第14話 ありがとう、なんて
中学生の頃友達に好きな人ができた。
休日に遊ぶこともない、とりあえず連絡先だけを交換しただけの関係。
それなのに女子数人の輪に巻き込まれて恋愛相談が始まった。
「どんなとこが好きなの?」
誰かが不意にそんなことを聞いて、
「ぜんぶっ!」
と、その女子は答えた。
その答えを聞きながら、東京で頑張っている兄と慕っている人を思い浮かべた。
わたしは全部好きと言えるだろうか?
そう胸に聞くと、答えは否だった。
わたしには、お兄ちゃんの嫌いなところが幾つもある。
特に嫌いだったのは、『大丈夫、大丈夫』と言うところだ。
その言葉はまるで呪いのようで、言う度、彼の体を蝕んでいくようにわたしには見えた。
人を庇って大怪我したときも、姉と別れたときも、両親が亡くなったときも、お兄ちゃんは呪いのように大丈夫と繰り返していた。
その度にわたしの胸は痛くなって、力になりたくて、側にいたくて、それでもお兄ちゃんはわたしに縋ることは一度もなかった。
悲しくて、痛くて、虚しくて、やるせなくなって嫌いになろうと何度もした。
けれど、日常の一コマ一コマにお兄ちゃんとの思い出があってそれを思い出す度、佐倉 千歳という存在がわたしの心の真ん中に居座って消えてくれない。
それどころか会えない日を重ねて行くたびに、どんどん想いは募る。
これは、初恋という名の毒だ。
もうきっと癒えることない猛毒だ。
願っていいなら報われたい。
けれど報われていい恋じゃない。
きっと幸せにはなれない。
わたしのせいで幸せになれない。
ごめんなさい。
結局、わたしは抑えられなかった。
わたしは貴方の為ならなんだって出来るのに。
鬼にだって悪魔にだってなれるのに、貴方を癒す天使にはなれないなんて。
⭐︎⭐︎⭐︎
「……ん」
目を覚ますと白い天井だった。
消毒液の匂いとナースコールの音。
そうか、わたし気を失って病院に運ばれたのか。
「あ、目を覚ました」
「……」
「そんな青褪めるくらいなら何もしないでほしかったんだけど?すーっごい騒ぎになっちゃってるんだけど?」
奏は大きくため息をつくと、ペタペタと顔を触ってくる。
「な、なに?」
「ほっぺに傷。綺麗に消えるとは言われたけど……」
ああ、そういえば太井とかいうやつに顔を掴まれたんだ。何かの拍子に引っかかれたのだろう。
「……もう、本当にやめてよね」
そう言って奏はわたしを抱き締めた。肩口が冷たい。涙が滲んでわたしまでヒリヒリと痛い。
大人しく抱きしめられていると、病室の扉がゆっくり開かれる。
「美優ちゃん!!目を覚ましたんだね、良かった……っ!」
「えっ、なんで、お兄ちゃんが……?」
お兄ちゃんは両親を亡くしてから病院に来ることはなかった。
不慮の事故。
トラックとの正面衝突。損壊のひどい遺体を確認したのはお兄ちゃんだった。
あれから病院にはどんなに高熱を出しても行くことはなかったのに。
「そんなの当たり前だよ」
そう言って私の手を両手で包んだ。
「お兄ちゃん……っ」
勝手なことしてごめんなさい。暴力を振るってごめんなさい。言うこと聞かなくてごめんなさい。何もしてあげられなくてごめんなさい。迷惑かけてごめんなさい。
ちゃんと言葉に出して謝りたいのに、喉が詰まって言葉が出てこない。
「僕が頼りないせいでごめん。僕のために怒ってくれて……ありがとう。
本当はありがとうなんて言っちゃいけないのかもしれないけど、あの場所で血だらけになってる太井部長を見て、正直胸がスッとしたんだ。
もし、ただあの場に僕だけが居たらきっと胸の中のモヤモヤとかを持ち込んだままになっていたと思う。
自分を想ってくれる人がいるって凄く安心するんだね。こんなことちゃんと考えたこともなかった。だから……ありがとう」
「……っ」
それから、わたしは子供みたいに泣きじゃくった。こんなひどい女を慰めたりなんかしないでよ。本当にひどい
「で、でも!暴力はダメだからね!あの、えっと、大丈夫?よし、よーし」
そう言ってわたしを抱きしめて背中をさすってくれる。
涙が止まらない。いつ止まってくれるんだろう。優しく受け止めてくれる肌があたたかい。
静かな鼓動に、まるであやされているようで心地がいい。
時間なんて止まってしまえばいいのに。
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