第一章 レークランド王国編

第1話 帝国の皇子 北へ

 帝国暦四九八年 三月


 草原広がる大地を騎兵に守られた馬車列が道を進む、はるか遠方には雪積もる広大な山脈が広がり、小川を作り出していた

 ある馬車の屋根に寝る少女は、冬と春が交じるそんな空気を感じながら、仰向けで寝転ぶ

 屋根に寝転んでいた少女は何かに気づいた様子で、窓をコンコンと叩くと、中を覗き込む

「街が見えたよ、ハシム」

 その声ともに窓の外から、黒髪の少女の顔が覗く

「不敬ですよフウカ、殿下の顔を覗き込むなんて」

 フウカと呼ばれた少女は、褐色肌のメイド、ライラに諭され不満そうな表情を浮かべ引っ込んでいった

「申し訳ありません・・・殿下、街に付く前には、屋根から降ろさせます・・・」

 ライラは、対面の殿下と呼ばれた、褐色肌男に頭を下げる

「ああ・・・、頼む。帝国には屋根に人を乗せる文化があるなどと、勘違いされては困る」

 足を組みながらハシムは、ため息まじりで答える

 外に広がる草原を見ながらハシムは思い起こす、アンダルシア帝国第四皇子の自分が、なぜこの北の地に追放のような事になったかを


 まだの雪が残る帝都フリアードの帝城にて、ハシムは告げられる

「ハシム、お前を婚姻同盟ため、レークランド王国に送る」

 玉座に座る皇帝ジェラールは、低く威厳のある声でそう告げる

「陛下、それは・・・随分唐突ではありませんか・・・?まだ私は・・・」

 跪いたハシムは、下を向いたまま問いかけた時

「なにが不満だハシム!」

 怒気まじりの声で遮ったのは、皇帝ではなくその隣に立つ、ハシムの兄である、第一皇子ヴィクトルであった

「すでに父上が決められた事、お前に逆らう権利があるとでも?」

 まくし立てるヴィクトルを、手で遮り皇帝は続けた

「おぬしの意見無しに決めたのは謝ろう、だがこの婚姻同盟は帝国の利になる話だ」

「自由奔放な気質のおぬしには、帝国以外の地に行くのも悪くないだろう」

 皇帝の言葉に、ハシムはしばらく沈黙した後、再び口を開いた

「婚姻同盟の話承りました、の末弟がお役に立てるのであれば、喜んで北の果てに参りましょう」

 皮肉ともヤケクソとも思える言葉ともに、顔を上げ立ち上がると「それでよい」と皇帝は言う

 その後、無表情ながらもどこか満足そうな様子で、玉座に座っている

「支度を整え、一月以内に出立せよ」

 ハシムを睨みつけたヴィクトルは突き放すように告げる、その表情には憎悪とも恐怖とも見える感情が渦巻いていた

 一礼の後、玉座の間を去ったハシムは、廊下で頭を下げるライラに声を掛けられる

「お疲れ様でした、殿下」

「いや大して疲れてはいない、それよりも皆を集めてくれ、計画を少々修正する必要がある」

 ハシムがそう言うと「はい、殿下」とライラは淡々と答える

「私は、この国を必ず・・・」

 成すべきを成す為に、決意を固めるのハシムであった


「殿下?」

 ライラの言葉を受け視線を窓から正面に移すと、心配そうな様子のライラを捉える

「気分が、優れないようでしたら・・・」

「いや、大丈夫だ、少し考え事をしていただけだ」

「そうですか・・・何かあれば仰ってください、殿下のお役に立てるのは何よりの栄誉ですから」

 ハシムは「そうか」と言い、ライラの厚い忠誠心に関心しながら、視線をライラの隣に向ける

「しかし、役立ちそうにない者が、ここに居るようだ」

 視線の先には、大きな本を抱え絶望した目で虚空見つめる少女がいた

「図書室から離れるだけで、ここまで弱体化するとは、思いませんでした・・・王宮にも図書室があると良いのですが・・・」

「カタリナ・・・、やはりあなた帝都に居た方が・・・」

 ライラが呆れつつも、心配そうに尋ねる

「いえ・・・私は、この陣営の軍師ですから・・・」

 カタリナと呼ばれる少女は、虚空を見つめつつも答える

「軍師って、それ自称でしょ?」

 ライラとカタリナの間にある小窓から、黒肌の女性が顔を覗かせる

「黙って!アンジェあんたに、軍略なんてわからないでしょ!」

 虚空を見つめていたカタリナが、アンジェを睨み返す

「でもアタシと違って、軍隊率いた事、無いじゃん!」

 アンジェの指摘が鋭かったのか「ぐぅ・・・」と言うと、黙ってしまったカタリナは、本を抱え込んで独り言を呟いていた

