第12話 怒
「お兄ちゃんは甘いなあ」
お兄ちゃんはわたしが喫茶店に入るとすぐに会社の方向へと歩き出した。
無論、わたしは後をついていく。
そそそっ、さささっ、しゅびっ!
まるで忍者になった気分で少し楽しい。
そうして、会社に入る頃わたしはすぐ背後に近づいた。
ピコンッ
お兄ちゃんがカードリーダーを通した際に共入りする。
「……っ!?え!美優ちゃん!?」
あっバレちゃった。
わたしがバレたのと同時に警備員さんがやってきて連れ出されそうになるが、わたしの名前を伝えると記名だけ催促された。
どうやら話しはちゃんと通っていたらしい。
「まったくもう……待っててって言ったのに」
「いいでしょ!そんなに嫌……だった?」
きゅるんっ
上目遣い。
「い、嫌とかじゃないけど……」
そう言ってわたしから目を背ける。
ふふっお兄ちゃんは基本甘いのだ。
しかし、こういう反応も珍しい。
以前はこんなことしても効かなかったのに。
多少意識してくれるようになったのかと嬉しくなる。こんな場所じゃなければ余計に嬉しかったけど……。
「しょうがないなあ、そしたらまず人事部に行くから着いてきて」
「ん〜……わたしは私物取りに行ってくるよ。二手に別れた方が早いでしょ?」
「え」
「大丈夫っ大丈夫っ何もしないから!」
「めっちゃ心配になるんだけど!?」
これは本当。
今も戻らない目の下のクマや細い手足を見るといまだに怒りは沸いてくる。
だけど、武器も取り上げられてしまったし、わたしだってお兄ちゃんに嫌われたくない。
お兄ちゃんが穏便に済ませたいのならわたしだって……耐える……くらいは、する、つもりだ。
⭐︎⭐︎⭐︎
人事部に行くお兄ちゃんと別れてエレベーターに乗り込み7階を押す。
就業時間前には少し早いのか、人は疎らだが視線を感じる。
周りは全員大人でスーツで子供が乗っているなんて変だろう。
そんな視線を耐えながら7階に着くと何人か降りてわたしもそれに続く。
「もしかして、佐倉さんのご家族の人かな?」
黒縁メガネの男性。
お兄ちゃんより少し背の高い人が話しかけてきた。
「はいっ佐倉 美優です。兄がいつもお世話になっております」
ナチュラルに結婚してみた。
「あ、ああこれはご丁寧にどうも。お兄さんの同僚で黒川 大介です。退職の話を聞いて、私物はまとめてあるから……でも、出来れば今は少し待ってもらいたいかな。ほら、ジュース奢るから」
別にジュースなんてどうでもいい。
「いえ、お気遣いだけいただきますね」
スタスタと目的地へと足を進める。
「いや!ちょっと!待って!」
「……なんですか?」
「その、朝礼が終わって落ち着いたら呼ぶからそれまで待ってほしいんだよ。そしたらあいつもいなくなるから……」
「あいつ?」
「太井部長。名前くらいは多分、佐倉からも聞いてるんだろ?人様に聞かせるようなものじゃないから……」
そう言って気まずそうにする黒川という男性。
確かに、平常心でいられる自信はあまりないかもしれない。
「わかり––––––」
「あの野郎ふざけやがって!!迷惑だけかけて辞めるだあ!?あいつのせいで、データ分析も顧客管理も会議資料やプレゼンも全部予定が狂っちまった!!どうしてくれんだクソが!!」
この怒鳴り声に聞き覚えがあった。
お兄ちゃんを追い詰めた男の声。
駄目だ。ここで爆発したら、きっとお兄ちゃんは悲しむかもしれない。お姉ちゃんにもきっと怒られる。
「碌に仕事も出来ねぇ癖に辛そうな顔だけは一丁前にしやがって!!誰にやらせるかなあ……
あいつの仕事を手伝おうとしたやつがいいかなあ!?」
落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。
「ったく、あの程度で辞めるとか親の顔が見てみたいわ!!ってああ、あいつ親死んでるんだった」
–––––ブチンッ
頭の中で太い何が切れる音がした。
体温が下がっていく。
耳鳴りが止まらない。
「ま、待ってくれ!!……ひっ」
ごめんね、お兄ちゃん。
悪い子でごめんなさい。
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