第2話 部活の先輩

  ◇



「はぁ……」

「なんだい文也君。そんなしけた面して」

 ゴールデンウィークが明けて。俺は入部したばかりの文芸部の部室で、盛大な溜息を漏らしていた。そんな俺を見て、部長が声を掛けてきた。

「部長……俺、恋愛に向いていないみたいなんです」

「なんだい、失恋かい? お姉さんに話してみたまえよ」

 部長はトレードマークの黒縁眼鏡をくいっと押し上げながら、相談に乗ってくれた。さすがに父親がヤリチンだとか、香奈が妹だとかは話すわけにもいかなかったので、色々ぼかしながらにはなってしまったが、部長はちゃんと俺の話を聞いてくれた。

「なるほど……せっかく付き合ったのに、どうにもならない理由で別れるしかなくなったのか……事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだね」

「そうなんですよ……しかも、今後も似たようなことが結構起こりそうなんです」

 俺の父親は相当なヤリチンらしく、隠し子がどれだけいるのか、母も把握しきれていないらしい。となれば、地元にいる限りは恋愛するのは難しいかもしれない。いや、父親は今は地元にいないみたいだし、地元から出ても一緒かもしれない。

「まあ、愚痴くらいならいつでも聞いてあげるから、あんまり気落ちしなさんな」

「部長……」

 失恋(厳密には違うかもだが)で荒んだ心に、部長の優しさがとても沁みた。適当に入部した文芸部だが、入って良かったと心の底から思うのだった。



  ◇



「部長、いえ真美さん。……好きです。付き合ってください」

 あれから数か月後。俺は部長に度々相談に乗ってもらって、そこから徐々に親密になっていった。そして夏休みを目前にした今、俺は思い切って告白することにした。

「文也君……ああ、喜んで」

 そして、部長―――真美さんも受け入れてくれた。事前に血液型がO型であることも確認しているので、香奈のときのような悲劇もないだろう。今度こそ、彼女と幸せになるんだ。



  ◇



「別れなさい」

 だが、母は無情にそう言った。

「は……?」

 夏休み前最後の土曜日、真美さんを家に連れていって、母に彼女を紹介した。その結果がこれである。

「ど、どうして……? 真美さんはO型だし、血は繋がってないはず」

「あなた……真美さんって言ったかしら。あなた、伊吹家の子よね?」

「は、はい……」

 母に問われて、真美さんが恐縮したように答えた。……俺の父親の話は事前にしてあって、血液型から問題はないと説明していたのだが、それでもノーを突きつけられて困惑しているようだ。

「やっぱり……実はね、敏夫―――文也の父親が結婚前に言ってたのよ。伊吹家の次期当主の妻を孕ませたって」

「は、はら……!」

 あまりにも直接的なワードが出てきて思わず焦る。だが、そんな俺たちの様子にも構わず、母は続けた。

「伊吹家ってこの辺だと結構有名な家だし、その次期当主の妻ともなればそれなりの家柄だから、箱入り娘で、世間知らずだったんでしょうね。だからあいつの毒牙に掛かっちゃったのね……あいつはまだ当時独身だったけど、相手は人妻なのに容赦ないわ、ほんと」

 真美さんの家がそれなりの名家だというのは知っていた。けど、真美さん自身は比較的自由に育てられたらしく、恋愛に関しても自由にしてよいという教育方針だったらしい。だからこそ、俺みたいなのとも付き合えたわけだが……。

「で、でも、真美さんはO型だし、何かの間違いじゃあ……?」

 けれども、俺と真美さんの父親が同じだとすれば、血液型が問題になる。俺の父親はシスAB型で、しかもその因子を二つ持っているから、子供は必ずAB型になるという話だ。それならば、O型である真美さんがその子供であるはずがない。もし仮に真美さんの母親が俺の父親と不倫関係にあったとしても、真美さんと俺が姉弟ということにはならないはずだ。

「真美さん、あなた昔白血病になったことがあったんですって? 一時期話題になってたわよ。伊吹家のご令嬢が白血病になったって」

 すると、母がそんなことを言い出した。白血病って、確か癌の一種だったか。でも、それが今の話と何の関係が?

「は、はい……」

「そのとき、骨髄移植したんでしょ? ドナーはどうしたの? 母方の親戚の誰かがドナーになったんじゃないかしら?」

「えっと、母が……」

「じゃあ、お母さんの血液型は? O型だったんじゃない?」

「そうですけど……」

 母が真美さんに色々質問する。かなりセンシティブな話題だと思うのだが、ここまでずけずけ聞いてくるのは、やはり俺たちの交際に関わる話だからだろうか。

「やっぱりね……骨髄移植って、ドナーの条件が厳しい代わりに血液型―――正確には、赤血球の血液型が違っても移植ができるのよ。そして、移植後はドナーと血液型が同じになるの。……真美さん、あなた、元々AB型だったんじゃないの?」

「それ、は……」

「その様子だと、元々知ってたみたいね。まあ、まさか文也と姉弟だなんて思ってはいなかったんでしょうけども」

「……」

 母の問いかけに、真美さんはただ項垂れるだけだった。



「……その、すまなかった」

 母との話が終わって。俺は真美さんを駅まで送っていた。その道中で、真美さんが謝ってきた。

「本当は、元々私がAB型だったのは知っていたんだ。でも、私は君のことが好きだったし……まさかこんなことになるとは思っていなかったから」

「いえ、謝らないでください」

 まるで懺悔するようにそう言う真美さんだけど、彼女は何も悪くない。……真美さんは、俺や香奈みたいな母子家庭というわけじゃない。自分がまさか、母親が不倫した末に産まれた子供だなんて、想像できるわけがない。

「それよりも、こっちこそごめんなさい……真美さんのお母さんのこと、ショックだったでしょう? 母も色々容赦なかったですし」

「いや、それこそ謝らなくていい。確かに母のことはショックだったが、文也君に非はないよ」

 お互いに謝り合って、気にするなと言い合って。俺たちは思わず笑ってしまう。

「……まあ、なんだ。恋人にはなれなかったが、これからは姉弟として、同じ部活の先輩と後輩として、仲良くしようじゃないか」

「はい……先輩」

 これから真美さんとはこれまで通り―――に出来るかは分からないが、文芸部の先輩と後輩として、そして姉弟として、仲良くやっていこう。

「また何かあれば、お姉さんに遠慮なく相談してくれ」

「先輩も、たまには後輩に頼ってくださいね」

 最後にそう言葉を交わして、俺と先輩は駅で別れた。……物理的な意味でも、恋愛的な意味でも。

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