「あ!そうだ殿下!街の方から、迎えの一団が見えましたよ!」

 今思い出したかのように、アンジェは告げる

「アンジェ・・・、そういう事は早く伝えなさい」

 ライラが、呆れながら諭しつつ続ける

「アンジェ、フウカを屋根から降ろしなさい」

 そう言われたアンジェは「はいはーい」と答え、屋根に仰向けで寝るフウカの首根っこを掴む

「おい!アンジェ!そこを掴むな!私はネコじゃない!」

 そんな騒がしいやり取りを見ながら、ハシムは呆れつつもどこか心地良さを感じていた


 レークランド王国 王都ケルン

 かつてのケルンは、地方都市の一つでしかなかったが約二百年前レークランド王国建国時、王都に定められ発展した

 首都としては小さな街だが、今日はかつて無い賑わいと祝福に満ちていた

 帝国旗と王国旗などに装飾された大通りを、帝国からの一団が進む、通りの両側には沢山の市民が、歓迎するように小さな旗を振っている

「なんというか、意外ですね」

 カタリナの問いに「何がだ?」とハシムが返す

「帝国の皇子なんて、歓迎されないと思いましたが」

 ハシムは、少し沈黙したのち答える

「帝国の第四皇子の悪名など、北の小国などには届かないのだろう、どこぞの隣国の王子と違って」

「ああ、あの色々やばいと噂の王子ですか、最近じゃ世界中の美女を、側室として集めているとか」

 アンジェが、小窓から言葉を返す

「それに比べたら、帝国の皇子なら多少はましと」

 フウカがアンジェの横で、気怠げそうな格好そう呟くと、ライラが不敬ですよと、言わんばかりに不機嫌そうな、表情を浮かべる

「しかし、レークランドも大胆な事しますね、二カ国同時に婚姻同盟を結ぼうなんて」

 カタリナが、本を読みながら呟く

「見極めようとしているのでしょう、レークランドという国は、どちらが真の友好国になりえるかを」

 ライラが鋭くそう言うと、ハシムは「いずれにせよ、この婚姻同盟が我々に有利に働くかは、お前たち次第だ」と答える

「この辺境の地においても、我々の成すべき事は変わらない、お前達頼んだぞ」

 ハシムが低く鋭い声でいうと、皆口々に「はい殿下」というのであった


 馬車は、王城の門を通り辿り着いた、王城前の通りには、鎧を着たの兵士達が整列し、皇子を迎え入れようとしていた

 馬車が止まり、馬車の出入り口に階段が置かれ、扉を開けたアンジェがどうぞ殿下と言わんばかりの、大げさな手振りをして跪く

 大げさな素振りを見せるアンジェに呆れつつ、ハシムは階段を一段ずつゆっくりと降りる

 馬車を降りたハシムは、眼前の男に一礼する

「国王陛下、お招きより参上しました。アンダルシア帝国第四皇子ハシム・フォン・アンダルシアと申します」

 完璧な礼節を眼の前に、ヒゲを貯えた小太りの男が両手を広げ歓迎する

「よくぞ参られた!ハシム皇子殿下!歓迎いたしますぞ!」

 眼の前にいる男こそ、この国の王ベイザル・レークランドその人である

「では早速、こちらへ」

 ベイザル王に促されるまま、ハシムは整列した兵の間を行く、その後ろにライラたち従者が続く

 列の一番後ろでは、アンジェが頭の後ろで手を組みながら「重装鎧なんて初めてみたわ~、動きづらく無いのかな?」隣を歩く、カタリナにそう尋ねる

「今の帝国軍は、軽装化が進んでいますから、帝国で鎧なんて着るのは、式典時の近衛くらいですからね」

 カタリナが歩きながら本を見てそう言うと「アンジェは戦いのときも、痴女みたいな軽装だし、鎧なんて絶対着ないよね」と、フウカが半笑いで呟く

「そうそう・・・って、誰が痴女だ!あれは機動性重視なの!あんただってあの格好もアタシと、大して変わらないでしょうが!」

 アンジェは、フウカに怒りながら言うのに大して、フウカは「あれは機能性重視だからあんたとは違う!」と反論する

「服なんて、どうでもいいじゃないですか?」

「ダサ私服の、あんたが言うなよ・・・」

 興味なさげなカタリナに、アンジェは言い返すと「わたしの私服はダサくない!」とカタリナは大声で反論した

「いやはや、賑やかな従者方ですな」

 ベイザル王と共に歩くハシムは、後ろで繰り広げられる与太話に、苦笑いを浮かべながら答える

「ええ・・・、とても頼もしい従者たちですよ」

 苦笑いをするハシムは明らかな皮肉で答え、後ろのアンジェたちに無言の圧を送る

