青いバラのソフトクリーム
ムタムッタ
青いバラのソフトクリーム
昔、花の博覧会に行った時のことを思い出した。
「青いバラだって!」
「ふぅ〜ん」
当時好きだった女の子に猛アタックしてデートまで漕ぎ着けたのだが、目的地に着いても素っ気ない。花が好き、なんて言うから来たものの、全然楽しそうではない。
その時のことで覚えているのは、『青い
バラにも様々な色がある。
情熱の赤は言うまでもなく、ピンクに紫、みかん(橙色のほうがわかりやすいかも)、黄色に緑と、まさに色とりどり。
しかし青系は珍しいのだ。
自然界に青い薔薇は存在せず、幻と言われていた。しかし研究者たちの弛まぬ努力により、遺伝子組み換えなどにより青い薔薇は誕生したと言う。花に詳しいと言う彼女に遅れを取らぬよう勉強したのである。
まさに高嶺の花……目の前にいる彼女のようだ。目鼻立ちは整って、折れてしまいそうな細く白い四肢は庇護欲を刺激する。そんな子が隣にいるのだから、緊張が止まらない。
「すごいよね、ないものを作っちゃうんだからさ」
「そうだねー」
そんな彼女は、朝からずっと素っ気なかった。珍しい花だと思ったけど、もう知ってたのかな?
展示場を出ると、狙ったように飲食店が設置されていた。目玉として、看板に書いてあったのは『青いバラ』のソフトクリーム。
「青いバラのアイスだってさ、食べてみない?」
「ん? んー」
携帯をいじるばかりで興味は薄かったが、せっかく来たのだから楽しんでもらいたい……と、ソフトクリームを買って戻ってみると、彼女は自分に見せないような笑顔で電話をしていた。
「え、ホント? いいよ、行く行くすぐ近くだし」
電話を終えてこちらに気づいたのか、上がっていた眉は再び沈んでしまった。
「お待たせ、電話大丈夫?」
「うん、あのね……ちょっと急用思い出したから帰ってもいいかな?」
わざとらしく、そして気まずそうな表情で、彼女は上目遣いで伺う。なんとなく察してしまった自分は、それ以上追求できなかった。
「いいよ! ごめんね」
「じゃあ、また今度」
ありもしない予定の話で切り上げて、彼女は行ってしまった。手元に残ったのは、ちょっと珍しいソフトクリーム。正直、この時の味はあまり覚えていない。
男1人で花を見た後、偶然彼女を見かけた。
車で迎えに来ていた男性は、自分とは全く異なるモデルのような人物で、対する彼女も心踊るようにはしゃいでいた。消えていく2人は、過去の人間たちにとっての青いバラのように幻だったのかもしれない。
10年ほど経ち、今では結婚して子供が産まれた。今にして思えば、若かったなと自省する。あれから誘った相手を気遣う余裕もできたのだから良かったとしよう。
同じ場所に訪れて、同じ青色のバラを見てそう思う。
「どうしたの?」
「昔ここに来たこと思い出してね」
「それって前話した、花に興味のなかったって子の話ぃ?」
隣にいる妻は、楽しそうに失敗談を弄る。
自分の過去を聞くのが楽しいのだそう。特に失敗談ややらかしは酒の肴になっている。心の隅に残ったことを、ポジティブに笑ってくれる妻は、自分にとってありがたかった。
「花というか、僕かな」
「デートの最中に他の男と会おうなんて付き合わなくて正解だって、アッハッハ!」
いつか見た青いバラも、企業努力で手の届く範囲になった。この前、家に飾ってみたけれど、
「まぁ、青いよね」
とは、妻による。
「パパー、あのソフトクリーム食べたーい」
「うん? あぁ……」
手を握っていた娘が、自分の腕を振ってねだる。それはあの時と同じ『青いバラ』のソフトクリーム。青い見た目は変わっていない。
そういえば、あの時はショックで味わう暇もなかったな。
「あ、私も食べるから3つね」
「了解でーす」
今度は3つ、ちゃんと人数分。
サクサクのコーンに乗った青色のソフトクリームは、いつものバニラ味と違う雰囲気。
「いただきまーす」
ひとくち頬張ると、ソフトクリームの甘味ももちろん、確かに花のフレーバーが感じられる。バラと言われればバラっぽい香りだ。
「おいし〜!」
「まぁ、ソフトクリーム……だね」
「美味しいね、私は違いわかんないけど!」
あの時の味に比べると、とても美味しく感じる。
昔と今では心境も異なるが…………案外そういうものなのだろう。
青いバラのソフトクリーム ムタムッタ @mutamuttamuta
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