第11話 苛烈
結局、千歳が会社に行くまでは3日かかった。
ドアノブに手をかけるたび眩暈と吐き気で中々家を出ることが出来なかった。
ようやく部屋から出られた千歳は、それだけで体力を使い果たしたようにも見えたが、大丈夫だろうか……?
「奏、お留守番よろしくね」
私にそう言いながら、スニーカーを履く美優。
今日は私服でシャツとジーンズにカーディガンを着ただけの恰好だ。肩には小さなリュックサックを背負っている。
「美優……?美優てゃん?ちなみに確認だけど、そのリュックには何が入ってるの?」
念の為の確認。
いつかの再現。以前もこうして凶器と呼べるものを持っていったことがある。
それもまったく同じリュックサックで。
「何って、何もないよ」
用意されたような返答。
至って普通の答えに嫌な予感が止まらない。
「リュックの中、見せて?」
「なんで?」
「いいから!」
「だから、なんで見せなきゃいけないの?お兄ちゃん待たせてるから行くね」
外に出ようとする美優の手首を掴む。
「美優、見せなさい」
少し強い口調でそう告げると、渋々と言った様子でリュックを預けてくる。
チャックを開けると、まさに嫌な予感が的中したことを悟った。
「……ひえっ」
包丁、包丁、包丁、包丁、包丁、包丁、包丁。
いや、殺意高すぎかよ。
「奏、これは必要なことなの。自己防衛だよ。もしかしたら、暴力振るわれるかもしれないでしょ?だから万が一の備えだよ」
「いや、どう考えても過剰防衛の未来しか見えないんですけど!?」
包丁は全て回収。
良かった……!妹が殺人犯になるところだった!
「千歳はそんなことしても絶対喜ばないよ。感情的に動いたら絶対後悔する。
そんなことしたら一生千歳と会えなくなるけどそれでいいの?」
などなど。
ありきたりっちゃありきたりな言葉を並べると美優は諦めたらようで、リュックごと置いていってくれるようだった。
感情で動く時には正論が一番効くのだ。
「……それじゃあ今度こそ「ちょっと待った」」
「身体チェックもさせていただこう」
合法的に妹をまさぐるチャンス。
これに嫌とは言えまい!どさくさに紛れて柔らかいとこに触れても文句は言えまい。フヒヒ。
「……」
「……」
この娘まだ包丁3本とカッター2本隠し持っていやがりました。慎◯勇者かな?
⭐︎⭐︎⭐︎
「お待たせしましたっ」
「あれ?さっきリュック背負ってなかったっけ?」
僕がそう問いかけると「あははっ」とだけ笑って彼女は僕の前を歩いていく。
ずんずん進んでいくけど、途中で疑問に思う。
あれ?僕の会社って教えたっけ?
そんな僕の疑問を他所に美優ちゃんは予定を告げる。
「退職届は人事部に持っていって、それから部署に一瞬寄ってから私物を受け取る。まとめてくれてるらしいから楽ちんっ」
「そう、だね」
本来なら、退職届けは直属の上司に出すのがマナーだ。総務部に連絡したときもそう言われた。
そんな電話のやり取りを聞いていた美優ちゃんが電話の後ろでブチギレ。
デリケートな部分を除いて退職の理由を告げていたこともあってか、「あっ、やっぱ大丈夫です」となった。
ごめんなさい、総務部の人!
実際、僕は恐い。
会社に向かうことも、部署に一瞬とはいえ顔を出さないといけないことも。
穏便に済んでほしいとは思うけど、そうはならないかもしれない。
そんなことを考えていると、会社の近くまでやってきていた。
ここからは、僕が一人でやらなきゃ。
二人に頼ってばかりいられない。
「それじゃ、美優ちゃんはここの喫茶店で待っていてね」
「え?一緒に行くよ?」
いやいやいやいやいや。
「そもそも、関係者の人じゃないと入れないんだよ」
「大丈夫、総務部の人に許可もらっているから」
え!?!?
あー……そういえば急な退社のとき私物を一人で運ぶのは大変だからってことで相談すると特例で許可が出る時が多い。
僕の前に辞めた人も多分母親らしい人がなんとも言えない表情で私物を持って帰っていった。
太井部長の勝ち誇ったようなニヤケ顔と母親の恨みが籠った視線は今でも記憶に焼きついていた。
「美優ちゃん、本当に大丈夫、大丈夫だから。私物なんてそんなにないし。言ってた通りすぐ戻ってくるから」
そう言って頭を撫でると、少しくすぐった素振りの後、渋々納得してくれた。
「……よし、行くか」
喫茶店に入る美優ちゃんを確認して会社へと向かった。
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