 すると、流石にはしゃぎ過ぎたと悟ったアンジェ達は、ハシムの無言の圧を受け大人しくなった。そんな様子を遠くから見つめる者たちがいた


「あれが帝国の皇子・・・、私の婚約者・・・」

 ベランダから、ハシムたちを見つめる少女がそう呟く

「大丈夫、心配しないでソフィア、いざって時はあたしが守るから!」

 ソフィアの横に立つ快活そうな少女が、肩に手を置き続ける

「相手がクソ男なら、あたしがぶん殴ってやるから!」

 少女は力拳を見せつけるが、とても頼りにできるとは思えなかったが、それでも少女は笑顔を見せ答える

「ありがとございます、ティナ姉様」

 笑顔を見たティナは、安堵の表情を浮かべる

「でも案外、かっこいい人かもね皇子、どこぞの王子と違って」

 ティナは、そう言いながら頭の後ろで手を組んでいると「こら!」と声が掛かり、頭を指で軽く突かれる

「イリーナ姉様!」

 ソフィアは、イリーナと呼ばれた女性へと抱きつき甘える、イリーナはソフィアの頭を撫でる

 頭を小突かれたティナは「別に、良いじゃないですか」と言い、不貞腐れながら答える

「正式な婚姻はまだとはいえ、我が夫です、あまり侮辱はしないように」

 イリーナにそう言われたティナは「はいはい、分かりましたよ~」と答え、適当な返事を返す

 するとイリーナは、呆れながらも「全く、この子は・・・」と言い、愛おしそうに感じるイリーナであった

「姫様方、そろそろお着替えを」

 後ろからは、刺さるような視線と共に従者たちが整列していた、流石にこの圧には勝てないのかティナも大人しくしていた

 ふと、イリーナが視線を横にやると、ベランダをいくつか挟んだ先に立つ男の姿を見る。それは自分たちの兄であり、この国の第一王子テオドールであった

「王国にも、帝国にもこの国は渡さない」

 イリーナは思い出していた、ある時兄テオドールがこのように呟いていた事を

 ここからでは表情を伺い知れはしないが、何を思い考えているのかとイリーナは一抹の不安を感じていた


 その頃、ハシムたちが案内された大広間では、従者達が慌ただしく晩餐会の準備をしているようだった

「殿下、今宵は、この大広間で、晩餐会を催したいを思います」

 その言葉を告げた後、国王の側近が耳打ちをすると「ああ・・・わかった、そっちでなんとかしてくれ」その言葉を受けた従者は、一礼し下がる、

 ため息をした王は、切り替えると続けて「皇子殿下!今宵の宴席には、しばらく時間がかかります故に、一度部屋でお休みいただきたい」と言い、部屋に行くよう促す

「わかりました、そうさせてもらいます、陛下」

 ハシムはそう答えると、王が目配せした従者が前に歩み出る

「では部屋へ、ご案内させていただきます、ハシム皇子殿下」


 ハシムは、案内を受け従者と共に階段を上り、部屋へとたどり着と「こちらです」と扉が開かれる

 案内された部屋は、とても豪勢な作りをしていた

「何かあれば、我々使用人に仰ってください」言葉と共に扉が閉められ、部屋にはハシムを含め5人が残る

「一番乗り!」

 その言葉と同時に、ベットへとアンジェが飛び込むと「ずるい!」言いアンジェに続いて、フウカも飛び込む

「不敬ですよ!殿下を差し置いて飛び込むなんて!」

 ライラが腰に手を、当てながら二人を叱る

「いや、不敬以前の問題だし、それに殿下は、飛び込まないと思うけど・・・」

 カタリナが、呆れながらそう答えると「皆、少し良いか」と言ったハシムに皆の視線が集まる

 いつの間にか、ベランダ側の椅子に足を組ながら座ったハシムが言う。背後からは夕日が差し込み表情は伺え知れないが、ふざける空気では無いことは誰でも分かった

 アンジェとフウカは、ベットを出てハシムに向き合う

「今更、特に命令はしない、それぞれがそれだけだ」

 ハシムの言葉に、皆黙って頷くだけだった

「じゃあ私は、やるべきことをやるよ」

 そう言ってフウカは、ベランダの手すりに足をかける

「下見するなら、侵入者騒動だけは起こすなよ」

「分かってるって!」

 子どもを叱るように言うハシムに、余計なお世話と言いたげなフウカを、ライラが呼び止める

「フウカ、晩餐会までには戻るように」

「え゙・・・」

 ライラの呼び止めに、思わず声が出てしまうフウカ

「わたしも出るわけ?晩餐会とやらに?」

 困惑するフウカに、ライラは「当然です」と、言わんばかりに満面の笑みで頷く

「皇子の従者なら当然です、皆様にも出てもらいますよ」

 圧を感じる笑みを浮かべるライラに、ハシムを除いた全員がビクつく

「礼儀作法、すべて私が仕込んだ通りに、できるか確かめさせてもらいましょう」

「シシリー」

 ライラが手を叩くと、扉が開きシシリーと呼ばれたメイドが姿を表す

「シシリー、全員分のドレスを用意しなさい」

「はい!ライラメイド長!」

 ライラが指示を出すと、部屋の外から様々な衣装が運び込まれる

「アタシは、晩餐会なんて出ないし、ドレスなんて着れないって、前に言ったじゃん!」

「護衛隊長が、殿下の側を離れるなんて出来ませんよ?」

 騒ぎ立てるアンジェを、ライラが笑顔で諭すと意気消沈したのか、黙り込んでしまう

「ちょっと、あんたなんとかしなさいよ」

「無理だ、仕込み形態に移行したライラは、私にも制御できん」

 小声で語り掛けるカタリナにハシムが答える

「あんた、主人でしょうが・・・」

 落胆するカタリナに、笑顔のライラが振り向く

「カタリナ?あなたは、特に猫背ですからに、締めないといけませんね」

 カタリナは小さな悲鳴を上げる、フウカはそんな悲惨な状況を見ながら手すりを越えて、落ちると難なく着地すると、逃げる様に去っていった


 夕日が沈みかける頃、大広間では晩餐会が行われていた、豪勢な料理や酒が振る舞われ、集った国内の有力者が踊りや談笑に花を咲かせている

 会場中央の階段近くでは、ドレスを着てグラスを持ち、ひっそりと佇むアンジェ達の姿が見える

「嫌だなぁ、この格好・・・」

「今更そんな事言わないでよ、恥ずかしいのはあんただけじゃないんだから」

 アンジェの呟きに反応するカタリナの横では、皿に盛られた大量の料理を、詰め込むように食べるフウカがいた

「あんた、よくこんな時に食べれるわね・・・」

「だって、食べれる時に食べとかないと損じゃん」

 呆れるカタリナを、横目に口を汚しながら食べ続けるフウカ

「はぁ・・・本が恋しい・・・」

「晩餐会に、本を持ち込めるわけないいだろ馬鹿か?」

 呟くように言ったカタリナを、アンジェが指摘する、それに対してカタリナが反論する

「本を読んだ事の無い、あんたよりは馬鹿じゃないから!」

「本くらい、読んだ事あるし!狼の大冒険とか!」

「それって!ほぼ絵本じゃない!」

 取っ組み合いになりそうな距離で、睨み合う二人に呆れなが食べ続けるフウカ達は、色々な意味で会場の注目を集めるのであった


 盛り上がりを見せる会場内で、突然大きな声が響き渡る

「アンダルシア帝国第四皇子!ハシム様ご来場です!!」

 音楽が変わると皆の視線が部屋中央の大階段へ集まる、そこには礼服に見を包んだハシムが階段を一段ずつ降りてくる姿が見え、その少し後ろにはライラが付き従っていた

「あれが、帝国の第四皇子・・・」

「あの、褐色の肌・・・を継いだ、庶出の皇子と聞いたが・・・」

「あんな異邦人の血が、高貴な王族に流れるとは嘆かわしい・・・」

 ハシムの登場に来場者は口々に言葉を漏らす、その様子にカタリナ達は複雑そうな表情を浮かべる

「アンジェ、殺気が漏れてるわよ我慢なさい、フウカあんたもね」

 目を細め睨みつけていた、アンジェとフウカはカタリナの指摘で我に帰る

「ごめんごめん、何も知らないくせになんて思ってないから」

 アンジェ達の複雑そうな様子に、カタリナは思わず小声で呟く

「殿下とライラは西方系、アンジェは南方大陸出身で、フウカは東方系・・・」

「みんな、苦労するわね・・・」

 大陸中央で未だ根強い白人至上主義に、嫌気が差すカタリナであった


「お待ちしておりましたぞ殿下!わたくし帝国大使をしております、フリックと申します」

 階段を降りたハシムに、声を掛けてくるフリックと名乗る者細身の男と、握手をしながらハシムは言葉を掛ける

「大使、婚姻同盟の件、色々と手間を掛けさせたな」

「とんでもない、わたくしはただ両国の平和に、同盟は必要不可欠そう思い、成すべき事を成しただけにございます」

「それができるのは、ごく一部の者だけだ、よくやったな大使」

 手を握りながらハシムの言う労いの言葉に、大使は頭を下げ感嘆を表情を浮かべていた

