薔薇園のお茶会
金森 怜香
第1話
それは五月の良く晴れた日の事。
黒い髪にアンバー色の瞳をした小柄な高校生の
芳しく官能的で甘美な香りと満開のバラたちと、足元にはバラの花びらが色とりどり零れている。
深紅やピンク、オレンジ……。
「いろんな種類のバラがあるのね」
咲来は感心したように言う。
色とりどりのバラを、少し小高い展望から眺める。
その姿は、色とりどりの絨毯にも思える。
「赤に、ピンクに、オレンジに。黄色もあって、マーブルの花もある。バラもとってもたくさんの品種があって個性豊か。花一つとっても人間みたいに個性があって素敵」
咲来は上機嫌で小高い展望からバラ園のコースに戻る。
ゆっくりと歩いていくと、オレンジにもピンクが入り混じった花や赤と茶色が混ざって『ココア』をイメージさせるバラもある。
「うわぁ、青いバラだ! へぇ、ブルーグラビティって名前なんだ。写真を撮って……、あれ?」
咲来はポケットと鞄を探る。
スマートフォンもカメラもない。
「確かに入れたはずなんだけどな……。違う鞄に入れちゃったかな? まあ、また写真撮りに着たらいいか」
咲来はそう言って自分を納得させた。
アーチ状の小さなバラを眺めながら歩いていると、ぐにゃりと景色が鈍る。
「何だろう?」
咲来が右を向くと、そこには草の大きな塊の中に穴がある。
不思議に思ってその穴をくぐって見ると、そこには小高い丘、そしてアーチとテーブルセットがある。
「あら、お客様ね……。招待状はお持ち?」
椅子に座った、金髪に碧眼の少女が声をかける。
バラをあしらった、ピンクと白色のワンピースを着ていてまるで人形のようだ。
「招待状……?」
咲来は不思議そうに答える。
「ふふ、偶然にも辿り着いたお方のようですわね。まあ、よろしくてよ。こちらにお掛けなさいな」
少女は笑顔で促した。
「今からお茶を淹れますの。少し、お話し相手をしてくださる?」
「私で良いのなら。あ、私は咲来と言います」
「咲良、良いお名前ですわね。私はアナスタシア。ちなみに、咲来とはどう書きますの?」
「咲く、未来の来で咲来ですね」
「うふふ、本当にいいお名前。笑顔の絶えない未来を願われていらっしゃるのですね」
「え? 確かにそうですけど……」
咲来は驚いて目を丸くする。
「咲く、という漢字には笑うという意味が秘められていると書物で呼んだことがありますの」
咲来は言葉の代わりに笑顔で応える。
「とても素敵な笑顔ですわ。ねぇ、お友達になってくださらない?」
「もちろん! 私もアナスタシアさんともっと仲良くなってみたいな」
「まあ。お友達なのですから、呼び捨てにしていただいて構わなくてよ?」
「じゃあ、私も呼び捨てでいいよ。咲来って呼んで」
「ええ。さあ、咲来。お茶が入りましてよ」
アナスタシアはカップに注がれたお茶を進める。
「ん、良い匂い! バラを思わせるような色だし、なんてお茶なの?」
「これはローズヒップティですわ。美容にもよくて。少し酸っぱく感じるかもしれませんわね。ローズヒップはワイルドローズ、つまり野ばらの実を指しますのよ」
「素敵なお茶。ありがとう。いただきます」
咲来はローズヒップティを一口、口に含む。
「少し酸っぱいけど、美味しい!」
「まあ、それは良かったですわ」
アナスタシアは笑顔で言う。
二人は他愛のないことを話した。
趣味や、好きなもの。
今日初めて会ったというのに、二人は不思議なほど打ち解けあっていた。
いつの間にか、バラ園を照らす明かりはオレンジ色に染まっている。
「そろそろ夕日が沈むわね。帰らなきゃ」
「お待ちになって」
「はい?」
咲来は足を止める。
アナスタシアは咲来にブローチを手渡す。
そのブローチにはライトイエローのスプレーバラがあしらわれていた。
「これからはこれをお持ちになって。招待状ですの」
「招待状……。ありがとう、アナスタシア」
「咲良が来てくださることを、またお待ちしておりましてよ」
アナスタシアは笑顔で見送る。
そして顔を上げた時……。
「だって、きっとすぐ来てくださるってわかっておりますもの」
彼女は暗い笑みを浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます