと思う。

 この街には名前がない。地図にも載っていなければ、街を探しても街の名前を載せたものは何もない。理由は簡単だった。「願望器」にそう願われたからだ。

 信じられない話だが、この街には「願望器」と呼ばれる、トンデモ物体が存在しているらしく、それにかつて、誰かが願いをかけたらしい。「この街を人々の記憶から消して欲しい」と。

 街は、人だ。この街に入った人々はこの街の一部となり、誰からも忘れられた。外にいる人たちもこの街を認識できない。理由は簡単だ。見た瞬間に忘れ続け、この街の記憶だけ抜け落ちるからだ。

 街を歩き回るミュータントのような化け物は、おじさんによると2種類いるらしい。一つ目が、この街の、「幻の街」の噂を聞きつけ、この街に入ってきた人々が、願望器の影響を何かしらの理由で受け、化け物へと変わったパターン。二つ目が、この街で起こった奪い合い、殺し合いで生き残るために、自らよくわからない化学物質を打ち込んだパターン。まあ、どちらも私たちの厄介な障壁となっていることに変わりはない。


 「あ、おじさんも外に来たの?」

 「ああ……すまんな。1人の時間を邪魔して」

 「いや、大丈夫だよ。なんかさ、おじさんって私に対して優しくない?」

 「街の外に残してきた娘に似てるんだ。ちょうど年齢もお前くらいになるな」

 「そうなんだ……なんか、ごめん」

 「なぜ謝る?」

 「なんかさ、おじさんの娘さんの代わりに慣れてる気がしなくて」

 「代わりにならんでもいいさ。お前はお前だ。明日に備えて寝ておけよ。失敗するわけにはいかないんだ」


 私はその場から立ち上がると、自分の部屋へと戻った。

 まるでお伽話のような街だ。そんなことをよく感じる。願望器、盗賊、そして化け物。

 いつか、夢のようにパッとかつての生活に戻れたらいいのに。そう思って生活し続けて十年が経とうとしていた。それでも、今日も願い続ける。

 私は、眠りについた。

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