「あの大使、随分な役者ですね。大使が婚姻同盟で果たした役割なんてほとんど無いのに」

「大使なんて、お偉いさんと握手するだけだもんな」

 カタリナは軽蔑の目を向け、アンジェは半笑いしながら言った

 ハシム周りには、親帝国派の貴族や商人が人集りを作っていた、ハシムは集まった人達一人ひとり対応する、そんな中再び大声が会場に響く

「ベイザル王陛下のご来場です!!」

 その声と共に音楽が変わり、視線が再び中央階段へ集まる、王は王妃の手を取りながらゆっくりと階段を降りる、その後ろに第一王子と王女三姉妹が続く

「ベイザル陛下!」

「王妃様は、相変わらずお美しい・・・」

「テオドール様だわ!」

「やはり、王女三姉妹は華やかさが違いますなぁ」

 皆口々に、王家の者達へ言葉を漏らす、その様子を見たアンジェは不機嫌そうな顔で言葉を漏らす

「殿下の時とは、大違いだな」

「まあ一応この国を統治する王族だし、国を滅ぼしてないだけで十分賢王なんじゃない?」

 皮肉を込めて返す、カタリナの言葉が聞こえてしまった、数人の参列者がカタリナを睨みつける。流石にまずいと思ったのか、視線を逸らし手に持つグラスを飲む

「早速、囲まれているようですな殿下!」

 階段を降りたベイザルが声を掛けると、ハシムを囲む人々は王に一礼し下がる

 ハシムに近づくと「ベイザル王陛下、先に挨拶を・・・」と言い、側近が遮る

「分かっておるわ、これくらい良いであろう全く・・・」

 渋々といった顔で、渡されたグラスをベイザルが持ち会場の中央へと向かう、そんな王を見ながら他の王族も、それぞれグラスを受け取る

「皆!よくぞ参った!今宵は、よく食べよく飲み、踊り明かそう!王国に永遠とわの繁栄を!」

 会場中央のベイザルの掛け声と共に、グラスが掲げられ皆一斉に「王国に繁栄を」と叫ぶ、その様子を見ながら無言でグラスを掲げるハシムたちであった


 王の登場と共に、盛り上がりを見せる会場の端で、ハシムはライラ達と居た

「帝国の皇子の歓迎の式典で、に繁栄をではなくに繁栄をとは、随分な国ですね」

「それがこの国の本音なのでしょう、同盟を結んでもなお自国の利益優先するのが」

 不満そうに呟くカタリナに、ライラが返す

「別に悪い事ではない、誰もが自国の利益を優先するのは、帝国ですらしている事だ、わざわざ咎めることでは無いさ」

 グラスを傾けながらそう言うハシムに、王が近づいて来る

「殿下!晩餐会は楽しんでおられますかな?何か入り用なら、使用人に用意させますので、なんでも仰ってください!」

「それには及びません陛下、酒も料理も楽しませていただいております」

 ベイザル王の圧に、若干押されながらもハシムは答える

「しかし、殿下は噂とは随分と違いますな」

 ベイザル王の言葉が、気になったハシムは「噂とは?」と聞く

 するとベイザルは「いやぁ・・・、殿下本人を前に言うのは・・・」と言い淀む

「構いません、の第四皇子という立場上、色々な事を言われるのは、慣れております」

「そ、そうですか?それならば・・・」

 ベイザル王はコホンと咳込み、遠慮しがちながら話始める

「あくまで噂なのですが・・・、殿下は問題を起こした使用人をその場で切り捨てたり、馬車の前を塞いだ子どもを切り捨てた、などと・・・」

「もちろん!あくまで噂だと言うのは、分かっておりますが・・・」

 弁明するベイザル王を「ええ、よく分かっていますよ」と言い、なだめる。その会話を聞いたハシムの後ろでは、ライラたちが密かに話していた

「なあ、馬車のやつって・・・」

「ええ、殿下の初陣での出来事が、ねじ曲がって伝わったのでしょう」

 アンジェに耳打ちされたライラは、そう小声で答えるのだった


「あ!忘れるとこでした、殿下に我が家族を紹介したいと思いまして!」

 ベイザル王は「ウルスラこっちだ!」と言い、近くで来賓客と話していた、ウルスラと呼ばれた女性を手招く

「ご紹介します。我が妻ウルスラです!殿下!」

 そう言いベイザルは手招きした女性をハシムの前に立たせる、女性はとても美しい容姿をしていた

「初めまして殿下、ウルスラと申します、以後お見知りおきを・・・」

 ハシムは丁寧な一礼をするウルスラの前に跪くと、手を取り手の甲に口づけをした

「どうだ、美しいだろ!我が宝なのだ!」

「陛下・・・、殿下の前です・・・、あまり失礼されては・・・」

「すまんすまん、お主を見るとつい自慢したくなってしまってな!」

 ベイザル王の惚気に、若干引きながらも「夫婦円満は、何よりの宝だと、私は思います」そうハシムが言う

 するとベイザル王は「いい言葉ですな!殿下!」と言い、背中を強く叩かれ少し咽る。そんな姿のハシムを王の後ろから見る者たちが居た

 その視線に気付いたベイザル王は「おお、来たな我が娘たちよ」と言い手招きする

 ベイザル王の後ろに居た、三人の娘達は「殿下に、挨拶なさい」と、ウルスラに促され挨拶をする

「初めまして殿下、長女のイリーナと申します」

 イリーナを名乗る女性は、ドレスの裾を持ち美しい一礼をする

「初めまして!殿下!次女のティナです!よろしくね!」

 ティナと名乗った少女は、ウインクしながら不格好な一礼をすると、王や王妃は頭を抱える様子を見せる

「は、初めまして殿下・・・三女のソフィアと申します・・・」

 ぎこちないながらも、懸命な一礼を見せたのは、ソフィアと名乗るお人形のような少女だった

「初めまして姫様方、アンダルシア帝国第四皇子ハシムと申します」

 ハシムは三人の前に跪き深々とした一礼で返す、跪くとは思っていなかっただろう三人の姫は目を丸くしていた

 ソフィアは、ハシムが王妃にしていた手の甲への口づけを思い出したのだろうか、思わす手を引っ込めた

「我が娘達も、帝国の皇子相手ともなると、タジタジだのう」

「ええ・・・、以前訪れた隣国の王子があれですと、尚更・・・」

 ベイザル王が、王妃の前を手で遮り「ならぬ」と首を振り、王妃に言い掛けた言葉を飲み込ませるのだった


「殿下!もう一人、紹介させていただきたい!」

 頭を切り替えたベイザル王は、青年を手招きするとハシムの前に青年が立つと、無言でハシムを睨みつける

「挨拶せぬか!テオドール!」

 テオドールと呼ばれた青年は、王に促され「ベイザルが長子、テオドールと申します・・・」と不本意そうな様子で一礼する

「もう行ってもいいでしょうか?父上」

 テオドールがそう言うと「もう少しくらい、なにかあるだろ!テオドール!」と、ベイザルは言うがテオドールは「ありません」とだけ返す

 テオドールはハシムを睨みつけると、諌めるベイザルを無視して去っていく

「いやぁ、我が息子ながら、無愛想で申し訳ない殿下」

 そう言うベイザルに「いえ・・・」とだけハシムは答える、露骨な敵意を向けられたハシムは、胸騒ぎを覚えるのだった


「ところで王陛下、一つお伺いしてもよろしいですか?」

「ああ!何でも聞いてくれ、殿下!」

 ハシムはこの国に来る前から、疑問に思っていたある事を聞く

「私の婚約者になる方は、どなたなのでしょう?」

 予想外の質問だったのか「え゙」という、言葉にならない声を漏らすと、ベイザル王は一瞬硬直する

「聞いておられなかったのですか!」

「はい、実のところ婚姻同盟の話しを受けてから、一月程でこの地に来たものですから、相手の名前すら・・・」

 硬直が解けたベイザル王が、慌てた様子で聞くと「そ、そうでしたか・・・それならば改めて紹介を」と言い、ある者に視線を向ける

 ベイザルの言葉に反応して、一歩前に出たのは三女ソフィアだった

「よ、よろしくお願いします・・・、殿下・・・」

 ソフィアの登場にハシムは、黙り込み思案すると「失礼ながらソフィア様は、おいくつでいらっしゃるのでしょうか・・・?」とソフィアに聞く

「今年で、13になります・・・」

 見た目から予想出来た事ではあるが、ソフィアの答えにハシム少し頭を抱える

「王陛下、この国において成人は・・・、15からでしょうか?」

「ええ、そのとおりです殿下」

 困惑するハシムに「ええ、そのとおりです殿下」と、ベイザル王はそう言うと、続けて言い訳を語り始める

「殿下、どうか誤解しないでいただきたい、成人前だからといってもソフィアが、婚約者として不適格という事では無いのだ」

「ええ、それはよく分かってます、ただ・・・、成人までの二年間、正式な婚姻同盟を結べないというのは・・・」

 当然の疑問を、ぶつけるハシムに「もちろん、分かっております!故に、殿下には二年間我が国に滞在していただき、その間にソフィアとの関係を深めていただきたいと!」と、ベイザルは強く主張する

「陛下が、そう言うのであれば・・・」

 ベイザルの圧に押されたハシムは、そう言うと「それは良かった!」と言い、ベイザルはハシムの両肩を叩く

 納得は出来ないものの、今は飲み込むべきとハシムは考えたのだった


 王族との顔合わせが終わったハシムは、再びライラ達と話す

「13歳を嫁がせるなんて、イカれてるねこの国」

「上級社会ではありがちだけど、いざ目の前にしてみると受け入れ難いわね・・・」

 料理をモグモグ食べながら言うフウカに、カタリナが返す

「しかし、どうして三女ソフィアなんだ?長女か次女なら成人は迎えてると思うが」

 アンジェは食べながら、当然の疑問を口にする

「長女は、隣国の王子との婚姻が決まっていますし、次女に関しては色々な噂があるようです」

ライラがそう言うと「噂?」とアンジェが聞き返す

「なんでも、ティナ王女は剣技を磨き狩りをするなど、王女とは思え得ない振る舞いをするそうで」

 アンジェの問いにそう答えたライラは、フウカの汚れた口を拭いている

「それは、なんともたくましい姫様だね、アタシと気が合いそうだ」

「アンジェ、もし戦う事があったら手加減してあげてくださいね、流石にあなた程強くはないでしょうから」

 アンジェは、「分かってるって!」と言い、不貞腐れながら料理を食べ続ける

「しかし、色々問題を抱えていそうな一族ですね。特に長男のテオドールは殿下に露骨な敵意を向けて来ましたし、あれは婚姻同盟を歓迎してない人の目でしたよ」

 少し酔っている様子のカタリナは、頬を赤らめながらそう言う

「仕方ない、二人も外の人間が、一族入りしようとしているんだ」

「危機感を覚えるのも無理はない、私も同じ立場ならありとあらゆる手を、尽くすだろう」

 グラスを傾けたハシムも、そう言いながら酒を飲む

「殿下、そのありとあらゆる手が問題なんですよ、きっと婚姻破綻の為に色々仕掛けて来ますよ、あの王子」

「それならば、こちらも全力を尽くすだけだ、王子一人に阻む事など出来ない」

 ハシムはそう言って、グラスに残る酒をすべて飲み干すのだった


 お酒に少し酔うハシムに「殿下、少々よろしいですかな?」王がそう声を掛ける

するとハシムは「ええ、大丈夫です陛下」と答える

「実は・・・、我が娘ソフィアと踊っていただけないかと思いまして・・・」

 そう言った王の後ろには、恥ずかしそうにするソフィアが居た、その姿を見たハシムは「もちろんです、陛下」と答える

 するとソフィアが「よ、よろしくお願いします・・・殿下・・・」と答えると、ハシムは会場の中心へ、ソフィアの手を取りながら向かう

会場の中央へ辿り着くと、ハシムは「お目汚しでございますが、どうかご覧あれ」と言い、王が音楽団に目配せすると演奏が始める

「どうか、お任せくださいソフィア姫」

 ハシムはソフィアの耳元に小声でそう囁き、頬を赤らめたソフィアは頷くと、音楽に合わせ二人が踊り始める

身長差がありながらも、ハシムの導きで流れるような動きを見せるソフィアたちに、会場の誰もが注目する

「とてもお上手ですよ、ソフィア姫」

 ハシムの言葉に、「あ、ありがとうございます・・・」と答え、再び頬を赤らめるソフィアであった

そんな二人の踊りを見ながら、ライラは複雑そうな表情をしていた

「ライラは、一緒に踊りたいとか思う?」

「なぜ、そのような事を聞くのですか?」

 笑顔のライラに「だって、ライラが怒ってる様に見える」フウカがそう尋ねると「禁句だ」と言わんばかりに、アンジェとカタリナが制止する

「あっち行こうな、フウカ!まだ料理が残ってるぞ!」

 アンジェはそう言うと、カタリナと共にフウカを両腕で掴み、連行されてして行った、そんな姿を困惑しつつ見送ったライラは、一人残り呟く

「こんなワガママ許されない・・・、わたしには果たすべき一族の使命が・・・」

 ライラは自分を戒める様に、手を強く握り込むのだった


「聞いちゃだめなの?」

 アンジェとカタリナに連れ去られた、フウカが料理を取りながら聞く

「だめに決まってるでしょ、あんたも殿下とライラが互いに重い感情を、向けあってるのは分かるでしょ」

「それが、恋愛的な感情かまでは分からないけど・・・」

 カタリナは、複雑そうな表情を浮かべそう答える

「でも、好きなら、好きって言っちゃえば良いじゃん」

「あんたねぇ・・・、色事っていうのは、そんな単純な事じゃないの」

 適当に答えるアンジェに、カタリナが釘を刺す

「今の殿下には、婚約者となる女性が居るのよ、メイドとの色事なんて許されないの」

「そんなの、無視すればいいのに」

 カタリナの言うことに、あまり同意出来ない様子のフウカは、そう呟くのであった


「お上手でしたよ、ソフィア姫」

「あ、ありがとうございました、ハシム殿下・・・」

 音楽が終わり二人は、手を取り合ったまま一礼すると、会場からは拍手が起こる、息が上がり頬が赤らんだソフィアは、ハシムを見つめるが、ベイザル王の声で我に還る

「皆様!素晴らしい踊りを見せてくれた、我が娘と婿殿に、今一度大きな拍手を!」

 王の言葉に、会場内に拍手が再び響き渡る、ベイザル王は満足げな顔で、しばらく聞き入ったのち、口を開く

「さて!まだまだ踊り足りない、と思うものはどうぞ前へ!今宵は、踊り明かしましょうぞ!」

 晩餐会を包み込む熱気は、まだ冷めそうになかった


 大広間二階のテラスで夜風に当たるハシムに、ライラが「殿下、酔っていますね?」そう声を掛ける

 手すりに寄り掛かるハシムは「ああ、少しな・・・」そう言い、星空を見上げて黙り込む

そんな様子に「殿下?」と、ライラが聞くと「いや、なんと言えば良いのか・・・」とハシムは答え、神妙な空気が流れる

「殿下、わたくしで良ければ、何でもお聞きします、それがメイドの務めですから」

 ライラの言葉を聞き「そうか・・・」と、安堵したハシムは口を開く

「なに、難しい事を考えていた訳では無い、ただ・・・、悩みが尽きない、そう思っただけだ」

 ハシムの言葉に、しばらく考え込んだライラが「良いことでは、ありませんか?」と答える

 意外な返しに「悩む事が?」と困惑するハシムに、ライラは続けて言う

、ある偉人が言った・・・、かも知れない言葉です」

 ライラの言葉を聞き「ふっ、何だそれは」と、ハシムは呟く様に言い、場の空気が少し和む

「確かにそうかもな・・・、悩むことで生きてるという実感が、湧くのかもしれない」

 頭を切り替えたハシムは、ライラを正面に見据えそう言う

「追放はされたが、我が果たすべきは変わらない、ならば、悩みなど些細な問題に過ぎないか・・・」

「ええそうです、殿下は大望を果たさなければなりません」

 口にした大望という言葉に、改めて覚悟を決めたハシムは

「成すべき成す、そのためにはやはりこの国にはいずれ、帝国と同じく、いずれその時が来るまでに」

「はい、ハシム皇子殿下」

 ライラはそう言って、ハシムに向けて深々と頭を下げる、そんな二人のやり取りを、壁に隠れた王女ソフィアが聞いていた

「皇子殿下、あなたは・・・」


 アンダルシア帝国第四皇子ハシムは、北の小国レークランド王国へと追放された、地位も権力も無い彼だったが、やがてその名を歴史に刻む事になる

 帝国暦四九八年三月、雪が解け始めた北の小国にて、皇子ハシムの大望を果たすための途方もない旅が始まった

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